因幡の国のお話

鳥取県専門研修医師支援事業の御案内てのがあるそうです。医師「確保」事業の一環のようで、マスコミは定番の賛美記事を掲載し、鳥取県の担当者も自画自賛されております。10/6付日本海新聞より、

県医療政策課は「県内で学ぶ若手医師が増えることで、県内の医師不足の緩和にもつながる」と期待を寄せている。

それならばと読んでいくのですが、とりあえず担当部署の名前を見ただけで読む気が9割以上なくなります。

    鳥取県福祉保健部医療政策課医師確保推進室
引きずり込まれたら二度と出て来れそうにない部屋のネーミングですが、我慢して読んでいきます。こういうものはせめて前文と言うか序文に心躍るものが必要で、ここでツカミをしないと続きを読んでくれないのですが、

○始めに〜これからの鳥取県の医療のために〜

 全国的に医師不足が大きな問題となり、鳥取県においてもその影響が徐々に現れてきています。

 今後の鳥取県の医療を支えていくためには、地域で医師を養成、育成していくことが必要です。

 そのためには、鳥取県内で様々な医療を学ぶことができるようにし、特に若手の医師が県内で研修、育成できるような環境を充実させる必要があります。県内で学ぶ若手医師が増えることで、県内の医師不足を緩和していくことにもつながります。

 そこで鳥取県では、このような環境整備の一環として、県内の医療を支える技術及び知見を備え、将来、県内の医療機関において若手医師の指導的立場に立っていただける医師を養成するため、「専門研修医師支援事業」を創設しました。

 この事業は、卒後おおむね5〜10年目程度の医師を県職員として採用し、県外の医療機関において半年〜2年間の研修を行い、その後、研修期間の2倍に相当する期間を県内の医療機関で勤務して、修得した技術等を振るっていただくとともに、後進の若手医師の指導に当たっていただくものです。

 鳥取県の医療の向上と発展に貢献いただける医師の申込みを期待いたします。

とりあえず鳥取県の医師数は平成18年のデータですが、平成20年 地域保健医療基礎統計第5表 都道府県-指定都市-中核市別にみた人口10万対医療従事者数によりますと、

    全国:217.5人
    鳥取:281.0人
ちなみに埼玉は141.6人です。人数だけで言えば、地域偏在是正のために医師を他の都道府県に供出する側である事がわかります。だって埼玉の2倍の医師数がおられるからです。もっとも埼玉県自身は人口比による医師数の数え方はしないそうで、面積比あたりの医師数を極度に重視されますから、そういう数え方で全国5位(だったかな?)で充足し、供出サイドにあるとしています。

もちろん人数上は余裕があっても、より充実させる方針は全く悪くありません。この程度の数では労基法意識が高まっていますから、とてもその要求を満たすには程遠いのは間違いないからです。それもって目的は、

    県内の医療を支える技術及び知見を備え、将来、県内の医療機関において若手医師の指導的立場に立っていただける医師を養成するため
ここだけ読むと将来の幹部候補生養成にも読めますが、実態はどうかは現時点では誰も分かりません。システムの概略は、
    卒後おおむね5〜10年目程度の医師を県職員として採用し、県外の医療機関において半年〜2年間の研修を行い、その後、研修期間の2倍に相当する期間を県内の医療機関で勤務
「5〜10年目程度の医師」とは前後期の研修が終わってから5年以内程度の医師をターゲットにしている事になります。確かにそのクラスの医師なら「若手医師の指導的立場」にあたるか、その予備軍には該当します。そのための特典と見返りは、

特典 見返り
県外の医療機関において半年〜2年間の研修 研修期間の2倍(1〜4年)の県内医療機関の勤務


見返りはシンプルで研修期間の2倍の医師の人事権を県が完全に握るという事がわかります。後に出ますがこの制度では県職員に採用されますから、県が人事権を握るのは当たり前だの意見もあるかもしれませんが、その説明は省略させて頂きます。そういう意見の方にもわかりやすいように付け加えれば、退職する自由も無いとしておきます。

自由が無い個所の具体的なところは、

  • 研修修了後の県内勤務のイメージ(勤務希望場所)については、応募〜選考時にプレゼンテーションしていただきます。
  • 採用時に県内勤務を定める「誓約書」を提出いただきます。
  • 県内勤務の際の勤務先については、限定はしませんが、引き続いて「鳥取県ドクターバンク制度」に参画いただくこと等を想定しています。(この場合の勤務先は公的病院、自治体立病院となります。)
  • 県内の民間病院等に就業することにより、県内勤務を行うことも可能です。

いろいろ条件は書いてあるように見えますが、実質はドクターバンクの融資資金として投入されるのは間違いありません。ドクターバンクは全国どこでも融資希望者はテンコモリおられますが、貸し出す資金は極限までゼロに近いのは周知の事実です。それと普通にドクターバンクに応じた医師は、借り手の条件により判断する自由がありますが、この制度で放り込まれた医師には無いと考えるのが妥当です。

ドクターバンク以外の条件は、ドクターバンクからの需要が無い時に限り行われるものであり、実質的に「書いてあるだけ」になります。ここ数年以内にドクターバンクが溢れ変える事は絶対にありえないからです。

さて特典ですが、

鳥取県ドクターバンクの定員枠を利用し、県職員(知事部局常勤)として採用

とりあえず、たぶん県の正職員のようです。この鳥取県ドクターバンクですが、

  • 地域医療ローテートコース
  • 子育て離職医師等復帰支援コース
この二つがあるのですが、おそらく地域医療ローテートコースに放り込まれると考えます。このコースの「勤務場所・業務内容等」として、

