奈良救急戦線に異状なし、報告すべき件なし

2/1付読売新聞より、

救急隊員が症状判定

新システム開始 受け入れ病院照会

 救急患者が複数の病院から受け入れを断られ、搬送に時間がかかるケースを防ごうと、現場の救急隊員が患者の状態を判定して、病院に連絡する新システムが31日午後6時、県内各消防機関で一斉にスタートした。傷病の部位や重症度に応じて病院候補を絞り込む基準が設けられ、スムーズな搬送を行うのが狙いだ。(岡本輝之、後藤静華)

 「患者は足を骨折している模様。受け入れ可能ですか」

 奈良市八条、市防災センター3階にある通信指令室。隊員が、現場からの情報を基に受け入れ病院を懸命に探している。市消防局は多い日で1日60回の救急搬送があり、なかなか受け入れ先が決まらず、病院側との交渉が10回以上に及ぶこともある。

 これまでは明確な基準がなかったため、現場の隊員の報告にばらつきが出ることもあったという。同消防局の井上清救急課長は「正確な情報がやり取りできるので、搬送時間の短縮が期待できる」とする。

 新システムの運用は次の通りだ。まず、県内で救急対応する約60病院のうち、病名や重症度、時間帯などによって、受け入れ可能な病院のリストを県が毎日作成。県内13消防機関にメールで送信する。

 隊員は、患者の意識障害や脈拍などの状態約30項目を、調査表に基づいて記入。症状と重症度を判定し、リスト内の病院に受け入れを照会する。心肺停止など一刻を争う状態で、搬送先が決まらない場合、原則として県内3か所の救命救急センターが受け入れる――という流れだ。

 県内各消防機関の119番通報から病院到着までの平均時間は38・8分(総務省消防庁2009年実態調査)と、全国ワースト5位。09年3月には、生駒市の男性が救急搬送で6病院に受け入れられず、大阪府内の病院で死亡する問題が発生していた。

 県は同年5月、「脳卒中」「外傷」など5症状の対応病院をリスト化したが、症状の判定基準と、重症度の分類がなく、さらに改善することにした。

 県地域医療連携課は「患者の状態に応じた病院が受け入れる体制を作ることで、拠点病院への集中を防ぎ、搬送にかかる時間を短縮したい」としている。


救急新システムの新味

平成22年版 消防白書に消防法の改正に伴う「トピックスII 消防と医療の連携の推進〜傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準に基づく救急搬送・受入〜」の項目の中に、

 実施基準の策定は、傷病者の搬送及び受入れについて、地域における現状の医療資源等を活用し、消防機関、医療機関等が共通の認識の下で、当該都道府県における対応方策を決定していくことを意味するものであり、その具体的な内容については、それぞれの地域における医療提供体制の現状、受入医療機関の選定困難事案の発生状況、傷病者の搬送及び受入れの状況等の地域の実情に応じて定められることになる。

要は消防署と救急医療機関が救急患者の受け入れルールを作成せよとなっています。さらに、

 また、都道府県が定めた実施基準は、公表することとされており、傷病者の状況に応じた適切な医療の提供が行われるよう分類された医療機関リストをはじめ、円滑な救急搬送がどのようなルールに基づき確保されていくのかを明らかにすることとされている。

 こうした実施基準の公表は、傷病者の搬送及び受入れに携わる関係者にとって、共通認識を明確なものとするために重要である一方、住民にとっても、地域における搬送及び受入れがどのように運営されているのかについての情報が提供されるという意味がある。

これに基いた奈良県の実施基準の発表と考えられます。この実施基準は都道府県の実情に応じて作成するとなっています。奈良県のセールスポイントは、

    現場の救急隊員が患者の状態を判定して、病院に連絡する新システム
ここを強調しているようですが、ここについても、

 分類基準は、傷病者の状況に応じた適切な医療の提供が行われることを確保するために医療機関を分類する基準である。

 分類基準としてどのような項目を設定するかについては、地域の実情に応じて決定すべきものであり、各地域で救急搬送について問題となっている点について協議会として認識(調査・分析)し、その認識に基づきどの症状等について分類基準を策定することが必要かを協議会が決定することが重要である。

消防庁は「分類基準」としての策定を求められているのが確認できます。消防白書では平成22年10月時点のデータとした上で、分類基準を策定している例として、

もちろん奈良県が他の都道府県の例を参考にして悪いはずもありませんから、参考にしながら奈良県の事情に応じたものを作成されたのだと思われます。もう一つ
     新システムの運用は次の通りだ。まず、県内で救急対応する約60病院のうち、病名や重症度、時間帯などによって、受け入れ可能な病院のリストを県が毎日作成。県内13消防機関にメールで送信する。
これに関しても、消防白書では、

 医療機関リストは、分類基準に基づき分類された医療機関の区分ごとに、当該区分に該当する医療機関の名称を具体的に記載するものである。

 策定された実施基準においては、医療圏単位で記載したり、所在地を示した上で全県単位で記載したり様々となっている。また、都道府県の区域を越えた搬送について、医療機関リストに隣接都道府県の医療機関の名称を記載している例もある。

