新潟県立新発田病院

公立病院経営の一端がわかるようなので紹介したいと思います。まず新潟の県立病院なのですが、平成21年度新潟県病院局の決算概要をお知らせしますを参考にすると16施設あります。16施設のうち「がん予防」と書かれている施設は入院施設がないようで、残りの15病院の平均病床利用率は83.3%になります。このうち90%以上が3病院、80%以上が10病院ですから相当優秀と言う表現をしてもおかしくありません。

これだけ病床が稼動しての決算はどうかと言えば、16医療機関全体の決算で、

年度 H.20 H.21
一般会計繰入前純損益額 -135億4300万円 -120億8700万円
一般会計繰入後純損益額 -26億9000万円 -22億6900万円


ちなみに一般会計繰入れ前に純損益が黒字の病院は1ヶ所もありません。全部赤字です。さてその中でも新発田病院はどうかと言うと、
    病床稼働率:93.9%
    入院患者延数:16万2437人
    外来患者延数:23万3733人
どう見たって大繁盛状態なのですが、


年度 H.21
一般会計繰入前純損益額 -26億8900万円
一般会計繰入後純損益額 -8億2100万円
18億6900万円の繰入金を注ぎ込んでも8億円もの赤字を計上しています。平均在院日数がどうかが気になるところですが、新潟県立病院(200床以上)の平均が15.6日とあるだけで新発田病院のデータが見つかりません。そこで県立新発田病院のベッドの利用状況と課題を参考にすると年間の実入院数は平成19年度で1万3854人となっています。ここから概算すると11.7日ぐらいになります。

これは平成19年度のデータと考えますが、入院の現状も凄まじい状況が書かれています。

月平均 811 予定入院 354 平日 16
予定外入院 456 平日 17
休日 12


どうも予定外入院が病床利用率が100%にこれ以上近づかない原因の一つのようです。病院では土日に退院する患者は会計の都合上減ります。そのため金曜日には、土日及び月曜の予定外入院想定数と、月曜の予定入院患者数を合わせた病床数をやり繰りしておかないといけません。これが概算で50床程度必要なため、病床利用率のこれ以上の向上には限界があると言う事です。ここから考えても平均在院日数は10日程度であっても不思議ではありません。

忙しくなったのにも理由はあるようで、平成4年7月に450床あった一般病床が、平成18年11月に397床に減ったようです。ただなんですが、この病床数もよく分からないところがあって、病院の概要には現在403床となっていますし、2009年10月報告とされるがん情報サービスには429床となっています。一体何床が正しいかは私ではこれ以上わかりません。

いずれにしても450床よりは減っているのは間違い無さそうで、病床が減ったにも関らず入院患者数は逆に増加したため、このような状況でのベッド回転を余儀なくされている面はどうもありそうです。何故に病床数が減ったのかは残念ながら不明です。やはり赤字だったからでしょうか。



こういう状況の新発田病院を朝日が7/3付記事にしています。記事の中でこれだけ忙しい状況が出現した理由として、

矢沢良光院長は「地域の慢性的な病床不足と、周辺医療機関医師不足が大きな原因」と指摘する。

地域の慢性的病床不足があるにも関らず、病床数を削減した理由はまず不明です。ただ周辺医療機関医師不足はある程度説明可能で、新発田病院周辺の医療機関医師不足で受け入れ能力が低下し、行き場の無くなった患者が新発田病院に押し寄せる構図です。最後の砦みたいな様相を呈していると言えばよいのでしょうか。

記事はこれだけ忙しくても病院経営が赤字になる原因を

  1. 医療費削減政策
  2. 医師不足
この二つに要約しています。医療費削減政策中はこれを賛美していた過去は今日は問いませんし、鼻くそのような「0.19%」増加を鬼の首を取ったように褒め称えるのも冷笑しておきます。ただし医師不足は勤務環境が苛酷なことには影響しても、病院経営とは新発田病院の場合、まったく無関係です。医師が増えたところでこれ以上の入院を増やす余地は殆んどありません。

純経営的に言えば、売り上げを増やす余地がありませんから、現状の医師数で回ってくれるのが良い事になります。医師が減って売り上げが同じなら「儲かる」に通じます。逆に売り上げが同じで医師が増えれば「損をする」になります。医療費云々を言うのなら、これだけ病床を回転させて「過酷」とまで言える勤務状態なら、これを解消するための医師を増やせる黒字が出せる医療費を想定すべきと言う事です。

医師不足については定番で話を飾られています。

 地方の医師不足に拍車をかけたのは、小泉政権下の04年に始まった「新医師臨床研修制度」だ。この制度で、医学部を卒業して医師免許を取った医師が、研修先を自由に選べるようになった。ほとんどが母校の病院で研修を受けていたのが、都会の病院へ「流出」。新潟大病院では、制度導入前年の03年に69人の研修医が採用されたが、昨年は半分の34人だった。勤務医の開業などで欠員が出た県内の医療機関へ後任を派遣してきた伝統が崩れつつある。

