奈良産科医時間外訴訟判決文・前編

正式には平成18(行ウ)第16号 時間外手当等請求事件と言い、平成21年04月22日 奈良地方裁判所で判決が下され、現在二審で係争中になっています。有名な判決ですが、判決のキモの部分をピックアップして解説してみます。訴訟の争点は

  1. 宿日直勤務が時間外勤務にあたるか
  2. 宅直勤務が時間外に当たるか
この2つで争われています。結果は皆様御存知の通りの1勝1敗なんですが、1勝分だけでも偉大な勝利とされています。今日は宿日直勤務の分だけ解説します。なお後編は未定ですので御了解下さい。


原告医師の主張

 勤務時間規則7条1項3号 は,労働基準法41条3号に違反し無効である。

 同号は,「監視又は継続的労働に従事する者で,使用者が行政官庁の許可を得たもの」につき,労働時間や休日に関する労働基準法の適用を除外すると規定している。この「監視又は断続的労働に従事する者」について,監視労働とは一定部署にあって監視するのを本来の業務とし,常態として身体又は精神的緊張の少ない労働をいい,断続的労働とは,実作業が間欠的に行われて手待ち時間の多い労働をいう。同号を受けて,勤務時間条例9条1項も,監視又は断続的労働に従事する者について例外的な時間外割増賃金の支払義務がないとしているのである。しかし,医師は継続的に医療という高度な専門知識を要する労働に従事する労働者であり,監視又は断続的労働に従事する者には当たらないから,勤務時間規則7条1項3号は,労働基準法41条3号に違反する。

 すなわち,原告らは産婦人科医師であり,産婦人科の性質上,宿日直勤務でも,分娩に対応せねばならないし,ハイリスク妊娠患者に対する診療行為も行う必要があるし,入院患者のみならず救急外来患者に対する診療行為をも命じられ行っている。このような原告らの時間外・休日の勤務実態からすれば,これらは監視又は断続的労働とはいえず,通常の労働時間内勤務と同等の労働が時間外,休日にも行われているといえる。

法律と規則が文中に乱舞しているのですが、まず労基法41条3号は宿日直の許可条件みたいなもので、

監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

この労基法41条3号に奈良県人事委員会規則第16号「勤務時間規則」7条1項3号が違反していると主張しています。勤務時間規則7条がどんなものかと言えば、

第七条

 勤務時間条例第九条第一項の人事委員会規則で定める断続的な勤務は、次に掲げる勤務とする。

  1. 本来の勤務に従事しないで行う庁舎、設備、備品、書類等の保全、外部との連絡、文書の収受、庁内の監視を目的とする勤務(次号に掲げる勤務を除く。)
  2. 前号に規定する業務を目的とする勤務のうち、庁舎に附属する居住室において私生活を営みつつ常時行う勤務
  3. 次に掲げる勤務
    • 警察本部における被疑者等の身元、犯罪経歴等の照会の処理のための当直勤務
    • 警察本部及び警察署における事件処理又は警備に関する情報連絡等のための当直勤務
    • 警察本部及び警察署における警備又は事件の捜査、処理等のための当直勤務
    • 警察署の被疑者看守施設における管理若しくは監督又はこれらの補佐のための当直勤務
    • 県立病院における救急の外来患者等に関する事務処理等のための当直勤務
    • 県立病院における入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務
    • 舎監を命ぜられた教員の当直勤務
    • 警察学校その他人事委員会が認める学校における学生等の生活指導等のための当直勤務((7)に掲げる勤務を除く。)
    • 身体障害者更生援護施設又は児童福祉施設における入所者の生活介助等のための当直勤務並びに中央こども家庭相談センターにおける児童又は要保護女子の一時保護のための当直勤務

おそらくですが「県立病院における入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務」これがそもそも労基法41条3号に違反しているとの趣旨と考えられます。この業務は奈良県条例第二十九号「勤務時間条例」の第9条1項に連動するため、

第九条

 任命権者は、人事委員会の許可を受けて、第三条から第六条までに規定する勤務時間(以下「正規の勤務時間」という。)以外の時間において職員に設備等の保全、外部との連絡及び文書の収受を目的とする勤務その他の人事委員会規則で定める断続的な勤務をすることを命ずることができる。ただし、当該職員が育児短時間勤務職員等である場合にあっては、公務の運営に著しい支障が生ずると認められる場合として人事委員会規則で定める場合に限り、当該断続的な勤務をすることを命ずることができる。

