海保職員

鬼門過ぎる法律論なので、あくまでも素人論としてお願いします。海保職員が問われる責任は、

この3つに分かれると考えます。このうち民事罰については、正直なところ誰がどういう損害賠償を訴えるか考えるのがしんどい(つうか逆に面白すぎる)ので今日は置いておきます。行政罰も海保の職員としての処分ですから、これも内規的にはどうなっているか調べる気力もないのですが、今朝の報道で懲戒処分なんて情報も出ていました。


問題は刑事罰です。国家機密の漏洩であると官房長官は断言していましたが、具体的にどういう違反に問われるかと言う事です。とりあえず「国家機密漏洩罪」なる法律があるのかと思ってググりましたが、どうやらなさそうです。私は素人なので、法律関係者の意見を中心に情報を探ってみましたが、参考になるのは西山事件のようです。

西山事件もいわゆる国家機密を漏洩させた事件ですが、参考にしたサイトは外務省秘密漏洩事件です。このサイトに最高裁判決があるのですが、裁判所の判断部分を引用します。

被告人の行為は、国家公務員法111条(109条12号、100条1項)の罪を構成するものというべきであり、原判決はその結論において正当である。

これだけでは何にも判らないので情報を補足します。まずは違反とされたのは国家公務員法111条となっています。

第111条

 第109条第2号より第4号まで及び第12号又は前条第1項第1号、第3号から第7号まで、第9号から第15号まで、第18号及び第20号に掲げる行為を企て、命じ、故意にこれを容認し、そそのかし又はほう助をした者は、それぞれ各本条の刑に処する。

西山事件は西山記者が情報を入手した手段の正当性が問われた面があり、第111条に問われたのだと考えます。では第111条に違反するとした行為は109条12号と100条1項となっています。まず109条12号ですが、

第100条第1項若しくは第2項又は第106条の12第1項の規定に違反して秘密を漏らした者

106条の12第1項は置いといて、結局のところ問題の鍵は、100条1項になると考えて良さそうです。いわゆる機密漏洩罪とは国家公務員法100条1項の違反を指すと考えて良さそうです。ほいじゃ、100条1項とはどんな内容かと言えば、

第100条

 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。

ありゃ、かなり投網的な規制であり、医師が医療情報の秘密を守るのと似たような感じと理解します。それはそれで重要な事ですが、それじゃ「国家機密」とはすべての情報が国家機密に該当することになり、海保職員は弁明の余地なく100条1項に違反している事になりそうです。ここで「職務上」の定義が問題になってくるらしいですが、これも今日は置いておきます。

それでは西山事件があれだけもめたのが理解しにくくなるのですが、それでも機密資料と言うのが現実には存在するようです。これは西山事件の被告弁護団の上告趣旨ですが、

現にわが国防衛庁が秘密に指定したものだけでも庁秘72万点、防衛秘密9万点に及ぶ。国会で明らかにされたところによれば、本件当時の昭和46年度だけで、極秘4万点、秘8万3千点余、合計12万5千点があらたに秘密指定されている(なお、その中には防衛庁秘は含まれていない。)

ここで法の素人にはいきなりの難題が提示されます。100条1項を素直に読めば、いかなる国家情報でも漏洩は禁じられているように読めますが、とくに秘密指定を受けた情報は別扱いになるのかです。もうちょっと言えば、100条1項で漏洩を禁じられているのは秘密指定の情報だけであり、その他の情報は該当しないのかと言う事です。

ここは法の素人なんで許容の幅をもって欲しいのですが、100条1項の「秘密」はかなり狭い解釈をするようです。どう狭いかといえば、秘密になっている情報が「秘密」にあたる感じです。秘密でない情報は100項1項違反に当たらないと言えば良いのでしょうか。なんか禅問答みたいな解釈ですが、西山事件最高裁判決でも、

国家公務員法109条12号、100条1項にいう秘密とは、非公知の事実であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいい(最高裁昭和48年(あ)第2716号同52年12月19日第二小法廷決定)、その判定は司法判断に服するものである。

