出向と出張と常勤医換算

手強い手強い労働法制なので、細かい実務的な面は皆様のアドバイスを頂きたいと思います。まず出向とはなんぞやですが、税務関係情報ねっ島Tabislandから引用します。

 出向とは「従業員が自己の雇用先の企業に在籍のまま、他の企業の事業所において相当長期間にわたって当該企業の業務に従事すること」です(菅野和夫『労働法(第五版)』弘文堂358頁)。「在籍出向」「長期出張」「社外勤務」「応援派遣」「休職派遣」などと呼ばれることもあるようです。

 出向は、法的には「転勤」「派遣」「転籍」と全く異なります。転勤は単なる勤務場所の変更であって、労働契約の主体や従業員に対する指揮命令権者には変更がありませんが、出向の場合は出向先に従業員に対する指揮命令権が移転することが特徴で、有力説は労働契約の一部も移転するとしています(出向と派遣、転籍の違いについてはI−2参照)。労働契約の一部が移転し、従業員に対する指揮命令権も移転するということですから、出向が従業員の労働環境に大きな変化をもたらすことは明らかです。したがって、会社が従業員に対して出向を命じる際には慎重な態度が必要となります。

単純な理解ですが出向により、

  1. 指揮命令権は出向先企業へ
  2. 給与支払いも出向先企業へ
逆に言えば出向元企業からは原籍こそ残しているものの、実質としての関係は切れてしまうぐらいの理解をします。リストラなんかでもよく使われる手法とは聞いた事があります。原籍だけは残しながらも人件費の節約になるからでしょう。出向元と出向先の給与調整みたいな話は省略しています。

出張はお手軽にwikipediaからですが、

出張(しゅっちょう)とは、社員・職員が業務のために、通常の勤務地とは異なる場所に出向く行為を指す。

これも一般的にはそんなものだと思いますが、出張での業務内容は指揮命令権を持つ者が下す事になります。遊びに行くわけではありませんから当然そうなりますが、今日のポイントとしては出張中も会社で勤務しているのと同等の扱いになるはずです。出張中は欠勤扱いになるはずがありません。つまり会社に不在でも、出張業務を行なうことにより会社に勤務しているのと同等の扱いを受けます。これも当たり前すぎる話と思います。



さて医療の話にこれを結びつけるのですが、医師の派遣業務は原則禁止されていますが、出向ならOKとされます。派遣と出向の違いも細かい話になるのですが、今日は派遣でなく出向なら問題はないぐらいで話を進めます。医師が出向になっても上記で解説した「出向」の状態になります。ここで勤務医としてと言うか、医療法上、さらには診療報酬上で様々に絡んでくるのに常勤医数と言うのがあります。

常勤医と言ったら、ごく普通にはその病院に正規に勤務しているものを指しますが、実は医療法等においては必ずしも正規職員である必要はありません。医療機関で働いている時間がある一定以上であれば常勤医と換算されます。たとえば非常勤医3人で規定の勤務時間数に達すれば、常勤医1人と勘定されます。チト妙に感じられる方もおられるかもしれませんが、そういう規定です。

医師が出向で勤務になっても扱いはほぼ正規の職員と同等ですから、これが常勤医としてカウントされるのは問題ありません。では他の病院の支援のために出張となればどうなるかです。医師の応援勤務ですから診療になりますが、別にこれも問題にはなりません。また非常勤医と異なり、出張命令による勤務ですから、給与は出張元の病院から支払われ、出張中の不在時間も正規勤務として取り扱われるはずです。



当たり前の話をここまで書いているのですが、出向と長期出張(もしくは頻回の出張)を組み合わせるとどうなるかです。手順としては、

  1. A病院からB病院に医師を出向させる
  2. B病院からA病院に医師を長期出張させる
こういう状況です。まず医師はB病院の常勤医になります。出向ですから当然そうなります。B病院からA病院に出張しても勤務時間はB病院にカウントされます。出張勤務中であっても勤務しているのはB病院だからです。出張が長期とか頻回になり、実態としてB病院に殆んど勤務していなくとも、勤務時間としてはB病院の常勤医としてカウントされる事になります。

結果としてどうなるかですが、

  1. A病院は出向させた医師の分だけ名目上(計算上の常勤医数)の医師は減るが実戦力は変わらない
  2. B病院は出向してきた医師は戦力にならないが、名目上の常勤医数を得ることが出来る
計算上の常勤医数だけがA病院からB病院に移動する事になります。もちろん給料は実態として勤務していないB病院が支払う事になるのですが、医療では名目上と言うか、計算上の常勤医の存在は場合によっては非常に高い価値が生じる事があります。計算上でもいるかいないかで、病棟閉鎖になったり、診療報酬が大幅に削減されたりする事があるからです。定員定数と言うのは病院では時に重い存在になります。

