平成23年2月付富山県「傷病者の搬送及び受け入れの実施に関する基準」なるものがあります。富山ルールと今日は呼びたいのですが、これと富山の事例を比較検証してみたいと思います。結構大部なものでして概要としては、
傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準
この○号と言うのは富山ルールに良く出てきますから、最初に示した上で、基本的にこれに沿いながら見ていきます。
第1号の定義は、
傷病者の心身等の状況に応じた適切な医療の提供が行われることを確保するために医療機関を分類する基準
ここは模式図が示されているので引用します。
富山の事例では軽自動車が自転車をはねていますから、緊急性の多発外傷に該当する様に考えられます。これは結果的にもそうなります。
第2号の定義は、
第1号で分類された傷病者の分類に基き、搬送する医療機関を決めておこうの趣旨と解します。これも色々分類があるのですが、富山の事例では富山医療圏での夜間の交通事故による緊急性を要する多発外傷ですから、該当するのは、
この5つの医療機関になります。
第3号の定義は、
消防機関が傷病者の状況を確認するための基準
たぶんウダツイン形式ではないかと思うのですが、ここはこの程度にしておきます。興味のある方はリンク先を御参照下さい。
第4号の定義は、
消防機関が傷病者の搬送を行おうとする医療機関を選定するための基準
第3号で傷病者の容態を救急隊が第1号に従って分類し、第2号の医療機関に搬送するのがこれまでの手順ですが、搬送先医療機関の選び方が第4号のようです。ここでの選定基準として、
なお、搬送先医療機関の選定については、原則当該救急隊が所属する医療圏内の医療機関を選定するものとするが、次に掲げる場合には、他医療圏の医療機関にも傷病者の受け入れ照会をすることができるものとする。
原則は医療圏内の医療機関にするのは自然ですが、例外事項も設定しています。
富山の事例ではまさに、
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所属医療圏内の医療機関への傷病者の搬送・受入れが困難な場合
多発外傷、四肢断裂、広範囲熱傷の場合は、、原則として、医療機関リストの中から輪番制における当番病院を選定する。
富山の事例の場合は輪番制の当番病院が富山市民でしたから、まずここに照会を行ったのはルール通りです。
なお、医療機関リストの医療機関がいずれも当番日以外の場合は、富山県立中央病院または富山大学附属病院を選定するものとする。
なるほどです。富山市民は当番病院ではありましたが、受け入れが出来なかったので、この「当番日以外の場合」のルールを準用して、県立中央、富山大附属に照会を行ったとしても良さそうです。さらになんですが、
なお、医療機関リストに掲載された医療機関がいずれも受入不可の場合は、富山県立中央病院が最終的な受入れ調整を行うものとする。
富山の事例での救急隊の照会経過を再掲しておくと、
時刻 | 事柄 | 救急隊到着からの 経過時間 |
19:25 | 交通事故発生 | * |
19:37 | 救急隊現場到着 | 0分 |
19:40 | 富山市民に照会 | 3分 |
19:42 | 県立中央に照会 | 5分 |
19:46 | 富山大附属に照会 | 9分 |
19:51 | 富山市民に再照会 | 14分 |
20:00 | 県立中央に再照会 | 23分 |
20:03 | 厚生連高岡に照会(受諾) | 26分 |
最初の富山市民は輪番病院であり、続いての県立中央と富山大附属は上述した様に「当番日以外の場合」のルールの準用です。この3医療機関が選定された理由のはルール通りです。県立中央に再照会を行ったのも
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富山県立中央病院が最終的な受入れ調整を行うものとする
ちょっと不可解なのは最初の富山市民、県立中央、富山大附属の照会まではスピーディだったのですが、なぜに富山市民に再照会を行ったかです。富山市民から県立中央までの照会間隔はわずか2分です。つまり即答で受け入れ不能とされたのが確認できます。であるのに、その11分後に再び照会を行なうのはチト不可思議です。