まあいつも通りの鉄面皮で、

    勤務医の開業などで欠員が出た県内の医療機関へ後任を派遣してきた伝統が崩れつつある
大学の医局人事をどれほど攻撃し、新研修医制度導入によって封建的な医局支配が崩れる事を賛美していたのはすっかりお忘れのようです。医局人事には光と影がありましたが、光の部分をまったく顧慮せずに袋叩きにした結果が今と言えます。伝統を壊したのに加担した事は忘却の彼方に押しやられ、「崩れつつある」とは笑止千万です。
    ほとんどが母校の病院で研修を受けていたのが、都会の病院へ「流出」
これの端的な例として
    03年に69人の研修医が採用されたが、昨年は半分の34人だった
ここも半分ウソがあって、母校で研修と言っても、全員が母校で研修していた訳ではなく、母校の医局に属しながら、医局からの派遣で系列病院で研修していた数は少なくありません。もうちょっと言えば、これまでは医局の紐付きで研修していたのが、個人の意志で研修先を選んでいると言えばよいのでしょうか。なぜなら新潟県の前期研修医数は新研修医制度により著減している訳では無いからです。ベースデータは、この2つから新潟県内の研修医数の動向をピックアップします。

年度 H.15 H.16 H.17 H.18 H.19 H.20 H.21
募集定員 152 151 161 176 152 180
採用実績 89 92 91 87 67 70 100


平成15年度が旧制度の実績です。この年度を基準に考えると平成19年度・20年度はやや減っていますが、6年間のトータルで言えば微減程度です。医師不足を来たさなかったとしている平成15年度の研修医89人のまま6年続いていたら534人、実際に採用された研修医が507人、その差は17人で3%の減少程度です。新潟県は研修医が3%減少したから医師不足を起したと朝日は書いている事になります。

さらに言えば平成15年の医師免許取得者は総数で8166人、平成16年移行は7300〜7700人の間で推移しています。研修医総数で修正して計算すると、新潟県は平成15年の比率で研修医を平成16年から平成22年までに獲得していたのに較べて2.2%ですがプラスになります。統計のお遊びになるかも知れませんが、他の都道府県に較べて新潟が「地方だから深刻な打撃を受けた」のではない事だけは示しています。

残念ながら年次別の新潟県の病院勤務医数の確認まで手が回らなかったのですが、平成20年医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況新潟県の医療施設の常勤換算医師数の年次推移があったので御紹介しておきます。

年度 H.16 H.17 H.18 H.19 H.20
常勤換算医師数 2766.8 2785.5 2804.8 2775.1 2815.9


平成16年から平成20年にかけて約50人増えています。これらのデータから新潟県の医師の実数は新研修医制度のよる影響は殆んど無かったと言う事も可能です。


問題は新潟県全体で医師の実数は減っていないにも関らず、体感的に医師不足状態があるかと言う事です。開業医に流出しているとの説もよく唱えられますが、厚労省統計では医師全体ではありますが、病院勤務医の比率は60%でほぼ固定しています。医師数全体は漸増していますから、その分の開業数は増えてはいますが、大挙として開業医に流出している訳ではありません。一応グラフだけは示しておきます。

私たち医療ブロガーも新研修医制度が医師不足が顕在化するキッカケになったとは主張はしていますが、あくまでも顕在化のキッカケであって、主要原因ではありません。医師は研修制度が何であれ不足しており、不足している医師数で24時間デパート診療路線を推進した結果が医師不足であると言う事です。

新研修医制度はちょうど医療需要の増大に背骨が折れかけていた時に発生した、最後のひとつかみの藁に過ぎ無いという事です。エエ加減、新研修医制度が諸悪の根源と書けば、医療崩壊ウゥッチャーの最前線にいるみたいな認識はやめられた方が宜しいかと思います。4年前ならそれなりであっても、今では失笑もののカビの生えたお話です。

根本は新研修医制度による医師の地方からの流出でもなく、偏在でもありません。流出も偏在も確かに新研修医医制度によりほんの一部に起こってはいますが、全国一斉に致命的な状態になるほどではありません。だいたい「偏在、偏在」と唱えられますが、偏在で足りないところはクローズアップされても、余っているところは未だかつて指摘された記憶がありません。

医師不足の原因の根本はもっと単純かつ奥深いもので、現在の医療制度で発生する医療需要に応えるだけの医療戦力が昔から存在しなかっただけです。昔は足りていた様に錯覚されただけで、足りていた様に錯覚されたのは、化物の様に医師が働いて補っていただけの事です。医師が化物の様に働いても補いきれなくなった頃に新研修医制度が施行され、2年間の間、下働きの研修医がいなくなり、その代わりに指導に動員された医師が異動したのが現在の状況の始まりであったと言う事です。

新研修医制度であえて現在の医師不足を説明するなら、この制度のお蔭で研修医はQOMLを望むのがスタンダードになりました。これはサボると言う意味でなく、ごく普通に働くと言う意味です。かつてのような24時間365日滅私奉公が医師の標準と言う考え方が急速に廃っています。研修医の考え方の変化は年長の医師にも大きな影響を与えつつあります。

この影響については、もう取り返しはつきません。24時間365日滅私奉公医師生産システムだけは失われ、二度と甦らないでしょう。