富山の事例の蛇足のオマケ

搬送経過の最終検証は昨日やりましたが、蛇足(ネタガレと言われそうですが・・・)として「下に対策あり」の補充編をやっておきます。ソースが7/30付中日新聞なので、その辺は割り引いておいて欲しいのですが、”X day”対策として、

救急患者の受け入れ改善策を報告し、県立中央病院は原則すべての重症患者を受け入れる方針を示した。

すべてを受け入れるために

 今後の対応で、県立中央病院は受け入れ態勢確保とともに、休日や夜間に病院からの連絡で駆けつける「オンコール医」には、搬送の可否を問うのではなく、診察を要請するとした。

帰宅中の医師にオンコールを課して、救急時の対応に動員しようと言うわけです。さらにですが、

この医師が来院できない場合に備えて、連絡順位などバックアップ体制も整える。

ここはオンコール体制が1人ではなく、セカンド・オンコール以下の体制を構築するとしています。これは一部の診療科に限定されるものと思えません。なんと言っても、受け入れ対象が、

    すべての重症患者
大部分の診療科に関係すると考えるのが妥当です。そういう体制の是非そのものは今日は置いておきます。今日の蛇足はそういう体制を行う事による副産物の問題です。ごく素直に考えて、かなり大人数の医師がオンコールに拘束されます。こういう拘束された医師の扱いがどうなるかです。


奈良産科医時間外訴訟の事例

これについては奈良産科医時間外訴訟判決文・後編でやったので、詳細についてはリンク先を読んで頂きたいのですが、裁判所の判断部分を引用しておきます。

 上記宅直勤務が,割増賃金の請求できる労働基準法上の労働時間といえるか否かは,宅直勤務時間が「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」に当たるか否かによる。

 本件の宅直勤務制度は,救急外来患者も多い奈良病院における産婦人科医師の需要の高さに比べて,5名しか産婦人科医師がいないという現実の医師不足を補うために,産婦人科医師の間で構築されたものである。しかしながら,原告らも認めるように宅直勤務は奈良病院産婦人科医師の間の自主的な取り決めにすぎず,奈良病院の内規にも定めはなく,宅直当番も産婦人科医師が決め,奈良病院には届け出ておらず,宿日直医師が宅直医師に連絡をとり応援要請しているものであって,奈良病院がこれを命じていたことを示す証拠はない。また,宅直当番の医師は自宅にいることが多いが,これも事実上のものであり,待機場所が定められているわけではない。

 このような本件の事実関係の下では,本件の宅直勤務時間において,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていた,つまり,奈良病院の指揮命令下にあったとは認められない。

 したがって,宅直勤務の時間は,割増賃金を請求できる労働時間とはいえない。

裁判所の判断の大前提は、

    上記宅直勤務が,割増賃金の請求できる労働基準法上の労働時間といえるか否かは,宅直勤務時間が「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」に当たるか否かによる。
奈良では指揮命令によらず、産科医が自主的に宅直制度を行っている点を認定して却下されています。さらに付け加えると、事実認定の前提として、
  • 産科医療のために宅直制度は自主的に出来た
  • 病院には宅直制度の内規はない
  • 産科医師は病院に宅直当番を届けていない
  • 宅直医の待機場所の指定は無い
  • 他の診療科にも宅直制度は無い
こういう事実認定も行われています。これはどうやら指揮命令だけが労働の認定(拘束時間の認定)ではない事を示していると解釈しています。

前記認定のとおり,宅直制度は宿日直医師の負担を軽減しこれを補うためにできたものである。しかし,奈良病院において産婦人科のみが救急外来患者が多いことを示す証拠はなく,他の診療科目においても,宿日直の医師1名では対応できない場合があると考えられるが,産婦人科だけでなく他の診療科目においても宿日直医は1名である(乙33〜56の2)。確かに,産婦人科という診療科目の特質上,夜間に分娩等に対処しなければならないことが多いとしても,それが常に2名以上の医師を必要としており,宅直制度がなければ宿日直制度が成り立たないと断定することは困難である。

読みにくいとは思いますが、ここでの事実認定はシンプルに言えば宅直制度が必ずしも業務に必要とは言えなかったです。ただし、判決文全体で判断する限りでは、この必要性の判断は「指揮命令がなかった」時の判断と解釈するのが妥当と考えます。つまり宅直制度(オンコール制度)の勤務の認定には2つの条件があると考えられ、

    必要条件:使用者の指揮命令である
    十分条件:業務上の必要性
なおかつどちらかの条件さえ満たせば認められるものであり、さらに言えば、
    指揮命令 > 必要性
つまり必要条件である指揮命令さえあれば、十分条件である業務の必要性がなくとも勤務と認定され、必要条件の指揮命令がなくとも十分条件の業務の必要性があれば勤務と認定されると解釈できるかと考えます。あえて表にしておきますが、

指揮命令 業務上の必要性 判断
あり あり 勤務時間と認定
あり なし 勤務時間と認定
なし あり 勤務時間と認定
なし なし 勤務時間と認定されない


もちろんこれは民事であり、まだ高裁レベルであり、あくまでも奈良のケースの裁判所判断にはなります。それでも労基法は実運用上での監視は緩めではありますが、いざ訴訟になれば労働者側にかなり有利と言うか、使用者側に辛目の判決が下る傾向が強そうに感じています。


