奈良県の「条例 > 労基法」の考察

奈良産科医時間外訴訟を調べた時に出てきたオマケみたいなお話です。


奈良県の勤務時間規則と国の人事院規則

労基法41条3号の勤務の態様は、平成14年3月19日付け基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」に医師以外の職についても言及されています。

 ここでいう宿日直勤務とは、所定労働時間外又は休日における勤務の一態様であり、当該労働者の本来業務は処理せず、構内巡視、文書・電話の収受又は非常事態に備えて待機するもの等であって常態としてほとんど労働する必要がない勤務である。

あえて2点ピックアップしておくと、

  • 当該労働者の本来業務は処理せず
  • 常態としてほとんど労働する必要がない勤務である

こうなっているのが確認できます。奈良県の勤務時間規則を引用しておくと、

第七条 勤務時間条例第九条第一項の人事委員会規則で定める断続的な勤務は、次に掲げる勤務とする。

一 本来の勤務に従事しないで行う庁舎、設備、備品、書類等の保全、外部との連絡、文書の収受、庁内の監視を目的とする勤務(次号に掲げる勤務を除く。)

二 前号に規定する業務を目的とする勤務のうち、庁舎に附属する居住室において私生活を営みつつ常時行う勤務

三 次に掲げる勤務

  1. 警察本部における被疑者等の身元、犯罪経歴等の照会の処理のための当直勤務
  2. 警察本部及び警察署における事件処理又は警備に関する情報連絡等のための当直勤務
  3. 警察本部及び警察署における警備又は事件の捜査、処理等のための当直勤務
  4. 警察署の被疑者看守施設における管理若しくは監督又はこれらの補佐のための当直勤務
  5. 県立病院における救急の外来患者等に関する事務処理等のための当直勤務
  6. 県立病院における入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務
  7. 舎監を命ぜられた教員の当直勤務
  8. 警察学校その他人事委員会が認める学校における学生等の生活指導等のための当直勤務(7.に掲げる勤務を除く。)
  9. 身体障害者更生援護施設又は児童福祉施設における入所者の生活介助等のための当直勤務並びに中央こども家庭相談センターにおける児童又は要保護女子の一時保護のための当直勤務

な〜んか、労基法41条3号の「断続的な勤務」としてエエんじゃろかと感じさせるものがあります。ただ確認してみると奈良県独自の設定ではなく国の人事院規則のほぼ引き写しであるのがわかります。ほとんど一字一句まで同じところが多々確認できます。たぶんですが労基法41条の勤務の態様の解釈ですが、

    絶対条件:当該労働者の本来業務は処理せず
    例外条件:常態としてほとんど労働する必要がない勤務である
これもあんまり良い表現では無いのですが、そもそも絶対条件を満たしたら例外条件は必然的に満たします。「次に掲げる勤務」とは、例外条件として本来業務を一部認める代わりに、業務量として「常態としてほとんど労働する必要がない勤務」である事にしている気がします。そういう解釈が可能かどうかですが、国の人事院規則は労基法的にクリアしているものに「たぶん」なっているであろうです。国の解釈があっているであろう傍証としては例の通達にも、

原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。

なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。

「稀」の目安も通達で出されていますが、今日は省略します。職種の特異性からの例外条件として良いかと思います。さて、この国の人事院規則を引き写した奈良県の考え方はどうだろうです。国の人事院規則を写しているのですから、国と同然にコチコチの合法であると発想したと考えます。奈良県が違法であれば国も当然違法であるです。

チト話が煩雑ですが、国は労基法に副う様に人事院規則を作っているはずです。これは言い様によっては労基法が許可した例外条件であるとも解釈できます。奈良産科医時間外訴訟で争われた病院の例外条件は、

奈良県の勤務時間規則 国の人事院規則
勤務時間条例第九条第一項の人事委員会規則で定める断続的な勤務は、次に掲げる勤務とする。 勤務時間法第十三条第一項の人事院規則で定める断続的な勤務は、次に掲げる勤務とする
県立病院における入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務 入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務


奈良県地方公務員法による条例主義を持ち出しましたが、国家公務員も似たようなものだと類推できます。つまり病院の宿日直勤務が奈良県の人事委員会規則に基づき「断続的勤務」に当たるのは、国のお墨付であるのロジックもあったんじゃなかろうかです。奈良県が違法なら国も違法と言うわけです。実質として国が労基法解釈による許可を受けているのも同然であるぐらいです。

