奈良産科医時間外訴訟控訴審・速報

とりあえずベース情報は11/16付CBニュースから取ってみます。

11/16号 医師の時間外手当の請求認めた一審判決支持、大阪高

 11月16日、大阪高裁で、奈良県奈良病院産婦人科医2人が、未払いだった「時間外・休日労働に対する割増賃金」(以下、時間外手当)を請求した裁判の判決の言い渡しがあり、「宿日直勤務は、実際に診療に従事した時間だけではなく、待機時間を含めてすべて勤務時間」であると判断した奈良地裁の一審判決を支持しました。

 2009年4月22日の奈良地裁の判決では、A医師に736万8598円、B医師に802万8137円の支払うよう命じていました(判決の詳細は、『「宿直」扱いは違法、奈良地裁が時間外手当支払い求める』を参照)。医師が時間外手当を求めた裁判は珍しい上、「待機時間を含めて勤務時間」とした同判決は注目されていました。

 これに対し、原告医師、被告である奈良県ともに控訴。原告は、(1)時間外手当の割増賃金計算の算定基礎額に、「給与、調整手当、初任給調整手当、月額特殊勤務手当」だけでなく、「期末手当、勤勉手当、住居手当」を加える、(2)宅直(オンコール)についても手当を認めるべき、と主張。一審分に追加し、2人分で計2700万円を請求していました。

 一方、奈良県控訴理由は、「実態として通常業務に従事していたか否かにより、宿日直勤務時間を切り分け、それぞれ割増賃金、宿日直手当の対象とすべき」などの点。

 大阪高裁は、これら両方の主張を退け、一審判決を支持したわけです。とはいえ、「待機時間を含めて勤務時間」という判断が支持されたことは評価すべきであり、オンコールについては手当の請求は認められなかったものの、一審判決より、やや踏み込んだ点があります。判決言い渡しの際、裁判長は、以下のように述べ、オンコールの制度的、運用的な扱いについて、県、ひいては国に求めています。

 「原判決通りの結論になる。時間外労働、休日労働、その分については、全時間を勤務時間とするという認定をした。その理由について詳細に判決文では説示している。宅直勤務関係については業務命令がない以上、法的には(請求を)棄却せざるを得ない。ただし、いろいろな問題点があり、現状のままでいいのかという点について十分に検討してほしい。このようなことについて判決文について記載している」

 一審判決は33ページであるの対し、大阪高裁判決は64ページ。丁寧に時間外労働やオンコールについて判断しています。16日夕方、産婦人科医の代理人弁護士の藤本卓司氏による記者会見が予定されています。その内容も含め、判決の詳細について、改めて医療維新のコーナーで掲載します。

とりあえずゲソッとしたのは、

    一審判決は33ページであるの対し、大阪高裁判決は64ページ
判決文が入手できたら解説をやるつもりですが、64ページか・・・結構なボリュームなので眩暈がしています。ただ判決のキモ自体はシンプルなようで、
    原判決通りの結論になる。時間外労働、休日労働、その分については、全時間を勤務時間とするという認定をした
控訴審で判断が注目された宅直業務の認定も一審を踏襲したようで、
    宅直勤務関係については業務命令がない以上、法的には(請求を)棄却せざるを得ない
ここも議論があるところですが、あくまでもボランティア扱いとでも考えれば良いのでしょうか。今後は宅直の指示形態について争うところが出てくると予想されます。一審と近い判断であれば、業務命令さえあれば勤務時間と認定される可能性は非常に強いからです。この辺の裁判所の判断については判決文が無いとこれ以上論評できないところです。


個人的に興味があるのは奈良県側が控訴審でどういう主張を行ったかです。奈良県の一審の主張を一審判決文から引用しておくと、

 原告らは地方公務員であるから,給与を含む勤務条件につき勤務条件法定(条例)主義が適用される。本件では,中立的かつ専門的な機関である奈良県人事委員会が,勤務時間規則において,県立病院における入院患者の病状の急変等に対処するための医師の当直勤務を「断続的な勤務」と捉えることを許可しているのである。そして,原告らが宿日直勤務において行っている業務内容は,全て勤務時間規則7条1項3号 に該当する。

 原告らの宿日直勤務における救急外来受診患者数及び異常分娩件数は多くなく,正常分娩において医師が実際に診療を行う時間も多くないから,宿日直勤務は断続的勤務といえる。

キモの主張は公務員の勤務条件は条例によって定められ、その条例で「断続的な勤務」であると定められている以上、裁判所がなんと言おうと断続的勤務であり、断続的勤務であるから労基法41条3号の宿日直勤務であるとすれば良いのでしょうか。控訴審奈良県側の主張は記事情報しかわかりませんが、