富山では・・・

まずですが”X day”の対応がどこで決定されたかです。中日記事には、

富山市内の交通事故で重傷を負った女性(73)が、市内三病院から受け入れを断られた後に死亡した問題で、県は二十九日、富山市内で連絡会議を開いた。

県主催の連絡会議での決定事項ないし合意事項と考えて良いかと思われます。県立中央病院は名前の通り「県立」であり、県の決定、つまりは指揮命令には服す立場にあると受け取れます。県主催の連絡会議の決定によるオンコールであるならば、県立中央の設置者の県の指揮命令を受けているの解釈は外形的にはまず不可能でないと見れます。

ただここは考えようですが、連絡会議の決定は「すべての重症患者を受け入れる」だけで、オンコール制については県は関与せず、決定に関する病院の自主的な取り組みであると言うのもまた可能かもしれません。そう解釈すると指揮命令は成立しないかもしれませんが、業務上の必要性の問題はどうかが出てきます。

連絡会議での「すべての重症患者を受け入れる」の決定ないし合意はは県からの業務命令ぐらいには解釈可能と考えます。そういう指揮命令から発せられた必要業務に対するオンコールであるなら、業務上の必要性をこれだけで満たしている解釈もまた可能です。


次にですが、連絡会議の決定を受けて病院側がこの決定のために職員にオンコールでの協力を求めたら、それだけで業務命令になると私は考えます。まあかつては、

    「業務命令によるボランティア」
こういう解釈不明の「申しつけ」が出た事も経験しましたが、院内ならともかく、出るところに出れば残るのは「業務命令」であり「ボランティア」は消えうせるかと思っています。業務命令を回避するには、奈良の事例を検証すると、自発的と言うか自然発生的に、医師の意志のみでオンコール体制を病院にも届けずに行っていた時のみであり、オンコール体制を組む過程でどこかで病院が関与すれば、業務命令は非常に成立しやすくなります。


私が奈良の事例を参考にして考える限り、必要条件の指揮命令も、十分条件の業務の必要性も否定するのは容易ではないと考えます。そうそう大元の取り決めは、消防法改訂による救急受け入れ態勢の整備と言うのも、一応指摘ぐらいはしておいても良いと思います。


オンコールが勤務なら

とりあえず膨大な時間外勤務が発生します。これの支払いだけでもまともに払えば莫大な金額になりますが、それだけの時間外勤務を正当化する労基法上の手続きもまた発生するわけです。いわゆる36協定ですが、これについては医療現場ではほぼ青天井協定が横行しています。

青天井協定の有効性については置いときますが、青天井協定ですべて解決するかと言えばそうなりません。労基法上の様々な36協定の上限規制を突き破っての青天井協定ですから、これで勤務する職員に疾病などのトラブルが発生すれば、使用者側の管理監督責任は非常に重くなるだろうです。たとえ労使の形式上の同意があっても管理監督責任は同じのはずです。

とは言うものの、あくまでも推測ですが、富山の”X day”対策費用は、

  • オンコール待機料は無料(せいぜい寸志程度)
  • 呼び出しで働いた分も公立病院的(年間『時間外手当』予算の範囲内と言う事)時間外手当
寸志程度があっても年間予算の範囲内にすると考えても良いと思います。そりゃ、まともに時間外手当を払えば、県議会で補正予算案を通す必要があります。それほどのものを連絡協議会で気楽に決定するはずもないからです。真っ先に渋るはずの県が麗々しく旗を振っていますから、予算の裏付けは必要性すら感じていないと見て良さそうです。

それとあれこれ論証はしましたが、時間外手当にしても、払うつもりが無い相手には勝ち取らないともらえません。労働強化に対して逃散もありますが、逃散は美学に反するなら、働いた分ぐらいはキッチリ払って頂く姿勢ぐらいは欲しいところです。なんと言っても県立中央は「県立病院」ですからね。もう一つついでですから頂いたコメントを2つほど紹介しておくと、

藤原百川

    ただ、県立病院で働いた経験からすると、医者以外のスタッフは自治労が最も弊害になります。むしろ医者以外のスタッフをどうするか、その点に興味がありますね。
元もと保健所長様
    労働者の味方の自治労は、救急などの労働強化に対し強力な歯止めになります。
    ただし、名ばかり管理職の医師の加入はまれなので、労使のせめぎ合いの結果、「管理職対応」で決着するのが通例です。

私もこの辺の雰囲気はわかります。なんと言っても「県立病院」ですから、富山じゃなくても痛感されている医師は少なくないと思います。働いた分のツケをすべて自分で背負い込むのは勝手であり自己満足ですが、これを富山モデルとして売り出されたら傍迷惑です。


別の可能性

一応書いておきます。富山の事例では病院側からの情報は殆んど出てきません。これは医療情報であるので、ある程度やむを得ないのですが、わからないので全く違う院内状況が巻き起こっている可能性はゼロではありません。

たとえば今回の事例で県立中央が救急を受け入れられなかった事に悲憤慷慨の空気が院内に充満し、再発を防ぎ、名誉を回復するために既に院内に純粋に自主的なオンコール制度が出来上がっているみたいな状況です。笑われそうですが、かつてはそういう反応を示す医師がゴロゴロいましたから、県立中央に偏って残っていないとは言い切れません。

もしそうなら「どうぞ」です。「どうぞ」ではありますが、これはこれまでの聖地とは違う概念になります。前に聖地を越える概念の募集をしましたが、あえて言うなら○○者のための楽園とすれば良いでしょうか。そうでない事を願っています。