管理監督者の話題を久しぶりに

とりあえず7/16付Asahi.comから後半部分を引用。

 管理職の待遇改善に取り組む病院も出始めた。

 神戸市の救急医療の中核を担う市立中央市民病院は昨年4月、管理職から「医長」のポストを外した。常勤医師127人のうち医長は4割を超す51人。管理職の割合は6割前後から2割以下に減った。

 「36時間連続勤務になる」と医師の不満が強かった宿当直も見直した。午後5時半から午前0時までの時間外手当を新設。救急対応などで寝られない午前0時から翌朝までを通常勤務とする代わりに、翌日の勤務は免除とし、働かざるを得ない場合は時間外手当を全額払うことにした。

 この結果、年間1億円以上の支出増となったが、担当者は「医師に病院を去られると失うものが大きい。医師不足が解消し、法律に基づいた労働時間が保証されるまでは、報酬での対応が不可欠だ」。

 滋賀県長浜市の市立長浜病院も、診療科部長まで含めていた管理職の範囲を院長や副院長ら4人に限定。当直日の報酬体系も見直した。

 医療行政と労働行政をつかさどる厚生労働省の方針はまとまっていない。

 医療政策を担当する同省医政局は「医療秘書など医師を支える人材を強化することで激務の緩和をはかりたい。過重労働を報酬で解決することは考えていない」との立場。一方、全国の労基署を統括する同省労働基準局の担当者は「一般企業の名ばかり管理職問題と違い、医師不足が最大の原因。医療行政を変えない限り解決は難しい」と話す。

この記事の見出しは、

勤務医も名ばかり管理職 手当・シフト…改善模索

こうなっていますから、神戸の中央市民病院で

    管理職から「医長」のポストを外した
ここの「管理職」とは労基法41条2号の管理監督者であると考えられます。具体的には、

事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者

管理監督者とされれば労働時間、休憩、休日が労基法の適用除外となり、いわゆる時間外手当が付かない扱いになります。もっとも除外適用されるのは時間外労働・休日労働の支払い義務だけで深夜労働は除外されません。えらそうに書いてますが、深夜労働が除外されないのは恥ずかしながら初めて知りました。調べてみるもんです。

管理監督者は悪用すれば「名ばかり管理職」で人件費節約が可能になります。これは労基法の趣旨からしても好ましくないので管理監督者の条件制限の通達がなされています。有名なのが昭和63年3月14日付基発150号みたいなのですが、残念ながら厚労省HPには収載されていません。Web上を探し回ったのですが、あちこちで引用されている割には原文がなく、おそらく41条2号関係でもっとも原文に近いと思われるものが、小松社会保険労務士事務所様にあり引用すると、

 「企業が人事管理上あるいは営業政策上の必要等から任命する職制上の役付者」のすべてが管理監督者となるものではなく、「労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない、重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にある者」に限るとし、次の二点に留意して判断するように求めています。スタッフ職についても同様の取扱がされておれば「一定の範囲の者」との限定しながらも管理監督者に含めてもよいとされています。

  1. 「資格(経験、能力等に基づく格付)及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があること。」
  2. 「定期給与である基本給、役付き手当等において、その地位にふさわしい待遇がなされているか否か、ボーナス等の一時金の支給率、その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇処置が講じられているか否か等について留意する必要があること。なお、一般労働者に比べ優遇措置が講じられているからといって、実態のない役付者が管理監督者に含まれるものではないこと。」

通達原文そのままでないのは明らかですが、原文の趣旨をよく反映しているものではないかと判断します。ここではっきり

    「企業が人事管理上あるいは営業政策上の必要等から任命する職制上の役付者」だけでは管理監督者にならない
つまり使用者が「部長」とか「医長」とかの名ばかりの肩書きをつけただけでは管理監督者に必ずしも当たらないと明記しています。具体的な条件として
  1. 職務内容、責任と権限、勤務態様が管理監督者にあるに相応しいこと
  2. 定期給与である基本給、役付き手当等において、その地位にふさわしい待遇であること
なおかつ条件として1.が必要条件であり、2.が十分条件と考えるべきもので、管理監督者であるためには必要十分条件を満たさなければならないとしています。どちらか片方の条件を満たしただけ、とくに給与だけを満たしただけでは管理監督者とは必ずしも言えないとしています。

「給与の優遇」、「職務内容」、「責任と権限」、「勤務態様」がもっと具体的にどんなものであるかを知りたいところです。小松社会保険労務士事務所様のページにはこう書かれています。