    奈良県控訴理由は、「実態として通常業務に従事していたか否かにより、宿日直勤務時間を切り分け、それぞれ割増賃金、宿日直手当の対象とすべき」などの点。
CB記事も簡潔すぎて、一審段階と同じかどうか判断は難しいのですが、読む限り基本は一審段階と類似の主張をしているように感じられます。ただ一審と全く同じであるのか、それとも微妙に主張を変えているのかはこの記事だけでは不明です。


この判決への興味はいくつかあるのですが、控訴審判決を受けて上告するかどうかです。原告側は裁判での徹底決着を目指しているともされますから、上告する可能性は高いと考えられます。裁判も上級審で決着した方が重くなるのは説明不要で、とくに最高裁判決は正式の判例(この言い方に正確性を欠くのは御了承下さい)になりますから、大きな意味があります。高裁判決より後の拘束性ははるかに強くなると言う事です。

奈良県側が控訴するかどうかは微妙です。なんとなく控訴しそうな気はしますが、裁判の流れと言うか、労基法の常識的な解釈からして覆すのは非常に難しそうな気はしています。ただ奈良県側が上告を断念したとしても、原告側が行えば付き合わざるを得ませんから、ここまでくれば上告するという判断もあるようには思います。一審段階では判決に大きな不満を持ってましたからね。


それと上告がなければこれで確定ですし、上告があったとしても1〜2年程度の間に判決が出ると予想します。仮に今回の控訴審判決が基本的に踏襲されたとすれば、奈良県は新たな36協定の締結を迫られる事になります。ここは大雑把に取って、裁判で認定された時間外労働が労基法違反にならないような36協定が必要になると仮定してみます。

ほいじゃ、どれだけの時間外労働が認定されたかですが、これが一審判決文にあります。

期間 区分 産科医A 産科医B
H.16.10.26〜H.16.12.31 休日深夜 28時間 49時間
平日深夜 70時間 56時間
休日労働 68時間 119時間
平日時間外 82.5時間 66時間
H.17.1.1〜H.17.3.31 休日深夜 49時間 49時間
平日深夜 84時間 91時間
休日労働 119時間 119時間
平日時間外 99時間 107.25時間
H.17.4.1〜H.17.11.30 休日深夜 119時間 119時間
平日深夜 238時間 231時間
休日労働 289時間 289時間
平日時間外 280.5時間 272.25時間
H.17.12.1〜H.17.12.31 休日深夜 21時間 21時間
平日深夜 21時間 35時間
休日労働 51時間 51時間
平日時間外 24.75時間 41.25時間
H.17.1.1〜H.17.12.31 休日合計 648時間 648時間
平日合計 737.25時間 777.75時間


この時間外及び休日労働の時間ですが判決文より、

同年10月26日から平成17年12月31日までの間に原告らが宿日直勤務を行った回数は別紙4〈省略〉記載のとおりであり,原告Aの宿直勤務時間は合計1372時間30分,日直勤務時間は合計271時間15分,原告Bの宿直勤務時間は合計1418時間15分,日直勤務時間は合計297時間30分である。

表では平成17年の1年分の時間数を計算していますが、この時間はすべて「宿日直時間」のみの認定時間です。つまりこれ以外に宿日直時間以外の時間外ないし休日労働が含まれるわけです。そうなると必要となる36協定の条件は、

    平日・・・800時間+α
    休日・・・650時間+α
宿日直分だけで1450時間程度は必要ですから、「+α」も含めれば2000時間はラクに越える協定が必要ではないかと考えられます。もっとも奈良県側に幸いな事に労働省告示第154号の年間上限の「360時間」を越える協定を結ぶ事は平成11年3月31日基発第169号で認められており、現実に愛媛の県立病院では1か月90時間(労働省告示第154号の上限は45時間)の36協定を結んでいます。

また愛媛の県立病院では月間90時間でも不足しているために、さらなる延長も真摯に検討されています。医師労働環境整備の先進県であらせられる奈良県としては、全国に先駆けて2000時間以上、この際ですから二度と36協定関係でもめ事が起こらないように3000時間、ここはもう一声で労働省告示154号の10倍アップの年間3600時間の協定を結ぶ事を期待しておきます。ここまで増やせば36協定違反は起こらないでしょう。




ここまで下書きで書いていたら、奈良県側の反応があのタブロイド紙に掲載されていました。11/17付記事からですが、1ヵ所だけ引用しておきます。

武末部長は「24時間365日急患への対応を求める医療法の宿直と、軽微な作業を前提とした労働基準法の宿日直を明確化することを国に求めたい」と話した。

掲載している報道機関の信用性も問題なのですが、それ以上にコメント内容が本当にこういう趣旨であったのかすこぶる疑問です。記事にある武末部長とは「県医療政策部長」であり、このコメントが取られたのは県庁での記者会見ですから、形式上は判決を受けての奈良県側の見解の公式表明にあたるはずなんですが内容があまりにもの感じがしてならないのです。