「断続的な勤務をすることを命ずることができる」つまり労基法41条3号の業務であるされており、これが明らかに労基法違反であるとの主張と考えられます。えらく捻った主張で原告の主張だけ読んでも分かり難いのですが、どうもなんですが被告の奈良県は訴訟展開で勤務実態が労基法41条3号に適合しているとの主張に限界を感じたようで、訴訟の展開が「断続的勤務」の認定の合法性に動いたようです。


被告奈良県の主張

 原告らは地方公務員であるから,給与を含む勤務条件につき勤務条件法定(条例)主義が適用される。本件では,中立的かつ専門的な機関である奈良県人事委員会が,勤務時間規則において,県立病院における入院患者の病状の急変等に対処するための医師の当直勤務を「断続的な勤務」と捉えることを許可しているのである。そして,原告らが宿日直勤務において行っている業務内容は,全て勤務時間規則7条1項3号 に該当する。

 原告らの宿日直勤務における救急外来受診患者数及び異常分娩件数は多くなく,正常分娩において医師が実際に診療を行う時間も多くないから,宿日直勤務は断続的勤務といえる。

まず奈良県の主張は原告医師が地方公務員であると主張しています。公務員の勤務条件は条例主義で決定され、奈良県の人事委員会が「県立病院における入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務」を断続的な勤務であると決めているので労基法41条3号の宿日直勤務に間違いないとの主張です。「条例 > 労基法」の主張であり、言い足せば「悪いとすれば人事委員会であり奈良県は知らん」と解釈すればよいでしょうか。

その上でついでのように原告医師の勤務など大した事はないと付け加えています。


裁判所の判断

ちょっと長いので分割しながら解説します。最初は勤務実態の事実認定です。

  1. 奈良病院は,1次,2次,3次救急全てを取り扱う総合病院であり,産婦人科医師が複数人在籍し,麻酔科医師もおり,救命センターや新生児のNICU施設があるため,奈良県北部だけでなく,奈良県全域及び京都府南部からの救急患者が運ばれてくる病院である(証人I)。

  2. 原告らは,奈良病院から宿日直勤務を命じられており(甲1,2の1,2の2,乙33〜56),宿日直勤務において命じられている業務は,入院患者の急変に対応するほか,やむを得ぬ事情がない限り救急外来患者の診療にも従事することであり,宿直勤務の際は奈良病院に宿泊して業務を行い,日直勤務においても奈良病院で業務を行い,宿日直勤務中は勤務位置をできる限り明確にして常時ポケットベルを携帯し,呼出しに速やかに応答することが義務付けられている(甲2の1及び2)。また,産婦人科という診療科目の特質上,宿日直勤務時間中に分娩に立ち会うことも少なくなく(乙58,59),宿日直勤務時間中に,帝王切開術実施を含む異常分娩や,分娩・新生児・異常妊娠治療その他の診療も行っていた。平均分娩時間は初産婦で約15時間,経産婦で約5時間であり(甲8),宿日直医師は助産師や看護師と協力して分娩に当たるが,分娩には必ず医師が立ち会い,異常分娩の場合には分娩前や後にもさまざまな医療行為等を行い,助産師や看護師は,異常があればすぐに宿日直医師に連絡することになっている(証人I)。また,異常分娩は結果的に正常分娩でなかったものをいい,さまざまな類型があるが,奈良病院では異常分娩の割合が高く(証人I),それらに対しては医師が診断を行い,処置や診療,手術を行うことになる(甲9,10)。これらに対処する産婦人科の宿日直医師は,1名であった(乙33〜56)。

  3. 奈良病院には宿直勤務者が睡眠するための施設が備えられているが(乙863),宿直勤務中に睡眠時間を十分に取ることは難しい(証人I,原告A本人)。被告が,奈良病院産婦人科における,平成19年6月1日から平成20年3月31日までの宿日直勤務中における通常業務(原則として,外来救急患者への処置全般及び入院患者にかかる手術室を利用しての緊急手術等)の割合を調査したところ,原告ら奈良病院産婦人科医師は,宿日直勤務時間中24%の時間,通常業務に従事していた(乙855)。

長いので乱暴に要約すると、

  1. 奈良病院は1〜3次まで扱う救急病院である。
  2. 産婦人科医は宿日直中に絶え間なく拘束を受け、通常勤務である分娩を含む通常業務に速やかに応じている。
  3. 睡眠時間は十分に取れていない。
次は奈良県側が持ち出した法解釈への事実認定かと考えられます。

