医師囲い込み策としての防衛医官モデル

今日のお話はツイッターでSB様より、

分析拝読いたしました。防衛省の現在の医師充足率を参考にすれば、防衛医大的建学価値が特異的ではありますが何らかの指標になるのではと思いますが。RT @Yosyan2: 東北6県の医師数の推移を調べてみる http://htn.to/Svvq2B

これを受けてのものです。指摘されれば「なるほど!」なので頑張ってみます。防衛医官(正しくは医官となります)とは御存知の通り自衛隊勤務の医師のことです。昔で言えば軍医になり、医師と言っても自衛官であり幹部待遇を受けます。防衛医官になるにはwikipediaより、

防衛省、陸・海・空自衛隊医官自衛官)になるには、防衛省所管の防衛医科大学校を卒業するか、医師の免許を持つ者が防衛省の公募する医科歯科幹部採用試験に合格することが必要となる。

「たぶん」ですが自衛隊的には防衛医大卒業生で固めたいはずです。防衛医大は在学中に、いわゆる自衛隊兵士としての訓練はそんなには受けないかもしれませんが、それでもある程度行われるでしょうし、なにより防衛医大は全寮制なのでいわゆる自衛隊員としての規律・基礎知識は叩き込まれるはずです。自衛隊にしても途中採用より、自前で育成した防衛医大生で固めたいと思うのは自然かと見ます。そのために世界でも珍しいと言われる防衛医大が存在しているはずです。

医学部入試情報局の情報からですが、自衛隊防衛医大生を囲い込むために、

  1. 全寮制
  2. 学費・授業料等免除
  3. 給料・ボーナス・制服の支給(平成24年度で給料は108,300円)
ボーナスについてはwikipediaより、

大学校の入学金と授業料は無料で、毎月の学生手当(給与)と年2回の期末手当(2006年時点で月額106,700円。期末手当が年額約380,000円)、および被服が支給される

2006年当時より昇給があったようですから、今なら40万円ぐらいでしょうか。概算で年間200万円ぐらいになり、6年間で給料だけで1200万円ぐらいになります。それとこれは「たぶん」ですが、寮内の食費・家賃・光熱費等も免除かと推測されます。でもって免除には義務年限の9年があり、義務を果たさないと自衛官募集ホームページ

やむを得ぬ理由で、卒業後9年未満に自衛隊を離職する場合は、卒業までの経費を償還しなければなりません。償還金の額は隊員としての勤務期間によって計算されます。

例)平成23年3月の卒業生の償還最高額4,811万円

年度によってバラツキがあるようですが約5000万円の卒業までの費用の返還が課せられます。まあ、これだけでも医学部1億円伝説は否定されそうなものですが、これは今日は置いておきます。それでもって防衛医大の入試難易度ですが、これも医学部入試情報局より、

防衛医科大学の偏差値は70前後と、医学部系の中でもレベルの高い分類の大学です。競争倍率も例年高いです。

医学部のハイエンド・クラスとまではいかなくとも、ハイエンド・クラスが併願対象の候補にするぐらいとでも言えば良いのでしょうか。とにかく、そうは簡単に入学出来るようなところでないぐらいの評価で宜しいかと思います。そいでもって定員ですが、防衛医科大学校の編制等に関する省令

第四条

 医学科の学生の定員は、四百八十人とし、医学研究科の学生の定員は、百二十人とする。

2  医学科の学生数は、一学年につき八十人を基準とし、医学研究科の学生数は、一学年につき三十人を基準とする。

入試定員は88人(えらい中途半端な・・・)ぐらいに考えれば良いのでしょうか。まあ併願での脱落率もありそうで、平成25年度合格者数は290名となっていますから補欠合格を取らない可能性があり、そのため年度によって実際の合格者は80〜90人程度になるのかもしれません。防衛医大は1974年4月に1期生が入学していますから、1981年度から卒業生を送り出している事になります。仮に毎年80人の医師を防衛医大自衛隊に供給していたら、2700人程度になるはずです。最初の9年間でも700人ぐらいになるはずです。

これはURLから防衛省資料と考えられますが病院、医務室、部隊等の医官充足率と言うのがあります。ここにはちょうど1979年からの防衛医官の定員、現員数が記されています。まずグラフですが、

これを1979年時点をゼロとして、単年度毎の増減に直してみます。
もちろん定年等の退職で減少する分を含むにしても、防衛医大卒業生1期生が出た最初の9年間に較べると、後になるほど実増加数は減少に向かい、最近では前年度比でマイナスの傾向さえ出ています。そのため防衛医官の定員を一度として満たしていないのが判ります。定員は1979年時点で958人、2008年時点で1176人ですが、2000年に84.8%を記録したのを頂点に2008年には67.1%、皮肉な事に卒業生1期生の義務年限である1988年度の水準まで落ち込んでいます。