これについては鹿児島の例が消防白書に挙げられており、

ここももちろんですが先行する他の都道府県の例を参考にするのは何の問題もありません。さらに続けます。
    隊員は、患者の意識障害や脈拍などの状態約30項目を、調査表に基づいて記入
これですが、平成21年度 救急業務におけるICTの活用に関する検討会 報告書のpdfベースの27ページから救急業務実施報告書、救急救命処置録、検証票がありますが、これに近いものなのでしょうか、それとも心肺停止状態の患者に用いるウダツイン様式の事を指すのでしょうか。もちろんここもまた先行する他の都道府県の例を参考にして全く問題はありません。



救急新システムの目標
    県内各消防機関の119番通報から病院到着までの平均時間は38・8分(総務省消防庁2009年実態調査)と、全国ワースト5位
これは解消すべき目標と考えます。ソースは平成22年版「救急・救助の現況」なんですが、ここにはおそらく全救急搬送の情報と考えられるものがあります。
  • 119番通報から現場到着までの所要時間別出場件数
  • 119番通報から病院等に収容するのに要した時間別搬送人員
嬉しいことにそれぞれの平均値が掲載されています。この二つのデータから「現場 → 病院」の時間が単純な引き算で概算できます。この3つのデータからの紹介なんですが、まずは単純に「119 → 現場」と「119 → 病院」の奈良の順位を示しておきます。

119 → 現場到着 119 → 病院到着
都道府県 時間 都道府県 時間
東京 9.3分 東京 51.8分
鳥取 9.0分 千葉 41.4分
宮崎 9.0分 埼玉 41.1分
福島 8.8分 岩手 39.1分
島根 8.8分 奈良 38.8分
奈良 8.4分
全国 7.9分 全国 36.1分


見ての通りで現場到着までが全国6位、病院到着までが5位と言う成績です。もっとも上位には位置しますが、全国平均と較べて少し悪い程度です。では概算で出した「現場 → 病院」です。

現場 → 病院到着
都道府県 時間
東京 42.5分
埼玉 33.3分
千葉 33.1分
岩手 30.8分
新潟 30.6分
奈良 30.4分
全国 28.2分


これも全国6位とは言え、全国平均に較べて格段に悪いわけではありません。官公庁やマスコミ情報の神の統計分析である「平均」からすると、奈良は上位にいるとは言え、もう少しの努力で全国平均のレベルに達しそうな感じもします。でもこういうものは全国平均だけではなく、事業仕分け的に「2位」を目指すぐらいの目標を持ちたいものです。

そこで3データの良い方の上位を示しておきます。

119 → 現場 119 → 病院 現場 → 病院到着
都道府県 時間 都道府県 時間 都道府県 時間
福井 6.5分 福岡 27.6分 福岡 20.6分
富山 6.6分 富山 27.9分 香川 20.9分
石川 6.8分 香川 28.3分 富山 21.3分
広島 6.9分 京都 28.4分 京都 21.5分
京都 6.9分 石川 28.7分 沖縄 21.7分
北海道 7.0分 福井 28.9分 石川 21.9分
福岡 7.1分 沖縄 29.0分 滋賀 22.4分
大阪 7.1分 滋賀 30.1分 福井 22.4分
愛知 7.2分 愛知 30.2分 岐阜 23.0分
大分 7.3分 岐阜 30.4分 愛知 23.0分
奈良 8.4分 奈良 33.8分 奈良 30.4分


それにしても福岡は早いなぁ、ついでですから福岡と奈良の重症救急の照会回数を平成21年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果から全国平均も含めて比較してみます。

奈良 福岡 全国
件数 比率 件数 比率 件数 比率
照会回数 総搬送件数 4235 13335 411021
1回 2815 66.5% 12054 90.4% 348223 84.7%
2回まで 3425 80.9% 13093 98.2% 384983 93.7%
3回まで 3735 88.2% 13261 99.4% 397843 96.8%
4回まで 3911 92.3% 13311 99.8% 403723 98.2%
5回まで 4016 94.8% 13328 406723 99.0%
6回まで 4069 96.1% 13332 408227 99.3%
7回まで 4124 97.4% 13333 409111 99.5%
8回まで 4153 98.1% 13333 409674 99.7%
9回まで 4172 98.5% 13334 410072 99.8%
10回まで 4186 98.8% 13335 410330 99.8%
11回以上 49 1.2% 0 0.0% 691 0.2%


これでは直感的に判り難いと思いますからグラフにしてみます。
奈良の新救急システムが効果を発揮して、
    県地域医療連携課は「患者の状態に応じた病院が受け入れる体制を作ることで、拠点病院への集中を防ぎ、搬送にかかる時間を短縮したい」としている。
道はチョットばかり遠そうな気がしていますが、そうなって欲しいと心から願っております。