富山の事例の最終検証

7/30付中日新聞・富山より、

時間経過の確認

ここで各種報道から前に推測していた時間経過が「たぶん」正式に確認できます。中日の記事情報も合わせて整理してみます。

時刻 事柄 照会開始からの
経過時間
19:25 交通事故発生
19:29 消防署に救急依頼
19:37 救急隊現場到着
19:40 富山市民に照会 0分
19:42 県立中央に照会 2分
19:46 富山大附属に照会 6分
19:51 富山市民に再照会 11分
20:00 県立中央に再照会 20分
20:02 厚生連高岡に照会(受諾) 22分
20:03 県立中央へ応急処置依頼
20:04 救急隊現場出発
20:09 県立中央到着
20:27 県立中央出発
21:00 厚生連高岡到着
10:30 被害者死亡


こうやって見ると新たな事実が幾つか確認できます。救急隊の移動所要時間と、県立中央の応急処置時間です。これもまとめておくと、

経路 時間
現場 → 県立中央 5分
県立中央応急処置時間 18分
県立中央 → 厚生連高岡 33分


ちなみに県立中央から厚生連高岡までルートマップで23.9kmであり、これを33分で走ったとなると平均時速43.5km/hになります。ここで県立中央での応急措置として何が求められたかですが、

血圧低下

これであったようです。おそらくポンプで昇圧剤を持続注入するセッティングを行ったと考えます。昇圧剤のセッティングと効果確認に18分が必要であったと見ます。あくまでも推測ですが、ここではなんとか血圧を保持できたと見て良いかと推測します。


富山ルール的検証

救急隊の現場判断は埼玉の事例とは違い的確であったと考えられます。これは照会した病院で推測されます。この日は救急隊の照会が悉く「受け入れ不能」になってしまったのですが、中日記事には、

 県が四月から運用している搬送と受け入れの基準では、連絡開始から三十分以上経過しても搬送先が決まらない場合、県立中央と厚生連高岡の両病院が受け入れを調整するとしていた。しかし今回、各病院の体制不備などで基準が機能しなかった。

果たしてそうでしょうか。中日記事には

    連絡開始から三十分以上経過しても搬送先が決まらない場合
としていますが、時間経過の表を見ればわかるように厚生連高岡に連絡した時点でまだ「22分」です。つまり「連絡開始から三十分以上経過」の条件を満たしていない事になります。中日記事も下段の方で解説を入れていますが、不手際を印象付けようとしている感じがしないでもありません。搬送先が決まらない時の富山ルールは、

 各医療圏の「3次救急医療機関等による一時受入れ・転院」を原則とする。(3次救急医療機関等とは、3次救急医療機関又は3次救急医療機関に準じる医療圏の基幹病院のことをいう。)

 なお、各医療圏の3次救急医療機関等による一時受入れが不能の場合は、最終的には富山県立中央病院及び厚生連高岡病院が受入れ調整を行うこととする。

照会開始からの具体的なルールは、

照会回数4回以上または医療機関への連絡開始から30分以上経過

最終的な受け入れ調整を富山県立中央病院及び厚生連高岡病院が行う条件は実は2つあり、

  • 回数条件:照会回数4回以上
  • 時間条件:医療機関への連絡開始から30分以上経過
富山の事例では時間条件をまだ満たしていなかったために、救急隊はおそらく回数条件を満たすために19:51に富山市民に再照会を行っています。これが受け入れ不能となって、やっと回数条件を満たした事になるわけです。ここでややわかりにくいのは、富山市民の再照会時間が9分かかっている事です。照会時間をまとめておくと、

照会先 時間
1 富山市 2分
2 県立中央 4分
3 富山大附属 5分
4 富山市民(再照会) 9分
5 県立中央(再照会) 2分
6 厚生連高岡 1分


実際の通話時間はさらに短かったはずですが、ここは富山市民が救急隊の照会にすぐに答えられないぐらい多忙、もしくは受け入れのための最後の努力であったぐらいに解釈しておきます。回数条件をようやく満たした救急隊は富山ルールで「受け入れ調整」を担う事になっている県立中央に再照会を行いますが、これが2分の即答で終っています。時間からしてやっぱり「受け入れ不能」以上の問答があった形跡は窺えません。

ここなんですが、県立中央の対応に問題があったように前は考えましたが、よくよく考えると回数条件も時間条件も救急隊しか知らないわけです。つまり救急隊が県立中央に「受け入れ調整」の役割を行う状態になったと告げない限り、県立中央サイドは知り様がありません。照会時間からして、そこまでの情報を救急隊が県立中央に伝えたと考え難いところがあります。

そうなると救急隊は臨機応変の処置を取ったのではないかと考えます。「受け入れ調整」を行うのは富山ルールに明記してある通り、県立中央と厚生連高岡です。どちらを選ぶかの選択基準もとくに書いてあるように思えません。本来の富山ルールに基づけば「受け入れ調整役」になった県立中央から厚生連高岡に連絡すべきなのでしょうが、救急隊が自分で連絡したとの解釈です。