 労働基準法は労働条件(勤務条件)の最低基準を定めることを目的とするものであり(同法1条2項),同法が適用される限りにおいて,地方公務員の勤務条件はこれを条例で定める場合においても労働基準法で定められた基準以上のものでなければならない。原告らは,一般職の地方公務員であり(地方公務員法3条),一部の規定を除き労働基準法が適用され(同法58条),同法37条,41条の適用をも受ける。したがって,原告らが地方公務員であって勤務条件条例主義の適用を受けるとしても,それは同法37条,41条で定める基準以上のものでなければならないと解される。

まず地方公務員であっても労基法37条、41条の適用がある事を指摘し、地方公務員は勤務条件条例主義の適用を受けるのは間違いないが、条例の内容は労基法以上のもの、すなわち労基法と同等かもっと条件の良いものでなければならないとしています。当たり前の事なんですが、奈良県の主張が「条例 > 労基法」ですからキッチリと指摘しています。

 時間外又は休日労働の割増賃金支払義務に関する労働基準法37条の規定は,監視又は断続的労働に従事する者で,使用者が労働基準監督署長の許可を受けた者については,適用しないこととされているが(同法41条3号),同法41条3号にいわゆる「断続的労働」に該当する宿日直勤務とは,正規の勤務時間外又は休日における勤務の一態様であり,本来業務を処理するためのものではなく,構内巡視,文書・電話の収受又は非常事態に備えて待機するもの等であって,常態としてほとんど労働する必要がない勤務をいうものと解される(平成14年3月19日厚生労働省労働基準局長通達基発第0319007号,甲13)。そして,同法41条3号にいう行政官庁たる労働基準監督署長は,

  1. 常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみであること(原則として通常の労働の継続は認められないが,救急医療等を行うことがまれにあっても一般的にみて睡眠が十分とりうるものであること)
  2. 相当の睡眠設備が設置され,睡眠時間が確保されていること
  3. 宿直勤務は週1回,日直勤務は月1回を限度とすること
  4. 宿日直勤務手当は,その勤務につく労働者の賃金の一人一日平均額の3分の1を下らないこと
という許可基準をみたす場合に,医師等の宿日直勤務を許可するものとされている(前記通達(甲13)の別紙「労働基準法第41条に定める宿日直勤務について」)。

ここは平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」 を事実認定した個所で、通達原文を一部引用しておけば、

  1. 勤務の態様


      常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。

      なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。


  2. 睡眠時間の確保等


      宿直勤務については、相当の睡眠設備を設置しなければならないこと。また、夜間に充分な睡眠時間が確保されなければならないこと。

裁判所の事実認定としてもう一度まとめておくと、

  1. 原告医師の宿日直は実質通常業務で多忙である
  2. 県の条例による勤務条例および規則は労基法の下に位置する
  3. 医師の宿日直勤務は平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」に基づいて判断されるものである
そういう事実認定の下での判断になると考えられますが、

 ところで,勤務時間条例9条1項は,職員に断続的な勤務を命じることができるとし,勤務時間規則7条1項3号 は,県立病院の入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務が断続的な勤務に当たると規定する。しかし,前記認定のとおり,原告らは,産婦人科という特質上,宿日直時間に分娩への対応という本来業務も行っているが,分娩の性質上,宿日直時間内にこれが行われることは当然に予想され,現に,その回数は少なくないこと,分娩の中には帝王切開術の実施を含む異常分娩も含まれ,分娩・新生児・異常分娩治療も行っているほか,救急医療を行うこともまれとはいえず,また,これらの業務はすべて1名の宿日直医師が行わなければならないこと,その結果,宿日直勤務時間中の約4分の1の時間は外来救急患者への処置全般及び入院患者にかかる手術室を利用しての緊急手術等の通常業務に従事していたと推認されること,これらの実態からすれば,原告らのした宿日直勤務が常態としてほとんど労働する必要がない勤務であったということはできない。

県の条例では原告医師の宿日直勤務は「断続的な勤務」すなわち宿日直勤務であるとしているが、勤務実態は「断続的勤務」とは言えないとまずしています。その判断の上で、

 以上のような実情に鑑みると,本件においては,原告らの宿日直勤務について,これを断続的な勤務とした勤務時間規則7条1項3号 に該当するものとすることは,労働基準法41条3号の予定する労働時間等に関する規定の適用除外の範囲を超えるものというべきである。