  1. 「企業経営上重要な職務と責任を有し、現実の勤務形態もその規制になじまないような立場にある者を言い、その判断に当たっては、経営方針の決定に参画したり労務管理上の指揮権限を有する等、経営者と一体的な立場にあり、出退勤について厳格な規制を受けずに自己の勤務時間について自由裁量を有する地位にあるか否か等を具体的な勤務実態に即して検討すべきものである。」(リゾートトラスト事件大阪地裁平17.3.25)
  2. 「賃金等の待遇及びその勤務態様において、他の一般労働者に比べて優遇措置が講じられている限り、厳格な労働時間等の規制をしなくてもその保護に欠けるところがないという趣旨に出たものと解される。」(神代学園ミューズ音楽学院事件東京高裁平17.3.30)

箇条書きにしてばらすと、

  1. 経営方針の決定への参画
  2. 労務管理上の指揮権限を有する
  3. 勤務時間に自由裁量権を有する
  4. 賃金などの待遇が他の労働者より優遇され、時間外手当・休日手当が無くとも問題ないとされること
1.と2.は「経営者との一体的な立場」の具体的な条件ですが実例はもっと厳しくて、

  1. 「原告Gは、ミューズ音楽院の教務部の従業員の採用の際の面接等の人選や講師の雇用の際の人選に関与し、教務部の従業員の人事考課及び講師の人事評価を行って被告Mに対し報告していたこと、原告Hは、事業部の従業員の採用の際に面接等を行い、その人選に関与し、また、経理支出についても関与していたこと等の事実を認めることが出来る。」
  2. 「しかし、・・原告G及び同Hが、経営者である被告Mと一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されてもやむを得ないものといえるほどの重要な職務上の権限を被告Mから実質的に付与されていたものと認めることは困難である。」
  3. 「結局、原告G及び同Hは、それぞれ事業部長および総務部長として、その業務遂行に対する職務上の責任を被告Mから問われることはあっても、その職責に見合う裁量を有していたものと認めるに足りる的確な証拠があるものとはいえない。」(神代学園ミューズ音楽学院事件)

神代学園ミューズ音楽学院事件と言うらしいのですが、原告は総務部長と事業部長であるらしく、

  1. 従業採用の人選に関与していた
  2. 従業員の人事評価に関与していた
  3. 経理支出も関与していた
これぐらい経営に関与していても
    その業務遂行に対する職務上の責任を被告Mから問われることはあっても、その職責に見合う裁量を有していたものと認めるに足りる的確な証拠があるものとはいえない
この事件についての詳細はもちろん知る由もないのですが、おそらく事業部長も総務部長も人事や経理についてある程度の裁量権はあったのでしょうが、決定権みたいなものは圧倒的に経営者にあり、関与しているだけでとても「一体的な立場」とは言えないの判断が下されたと考えます。「一体的な立場」の「一体」の言葉通り経営者と同等ないしかなり近い立場が必要であり、訴訟では相当厳格に判定される例と考えられます。

あくまでも私の感想ですが、「経営者と一体的な立場」とは「経営者 > 管理監督者」では好ましいとは言えず、「経営者 = 管理監督者」まで行かずとも「経営者 ≧ 管理監督者」ぐらいを実態として必要するように感じます。

勤務時間の裁量権もかなり厳格で、

  1. 「タイムカードによる厳格な勤務時間管理を受けていなかったが、出勤簿と朝礼時の確認により、一応の勤怠管理を受けていたから、自己の勤務時間について自由裁量があったとも認められない。」(リゾートトラスト事件)
  2. 「出退勤時刻の厳密な管理はなされていたようには思われないものの、出勤日には社員全員が集まりミーティングでお互いの出勤と当日の予定を確認仕合っている実態からすると原告には実際の勤務面における時間の自由の幅は余りないか相当狭いものであることが見受けられること」(RE&HR事件東京地裁平18.11.10)

タイムカードがあるだけで論外みたいにも感じるのですが、「出勤簿と朝礼時の確認」をしただけでも勤務時間の自由裁量は認められなくなるようです。これも厳格なのですが、その次も猛烈に厳格です。

    出勤日には社員全員が集まりミーティングでお互いの出勤と当日の予定を確認仕合っている実態
これだけで
    時間の自由の幅は余りないか相当狭い
どうやら管理監督者の勤務時間の自由裁量とは大幅に広く、管理監督者が自由な意志の下に決めた勤務スケジュールに従っての勤務でなければならないようです。勤務時間の自由裁量権は労働時間、休憩、休日が労基法の適用除外になる代償として司法判断として非常に重視されている様に思われます。



