弘前大モデル

まずは2012.7.21付朝日新聞です。

弘前大・医学部AO入試 卒業後、県内研修を求める

 弘前大学青森県弘前市)は20日、2013年度入試から医学部医学科のアドミッション・オフィス(AO)入試について、卒業後の臨床研修の方法を明確化した新たな確約を設けて実施することなどを盛り込んだ選抜要項を発表した。

 募集人員40人のAO入試は、これまで卒業後は弘大医学部または関連施設で勤務することを確約できる者としていた。だが今春、AO入試以前に実施していた推薦入学の中から県外で研修を受ける学生がいた。

 このため今後は、県内定着を明確化するため「卒業後は付属病院の臨床研修プログラムに従って研修を行い、引き続き付属病院または医学研究科の関連施設で医療に従事することを確約できる者」とした。

この弘前大の地域枠と言うか、地方枠は結構複雑なもので、弘前大の青森県枠にまつわる風聞で出来るだけ掘り起こしてみました。この時の結果をまとめてみると、

年度 青森県医師修学資金 青森定着枠 弘前
研修マッチ数
県内枠 県外枠 推薦入試 AO入試 特別指定
特別枠 一般枠 学士枠
2000 5 20 5 3
2001 5 20 5 3
2002 5 20 5 3
2003 5 20 5 3
2004 5 20 5 3 24
2005 5 20 5 3 19
2006 5 20 5 3 15 8
2007 5 20 5 3 20 11
2008 5 20 5 3 30 15
2009 5 20 5 3 廃止 40 10 13
2010 5 20 5 3 40 10 6
2011 5 20 5 3 40 10 11
2012 5 20 5 3 40 10 7


補足しておくと青森県医師修学資金貸与条例によると、

(施行期日)

1 この条例は、平成十一年四月一日から施行する。

(青森県医師修学資金貸与条例等の廃止)

2 次に掲げる条例は、廃止する。

一 青森県医師修学資金貸与条例(昭和四十二年三月青森県条例第三号)
二 青森県医師研究資金貸与条例(昭和四十五年三月青森県条例第十四号)
三 青森県へき地勤務医師等確保修学資金貸与条例(昭和四十九年七月青森県条例第三十三号)

どうも2009年度に改正があって今まで改正はされていないようです。ただし貸与人数の規定は定められていないようなので、2011年度以前は推測として斜体文字とさせて頂いています。それと学士枠については「2年次後期より編入」となっています。県外枠は青森県出身者が県外の医学部に進学した時のものです。この青森県修学資金枠については卒業後の医師の管理は、青森県地域医療支援センターと言う一種の官製医局管理となっており、弘前大の管理になっておりません。

一方の弘前大の青森定着枠なのですが、これは大学独自の定員枠です。青森県修学資金枠との違いを表にしておくと、

分類 青森県医師修学資金 弘前大枠
特別枠 一般枠 学士枠 県外枠 青森定着枠
定員 5 20 5 3 50
入学金 ×
授業料 × ×
奨学金 × ×
年限 9年 6年 7.5年 9年 12年
罰則 利息付一括返済


ここで補足ですが、青森定着枠については昨年度までは「どうやら」拘束年限の縛り規定が曖昧だったようです。だから冒頭のような縛り破りが出ても対応しようがなかったぐらいに解釈しても良さそうです。そこでの対応策が2/5付タブ紙が報じています。

 医師不足対策のため卒業後に県内で勤務することを求める弘前大医学部入試の「県定着枠」について、佐藤敬学長は4日の定例記者会見で「卒業後本県で医療に従事する年限を12年間をめどとする出願資格を検討したい」と述べ、県内での従事年限を明確化する方針を打ち出した。14年度入試からの導入を検討している。

 定着枠は、医師不足に悩む地域医療の充実を図るため、医学科卒業後は県内医療に従事することを条件に、06年度から「推薦入試」や「地域枠」などの名称で県内枠として設けられてきた。しかし、この枠で入学した1期生18人のうち4人が11年度卒業の際、臨床研修先に県外を選んだ。佐藤学長は「4人は、初期研修を終えたら県内に戻り、後期研修に入ると表明している」と釈明した。

 これまで出願要件には、県内での従事年限は具体的に示されていなかった。12年度入試(定着枠15人)は確約書で「卒業後に医学部または関連施設で働く意思がある者」とし、13年度入試(同17人)は「卒業後は医学部付属病院で臨床研修し、付属病院や関連施設で医療従事することを確約できる者」と定めていた。同大は「(県内で終身勤務するのかという)誤解を招かないためにも年限を明確化したい」と説明。13年度の学士編入学からの導入も考えているという。

ここから拾える情報は青森定着枠の義務年限の明確化の他に、学士枠に新たに青森定着枠を設ける予定がある事が確認できます。もう一つ興味深いのは、

    同大は「(県内で終身勤務するのかという)誤解を招かないためにも年限を明確化したい」と説明
ここは言われてみて初めて気がついたのですが、従来の青森定着枠の拘束年限は、
  • 卒業後に医学部または関連施設で働く意思がある者
  • 卒業後は医学部付属病院で臨床研修し、付属病院や関連施設で医療従事することを確約できる者

