皆様のNHK

天漢日乗様のところで見つけたWinny事件のお話です。Winny事件と言っても恥ずかしながら詳しくないのですが、wikipeiaを参考にすると、

開発当初、Winny の匿名性は、著作権法・わいせつ物頒布罪・児童ポルノ規制法・個人情報保護法などに抵触する違法なファイル交換を行う場合に好都合なものであったため、利用者数は急速に拡大していった。

それに乗じて Winny で流通するファイルに Antinny などといったウイルスが仕組まれるようになり、それによってファイルをダウンロードした者の個人情報が Winny を媒体としてばらまかれるという問題を引き起こしている。このウイルスは亜種も数々出現し、必ずしもWinnyを感染媒体とせずネット上でも感染被害が及んでいる。

また2003年11月27日、著作権法違反(公衆送信権の侵害)容疑で Winny の利用者としては初めて、京都府警察ハイテク犯罪対策室によって2名が逮捕された。

2004年5月9日には、開発・配布者の金子勇もこの事件の著作権侵害行為を幇助した共犯の容疑を問われ逮捕された。このとき自宅と大学の研究室が家宅捜索を受け、証拠品として開発に使用されたノート型パソコンや Winnyソースコードが押収されている。

私が知っているのは開発者の金子勇氏が逮捕されてしまったために、広範囲に広まったWinnyに対するウイルスが猛威を振るい、あちこちで被害が出たお話です。開発者が裁判中のためにウイルス防御策も施せなかったとも聞いています。この裁判は控訴審に進んでおり、10/8付NHKニュース(魚拓)に、

ファイル交換ソフトWinnyウィニー)」を開発した東京大学大学院の元助手が、映画などの違法コピーを手助けした罪に問われた2審の裁判で、大阪高等裁判所は「元助手がソフトの悪用を勧めたとまでは言えない」として1審の有罪判決を取り消し、逆転で無罪を言い渡しました。

無罪判決が下されたのが確認されます。様々な話題を呼んだ訴訟だけに、被告の金子勇氏、また弁護団の方々、本当に御苦労様でした。Winny訴訟の意味については私の知識で論評するには僭越すぎるので、今日のポイントは、

ここからのものとお考え下さい。金子勇氏の弁護人はAttorney-at-lawと言うブログを運用され、Winny裁判についての弁護側からの情報提供をされています。私も初めて知ったのですが、その10/6付エントリーのブログとメディアとに驚くような事実が掲載されています。このブログが弁護士本人のものであるかどうかの真贋性ですが、プロフィールに、

壇 俊光

Winny弁護団事務局長

大阪弁護士会所属 北尻総合法律事務所

ここまで実名で名乗られておりますし、Winny訴訟に関心が深い方々には著名なブログのようですから、本物と判断してよいかと思われます。とりあえずマスコミに対しては辛口の姿勢のようで、

公判準備を進めていく中で問題になったのは、弁護側の情報をいかに正しく伝えて行くかである。

マスコミの報道は、警察のリークを嬉々として掲載しているものや、なんちゃってIT評論家の知ったような話しばかりである

やはりマスコミ対策には往生しているのがわかります。そういうマスコミに対する興味深い経験のエピソードを紹介されているのですが、とりあえず被告の金子勇氏があるときNHK京都支局から取材申し込みの手紙を受け取ったようです。「いつ」が明記されていないのですが、控訴審判決前である事だけは内容から明らかです。

長くもないのですが、手紙は5段落で紹介されていますので、それに沿って紹介させて頂きます。

1段目

金子さま、突然お手紙で失礼します。NHK京都放送局の記者です。

 私は、NHKの記者として現在京都で司法の分野を担当しています。…

…結論から申しまして、公判の途中ですが、近々にNHKのインタビューに応じていただけないでしょうか。趣旨は初公判の後の会見で、私が質問した内容と全く同じです。インタビューにでていただき、金子さんの考えている「将来の著作権のあり方」について思う存分語っていただきたいと思うのです。…

ここは手紙の目的が書かれています。目的は明瞭で、

これについてNHKがインタビューをしたいと言う目的です。もう少し具体的な内容としては、
    趣旨は初公判の後の会見で、私が質問した内容と全く同じです
どんな質問をしたかがわからなかったのですが、「将来の著作権のあり方」と言うテーマでNHKがどんな台本を書いていたかが問題になります。NHKに限らずマスコミ取材は台本が厳密に決められているのは最早周知の事です。

