奈良県立奈良病院(奈良市)の産婦人科医2人が、宿日直勤務を時間外労働と認めないのは違法として、割増賃金の支払いを求めた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(大谷剛彦裁判長)は12日付で、奈良県の上告を受理しない決定をした。県に約1540万円の支払いを命じた一、二審判決が確定した。
一、二審判決によると、2人は2004〜05年、それぞれ約210回、宿直と日直を継続する宿日直勤務をした。県は、宿日直は時間外労働ではなく、割増賃金を払わなくていい「断続的労働」に当たるとして、1回当たり2万円の手当てのみを支給していた。
上告却下ではなく不受理なんですが、weblio辞書より
上告の申立てを受けた裁判所が、上告を受理しないこと。裁判所での審理は行われない。
上告不受理は、刑事訴訟法、あるいは、民事訴訟法の定める上告の理由に該当しない場合である。刑事訴訟法では405条、民事訴訟法では312条にそれぞれ規定されている。上告の理由は主に、憲法の解釈の誤りがある判決、最高裁判所の判例と異なる判決などが挙げられる。
なお、上告不受理により直前の判決が確定される。
法律的に却下と何か違いがあるのでしょうが、とにかく不受理により、
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上告不受理により直前の判決が確定される
控訴審判決の内容について窺い知る参考として2010.11.17付CBニュースを参考にしてみます。
県立奈良病院では、(1)2007年6月から、宿日直勤務のうち通常勤務分については超過勤務手当を支給、(2)2008年4月から、超過勤務手当に加え、分娩にかかわる業務や勤務時間外に呼び出しを受けて救急業務を行った場合には、特殊勤務手当を支給――などの待遇改善をしている。もっとも、労基法上の「36協定」を締結したのは、2010年7月28日であり、8月に労働基準監督署への届け出を行っている。
(1)の対応は、裁判の過程で県が主張していたものであり、2004年と2005年当時は超過勤務手当(時間外手当)を支給していなかったが、主張通りの対応に変えたわけだ。
年月関係をまとめておくと、
年月 | 経緯 |
2006年12月 | 産科医が訴訟を起す |
2007年6月 | 宿日直勤務のうち通常勤務分については超過勤務手当を支給 |
2008年4月 | 超過勤務手当に加え、分娩にかかわる業務や勤務時間外に呼び出しを受けて救急業務を行った場合には、特殊勤務手当を支給 |
2009年4月 | 奈良地裁判決 |
2010年7月 | 36協定締結 |
2010年11月 | 大阪高裁判決 |
訴訟が始まってから待遇改善を行ったようにしか見えないのは致し方ないでしょう。しっかし36協定を結んだのは一審判決の後なんですねぇ。これにはちょっとビックリしました。ちなみに2010年7月に結んだ36協定の内容は2010.8.27付タブ紙に、
奈良労働監督署などは今年5月、労使協定を結ばずに医師や看護師に時間外・休日労働をさせていたとして、県立奈良病院(奈良市)、県立五條病院(五條市)と運営する県を労働基準法違反容疑で奈良地検に書類送検した。同様に協定を締結していなかった県立三室病院(三郷町)を含め、3病院は7月末までに労使協定を締結し、労基署に届け出た。
協定では、医師の年間の時間外労働は、奈良が1440時間▽三室が1440時間▽五條が1300時間を上限とし、「特別な事情」があれば協議のうえさらに360〜460時間延長できる。
えっと、どうも奈良産科医時間外訴訟のためと言うより、奈良労基署に書類送検されて対応した様子が窺えます。でもって結んだ36協定がドドーンと花火が上りそうな、
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医師の年間の時間外労働は、奈良が1440時間
奈良県では、「宿日直のうち、通常の労働部分は、宿日直勤務の時間帯の22.3%であり、残りは断続的勤務である」と主張。これに対し、原告はこの22.3%には、(1)外来患者への処置や入院患者の緊急手術に限られ、正常分娩は含まれない、(2 )緊急手術も、手術室にいる時間しか含まれない、と問題視。「22.3%」という数字は、2007年6月から2008年3月までの10カ月間の産婦人科の勤務実態を調査した結果だ。これに、「正常分娩にかかる処置」を加えると23.1%、さらに、その他の業務(分娩・手術を除く処置全般、家族への説明、電話対応など)を加えると23.7%だった。