医療法による宿直とは、

第16条

 医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。但し、病院に勤務する医師が、その病院に隣接した場所に居住する場合において、病院所在地の都道府県知事の許可を受けたときは、この限りでない。

こう規定されています。浜の真砂ほどある通達がありますから、武末部長の言う医療法の当直が、

    24時間365日急患への対応を求める
こういう趣旨のものが無かったとは断言できませんが、裁判でも重視された平成14年3月19日付け基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」を鑑みると存在する可能性は低いと考えます。通達は上塗り形式で運用されると聞きますから、仮にあったとしても上塗りされて効力を失ったと考えたいところです。

ただし医療法の宿直は、極論すれば医師免許を持った人間が病院内に存在していれば、それ以外の業務を具体的に定めておらず、例えば医師法

第19条

 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

これとの合せ技で奈良県のような見解を取ることは否定されていません。ここは奈良県が医療法の宿直をそう解釈してるとぐらいに受け取る事は可能です。しかしこれを労基法に絡めてくるのは奇々怪々です。医療法は医療の在り方を決めた法律であり、労基法は医師だけでなく労働者一般の労働環境を定めた法律です。不明確も何も別観点の法律ですから、合せ技で論じるのはかなり無理があると感じます。

まず労基法41条3号の宿日直許可とは

  1. 賃金は通常勤務の1/3以上あれば良い
  2. 労働時間にカウントされない
こういう条件で許可されます。これだけ割安の条件での労働を許可する代わりに、宿直業務を通常業務と峻別しています。ごく簡単には期待している業務は留守番程度のものであり、その程度の労働量であるから割安の条件での労働を許可しています。決して通常業務を許可しているものではありません。

さらに言えば、医療法の宿直は労基法の宿日直許可を受けて行うものではありません。医療法の宿直は、交代勤務制であってもOKですし、労基法41条3号での宿直でもOKですし、さらに言えば労基法41条3号の宿日直許可に反する違法宿直であっても合法です。

労基法41条3号の宿日直許可は、奈良県が申請し許可を受けたものです。奈良県労基法の宿日直許可の条件で医師を宿直させる事を決定し、その条件内で医師を働かせる事を誓約して得られた許可です。つまり奈良県自らが、病院の宿直医にはそれだけしか働かせませんと公式に表明したと言う事です。にも関らず、労基法の宿直許可を越えて通常業務に従事させているのが合法的だという主張はおかしいとしか言い様がありません。

奈良県が医療法の宿直の解釈を24時間365日の急患のためにあると定義するのは勝手ですが、宿直医を働かせる労働条件を労基法41条3号の宿日直許可に限定したのは奈良県であるのは自明です。間違っても医師が勝手に労基局に宿日直許可を申請したわけでは無いからです。これは誰がどう見ても労基法の乱用と言うより悪用であるとしても良いかと存じます。

奈良県側の主張は、医療法の宿直がまるで労基法の許可が無ければ行ってはならないような誤解をもたらします。医療法の宿直は労基法とはまったく別の位置にあり、医療法の宿直の勤務条件の選択の一つに労基法41条3号の宿日直許可があり、さらにこれを選択したのは奈良県自身であると言う事です。

奈良県は一審・控訴審の2回の裁判を経ても、医療法の宿直と労基法41条3号の宿日直許可の違いが理解出来ていないと解釈せざるを得なくなります。ただ経過からわかるのは、どうやら一審・控訴審を通じて
    奈良県は医療法の宿直は24時間365日の急患対応に存在するものと解釈し、この奈良県の見解は労基法41条3号の宿日直許可を凌駕する
こういう主張を貫き通していたんじゃないかと思われる事になります。


奈良県の主張も本音としては理は無い事もありません。現実として医師は不足し、救急の医療需要は政策的に増大の一途です。24時間365日の急患対応体制を敷くには医師は算数的に不足し、また仮に集められてもそれを雇用できるだけの収益を確保できません。その一方で、基礎的条件がまったく無いにも関らず、国の医療政策として救急医療の充実を押しつけられます。

出来もしないことを「早期の整備を」を「国民のために」を大義名分として押し付けられても、どうしようも無いという本音です。現場の工夫として、労基法の宿直条件の待遇で、実質として勤務させる事で辻褄をあわせているのに、それを認めないとは信じられないし、認めてもらわないと国が求める医療政策など実現不可能であるぐらいでしょうか。

本音としては理解出来る部分は無いとは言いませんが、これを司法の場で公式に認定させようとしたのはかなりの無理があると感じます。あまりにもの強行突破、正面突破戦術で、国の大義を信じてバンザイ突撃を行った先の大戦の悲劇を想起させるものがあります。戦略・戦術に基本的な誤りがあると私は感じます。


それにしても奈良県は本当にこう言ったのでしょうか。なんつうても記者クラブでの密室記者会見ですから、事の真偽を確かめる術はどこにもありません。