2段目

 …現に裁判では、弁護側がいわば的外れな見解を繰り返している間に、検察側は着々と犯罪事実の立証に足る、最低限の条件をクリアしていっています。検察側と弁護側の争点が食い違っていますが、検察側が争点を弁護側に合わせようとしないことからも明らかです。検察側としては弁護側と争点がかみ合わなくても、むしろかみ合わず反論が無い方が立証が容易だと考えているからに他なりません。…

2段目から4段目は浅くとれば被告への説得であり、深くとれば台本の説明かと考えられます。今日は深く取りますが、NHK台本では弁護団の主張は意に合わない事がはっきりとわかります。弁護団の主張について、

    弁護側がいわば的外れな見解を繰り返している
被告にとって弁護団は法廷内の唯一の味方です。とくに刑事訴訟が日本で有罪率が異常に高いことは説明の必要も無いでしょう。日本では検察が「起訴 = 有罪」みたいな図式があり、マスコミも検察が起訴した時点で「絶対有罪」の前提で論調をそろえる事もまた有名です。それだけに被告や弁護団が無罪を目指す時の重圧は大変なものだと聞きます。

さらに検察も「起訴 = 有罪」に面子をかけ、法廷内で許されるあらゆる戦術を駆使してきます。無罪を目指す弁護団にとってガチンコ勝負を強いられるわけです。このWinny訴訟について詳しくないので、断言はしませんが、当然のように検察側と弁護側の主張は真っ向対立します。求めているのがシロとクロの両極端ですから、そうなるのが当たり前と考えます。そうばれば、

    検察側と弁護側の争点が食い違っていますが
有罪を前提にしての情状酌量路線であるならいざ知らず、無罪を目指す時にはこれぐらいの状態は不思議でも何でも無いような気がします。何よりおかしいのは、
    検察側としては弁護側と争点がかみ合わなくても、むしろかみ合わず反論が無い方が立証が容易だと考えているからに他なりません。
この点をどう解釈しようがNHKの勝手ですが、ここも考えようによっては検察が弁護団が示す争点に関ることが不利と判断している可能性もあるわけです。訴訟は言葉の戦争ですから、すべてに受けて立つ横綱相撲を行なう必要はサラサラなく、勝てそうな争点に弁護団、検察とも誘導するように努力を傾けるのも訴訟の側面です。

争点がかみ合わないから被告が必敗であるとの論理展開は無理があるように感じてなりません。

3段目

 … 裁判は残念ながら、弁護団が躍起になって、金子さんの耳にタコができるほど吹き込んでいるような結果にはならないでしょう。「悪あがき」をすればするほどあなたの評価は下がる一方です。そして、あなたの描いた世界もきません。あるいは、その世界の到来まで我々は随分またなければなりません。ネットユーザの中には、47氏が著作権のあり方を変えてくれると期待していた人が多くいたはずです。保身のために、主張を覆す。それが、果たして「神」と呼ばれた人物のやるべきことでしょうか。…

3段目も2段目に引き続いて訴訟の予測です。1段目で被告必敗まで論理展開しましたから、負けることが分かっている弁護団が無罪を主張することをかなり強烈に批判しています。

  • 弁護団が躍起になって、金子さんの耳にタコができるほど吹き込んでいるような結果にはならないでしょう
  • 「悪あがき」をすればするほどあなたの評価は下がる一方です

NHKの台本は被告が訴訟で負ける事を大前提にしているのは間違いありません。どういうタイミングで放映するかまでは不明ですが、弁護団が訴訟で展開していた主張を否定した上でのセリフが台本には書き込まれている事は容易に推測がつきます。弁護団の主張の何がNHKにとって邪魔なのか知見不足で分からないのですが、
    そして、あなたの描いた世界もきません。あるいは、その世界の到来まで我々は随分またなければなりません。
ここの部分は、言い換えると、
    弁護団がいては、NHKの描く台本で取材できません。あるいは、その取材が出来るまでNHKは随分またなければなりません。
こんな感じじゃないでしょうか。

4段目

…NHKのインタビューに応じて、その行動にいたった動機を正直に話せば、世間の納得は得られるはずです。仮に有罪判決になってもインタビューに出て世間に本音をさらしたことで執行猶予がつくのは間違いありません。逆に無罪を主張し続ける限り、減刑の余地はなく、実刑になる可能性も否定できません。その点から考えれば、インタビューに応じることはかえって金子さんにとって有益であると言えると思います。…