原告医師の宿日直勤務は労基法41条3号に該当する宿日直勤務ではないと判断しています。さらに奈良県側の「産科医の勤務はヒマだ」の主張にも、

 被告は,原告らの宿日直勤務における救急外来受診患者数及び異常分娩件数は多くなく,正常分娩において医師が実際に診療を行う時間も多くないから,労働基準法41条3号の断続的勤務にあたると主張する。しかし,前記で認定した,奈良病院産婦人科における宿日直勤務の実情に照らすと,宿日直勤務において行わなければならない本来業務(通常業務)の発生率が低く,一般的に見て睡眠が十分とりえ,労働基準法37条に定める割増賃金(過重な労働に対する補償)を支払う必要がない勤務であるとは到底いえない。

これを完全に否定しています。さらに裁判所は奈良県の基本主張「条例 > 労基法」に鉄槌を下しています。

 また,被告は,奈良県人事委員会が医師の当直勤務を断続的な勤務ととらえることを許可しているのだから,労働基準法41条3号に反しないと主張する。しかし,労働条件の最低基準を定めるという同法の目的に照らせば,行政官庁の許可も同法37条,41条の趣旨を没却するようなものであってはならず,そのために上記通達等(甲13)が発せられ医師等の宿日直勤務の許可基準が定められているのである。そうすると,奈良県人事委員会の許可も上記許可基準と区別する理由はなく,上記許可基準を満たすものに対して行われなければならないと解されるから,被告の主張は採用できない。

労基法以上の条件を人事委員会が設定しなければならないのに、それを怠れば違反であるとの事です。当たり前ですが「労基法 > 条例」であり、通達は労基法の内容をさらに明確化したものなので、これにも当然従う必要があり、奈良県だけ独自の労基法より条件の悪い勤務条件を設定する事が合法であるとの主張は認められないと解釈したら良さそうです。条例はあくまでも労基法を満たした上のものでなければ違法であるとの判断です。

非常に単純にこの判決のキモをまとめると、勤務医に労基法41条3号の許可を求めるには

こう裁判所が判断している考えられます。簡潔明瞭な判断だと感じます。



しっかしです。知事の判決後のコメントを思い出します。

    条例で決められたことをいかんと司法が判断できるのか
これって知事の妄言かと判決文を読むまで信じていましたが、奈良県は真正面から「条例 > 労基法」を訴訟で主張していたことがはっきりと確認できます。これも勝手な先入観ですが、宿日直が時間外勤務に当たるかどうかの勤務実態の事実認定を激しく争っていたとばかり考えていました。もちろんその点も争われたのでしょうが、判決文を読む限り勤務実態は被告の奈良県側もどうしようも無かったと感じます。

勤務実態は争っても不利だと考えた奈良県は、どんな勤務実態であろうと人事委員会が「断続的な勤務」としているから労基法41条3号に合法であるというとの法廷戦術を持ち出したのが分かります。どんな法廷戦術を行なおうとも被告の自由ではありますが、単純に考えれば目的は二つで、

  1. 地方自治の勤務体制は条例主義であり、地方自治の観点から「条例 > 労基法」である
  2. あくまでも奈良県は中立の人事委員会の判断に従ったものであり、奈良県が判断を誤ったのではなく人事委員会が誤っており責任は無い
こういう論理展開であったと推測されます。どちらも穴だらけと言うか、無理筋の主張にしか思えないのですが、興味があるのは誰がこの法廷戦術を立案したかです。思いつく当事者は、知事、責任部局の担当者、担当した弁護士の3人です。自治体相手の訴訟の場合、時に知事はよく事情を知らないというのはありえます。知らなくとも判決後にコメントを求められますから、知事は担当者からレクチャーされた内容でコメントしただけかもしれません。

ただし、いくらレクチャーされた内容とは言え、それを鵜呑みにする見識は如何なものかと思ってしまいます。奈良県知事はポッと出の素人知事ではありません。経歴は省略しますが、運輸省国土交通省)のエリート官僚としてキャリアを積み重ねられた方です。運輸官僚は「条例 > 国法」と認識していたかが問われるところです。それとも労基法に限って「条例 > 労基法」で当然と考えていたかです。

「条例 > 労基法(国法)」が当然と考えている自治体は正直なところチョット怖いです。もうちょっと穿った見方は可能ですが、あんまり深読みすると陰謀論の世界になってしまいすから、私はこの程度で控えます。