うわぁ、100条1項の秘密はこんなに狭く定義されている事がわかります。この判決で引用されている「最高裁昭和48年(あ)第2716号同52年12月19日第二小法廷決定」の該当部分を引用しておくと、

なお、国家公務員法一〇〇条一項の文言及び趣旨を考慮すると、同条項にいう「秘密」であるためには、国家機関が単にある事項につき形式的に秘扱の指定をしただけでは足りず、右「秘密」とは、非公知の事項であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものをいうと解すべき

これを参考に考えると100条1項の秘密とは、

  1. 国家機関が秘密指定をしている
  2. その秘密が非公知の事項である
  3. 秘密にする事に価値を認める
この3条件をすべて満たした上で、なおかつ、
    その判定は司法判断に服するものである
つまり行政が「秘密だ、秘密だ」としただけでは100条1項の秘密に必ずしも該当しないという事です。とりあえず尖閣ビデオは国家機関が秘密指定しているだろうと思われます。どうも秘密指定は厳格に絞り込んでのものと言うより、幅広く行われていると解釈しても良さそうだからです。ただ残りの2条件は難しそうな気はします。

公知なる用語が行政的、司法的にどう使われているかの問題はありますが、とりあえず大辞泉の定義を示しておきます。

世間一般に広く知られていること。周知。「―の事柄」

まず尖閣ビデオの存在自体は非公知ではありません。ビデオの内容については国会での答弁でも触れられ、静止画像も報道に提供されています。さらに限定的であるとは言え、国会議員もそれを見ており、その内容については自由に国民に話しています。刑事罰と言う観点からの訴訟で争う場合、これらを踏まえた上で非公知であるとするのは容易ではないとの意見が法律関係者にあるようです。

もう少し付け加えれば、現時点の政府は尖閣ビデオの公開はしないと主張していますが、これも不安定な面があり、今からでも政府が公開してしまえば、非公知の事柄ではなくなってしまい、秘密漏洩の犯罪自体が成立しなくなるとの法解釈もあるそうです。図らずも公開されてしまった官房長官の「厳密資料」に、公開の可能性も選択枝として書かれている事も、公判維持する上で宜しくない情報になる可能性があります。この情報のさらに補足ですが、11/16付神戸新聞朝刊3頁には、

「直ちに政府に対応させます」。15日午後の民主、自民両党国対委員長会談。民主党鉢呂吉雄国対委員長が流出した衝突画像の全面公開について善処する姿勢を示すと、自民党逢沢一郎国対委員長は「大いなる前進」と評価。約7時間にわたって空転した衆院予算委員会はようやく開会にこぎ着けた。

「直ちに政府に対応させます」の民主党国対委員長の言葉にどれだけの重みがあるかはわかりませんが、ごく素直に受け取れば「いつ全面公開されても不思議がない」と言う判断も出てくるわけです。


もうひとつ、秘密にする価値ですが、これは誰が証言するのでしょうか。まさか一部で報道されている中国との密約を大真面目に持ち出してくるのでしょうか。官房長官が主張する訴訟資料(捜査資料だったかな)説も、国会議員への限定公開の兼ね合いがやはり出てくるような気がしないでもありません。とにかく判断されるのは司法の場ですから、具体的に保護に値する秘密であった事を公の場で検察は立証する必要があります。

政府がビデオを保護する価値も、やはり秘密に属する事項が多いと考えられ、それが公開されないと公判維持はかなり大変そうに法の素人は感じます。


尖閣ビデオ問題を扱い始めてから、私の基本スタンスは、公表されたビデオの価値と公表した人間の扱いは分けて考えるべきだとしています。法を犯して漏洩させたのなら、その罪は法に照らして罰するのが法治国家の基本と考えたからです。これは法に照らして罰する罪があればのお話であり、これがなければ罰する必要はもちろんありません。

今日、展開したお話も断定材料ではありません。どちらかと言うとチェリー・ピッキングになっている面も否定はしきれません。つうか、チェリー・ピッキングになっているかどうかを判断できるだけの法律的知識がそもそもありません。これからどう展開していくのかに、嫌でも関心が注がれるところです。