4段目になると露骨です。

    その行動にいたった動機を正直に話せば、世間の納得は得られるはずです。仮に有罪判決になってもインタビューに出て世間に本音をさらしたことで執行猶予がつくのは間違いありません。
NHKの台本通りに話せと要求しています。しかしこれはどこから来る自信なのでしょうか、
    執行猶予がつくのは間違いありません
こんなものは「間違い」があっても何の保証も行なわれないのは100%間違いありません。どうせなら「無罪になるのは間違いありません」ぐらい書けば良かったのにと感じます。どうせキャッチバーのセールストークと同じ価値しかないのものだからです。

5段目

…最後に度重なる無礼をお許し下さい。お返事お待ちしています

度重なると言うより、隅から隅まで失礼な気がします。こういう文章はブログの匿名コメントでも失礼の部類に入るんじゃないでしょうか。



私は事情に詳しく無いので言い切れないもどかしさがありますが、この手紙は係争中の被告に直接送られています。読めばわかるように被告の弁護団を「これでもか」とこき下ろしています。通常の感覚では、弁護団に読んで欲しくない代物だと考えます。これを読んで脳天に血が逆流しない弁護士は多くないと思います。実際にこれを読んだ被告側弁護士は、

    まぁ、要するに、弁護団の弁護は間違いだ、おまえは有罪だ、無罪の主張を続ければ実刑になる可能性もある。でもインタビューに応じれば執行猶予は間違いないということである。

    天下のNHKがこれほど露骨な弁護妨害をしてくるとは思わなかった。

    「神」がどうたらで、博士をマッドサイエンチストにしたがる者は今でも多数いるが、これでは、デスノートの「魅上」並の狂気ではないか。

    しかも、この記者は、地裁判決後の記者会見で、何食わぬ顔で最前列に構えていた。

そうなると皆様のNHKは、手紙を読んだ被告が弁護団を裏切り、NHKの台本インタビューに必ずOKすると考えていた事になります。それとも被告がNHKの取材に応じず、この手紙を弁護団に渡そうとも「痛くも痒くもない」と考えていたかも知れません。そういう感覚はかなりどころか、暗黒星雲の彼方ぐらいに妙と思うのは私だけでしょうか。。

最後にもう一度、これだけ皆様のNHKが保証した判決結果は、

控訴審で逆転無罪

なお当該記者の氏名はNHK通として知られる天漢日乗様をもってしても、

    で、NHK京都管内の方にお願いするのですが、この
     担当記者名
    をご教示頂けると有り難いです。たぶん、
     夕方の「京いちにち ニュース610」でこの裁判の担当記者
    として出てきた人物なのではないか、と思うのですが。
    地裁判決から時間が経っているので
     NHK京都局の担当記者はひょっとするとAKにご栄転
    しているかも知れない。

私も残念なところです。


続報記事があるようで、10/9付読売新聞より、

「無罪主張悪あがき」NHK記者、ウィニー開発者に

 ファイル共有ソフトWinnyウィニー)」を開発し、著作権法違反に問われ、8日の大阪高裁判決で逆転無罪となった元東京大大学院助手に対し、NHKの記者が「無罪主張は悪あがき」などとした上でインタビューを要請する手紙を出していたことが明らかになった。


 NHKは同日、弁護団に「不適切な内容だった」と謝罪した。

 弁護団事務局長の壇俊光弁護士によると、手紙は1審公判中の2005年、当時、NHK京都放送局に勤務していた20代の記者から送られた。内容は、「弁護側が的外れな見解を繰り返している」と弁護方針を批判した上、「インタビューに応じて動機を正直に話せば、世間の納得は得られる」と求めていた。壇弁護士は6日付の自身のブログでこの経緯を明らかにし、「露骨な弁護妨害」と批判した。

 記者は、別の部署に異動しているため、現在の上司が弁護団に対して謝罪に訪れたという。

手紙は2005年(2月らしい)に届いたようで、記者は「別の部署に異動」されたとしています。余ほど忙しい部署のようで、わざわざWinny控訴審の判決を傍聴に平日の昼間に大阪高裁を訪れたようです。京都から大阪にでも異動したのかな?、そのうえで異動後もWinny訴訟の担当なのかな?、なんと言っても皆様のNHKですから。