さらに富山市民の再照会から県立中央の再照会まで9分あります。11分前にほぼ即答で受け入れ不能でしたが、再照会では救急隊が粘ったのでしょうか。粘ったところで11分前の状況がどうなるものではないと思わないでもありませんが、とにかく富山市民に再照会を救急隊は行っています。
ここは省略させて頂きます。
第6号の定義は、
傷病者の受入れに関する消防機関と医療機関との間の合意を形成するための基準その他傷病者の受入れを行う医療機関の確保に資する事項
もう少し具体的な説明として、
第5号までの基準に従って、傷病者の搬送及び受入れの実施を試みてもなお、傷病者の受入れに時間がかかるケースが発生することが考えられる。そのような場合に傷病者を速やかに受入れるため、本基準は、消防機関と医療機関の間で合意を形成する等のルールを設定するものである。
な〜んだ、ちゃんと医療機関が満床で受け入れが困難になっている時の状況も考慮されています。さらにそういう事例が生じた時は、
各医療圏の「3次救急医療機関等による一時受入れ・転院」を原則とする。(3次救急医療機関等とは、3次救急医療機関又は3次救急医療機関に準じる医療圏の基幹病院のことをいう。)
なお、各医療圏の3次救急医療機関等による一時受入れが不能の場合は、最終的には富山県立中央病院及び厚生連高岡病院が受入れ調整を行うこととする。
今回は応用問題だったようです。富山医療圏での想定は、輪番病院が無理なら県立中央が引き受けるみたいなのが原則と考えて良さそうです。これは類推ですが、富山医療圏以外の三次救急でも引き受けられない時は、「調整する」と言いながら実質的に県立中央が引き受けるみたいな構想に見えます。ところが肝心の県立中央もパンクしていたのが富山の事例と考えられそうです。
もう一つこの6号基準が適用される条件と言うのがあります。
照会回数4回以上または医療機関への連絡開始から30分以上経過
6号基準が発動され、県立中央が調整に動くには上記の条件を満たす必要があります。これで富山市民への再照会の謎が解けます。最初に行われた富山市民、県立中央、富山大附属だけでは照会回数がまだ3回であり、また時間も30分を越えていません。救急隊が6号基準を発動してもらうためには、どうしても4回目の照会を行わざるを得なかったわけです。
余りにも手際よく最初の3ヶ所が受け入れ不能と判明したために、救急隊の判断として、
- 30分待つ
- 4回目の照会を行う
それとこれは推測になりますが、この6号基準を発動させるのは救急隊にしても重い判断であったと可能性はあると思います。安易に発動させて、後で「発動するほどでもなかった」なんてされると問題視されるような感覚です。もう少し言えば、書いてはあるけどまず使われないのが6号基準みたいな感覚です。
この滅多に使われない6号基準について混乱したのが県立中央であったと思われます。上記で厚生連高岡に連絡したのは県立中央ではないかとしましたが、県立中央の担当者はチンプンカンプンだった可能性はありえると思っています。救急隊にすれば重大決断の6号基準の発動ですが、県立中央にすれば「なにそれ食えるの」状態です。
だから反応の鈍い県立中央の担当者に代わって救急隊が代わりに厚生連高岡に照会した可能性も十分あります。もう少し考えると、県立中央も中途半端な対応をした可能性さえあります。6号基準にある、
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「3次救急医療機関等による一時受入れ・転院」
県立中央の対応については詳細が不明なのでこれぐらいにしておくとして、6号基準通りに進行したらどう評価が変わったのでしょうか。ちょっと県立中央の対応の拙さの可能性だけ指摘しましたが、時間的には大差は無いと考えられます。富山の事例は、富山医療圏内に対応できる医療機関がゼロになった状態が前提です。
救急隊は富山ルールに忠実に動いていますから、4回目の照会は手続き上無駄でも必要であり、6号基準発動のために県立中央に再照会するのも変わりません。せいぜい県立中央をスキップして厚生連高岡に直行したかどうかが変更点です。これも応急処置に必然性があれば変わりません。事故負傷者には気の毒ですが、結果が変わるような時間短縮は起こりそうな気がしません。
第7号は省略します。
富山ルールは消防法改正に伴って出来たものです。あくまでも推測ですが、基本は医療圏内で「なんとかする」で作られているような気がしています。そいでもって「それでも」の時に設けられた広域搬送ルールが6号だと考えます。