奈良県の主張は「条例 > 労基法」と見られていますが、本当のロジックは、

こんな感じです。


「次に掲げる勤務」の解釈

もう一度、奈良県の勤務時間規則7条を引用します。

第七条 勤務時間条例第九条第一項の人事委員会規則で定める断続的な勤務は、次に掲げる勤務とする。

一 本来の勤務に従事しないで行う庁舎、設備、備品、書類等の保全、外部との連絡、文書の収受、庁内の監視を目的とする勤務(次号に掲げる勤務を除く。)

二 前号に規定する業務を目的とする勤務のうち、庁舎に附属する居住室において私生活を営みつつ常時行う勤務

三 次に掲げる勤務

これは国の人事院規則とほぼ同じですが、1号の「次号に掲げる勤務を除く。」は2号の状態であっても断続的勤務に該当すると読むのが自然です。問題は3号で、1項の「次に掲げる勤務とする」は読み様によっては3号の「次に掲げる勤務」とイコールと読めなくはありません。チョット判り難いかもしれませんが、奈良県は、

    勤務時間条例第九条第一項の人事委員会規則で定める断続的な勤務は3号の勤務も該当する
つまり
    入院患者の病状の急変等に対処 = 断続的勤務 = 宿日直勤務
つまり産科当直医が救急患者を診察しようが、異常・正常分娩に対応しようが、すべて「入院患者の病状の急変等」に内包され断続的勤務、つまり宿日直業務に該当するです。いくら忙しくとも通常勤務で忙しいわけではなく、宿日直勤務で忙しいだけで時間外手当が発生する余地など「どこにもない」ぐらいです。ここの部分はそう読まない事は上述した通りですが、奈良県の主張はそうなっています。


奈良県の狙い

誰が奈良県の主張を思いついたか知る由もありませんが、知事がこの案に乗ったのは間違いないかと考えられます。常識的に考えれば奈良県側弁護士はこのロジックに反対したはずです。少しでも労働法規を知っていれば「屁理屈」「無理筋」と判断できるはずだからです。そういう常識的な意見を押し切るには名目上の被告である奈良県知事の意向が必要だろうです。また知事は単なる名目上の被告であるだけでなく、一審、控訴審後にもこのロジックを積極的に支持するコメントを行っていたと記憶しています。

知事の狙いとして考えられるのは、

  1. 訴訟で認められれば万々
  2. 認められなくとも中央の動きに期待する
1.についてどれほどの成算をお持ちであったかも知る由もありませんが、法務業の末席様も幾度か指摘されていた2.が本命だったかもしれません。奈良県の解釈を採用しなかったら莫大な時間外手当が発生し「医療が成立しなくなるんだぞ」のアピールです。医療費の問題はある種の社会問題になっており、奈良県の解釈を採用すれば劇的に節約できるのですから、必ず中央が呼応するはずだです。旨い話に乗らない訳はないぐらいでも良いかもしれません。

でも反応は鈍かった。そりゃ、常識的に考えれば奈良県の解釈を採用すれば、交代勤務無しで24時間医療体制を構築できる魅力はありますが、医師のみに適用するロジックを考え出すのは無理がありすぎるからだと考えます。ごく単純には医師に適用して他の医療職、たとえば看護師に適用しないロジックを考えるだけで無理があります。

また医師だけないしは医療職限定の例外規定にしたくとも、これを他の職種に適用しないロジックも大変です。当然のようにアリの一穴と問題視する反対論が出てくるのは必至です。旨い話には裏があるの言葉通り、中央とて下手に触れると火中の栗どころの騒ぎじゃなくなるのは容易に予想できます。誰がどう考えても過労死問題と逆行しますからスルーであったと考えます。


これも考えよう、見方ですが、控訴審判決後に奈良県は重い重い腰を挙げて36協定を結びます。直接の理由は労基署の書類送検への対応ですが、そこに最後のアピールを込めていたんじゃなかろうかです。この36協定は

    年間1440時間 + 特別延長360〜440時間
狂気の内容ですが、これは実態を反映していると言うだけでなく、奈良県の解釈を中央が採用しなければ、これだけの人件費増加が生れるんだぞの脅迫に近いアピールであったとも考えています。でもそれでも反応は結局なかったと見ています。もっとも本当に反応がなかったのか、実は水面下で蠢いているのかは本当のところは不明です。

中央も訴訟進行中に呼応すれば火達磨になりかねませんから、訴訟決着後に動きだす可能性も無いとは言えません。奈良県のアクションは中央突破は無理であった事を示した事実にはなります。その事実を踏まえてのリアクションですが・・・やっぱり無理があるなぁ。たとえ奈良県の提案を強引に具現化しても、人柱が立てば責任問題は必至です。そんなリスクを負う官僚も政治家もおらんのじゃなかろうかと推察します。