コータローには歴史趣味はある。
「千草かってあるやんか」
それこそ夫唱婦随の賜物だろうが。こんなにも夫であるコータローに趣味を合わせてやってるんだから感謝しろ。
「ホンマは嫌いやったんか」
学校の歴史の授業は大嫌いだった。だってさ、あんなもの純粋の暗記科目じゃないの。試験の問題だって、知ってるか知ってないしかなくて、考えるなんて部分はないじゃないの。それもだぞ、
「わかる、わかる。ああなったのは過去問対策もあるとは思うけんど、大学入試レベルなんかキチガイみたいな問題が出て来よる」
短大でお茶を濁した千草と違ってコータローはガチの大学入試をやってるものね。大学入試となるとどの科目だって過去問を覚えるのは基本中の基本ぐらいは知ってる。過去問を知ることで、いわゆる傾向と対策を練るってのもあるはず。
「過去問対策は大学側もやるけど、暗記科目はとにかく煮詰まりやすいねん」
コータローに言わせると歴史を担当するような教授なり教官は歴史が好きなんだろうけど、好きすぎてスノブになってるんじゃないかって。
「有名な奇問珍問にボストン茶会事件があるねん」
ボストンってアメリカだよね。そこでのお茶会でなにか事件が起こったとか。
「ざっとだけ言うとくと・・・」
アメリカ独立運動の引き金になった事件だそうで、イギリスの植民地支配に反対する人々が港に停泊していた船を襲って、積み荷であるお茶を海に放り捨てた事件だそう。大学受験に世界史を選ぶような者ならそれぐらいは常識らしいけど、
「そういう設定やったらどんな問題にする?」
う~んと、まずは事件が起こった年だろ。それと、うんと、うんと、アメリカ独立運動は世界史の中でもトピックのはずだから、事件名を問うのもあるはずだ。
「受験生からしてもそうや。そやけどな、試験問題で問われたのは、その時に何箱捨てられたかやねん」
はぁ、はぁ、はぁ。捨てられた箱の数って無理難題も良いところじゃないの。そんなもの知ってた人はいるの?
「とりあえず答えは三百四十二箱や」
こういう難問奇問は、その問題が答えられないのも困るけど、そのクラスの重箱どころかスノブの極北みたいなものを出題されたことだって。
「だってそうやんか。捨てられた箱数まで問われたら、次は捨てられた茶の量とか、何人が事件に関わったとか、その中で何人がモホーク族の格好しとったとか、捨てるのに何時間かかったとかや」
あのねぇって言いたいけど、箱数まで問われるとなると傾向と対策としてそこまで覚える必要が出て来るってことか。でも、そうなるとどこまで覚えろって話になるじゃないの。
「ボストン茶会事件の捨てられた箱数なんか、関ヶ原の後の秀頼の所領より奇問珍問やと思うで」
関ヶ原の前まで二百二十万石ぐらいあったそうだけど、これを六十五万石に減らされてるのか。つうか、そんなもん、
「秀吉が天下を天王山の時に中国大返しをしたのは受験生やったら誰でも知っとるけど、あれが何日やったかとか、光秀の三日天下はホンマは何日やったとかクラスや」
そこまで聞かれたら、
「歴史の教科書の欄外から、画像のキャプション、こぼれ話的なもんまで根こそぎ暗記の対象になってまう」
試験ってさ、授業をどれだけちゃんと受けたかを試すものだと思うのよ。だから満点を取れば授業の成果として、出題する方も満足しそうなものだけど、
「そうのはずやねんけど、出題する方からしたら満点を取られたら恥ぐらいの意識もあるで」
入試問題なら差を付けないといけないからとくにそうかも。全員が満点じゃ試験で振り分けられないものね。
「そやから千草みたいな歴史授業嫌いが量産されるんや」
そうなる。ひたすら無味乾燥な暗記地獄教科だもの。
「歴史はな無味乾燥やないねん。人が織り成すドラマやねん。オレに言わせたら歴史の流れを感じてくれたら十分やねんよ」
でも受験科目だからね。
「そやな、歴史ドラマとか歴史小説読んで、それがいつぐらいの時代の話か、登場人物がだいたいやけど、ああいう人物であったはずぐらい知っとったら十分やんか」
それぐらいは知ってないとドラマも小説も楽しめないよね。もっとも、それを言い出せばの反論はテンコモリだろうけどね。千草の場合は学校の授業の歴史にはウンザリしたけど、試験から解放されてから好きになったかな。だってさ、だってさ、観光と言えば名所旧跡巡りみたいなものじゃない。
その時に何時代に誰が作ったとかの説明があるけど、これがまったくわからなかったら、タダの古い建物とか、古びた物にしか見えないじゃない。でもさ、ちょっとでも知ってると全然見え方が変わってくるじゃないの。
「それでエエと思うねん。歴史ってな、過去の出来事の暗記やないねん。過去は今に繋がってるねん。過去から今につながって行く時の流れ、ダイナミズムを感じて楽しむもんやと思うてる」
おっ、良いこと言うじゃない。そんな歴史として覚えるなら千草だって楽しいんだよ。これこそ夫唱婦随だろ、ああなんて千草は貞淑な妻なんだ。こんな素晴らしい千草を嫁に出来た幸せを死ぬまで感謝しろよな。
ツーリングもそんな歴史の息吹を感じれたら嬉しいのだよね。だからさ、そういうところを探してよ。県内だって千草が知らないだけでまだまだあるはずよ。
「オレかって知らんとこはなんぼでもあるわ。そやけどな、歴史かってメジャーとマイナーがあるやんか」
どうしてもね。たとえばみたいな話だけど、兵庫県にも立派な城はある。千草の故郷にだってある。今は殆ど何も残ってないような城だけど、
「考えようによっては県内で歴史的には一番有名な城かもしれん」
一番かどうかは地元の人間の思い入れもあるけど、歴史の教科書にも出て来るぐらいは余裕で有名だし、大河ドラマにだって、
「太閤記関連やったら必ず出て来るぐらいや」
どうしてそうなのかは城を攻めて落としたのが秀吉だから。ここから鳥取城、備中高松城と進んで行って本能寺が起こり、天下分け目の天王山の戦いに続くのよね。
「姫路城は日本を代表する大城郭やし、あれだけのもんが今でも残っとるのは日本の宝物や。そやけど、歴史的にはあんまり価値あらへん」
価値は無いは言い過ぎだけど、歴史の流れとか、動きとかに関わっていないのは確かだもの。
「丹波は光秀が攻めたんがアンラッキーやったよな」
それはあると思う。あれだって、
「天王山で光秀が勝っとったら変わったかも」
そんなことをあれこれ考えるのが楽しいのが歴史だと思ってる。