鳥取県内の自治体立病院、公的病院等で診療業務に従事します。

  • 本人の希望等(キャリアビジョン)により、長期の派遣等の計画を策定して自治体立病院等への派遣を行います。
  • 派遣等計画には、県立病院、鳥取大学医学部附属病院における研修期間を設定することができます。

さてどれだけ本人の希望が叶えられるかは難問です。なんと言っても見返り義務を背負った医師ですからね。どうもすみません、特典である県職員になれる事を説明したはずなんですが、殆んどが見返り義務の追加説明になってしまった事を遺憾とします。


今度こそ特典の説明ですが、やはりキモは県外医療機関での研修です。つうかこれしかないのですが、条件はあります。なかなか厳しくて、まず、

    研修テーマは、「本県において必要とされる分野」にある程度限定します。
県が研修テーマの範囲を指定されるようです。具体的には、

下記のいずれかに該当するものであること。(臨床分野に限る。)

  1. 総合医
  2. 老年医療
  3. 救急医療
  4. がん診療
  5. 小児、周産期医療
  6. その他

いちおう「その他」もありますが、実質的にその他の5分野に限定されると考えるのが妥当です。ではその分野に希望すれば即OKかと言えば、

    詳細な研修内容は、応募〜選考時にプレゼンテーションしていただきます。
どんなプレゼンを求められているかはよくわかりませんが、プレゼンからの審査が行なわれるようです。なかなか大変です。プレゼンを行い、審査で認められれば県外医療機関での研修が行なわれるかと言えば、まだ条件があります。国内限定と言う条件はともかく、
    研修希望先病院の指導医等の内諾については、各医師において御手配くださいますようお願いします。
医師が希望する研修病院に研修可能かどうかの内諾を得なければならないようです。これだけ条件を重ねるので、県が手配に尽力してくれるかと思えばそうでないのが確認できます。それもですが、

選考審査と並行して研修先医療機関との事務的な調整を行います。

プレゼン時には内諾を得ておくのが条件と考えて良さそうです。好意的に取れば、そこまで志願者がお膳立てしておけば、審査不可はないとは思うのですが、どうなるかはもちろんわかりません。まだ誰も経験していないからです。これが特典を享受する為の条件になります。


さてこのシステムで志願者にどんなメリットがあるかです。給与条件を引用しておけば、

採用された医師の人件費は、研修派遣であることから基本給部分は鳥取県(知事部局)が負担します。
業務に係る各種手当て(時間外勤務手当等)は研修先医療機関の負担となります。

経済的なメリットとしては、派遣先病院の基本給が鳥取県より安ければ、その差額はメリットです。5〜10年目とは言え、研修ならレジデント待遇なんて事も十分ありえますから、場合によってはメリットと言えます。もし逆であればもちろんデメリットです。基本給メリットっとでも言えばよいでしょうか。

もう少し他のメリットを考えれば、研修先に内諾を取る時に、雇っても基本給が不要であることは交渉上有利になるかもしれません。雇う方も人件費が安くなるほうが歓迎だからです。ただ人気研修病院は競争も激しいので、このメリットがどれだけ効果を及ぼすかは未知数です。この辺の実態には極めて疎いので、御存知の方は情報下さい。これは交渉メリットと呼んでおきます。

他のメリットは・・・ちょっと思いつきません。志願者が非常に優秀な医師であった場合には、時にその研修病院で常勤の道が開ける可能性があります。医師の世界にもそういう面があります。しかしこの制度では年限が限定されていますし、見返り義務が厳重に定められていますから、そういう事はありえないになります。

そうなるとこの特典の最大のメリットは交渉メリットによる研修病院の交渉の有利さに尽きるかと思います。ただし問題はどれほど効果があるかです。研修病院の研修枠に入るのに交渉メリットが不要な医師なら、こういう制度はそもそも不要です。実力でその門を開く事が出来るからです。ただ誰しもそこまでの才能や自身があるわけではありませんから、利用できるものであるなら何でも利用するというのも悪い考え方ではありません。

ただ実力で研修病院の門を開く事が出来る医師なら、この制度のメリットは小さくなります。鳥取県に帰りたいのならいつでもドクターバンク程度なら利用可能ですし、ドクターバンクを使わなくとも勤務可能かと思います。研修期間中の基本給メリットさえ目を瞑れば、自分の自由な意思での選択枝を選ぶ事が出来ます。研修病院が無給と言うのならともかく、薄給であっても実りある研修生活を送れれば生活費ぐらいは不自由しないはずです。

そうだ、そうだ忘れていたメリットがありました。あくまでもこれは個人の好みですが、公務員になれるメリットです。医師の中では意識される事が少ないメリットですが、人によっては重視するメリットかもしれません。人の価値観は様々ですからね。


もう一度、この制度のメリット、デメリットをまとめてみると、

メリット デメリット
・基本給メリット
・交渉メリット
・公務員メリット
・見返りドクターバンク義務


この辺の差引勘定の感覚は人により異なりますが、どれほどの募集者があるか注目されるところです。それとこの制度の表紙にあるイラストですが、
    小さな「ありがとう」のために、大きな夢を乗せて・・・。
このキャッチ・コピーを読んで、なぜかこう読めてしまいます。
    小さな(メリットに対する)「ありがとう」のために、大きな夢を(犠牲の皿に)乗せて・・・。
そんな制度にしないように担当者の努力が求められるのですが、日本海新聞の記事にドクターバンクとの関連性が書いてあり、

派遣実績は本年度までに「地域医療ローテートコース」の4件(うち1件は途中で辞退)しかなく、制度の有効活用が求められていた。

以上、因幡の国のお話でした。