救急搬送のデータを読む

総搬送数と救急病院数

消防白書には出動件数と救急搬送人員のデータが別に集計されていますが、医療機関に関係するのは搬送人員なのでそちらのデータを探します。Web上で公開されている消防白書は私が確認する限り1998年から2009年までです。2010年のデータは平成22年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果にあり、また1996年のデータが総務省データにあります。

こうやって搬送された傷病者及び患者は医療機関に搬送されるのですが、医療機関側の受け皿として大きいのは救急告示医療機関と考えるのが妥当です。それ以外の医療機関に搬送される事もありますが、受け皿機関としてかなりの割合を占めるとしても良いでしょう。「良いでしょう」では良くないので平成22年版「救急・救助の現況」 からデータを引いておきます。

2009年データからですが、総救急搬送数468万2991人中413万1825人が告示医療機関に搬送されています。率にして88.2%です。救急告示医療機関数の推移は消防白書で確認できます。まず総搬送数と救急告示医療機関の調べられる限りの推移をグラフにして示します。

ここで救急搬送されたもののどれぐらいが入院しているかです。救急隊が搬送後の状況は次の通りに分類されています。

  1. 死亡とは、初診時において死亡が確認されたものをいう。
  2. 重症とは、傷病程度が3週間の入院加療を必要とするもの以上をいう。
  3. 中等症とは、傷病程度が重症または軽症以外のものをいう。
  4. 軽症とは、傷病程度が入院加療を必要としないものをいう。
  5. その他とは、医師の診断がないもの及び傷病程度が判明しないもの、並びにその他の場所に搬送したものをいう。

ごく簡単には中等症以上で入院となり、軽症では入院はありません。その他は0.1%程度なので無視します。逆に言えば軽症以外は入院を必要としたとしても良いでしょう。入院患者数の推移を粗いですが平成22年版「救急・救助の現況」総務省データから概算してみます。

軽症率をすべて調べだすのはさすがに骨なので、判明している1996年、1999年、2002年、2005年、2009年の平均が50.8%なので、残りの49.2%が入院患者とします。これをグラフにすると、

ややばらつきはありますが、ここ15年ほどの救急の現状は、

増減
実数
搬送患者数 174万人 +53.5%
入院患者数 85万人
救急告示医療機関 -945ヶ所 -18.4%
救急告示病院 -365ヶ所 -8.5%


軽症と言っても受診はするわけです。それだけ手間は取られますし、入院となるともっと手間がかかります。そういう救急搬送患者数が1.5倍になっているのに対して、これの主な受け皿(約9割)の救急告示医療機関数は病院であっても10%弱減少しています。もちろんこの減少数が集約により機能強化されていればまだしもなんですが、そうとは言い難いところは多々あります。

集約により機能強化に成功したところもあるとは思いますが、一方で純減のところも少なくありません。実感としてかなり甘目に見積もっても、医療側の供給能力は15年前と微増ないし同等程度としても良いかと思います。むしろ弱体化している観測もありますが、これに対して救急搬送患者数は外来も入院も1.5倍です。算数的簡明さで救急医療機関の負担が増大している事が確認できます。


朝日の「拒否」分析

7/22付朝日新聞より、

救急搬送受け入れ3回以上拒否、1万6千件 過去最多

 総務省消防庁は22日、2010年の救急搬送の受け入れ状況を発表した。重症者で3回以上受け入れを断られた件数は、前年比24%増の1万6381件で過去最多。同庁は「搬送件数が増え、医療機関の対応が追いついていないのでは」としている。

 重症者以外で3回以上受け入れを断られた件数は、妊産婦で587件(前年比13%増)、15歳未満の小児で1万924件(同14%増)。妊産婦は、同庁が調査を始めた07年以降、初めて増加に転じた。

 いずれも、首都圏や近畿圏などの大都市部で、3回以上断られた件数の占める割合が高くなる傾向が見られた。

朝日のネタモトは平成22年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果ですが、これに加えて

これらで記事該当部分のデータを検証してみます。その前にどうでも良いような事を一つ指摘しておきます。
    妊産婦は、同庁が調査を始めた07年以降、初めて増加に転じた。
間違いではありませんが、2007年が1084件、2008年が749件です。それで2010年は587件です。2007年以降で初めて増加したのは間違っていませんが、2008年やましてや2007年より大幅に良い数値を出しています。朝日記事に抜けている視点はなぜに2010年が悪化したかです。これを分析したいと思いますが、まず実数の変化です。

2007 2008 2009 2010
総搬送数 4918479 4678636 4682991 4985632
重症救急 530671 530132 525843 548676
周産期救急 46978 40542 40791 41699
小児救急 386221 359557 378210 378681
センター救急 157880 541734 571965 638141


これ並べてみて初めてわかったのですが、センター救急がムチャクチャ増えています。2007年の数値は「集計不能の本部が多かった」となっていますが、ドカドカと言う勢いで増えているのが確認できます。表にする都合で話を2009年と2010年のデータに絞りますが、とりあえず照会数のデータは各分類の総件数とは異なります。