期限の縛りがない、すなわち終身とも解釈できる内容だった事がわかります。弘前大の公式表明として、推薦枠卒業者が県外に逃げたのは終身拘束の恐怖のためであり、これを12年と明記する事により誤解を解こうとしたぐらいになります。ここも面白いところで、わざわざそういう表明を行ったと言う事は、そういう噂が学内に定着していた傍証になります。非常に悪意に解釈すると、それに近いニュアンスで学内では説明したのかも知れません。そうなると、
    この枠で入学した1期生18人のうち4人が11年度卒業の際、臨床研修先に県外を選んだ
あれ? 1期生の定員は15人だったはずですが、実際は18人入学していたようです。これは後で触れますが、もしかして4人が県外逃亡しなければそのまま終身拘束を断行されていた可能性も残りそうに思います。なかなか面白そうな経緯です。


関連ソースを読み返してみたのですが、はっきりしないのが青森県医学修学資金と青森県定着枠の関係です。何が良くわからないかと言えば重複する事があるかどうかです。常識的に考えて与えられる特典の内容が違いますし、青森県医学修学資金の勤務条件は、

弘前大学医学部(附属病院を含む。)又は県内の自治医療機関(県の地域医療再生計画に基づき、県立あすなろ・さわらび両医療療育センターの一部機能が移管される国立病院機構青森病院含む、以下「指定医療機関」という」)に医師として勤務すること。(その半分の期間は県が指定する町村部等の中小医療機関。ただし、産科、小児科又は麻酔科医として、県が指定する自治体病院に勤務する場合はこの限りではない。)

これがすべて青森県定着枠の条件である「付属病院や関連施設で医療従事」とイコールなのかは私では確認不能です。今日の段階では独立した別枠ではないかと見ています。仮に別枠とすれば、医学部医学科の定員は105人ですから、

AO入試 40
一般入試 青森県定着枠 10
その他枠 55 青森県修学資金特別枠 5
青森県修学資金一般枠 20
青森県修学資金学士枠 5
純その他枠 35


こんな感じなんでしょうか。AO入試青森県定着枠であるのは上で検証した通りです。


面白いと言えば、穿り返してみると弘前大には以前からかなりの数の青森県修学資金枠の学生がおられた可能性があります。現在は学士枠まで合計すると30人です。青森県に帰る義務を背負った県外枠まで含める33人です。この33人体制がいつから確立したのか不明ですが、もし2000年頃から続いていたらちょっと楽しい算数が出来ます。あくまでも仮に2011年度時点でも33人の青森県修学資金の研修医がいたとしてですが、

年度 青森県修学資金枠 青森県定着枠 合計 弘前大マッチ者
2011 33 0 33 11
2012 33 18 51 7


2011年度の11人の内訳は不明ですが、殆んどは33人の青森県修学資金枠の研修医であったんじゃないかの推測は出てきます。さらに2012年度は51人に増えています。51人のうち4人は県外研修を選択していますから、青森県に残ったのは47人になります。青森定着枠は弘前病院及び関連病院での研修の誓約を行なっていますが、大学病院は喉から手が出るほど研修医が欲しいはずです。それでもマッチ者は7人です。内訳はどうなっているのでしょうか。


研修医を獲得するために様々な策を講じておられるようですが、学内で6年過ごしても弘前大で研修する魅力が非常に乏しい傍証になるかと素直に感じます。青森県で医師として働く、もしくは拘束年限を過ごす事には合意しても、弘前大での研修だけは、母校であっても極力忌避したい事を示していると私は思います。しっかし、よくここまで嫌われたもんだと感心するぐらいです。

入試枠であれこれ策を講じるのも一法ですが、肝心の医師研修の質を高め、囲い込みで固めようとするだけではなく、県外からも「研修するなら弘前大で♪」の魅力を高める方策も必要と思います。そうしないと罰則のない青森県定着枠からバラバラと今後も零れていくような気がしてなりません。卒業して医師資格を取得してしまった医師に対し、罰則として卒業資格取消をやっても、訴訟に勝てるかと言えば疑問符がテンコモリ付く気がします。


そういえば罰則ですが昨年度までの青森定着枠の医学生には実質としてないようです。なぜなら、

    佐藤学長は「4人は、初期研修を終えたら県内に戻り、後期研修に入ると表明している」と釈明した。
つまりは医師資格を奪う罰則を下す事は出来なかったです。今年度入試から「改善」するそうですが、入試説明会での情報によると

よって反する者は入学取り消し、又は卒業を認めない

今の研修医制度に詳しくないのですが、たしか卒業前に研修先を決定するはずですから、その時点で「附属病院ないし関連施設」にマッチしていなかったら卒業させない算段と見れます。そういう強制がどれだけ法的拘束力を持つのかは危うい感じもしますが、それでも2年の前期研修を終えれば拘束しようがなくなる気がします。遡って卒業資格を取り消して、医師免許剥奪なんて荒技が行使できるかは相当疑問です。

なかなか興味深い弘前大モデルでした。他の地方国公立医学部もこんな感じになってるのかなぁ?