もう一つ気になるのは比較的順調に防衛医官の数が増えていた最初の9年間です。ムラはありますが、この9年間の平均は52.3人です。入学生に較べてもチト少ない気がしないでもありません。防衛医大と言えば国試合格率でも常にトップ近くにいたはずなのですが、それにしてはどうも少ない気がします。学生の質は入試難度からして保障されていますし、全寮制で規律正しい生活を送っているはずです。

ここも防衛医大が出来た頃の定員まで確認できなかったのですが、最近の国試合格者および受験者数の推移を見るとなんとなく見えてくるものがあります。1998年の第90回の成績まで掘り越せたので表にして示します。

年度 受験者数 合格者数
新卒 既卒 合計
90 1998 61 1 62 55
91 1997 61 7 68 61
92 1998 66 7 73 69
93 1999 67 4 71 63
94 2000 68 8 76 63
95 2001 53 13 66 61
96 2002 62 5 67 67
97 2003 50 0 50 50
98 2004 65 0 65 63
99 2005 54 2 56 55
100 2006 46 1 47 47
101 2007 58 0 58 58
102 2008 59 0 59 56
103 2009 62 3 65 65
104 2010 63 0 63 59
105 2011 67 4 71 60
106 2012 65 8 73 63

まず気が付くのは新卒受験数の少なさです。新卒者の数からして、防衛医大ではいわゆる留年の存在を認めていないとして良さそうです。う〜ん、5年次で落第でも返済は多そうですが、ましてや6年次で卒業できなかったらいきなり5000万円かもしれません。国試浪人もやっぱり5000万円かな? それはともかく新卒者の国試合格者平均は60人になりますから、それ以外の25〜30人程度は退学となったと見て良さそうです。88人計算なら31.8%の落第率です。防衛医大の高い国試合格率の理由はこんなところにあったのかもしれません。優秀な学生を集め、全寮制で軍隊式の教育をやってもこれぐらいは落ち零れるの傍証の一つになるかもしれません。 後の解説のために2つ目のグラフの元数値を示します。
ステージ 年度 防衛医官 前年度比増減 増減数平均
定員 現員
1979 958 195 0
ステージ1 1980 972 232 37 52.3
1981 975 292 60
1982 983 329 37
1983 982 378 49
1984 978 450 72
1985 982 514 64
1986 984 557 43
1987 992 618 61
1988 994 666 48
ステージ2 1989 1008 690 24 20.9
1990 1017 704 14
1991 1025 725 21
1992 1027 747 22
1993 1045 779 32
1994 1049 814 35
1995 1048 835 21
1996 1046 847 12
1997 1045 853 6
1998 1057 876 23
1999 1063 896 20
ステージ3 2000 1067 905 9 -11.9
2001 1116 902 -3
2002 1136 907 5
2003 1157 898 -9
2004 1157 869 -29
2005 1171 836 -33
2006 1171 810 -26
2007 1169 813 3
2008 1176 789 -24

新卒でそのまま国試合格した者の平均は60人です。一方で防衛医大1期生の義務年限(緑背景)中の平均増加数は52人です。その差の8人が当時はもっと合格者が少なかったか、それとも自然減少の影響かは不明ですが、ほとんどの卒業生は真面目に義務年限を務めていたんじゃないかと考えられます。ところが防衛医大1期生の義務年限が終わった翌年度である1989年度から増加数は一挙に減っているのが確認できます。 緑背景のステージ1は防衛医大1期生の義務年限期間の9年間です。黄色背景のステージ2は義務年限終了後の11年間、赤色背景のステージ3はさらにその後の9年間です。鮮やかなコントラストを描いているのが示されています。とくに2000年からのステージ3になってからは現状維持どころか漸減を余儀なくされ、2008年時点では防衛医大1期生の義務年限が終わる頃のレベルまで充足率が減少しています。防衛医大の囲い込み策の結果は、
  1. 88人程度の定員を受け入れ、60人程度の卒業生を送り出す
  2. 38年間の医師供給(2008年度までの概算で2200人ぐらい)
  3. 1176人の定員に対して789人の「医師確保」
経費は1人当たり5000万円で、軍隊式の管理教育を行っての成績です。自衛隊病院が嫌われる理由は書くほどでもないですが、
    防衛医官が相手にする患者は、基本的に自衛隊員及びその家族であり、とくに自衛隊員は極めて健康なものが多い
持病難病で苦しむ自衛隊員はどうしても限られます。ごく簡単にはとくに若い医師にとって医療としての魅力が極めて乏しかったぐらいで良いかと思います。だから多額の返還を行ってまで義務年限を打ち切るものがwikipedia(さらに元ソースは平成18年4月14日の衆議院厚生労働委員会における防衛庁の答弁)より、

医師としてのスキルアップに不安がある等の理由から、3分の1の者が9年の年限を待たずに退官している

たぶんそれだけでなく、義務年限を待ちかねたように退官する者も多いと推測されます。防衛医大自衛隊と言う特殊な閉鎖関係ではありますが、現在とくに医師不足とされている県で熱心に行われている卒業生囲い込み策の運命を暗示しているとするのは・・・杞憂でしょうか。