さてと、これだけ管理監督者の説明をしておいて神戸中央市民の話に戻りますが、

神戸市の救急医療の中核を担う市立中央市民病院は昨年4月、管理職から「医長」のポストを外した。常勤医師127人のうち医長は4割を超す51人。管理職の割合は6割前後から2割以下に減った。

中央市民では去年4月まで「経営者と一体」であり「勤務時間の自由裁量権」がある管理職医師がなんと全体の4割以上の51人もいたそうです。さらに医師を含めた管理職の割合はなんとなんと全体の6割もいたそうです。神戸中央市民には少なくとも1000人以上の職員がいますから、1000人としても元々600人以上の管理職がおり、これが減って2割以下になったとしても200人程度は今でもいる事になります。これらの管理職は「経営者と一体的な立場」にいる事になります。

中央市民病院の地方独立行政法人です。地方独立法人と普通の法人がどう違うか詳しくしらないのですが、普通の法人で経営者に当たるのは理事会でもっと具体的には理事長や理事、監査役みたいな法人社員です。法人組織で「経営者と一体的な立場」であるためには、管理職は理事や理事長に近い権限を実質として持つ必要があります。

そんな強大な権限を持つ管理監督者である管理職が職員全体のなんと2割弱も存在するそうです。さらにこの2割弱の管理職は勤務時間の完全な自由裁量権を保障されていますから、朝は何時に来るかわかりませんし、その日の仕事のスケジュールを誰かから命令されることはありません。もし命令があったのなら既に管理監督者ではなくなります。勤務時間の自由裁量権の大きさは上述した通りです。

そんな管理職が去年まで全体の6割も存在し、今でも2割弱もいる病院の経営がどうやって運用されているか知りたいものです。さらにそんな乱脈人事が行なわれている病院を指して、

    管理職の待遇改善に取り組む病院も出始めた。
記事が何を言いたいか不明です。日本中に労基法違反病院であることをアナウンスしているようなものです。それとも朝日新聞社にも「経営と一体」であり「出勤時間が自由裁量」の社員が2割弱もいるから不思議とは思わないのでしょうか。そうであれば朝日新聞社の経営も摩訶不思議な代物に思います。もっとも監督官庁もエエ加減なもので、

全国の労基署を統括する同省労働基準局の担当者は「一般企業の名ばかり管理職問題と違い、医師不足が最大の原因。医療行政を変えない限り解決は難しい」と話す。

労基法も労基署もそんな組織であることはよく学習しましたから驚くに足りませんが、労基署の労基法運用の大原則は、その運用によって指導した会社が潰れない事です。潰れれば労働者が失業しますから、労働者保護にならないからです。医療経営の実態は医師不足、診療報酬の問題から指導したら倒産しかねませんから、

    医療行政を変えない限り解決は難しい
こういう結論になり、黙って見逃す方針になります。労働者である医師が何も言わない限り永遠の放置プレイであると宣言されています。今の境遇に満足している方は労基法の趣旨からして構いません。そうでない方は自力で戦うか、速やかに逃散せよと解釈して良さそうです。

だって医師の監督官庁であり、医療行政の元締めである厚労省は、

医療政策を担当する同省医政局は「医療秘書など医師を支える人材を強化することで激務の緩和をはかりたい。過重労働を報酬で解決することは考えていない」との立場

ここの「過重労働を報酬で解決することは考えていない」とは、過重労働であってもビタ一文出さないと明言されていると受け取れます。医政局自ら「過重」とまで表現している労働環境でも、「働いた分だけの報酬が欲しい」と言う卑しい心の持ち主は不要と判断して考えてよさそうです。いかに過重であっても追加報酬は一切期待せずに働く医師のみを期待していると表現すれば良いでしょうか。

今でも報酬さえそれなりなら、頑張る医師は尾鷲のようにいるとは思うのですが、そういう医師さえ不要と思われます。追加報酬無しで働けと宣言しても、異常に高いモチベーションを保つ医師さえ働けば問題は解決とお考えのようです。これが国の医療行政の「立場」だそうですし、そういう医師が無尽蔵に湧いてくれば、医師不足も救急問題もたちまち解決しますし、医療費削減もまだまだ可能になると言えば良さそうです。

ですから、異常なモチベーションが保てない凡人医師は、それなりのところで、自分のモチベーションに相応しい役割を果たせば十分とも解釈できます。まあ、ムキになって強調しなくともそういう流れに自然になっていますが、厚労省医政局のお墨付まで頂いたのは目出度い限りです。そうそう厚労省の医政局のお言葉ですから、ここはマスコミ・バイアスなしで正確に伝えられていると考えています。