官製医局をもう一度考えてみる

この問題はよく考えると算数的には成立します。現在の地域枠には、

  1. 奨学金付地域枠
  2. 入試下駄付地域枠
こうありますが、少なくとも奨学金付地域枠には「俗に言う」義務年限がおおよそ9年附属しています。地域差はありますし、今後どうなるかの予想が難しいところですが、年間10人の奨学金付地域枠がいるとすれば、単純計算で90人の医師を抱える事が可能です。これに入試下駄付地域枠や自治医大を含めてしまえば100人を越える医師を抱える官製医局になります。

100人と言っても都道府県により影響力は変わりますが、小さくない勢力になりますし、現在のドクターバンク制度なんかに較べると存在感は桁違いになります。たぶん皮算用として9年の義務年限後も残留する医師も期待しているでしょうから、卒業生が出始めて20年、30年後には200人を越す官製医局になる展望も持っているかと考えられます。

自分で計算しても驚いたのですが、算数的には成立します。なんであっても数と言うのは大きく、100人の医師の人事権を握る医局となると自然に影響力は増します。医師の供給を官製医局に頼らざるを得ない病院は確実にその影響下に置かれるでしょうし、官製ですから影響力を合法的に制度化するのもまた不可能ではありません。



では官製医局による支配が今後広がるかと言えば疑問点は確実に残ります。とりあえず企画が遠大である事です。地域枠が本格的に拡大された後の1期生は、たしかまだ医学部2回生ぐらいだったはずです。とりあえず1期生が卒業してくるまでには4年ぐらいかかります。地域枠10人で9年で90人は算数上間違いはないのですが、そこまで行くのに13年以上は必要です。

ある程度机上の算数通りに事が運んでも、100人医局になるまで15年ぐらいは必要になります。この15年も先の医療がどうなっているかを予想するのが非常に難しいと言うのがあります。そこまで延々と現在の地域枠制度が継続しているかの問題もあります。現在までの15年の間に起こった事を考えればわかりやすく、医師過剰論が掌を返した様に医師不足論に変わるぐらいの期間でもあると言う事です。



次の問題も出てくると予想されます。現在のところ地域枠は定員の2割弱程度がせいぜいです。これも今後拡大するのか、縮小するのかの予想はなんとも言えないのですが、多くなったとしても3割程度が限界ではないかと予想しています。そうなると当たり前ですが、

    一般枠医師 > 地域枠医師
現在の医師不足問題として国なりが考えている図式は、
    地方僻地の勤務医が不足している → そこに縛り付けれる医師の量産
芸が無いとは思うのですが、一般枠医師から地方僻地病院への供給が困難だから、それに特化する医師で間に合わせる対策です。官製医局の位置付けは、必然的に地方枠医師の女衒じゃなくて元締め的な役割を担う事になります。将来の野望は他にもあるかもしれませんが、発足後はその業務に邁進するでしょうし、それ以外に振り分けられる地域枠医師もいません。

地方僻地病院の問題は自力で医師を集める能力に劣るというのがあります。そういうところに確実な医師供給源として官製医局があれば、自力で医師を探す手間が省けますから、官製医局が大きくなればなるほどそこに依存する事になります。かつての大学医局に医師の供給を丸投げしていた状態に戻ると言う事です。もちろん自力で医師を集める必要が無くなれば、医師の待遇完全にも不熱心になるのもまた自明です。必要が無ければ無駄金は使う理由がありません。

現在でも人気病院と不人気病院の色分けはありますが、官製医局が勢力を増せばどうなるかです。官製医局の基本姿勢は、医師が足りない病院への医師派遣が業務になります。官製医局に医師派遣を求める病院は不人気病院です。人気病院は自前で医師を集められますから、わざわざ官製医局に頼る必要性がないと言う事です。基本的に一般枠の医師の方が2倍以上は軽く多いですからね。

これもおそらくですが、官製医局を取り仕切る人間は、とくに当初はダボハゼのように支援依頼病院に医師を派遣すると考えます。年とともに派遣医師の持ちダマが増えてたら、さらにそうすると考えるのが自然です。それが続くと上述した様に不人気病院は医師の供給を全面的に官製医局に依存する関係が成立します。依存が完成したときに予想される構図は、

医師供給源 医師の主力 グループ病院群
官製医局 地域枠医師 地方僻地を中心とした不人気病院群
大学医局
民間業者
一般枠医師 都市部を中心とした人気病院群


大学医局が今後どうなるかは不明ですが、民間業者も含めて、官製医局以外の民間医局みたいな機関でもよいかもしれません。ここで注意しておかないといけないのは、前にも書きましたが官製医局は従来の大学医局とは違い契約で医師を拘束します。もちろんですが、病院への派遣も契約に従って行なわれます。前に派遣と出向の違いが話題になりましたが、形式はともかく法的に強い拘束力で官製医局は病院も拘束します。

官製医局が支配する病院群は非常に強力な支配下に置かれると考えるのが妥当ですが、ごく自然に考えて官がそういう支配を行なう病院の不人気度が改善する可能性は低くなります。ウダウダ書きましたが、はっきり色分けされる病院群で勤務医の就職先は固定される可能性が高くなります。支配する医局により就職できる病院が決定する関係です。

こういう支配関係はある程度の年齢以上の医師なら違和感なく理解できるのですが、従来は大学医局系列でこれが行なわれていました。当ブログでもしばしば話題になる有力大学と三流私立医大の差の一つが、実はここにもあります。医師用語でジッツとも言いますが、派遣先病院は有名大学の方が人気病院に有力枠を多数抱えています。三流私立となると・・・てな差は確実にあります。

それでも従来は有名大学は人気病院を抱える一方で、とんでもない不人気病院も多数抱える図式がありましたが、官製医局が肥大化すると不人気病院はドンドン官製医局に譲り渡される事になります。大学医局等から切り離されれば、頼るは官製医局になり、官製医局も当初は不良債権でも数を増やすのが大目標になりますから、どんどん吸収する流れです。



こうなるんじゃないかは、私だけではなく多くの医師が予想しています。予想ですから外れる可能性ももちろんありますが、目に見える形で現実化すればどうなるかです。これはたいした予想ではありませんが、地域枠の不人気化は想定されますし、今だって出始めています。それと素直な反応として、官製医局病院群からの脱出です。これもまた現在でも出ています。医学部を目指す高校生や、医学生、さらに若手医師も世の中の動きを良く見ているとしか言い様がありません。

官製医局成立を目指す勢力は現在のところマスコミ経由の精神論で対抗しているようですが、実効性はやっている方も疑問をもっているんじゃないかと考えています。それでも官製医局は医系技官にとって喉から手が出るほど欲しいものと考えています。また単に出来るだけでなく、これを肥大化させることは様々な利権の面から必要と判断できます。

成立して肥大化させるにはイチにも二にも支配できる医師数を増やさないと話が始まりませんから、目指す方向性は早急に肥大化するための地域枠の拡大が手っ取り早い事になります。少々穴が開いても、バケツが大きくなれば組み上げられる水の量が増える理屈です。なんとなくそうやって官製医局を肥大させた後のことは「そのとき考える」みたいに感じています。

そういうせめぎあいが続いた後の10年後、15年後がどうなっているかは、限りなく不透明としておきます。不確定要素が多すぎて、どうにも予想がつきにくいからです。ただし、あんまり楽しそうな未来を夢見るのは大変そうです。