裁判所は、原告の主張を認め、この調査結果は、「当直医の通常業務の従事割合が過少に表現されている」とした上で、「原告の宿日直勤務は、断続的労働であるとは認められず、その全体として被告(奈良病院長)の指揮命令下にある労働基準法上の労働時間であり、割増賃金(時間外手当)を支払うべき」と判断した。
当直時間での労働時間の主張なんですが、文意がチト微妙です。読み様によっては奈良県の「22.3%」に産科医側の主張部分を足すと「23.7%」になると見えないこともありませんが、双方の1.4%の差が争点になったと考えるのは不自然な気がします。そうなると、
勤務内容 | 比率 | 労働部分 | ||
奈良県 | 産科医 | 裁判所 | ||
外来患者への処置や入院患者の緊急手術 | 22.3% | ○ | ○ | ○ |
正常分娩にかかる処置 | 23.1% | × | ○ | ○ |
分娩・手術を除く処置全般、家族への説明、電話対応など | 23.7% | × | ○ | ○ |
待機時間 | 30.9% | × | ○ | ○ |
こう考えるのが正しいような気がします。それにしても奈良県は正常分娩への対応も労働時間と認めてなかっただけでなく、緊急手術の術後対応も勤務と認めないと主張していたことが確認できます。ここで、ちょっと気になったのは36協定の1440時間です。協定が出来たのは控訴審判決前です。つう事は奈良県が36協定で時間外労働として必要とした時間は控訴審判決で「認める」と主張している時間帯の可能性があります。
控訴審判決では奈良県の主張する勤務時間の約4倍を勤務時間であると認定し、この判決が確定しています。そうなると時間外勤務に必要な時間は5760時間になります。5760時間は時間外労働時間だけで、これに通常勤務を加えると7800時間ぐらいになります。でも年間の総時間数は8760時間しかありません。いくら奈良県でもこんな無茶な事は言わないと思いますから、控訴審判決前の36協定の1440時間は控訴審で認められないのを予め織り込んで設定したのでしょうか。興味深いところです。
もう一つの焦点である、オンコールについて、裁判所は、「精神的、肉体的な負担はかなり大きい」としつつも、県立奈良病院長の明示または黙示の業務命令に基づくとは認められず、労働基準法の労働時間に当たらない」とした。
もっとも、裁判所は、オンコールを「プロフェッションとしての医師の職業意識に支えられた自主的な取り組みであり、奈良病院の極めて繁忙な業務実態からすると、医師の職業意識から期待される限度を超える過重なものではないか、との疑いが生じることも事実である」「1人宿日直制度での、宿日直担当医以外の産婦人科医の負担の実情を調査し、その負担が(オンコール制度の存否にかかわらず)がプロフェッションとしての医師の職業意識により期待される限度を超えているのであれば、複数宿日直体制とするか、オンコールを業務として認め、適正な手当を支払うことを考慮すべきものと思われる」と言及。
ここは1審部分の基本的な踏襲であると読めます。病院の預かり知らぬところで産科医が勝手にオンコールを組んで、勝手に働いているだけなので、病院の指揮下にある労働とは認められず時間外労働として認められないぐらいで宜しいかと思います。一審判決を簡単にダイジェストしておくと、
- 産科医療のために宅直制度は自主的に出来た
- 病院には宅直制度の内規はない
- 産科医師は病院に宅直当番を届けていない
- 宅直医の待機場所の指定は無い
- 他の診療科にも宅直制度は無い
上記宅直勤務が,割増賃金の請求できる労働基準法上の労働時間といえるか否かは,宅直勤務時間が「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」に当たるか否かによる。
こういう判断基準が設定され、
- 病院が命じた証拠が無い
- 待機場所が定められていない
とにもかくにも判決は確定したのですが、これから奈良県のオンコール勤務がどうなるかはちょっと注目されます。言うまでもなく奈良県は従来通りの、病院が関与しない医師の自主的な時間外手当の付かないオンコール勤務の継続を求めるかと考えます。そこで医師側が自主的オンコールを「やめる」と言えばどうなるかは興味深いところです。
病院としてやめられては困るので、オンコールを続けるように要請するとは思われますが、自主的を続けるように病院が「どの程度要請」すれば時間外勤務に認定されるのでしょうか。まあ、36協定で1440時間が受け入れられる奈良県ですから、平穏理に自主的ボランティア・オンコール勤務は続いていくのかもしれません。