分類 2009 2010
総件数 調査件数 調査率 総件数 調査件数 調査率
重症救急 525843 411021 78.2% 548676 432131 78.8%
周産期救急 40791 15933 39.1% 41699 15592 37.4%
小児救急 378210 343905 91.0% 378681 345641 91.3%
センター救急 571965 480789 84.1% 638141 541896 84.9%


全数調査は無理なのはわかるとして、周産期救急の調査率が際立って低い理由はなぜでしょうか。それでもサンプル調査と考えても数は十分なので話を進めます。過去4年間の照会数4回以上のデータです。

2007 2008 2009 2010
重症救急 4.0% 3.6% 3.2% 3.8%
周産期救急 5.7% 4.6% 3.2% 3.8%
小児救急 1.5% 2.8% 2.8% 3.2%
センター救急 - 3.7% 3.2% 3.8%


朝日は消防庁の意図に副ってか、「拒否」「増加」を必死になって強調していますが、データ上は2009年よりは悪化しているのは確かです。つうかその点しか拾い上げて書いていませんが、データの見方を少し変えます。

受け入れ側の医療機関にとっては、率は問題でなく数が問題です。当たり前の話ですが、どんな医療機関であってもキャパシティの限界があります。ブラックホールの様に無限に吸収出来ると何の疑いもなく信じているのは、消防庁とそれに加担するマスコミ、及びそれを信じ込んでおられる方だけです。まあ「だけ」としましたが多いのは認めます。

病院の受入数はどうなっているかを示してみます。これは概算を用いますが、すこぶる簡便に消防庁データの照会数3回未満の受入数を率から計算したものです。

2007 2008 2009 2010
重症救急 509444 511047 509016 527826
周産期救急 44300 38677 39486 40144
小児救急 372537 349489 367620 366563
センター救急 - 521690 553662 613892


このうち2009年と2010年のデータをもう少し詳しく分析しておけば、

2009 2010 増減
重症救急 509016 527826 +18810 +3.7%
周産期救急 39486 40144 +658 +1.7%
小児救急 367620 366563 -1057 -0.3%
センター救急 553662 613892 +60230 +10.9%


小児救急は微減ですが、他の救急は受け入れ実数を確実に増やしています。これは医療機関の努力以上に救急搬送数が増え、医療機関側の能力が限界に達していると解釈するべきように思います。小児救急の受け入れ数の微減も「努力不足」とか「怠慢」なんて安易なものではなく、これ以上は逆さに振っても鼻血も出ない深刻な状態と私は受け取ります。


毎度毎度の同じ結論

救急搬送数は増えているにも関らず受け皿の医療機関は確実にやせ細っています。これは感覚でなく数字で見ることが出来ます。それでも医療機関側は懸命になって受け入れ実数を増やしています。実数の増加はモロの負担増です。しかしそれ以上に救急搬送数が増えており、これをカバーしきれないのを数字は物語っています。

そうなればキャシティを増やすか、需要を減らすしか解決策はありません。ごく簡単な算数です。しかしどちらも行政サイドにとっては不可です。キャパシティを増やすだけの財政余力に乏しいですし、ハコモノを作っても医師が集まらない現状が厳然としてあります。

ほいじゃ需要抑制に向うかと言えば、ドラステックにやれば政権の一つや二つは軽く吹っ飛びます。やるにしても真綿で首を絞めるように、気づかれ難い様にジワジワ締めるしかありません、現実に首は絞められ続けていますが、こと救急に関しては他の分野を締め上げる隠れ蓑として進軍ラッパだけは吹き鳴らされています。

この進軍ラッパですが、実は音だけでの代物です。キャパシティ的には限界に達している医療機関を悪者にして糊塗する事で、ひたすら時間を稼いでいます。需要が増えて供給が減ればパンクするのは誰でもわかる単純すぎる真理ですが、その事には殆んど触れません。触れないと言うのは、行政サイドもそうですが、マスコミまた完全に加担しています。

今回の朝日の分析が典型的で、救急搬送数が増え、これを受け入れる医療機関も受入数を伸ばしているにも関らず照会回数のデータが悪くなるのであれば、次に導かれる結論は一つのはずです。しかし気づく素振りも見せません。麗々しく「拒否」の文字で思考停止を誘い、「医療機関は怠慢である」の結論しか提示しようとしません。

これは別に朝日だけの問題ではなく金太郎式のすべてのマスコミに共通しています。まるで報道カルテルがあるかのように、見事なハーモニーを奏でられると言う事です。毎度毎度の事なので、読まれる方々もウンザリでしょうが、私もまたウンザリしています。ウンザリしたところで今日のお話は終わりにさせて頂きます。


データ補足

探しなおしてみるとあるもので、この厚労省資料に1963年からの救急搬送数、こちらの内閣府資料に1969年からの救急告示病院及び救急告示診療所の推移がありました。グラフにして見ます。

解説するほどのものでもありませんが、1980年代ぐらいまでは救急搬送数の増加に比例する様に救急告示病院は増えていますが、1992年の4338ヶ所をピークとして、あとはジリ貧傾向を示し2009年では3918ヶ所になっています。救急告示診療所は1984年に1891ヶ所まで増えていますが、その後急速に減少し2009年には374ヶ所まで減っています。