新聞の周期的ウォッチング

年に何回か出している日本新聞協会の公式データです。ここのデータ集計は販売部数が年集計、財務データが年度集計になっていて若干使い難いのですが、その点は御了解下さい。とりあえず2010年データがでた販売部数のデータを示します。新聞協会は2000年からしか掲載されていませんが、ウォッチャーとして1998年から残しています。それと現在の集計は

発行部数は朝夕刊セットを1部として計算

こうなっていますが、集計しなおしてセット紙を朝・夕刊別に数えた総発行部数としてグラフにしています。

2000年当時に約7200万部あったものが2010年には6300万部ほどに減少しています。差し引きすると900万部ほどになり、だいたい朝日新聞規模の公式発行部数が消失したことになります。発行部数の減少を対前年比で見てみると、
ここは僅かながらに改善していると言えますが、それでも2009年が212万部減少に対して2010年は188万部減少です。これもおおよそですが、産経新聞規模が今年も消失している事になります。とくにこの3年の減少は大きくて、合計すると約500万部となり、ここ10年の総減少数の半分以上に及んでいる事が確認できます。

次に財務関係ですが、2010年度データはまだ出ていません。そのため2009年度までのものになりますが、

2000年度当時に新聞業界全体で2兆5000億円ほどあったものが、2009年度には2兆円そこそこに減少しています。5000億円、約2割の減少ですが、実は2005年度にはまだ2兆4000億円あります。それが、たった4年ほどで4000億円ほど減少しているのがわかります。2010年度データはまだですが、総発行部数のジリ貧傾向に歯止めが効いているとは思えませんから、より厳しいデータが出ている可能性は高いと推測されます。


後はどうでも良い常識問題ですが、これらのデータはあくまでも新聞協会の公式データです。公式データに含まれるバイアスとして、

  1. 総発行部数の中の押し紙
  2. 自社グループ広告による広告収入
どちらも簡単には表に出ないデータですが、どちらも公式データを押し上げる材料にはなりますが、「タコが自分の足を食う」状態ですから、確実に収益を圧迫します。まあ押し紙は販売店に転嫁されるだけで新聞社の収益を圧迫しないでしょうが、日本の新聞社が膨大な発行部数を維持できている原動力である宅配制度の弱体化を確実に招くとは考えられます。


さてと余談ついでなんですが、経営の簡単な指標に損益分岐点なるものがあります。売り上げ額から損益を判断しようとする簡便な指標ぐらいに理解しても良いと考えています。とくに固定経費が売上高に関らず、あんまり変わらない業種には使いやすい指標です。医療業界でもしばしば使われます。

新聞業界のデータは全体の売り上げの公式データしかありませんが、それでも少しだけ推測可能です。新聞社の経営が苦しくなってきているの話は前々からありましたが、これが表に出てきたのは2009年だったように記憶しています。象徴的なのは2009年8月に取り上げた500億円の補助金の話です。この話はどうやらその年の春ぐらいからあったように推測されています。

また2009年度の決算は大手新聞社でも大苦戦していたかと思います。朝日新聞が赤字決算を出したなんてニュースもありました。2009年の500億円補助金の話と2009年度の決算での苦戦を合わせて考えると、2008年、2009年ぐらいの売り上げが新聞協会の、それも公式データでの損益分岐点であると考える事は可能だと思われます。ちょっとまとめると、

年度 売り上げ トピックス
2008 21400億円 2008年度の決算を受けて500億円補助金の要求
2009 20019億円 大手新聞社決算の苦戦


たいした根拠ではないのですが、新聞業界の損益分基点は2兆1000億円ぐらいではないかと推測します。もちろん損益分岐点は人件費削減などの経費削減で下げる事は可能ですが、新聞記者の経費削減が話題になったり、ボーナスの削減がチラホラ出て来たのも2009年から2010年にかけてであったように思います。その前から経費削減はあったのでしょうが、表に出るほど厳しくなったのと符牒はある程度一致します。

経費削減努力により仮に損益分岐点を2兆円程度に下げたとしても、2010年度決算は2009年度と同様に厳しそうな気はします。出てみないとわかりませんが、2010年度の総売上は、2兆円どころか1兆9000億円を下回って1兆8000億円台になる事さえ十分可能性はあります。


貧すれば鈍すとはこの事で、新聞が次の時代に生き残るための必要条件として、精度の高い取材が求められています。これは新聞が速報性においても、拡散性においてもネットに太刀打ちできないからです。新聞社が優位に立つには、提供する情報の信頼性と精度でネット情報を凌駕する必要があると見られています。ただ精度と信頼性を確保するにはカネ、ヒト、モノが必要になります。

モノはともかく、カネとヒトは経費削減のメイン・ターゲットになるものです。とくにヒトは頭数だけではなく、質の担保も重要です。経営のために厳しい経費削減を行えば、頭数も質も低下するのは避けられないものになります。まあ、記者は他に潰しが利きにくい職業ですから、現在の質の低下はそれなりに押さえ込めても、時代を担う人材の質は確実に低下しますし、頭数は減ります。

医療業界も他人の事をとやかく言えるほどの余裕は失われていますが、新聞業界の厳しさはより一層のように感じさせるデータが出ています。まあ、なんですが、予算を削減し、ヒト、カネを減らしても他の業界なら「より充実したサービスを提供できる」と盛んに主張されていましたから、私が懸念した厳しい経費削減による取材陣の質や量の劣化は新聞業界にはあてはまらないのかも知れません。


そうそう新聞業界も対策を怠っているわけではなく、これは天漢日乗様のところで拾った朝日のツイッターですが、

情報量を確保するため、記事の書き方やレイアウトを工夫します。RT @asahi_tokyo: 【お知らせ】きょうの朝刊1面と特集2ページで詳しくお伝えしましたが、朝日新聞は春から文字を大きくします。教育報道をはじめ、紙面も刷新します。わかりやすく、読み応えのある紙面。

これは判りやすくて、文字を大きくする事により、いまや主力の読者層である高齢者への対策を行っている事になります。ただ字が大きくなれば情報量もまた減りますから、高齢者層以外へのアピール効果はどうだろうと素朴に思うところです。

もう一つこれも朝日関連ですが、1/21付J-CASTより、

 朝日新聞が2011年春にも有料の電子版を創刊することが分かった。日本経済新聞が、日本の新聞業界としては初の有料電子版の創刊に踏み切って約10ヶ月。すでに有料読者数が10万人を突破するなど、当初の予測よりは好調だとされ、朝日もこれに追随する形になる。

有料電子版の素人でも思いつくデメリットは、新聞社は購読料だけでは成立しないビジネスモデルになっている事です。新聞業界の苦戦の原因は公式データでは販売収入の低下ではなく、広告収入の大幅な低下です。また完全に有料電子モデルに移行するのであれば、巨大な印刷設備、宅配網の維持費が不要になる経費節減効果も期待できますが、日経のような一部移行なら、この辺のインフラは手放せない状態になります。

それと中途半端に移行すれば、紙媒体の部数の低下は確実に起こりますから、その分の広告料の収入低下があります。詳しくはありませんが、たとえば100万部が電子媒体に移行した場合、紙媒体の広告料の減少を、電子媒体の広告収入で補えるのでしょうか。補えなければ、さらなる広告料の減収だけが経営の足を引っ張る事になります。


まあ、そんな余計な他人事を心配するより、自分の明日の食い扶持を心配する事にしておきます。以上、周期的ウォッチングでした。