つまり当日の状況は、

  1. 救急隊は回数条件を富山市民に空打ちする事によりまず満たす
  2. 本来は回数条件を満たした事により、調整役を県立中央に委託しないといけないのですが、


    • 念のために県立中央に再照会を行っておく(もしくは回数条件をより確実にする)
    • 救急隊が調整役として厚生連高岡に照会


  3. さらに一時受け入れの調整も救急隊が県立中央に要請
たしかに富山ルールに完全には則ってはいませんが、現実には一番早い経過で富山ルールに大きく違反せずに搬送を行ったと考えます。中日記事は、
    しかし今回、各病院の体制不備などで基準が機能しなかった
まるで基準が機能しなかったから悲劇が起こったかのように書いていますが、仮に基準通り運用されていても、検証する限り20:00の県立中央への連絡時刻は変わりません。あくまでもシミュレーションですが、









現実 時刻 ルール準拠 時刻
県立中央に再照会 20:00 県立中央に調整役依頼 20:00
厚生連高岡に照会 20:02
  • 県立中央が応急処置応諾
  • 県立中央が厚生連高岡に照会
  • 現場出発
20:02
県立中央に応急処置依頼 20:03
現場出発 20:04
県立中央に到着 20:09 県立中央に到着 20:07
所要時間 9分 所要時間 7分


基準が理想的に運用されても最大で2分程度しか差がありません。調整役依頼の確認で連絡時間が少しでも長引けば、逆に時間が延びた可能性すらあります。この県立中央なり厚生連高岡が調整役になると言うのは、たぶん富山ルールが出来て初めての運用ケースになるはずであり、連絡時間2分で「万事OK」になるかどうかはかなり疑問があります。

時間と言う観点から言えば、ほぼベストの対応が行われたと私は考えます。


X dayの対応策

富山ルールの本当の欠点は、県立中央なり、厚生連高岡が「いつでも受け入れる」の暗黙の前提の上で構築されていたと考えています。つまり県立中央にしても、厚生連高岡にしても「最後は必ず受け入れる」の不文律です。さすがに富山ルールを作る時にこれを明記できなかったと考えていますが、救急関係者が今回の事例でもっとも困惑したは、県立中央が結局受け入れができなかった点だったんじゃないかと言う事です。

困惑はさらに広がって、”X day”を真剣に心配したのが今回の対策だと考えています。”X day”とは今回のように県立中央だけではなく厚生連高岡までも受け入れ不能になるケースです。今回は厚生連高岡が辛うじてフォローしましたが、厚生連高岡だって駄目な時は起こりえます。そうなると「たらい回し」ではなく「立ち往生」が出現する事になります。

”X day”を予防するために会議室で編み出された対策が、

今後の対応で、県立中央病院は受け入れ態勢確保とともに、休日や夜間に病院からの連絡で駆けつける「オンコール医」には、搬送の可否を問うのではなく、診察を要請するとした。この医師が来院できない場合に備えて、連絡順位などバックアップ体制も整える。

ここのポイントは、

  1. オンコール医を即座に動員して救急に必ず対応させる
  2. オンコール医が即座に動員できない時に備えてセカンド・オンコール以下まで待機させる
満床の時でも埼玉の事例で紹介した。

 厚生労働省医政局総務課長・指導課長・保険局医療課長通知「救急患者の受入れに係る医療法施行規則第10条等の取扱いについて」(※1)のとおり、緊急時の対応として救急患者を入院させるときは、医療法施行規則第10条ただし書きの規定が適用されるものであり、定員超過入院等を行うことができる。医療機関等においては、当該規定により緊急時には救急患者の受入れに努めるものとする。

(※1) 平成21年7月21日付け医政総発0721第1号、医政指発0721第1号、保医発0721第1号

これが大々的に適用されると考えて良さそうです。確かにそこまですれば、机上では”X day”は防げますが、誰が考えても無理はあります。中日記事にも、

県立中央病院の対応について、市医師会の馬瀬大助会長が「勤務医の労働環境が悪化することが心配」と指摘。同病院の飯田博行院長は県に「医師の確保は『長期的』に取り組むのではなく、すぐにやってもらわなければ困る」と求め、会議後「県立中央病院も来年度に救急医を増員したい。改善策実行に最大限努力する」と述べた。

ここの医師会長は埼玉と違って現実が見えているようで、無茶な体制を強行して、県立中央の機能がより低下してしまう方を懸念しています。埼玉より数や隣接の東京等に送れる余地が少ないだけに真剣に心配しているのは窺えます。


下に対策あり

つうても、どうせこの体制でやるのでしょうし、勤務している医師もしばらくは変わらずに県立中央に勤務するんじゃないかと予測はしています。”X day”や”準X day”が連日連夜続くわけではない(と思う)からです。ただし誰かが労基法闘争を起こせば新たな展開は予想されます。アドバイスとしては、

    オンコール表を絶対に医師が自主的に決めない
奈良産科医時間外訴訟でもオンコールの時間外勤務について、誰が決めたかで天と地ぐらいの判断の差が生じています。あくまでも業務命令に基いてオンコールを決めるようにしておくべしです。業務命令とは必ずしも文書である必要はありません。口頭であっても有効です。ただし口頭の場合は、後日の確認が厄介にはなりますが、「業務命令ですね」としつこく念を押しておくぐらいはやっておくべきでしょう。

奈良産科医時間外訴訟でのオンコールが「勤務」かどうかの裁判所の判断基準は、

  1. 宅直制度は必須のものと言えるかどうか
  2. 宅直制度の運用に病院側は関与しているかどうか(指揮命令を下しているかどうか)
これぐらいは、せめてアドバイスとさせて頂きます。