6号の基本発想も富山医療圏、とくに県立中央は不沈艦であるとの暗黙の了解で成立しているような気がします。これは6号が発動された時の状況を想定してみればわかります。ある医療圏で搬送困難状態が発生したときに県立中央が調整すると規定されています。規定するのは良いとしても、この調整を県立中央の誰が行うかの想定が乏しい様に感じます。
富山や県立中央の内部事情に詳しいわけではありませんが、今回の事例を追いかける限り、専任の調整役みたいなものを置いている様子は窺えません。調整と言っても、結局その日の「当直医」にならざるを得ないと考えるのが妥当です。事は救急ですから、救急隊から連絡があってから、しかるべき人物を呼び出すなんて事は時間的に無理だからです。
富山ルールを策定するにあたって、会議室も調整役を受諾させられた県立中央もその点については、あんまり心配していなかったと考えられそうです。休日スタッフで十分担当できるの考えです。この考えの根本は、最後は県立中央が引き受ける事が出来ると言う前提が疑問もなくあったんじゃないかと考えています。
ところが富山の事例では、
瞬間最大風速が訪れ、不沈艦隊が機能麻痺に陥ったと考えるのが妥当です。ここで起こったのは、富山ルールには書いてはありましたが「たぶん起こらない」として、そういう事態の対応に不慣れな県立中央であったと考えても良さそうです。上記でも情報判断に迷ったのですが、厚生連高岡に搬送する手はずも富山ルールにあります。県立中央が富山ルールに従って行わなければならないのは、必要なスタッフをコールで呼び寄せる事ではなく、速やかに県立中央が厚生連高岡に搬送要請を行う事です。富山ルールでの県立中央の役割は調整役であり、無理に無理を重ねて受け入れるものでないからです。あえて行うとされているのは「一時受け入れ」であって、富山の事例の場合は、そうしながら「転院」の手配を速やかに行うです。
これも「たぶん」なんですが、県立中央の当日の「当直医」はごく普通の感覚で「受け入れ不能」の判断を行なったと見ています。当日の医療戦力を勘案して、事故負傷者を受け入れる余地は無いです。その判断は間違っていませんが、そういう時でも調整役が課せられるルールがあると言う意識が乏しかった可能性を考えています。
これもなんとなくですが、事故負傷者の容体悪化のための「一時受け入れ」も救急隊から要請され、「そんなルールがあったのか」ぐらいの対応であったような気もしないでもありません。
もちろん実際の県立中央の対応がどうであったかはどこにも情報がありません。こうやって穿り出せば、県立中央の調整役としての機能にやや不手際があったかもしれませんが、検証する限り、実質として搬送手順、搬送時間に重大な支障が生じたわけではないと考えます。極論すれば県立中央が調整役として存在していようが、いまいが事態に大きな変わりはなかったとしても良いかと思われます。
ところがマスコミ情報によれば、非難は受け入れられなかった県立中央に集まっている様に見えます。そうなると今後の改善策は、県立中央は「如何なる時にも受け入れる」路線の明文化になりそうな気がしないでもありません。
大変な事だと思っています。「如何なる時にも受け入れる」ブラックホール病院にすると言っても、それで医師が大幅に増えたり、設備が増強される可能性も低そうです。そうなると医師会立福岡成人病センターの院長でも招聘する手はあります。かの院長のセリフをあえて紹介しておきます。
「いまあるもの」で何とかするのが医療だ
求められているのは「地域完結型」の医療。自分の病院で対応できなければ、ほかの病院が対応できないか探してみるべきだろう。医師が不足していようが多かろうが、今いる人員でどうにかする。それが医療の大原則である。
我々はエコーの検査、超音波による検査機器がないからといって、診断をさぼったりはしない。あるいは、血圧計がなく、血圧が測れないからといって何も手当しないなどということもない。そもそも医療は、今あるものでどうにかするものだ。「CTがないからできない」──ありえない。「満床だから」──そんな理由でなぜ診療を断っていい、なぜ、許されるのか。そんな習慣をつけたのは誰か。医師たる者が、業務を独占しながら、応召義務を果たさない。いつ、医師の神経は麻痺したのだろうか。
言葉の上では適材ですが、富山の医療の崩壊を望む者ではありませんから、対策会議が煮詰まって暴走しないように祈っておきます。