この計算上の常勤医数を確保するために一時横行した手法が名義貸しであったのは思い出してもらってもよいと思います。

かつての名義貸しも詳しくは知らないのですが、確か大学院生とかの医師を名義上勤務した事にし、勤務実態がないのに給与を払っていた事だと認識しています。では「出向 + 長期出張」ならどうかですが、勤務実態はあります。そりゃ正式に出張を命じられているわけですから、これを否定したら出張勤務自体が成立しなくなります。

医療的にも出張で不在の病院で診療を行っているわけではなく、出張業務で命じられた病院で正規の医療なりその他の労働を行なっており、労働実態もちゃんとあります。さらにこの労働を出張先での労働カウントとすればおかしくなります。この労働は出張業務の一環であり、それに対する労働対価も出張を命じた病院が支払っていますから、当然の事ですが出張元の病院での勤務にカウントされます。

これが短期、たとえば半日とか1日のものであれば誰も違和感を感じないと思います。応援診療で1日出張をしても、これが出張元の病院での勤務カウントであるとしても「そうだ」と言うと思います。逆に出張先の病院の労働カウントであるとする方が妙です。

問題は長期になればです。長期出張を命じてもどこにも違法性はなく、他の業種でも長期出張は普通に存在します。医療で話がややこしく感じるのは、それによって医療法上の常勤医数に影響するところでしょうか。医療法上への影響は診療報酬への影響に連動し、直接のゼニカネの問題に結びつきます。


この「出向 + 長期出張」は出向が他の異動形態である「転勤」「転籍」であっても同等の効果があると考えています。どういう形態で他の病院に移ろうが、長期出張で他の病院で働けば成立します。こんな事が成立する可能性がある背景として、病院側が常勤医数に高いメリットを見出す以外に、勤務医側も病院への帰属意識が薄い上に、仕事場が変わることへの抵抗感の薄さがあります。

○○病院に所属している意識が高くないため、経営者側が捻った勤務体制を提示しても「要はここで働けば給料は出る」ぐらいで深く詮索しない側面はあります。「なんか変だ」とぐらいに感じても日常業務に支障が少なければ「ま、いっか。そのうちまた替わるし」ぐらいで終ってしまう感覚といえば良いでしょうか。



とは言え経営側も必ずしもメリットがあるとは言えないとは思います。言うても幻の常勤医に1人分の給料を払う事になるわけですから、これを上回るメリットがないと割に合いません。こういう手法が確実にメリットをもたらすのは病院グループになると考えます。確認はしていませんが、常勤医数の計算単位はあくまでも病院単位のはずであると言うのが前提です。間違っていたらゴメンナサイ。

とある診療科、面倒ですから小児科にしますが、小児入院医療管理料と言うのがあります。いろいろ施設基準があるのですがわかりやすいように単純化して、

小児入院医療管理料 常勤小児科医数 入院1日当たりの加算
1 20人以上 4500点
2 9人以上 3600点
3 5人以上 3000点
4 3人以上 2100点


ここである病院グループの3つの病院に小児科があり、そこの実質の常勤小児科医数が、
    C病院:13人
    D病院:4人
    E病院:2人
3病院とも小児科医入院を取っていますが、C病院からD病院に1人、E病院に3人動かせば、C病院の小児入院医療管理料2は変わらずに、D病院・E病院の小児入院医療管理料を3にすることが可能になります。ところがC病院も13人がいないととても回らない状態であったとします。そこでC病院からD病院・E病院に出向なりなんなり(グループ形態で異なるため)で名簿上医師を動かした上で、C病院への長期出張を命じます。

そうすればC病院の実勤務戦力を落とさずにD病院・E病院の小児入院医療管理料のアップが図れることになります。D病院・E病院は実質として医師数が増えたわけではありませんが、同じ入院数でも小児入院医療管理料がアップした分だけグループの収入増が行える事になります。

問題の給与の支払いですが、病院単位ではD病院・E病院の支出が増えますが、C病院の支出は減ります。グルッと回ってグループ全体の収支で考えれば、どの病院が払おうが支出としては同じになる計算になります。収入もまた同様に考える事ができます。医療として行っている事は現実として同じでも加算が増えた分だけグループ全体の収支は増えるというわけです。


なぜにこんな事を考え付いたかは書かなくともわかると思いますが、こういう事が成立するかどうかについて頭をずっと捻っています。少なくともなんらかの医療トラブルが起こった時の対応が所属の煩雑さにより厄介になりそうな気がしますが、ザッと見る限り致命的な違法性はないようにも見えます。ただ致命的なものはないにしろ、非常に危うい感じも濃厚に感じます。表沙汰になれば医療法の主旨に反する部分が大とは素直に思います。

つうか、普通は思いつかないような手法であると感じています。いやヒョットしたらアッチコッチで既に行なわれているのかなぁ? それとも「その程度は常識」ぐらいになってるのかなぁ?