埼玉の医師不足を考える

 埼玉は1975年時点で全国で下から2番目(当時の最下位は沖縄)、これが1990年に千葉に抜かれてから一貫して全国最下位です。面積あたりは充足していると豪語した知事もいましたが、医師不足は昔から一貫して変わっていないとして良さそうです。指標として全国平均を持ち出すのには異論はあるかもしれませんが、他に適当な指標もないので、人口10万人あたり医師数の全国平均への比率と、医師の実増数をまずグラフにしてみます。

 医師数も増えてないわけでなく、1975年時点の3200人程度から2010年には11000人程度になっており3倍以上にはなっています。ただし全国平均も伸びている関係で、医師数の比率はおおよそ6割程度でほぼ推移しているのが確認できます。なんとかしなければは神様も仰っていられるのですが、私も机上論で考えてみます。


目指せ全国平均 その1

 統計上の計算であり、なおかつ「目指せ全国平均」を指標に置いていますから、その辺は御了解下さい。まず気になったのは埼玉県の人口増加です。

 1975年に480万人ぐらいであったのが2010年には710万人に急増しています。この人口増加が医師数にどう影響を及ぼしているかです。データはe-statの問題で5年おきでみますが、とりあえず思いつくのは、

  1. 人口増加すれば母数が増えるので医師数を減らす方向に働く
  2. 同じような事ですが増加も、10万人当たりで医師を「1人」増やすための医師実数が増えていく

 このあたりを数字で具体的に示せないであろうかです。5年のスタート年の医師数は、人口が増えれば人口10万人対で当然減ります。5年後に人口10万対の医師数が増えるためには、人口増加による目減り分は補わなければなりません。また人口10万人対で「医師が1人」増える医師数も5年で増えます。この「医師が1人」増える医師数は5年の継続変化になりますから、中間値と考えて見ます。これらを表にしてみると、


スタート年 5年後 10万人対減少数 10万人対で「1人医師」を増やす医師数 1年毎の不足実数
1975 67.5 1980 60.1 7.4 51.1 76.0
1980 77.3 1985 71.4 5.9 56.3 66.8
1985 94.6 1990 86.9 7.7 61.1 94.3
1990 99.7 1995 94.9 4.8 65.4 62.7
1995 112.1 2000 109.2 2.9 67.9 39.6
2000 117.3 2005 115.6 1.7 69.2 22.9
2005 135.5 2010 133.0 2.5 70.4 35.1

 だからどうしたと言われそうですが、5年間で同じ数の人口10万人対医師数を維持するだけで、1975〜1990年頃までは毎年60〜90人の医師が必要であった事が判ります。しかし、これだけの数では5年前と同じ数を維持しているに過ぎません。全国平均はおおよそですが年に3人程度は増えます。人口が横這いなら医師が増えた分だけ人口10万対医師数は増えますが、人口増加が著しい埼玉では増えた人口分の必要医師数だけでも大きな数である事がわかります。

目指せ全国平均 その2

 ほいでは全国平均との差を開かないためには、どれほどの医師数が必要であったかです。これには自然減少(死亡、リタイヤ)の要素も必要になります。これがまた厄介なのですが、今日は独断と偏見で1万人あたり年間130人とします。これは、おおよそ現在の年間が4000人弱の計算です。


5年単位 埼玉人口 全国増加
(10万人対)
埼玉県
必要増加数 実増加数 過不足数 自然減少 流入必要数
1975 → 1980 5405466 2.92 157.8 186.4 28.6 63.2 221.0
1980 → 1985 5854900 4.68 274.0 272.1 -1.9 77.3 351.3
1985 → 1990 6374361 2.88 183.6 163.3 -20.3 90.1 273.7
1990 → 1995 6696390 3.62 242.4 230.3 -12.1 101.2 343.6
1995 → 2000 6875484 1.72 118.3 111.7 -6.6 113.8 232.1
2000 → 2005 6974003 2.94 205.0 277.0 71.9 125.3 330.3
2005 → 2010 7104590 2.54 180.5 136.3 -44.2 129.7 310.1

 数値で見ると1970年代後半と2000年代前半に全国平均と差を縮めた時期があったようですが、後は開く方向程度の医師数しか集まっていないようです。埼玉県の人口が今後どうなるかの予想は様々にあるとは思いますが、現在の700万人程度と仮定し、全国平均の伸び率をこれも3.0程度に仮定すると、年間310人程度は流入しないと、現在の全国平均との差は開く可能性はありそうです。計算式をあえて出しておくと

    3.0(全国平均の伸び数)× 70.0(埼玉の人口10万人対で「1人医師」を増やす医師数)+130.0(自然減少分)= 310(人)

 ここで仮定として人口は変わらず、全国平均の伸び数も変わらないとしていますが、医師の数が増えると自然減少分は増えます。ですのでちょっとマージンを大目に取って毎年350人を全国平均との差を維持する数として見てみます。

目指せ全国平均 その3

 さてなんですが、現在の埼玉県と全国平均との医師数の差は5500人程度です。この差を埋めるには、維持数の350人に上乗せする必要があります。上乗せ分だけ全国平均との差が縮まる事になります。

 これは単純で100人上乗せすれば450人となり55年で、200人なら550人となり22.5年です。10年で追いつこうと思うのなら550人で900人です。と簡単には書いてはみましたが、10年はチョット無理でしょう。せめて20年として600人はどうでしょう。これもハードルが一見高そうですが、埼玉県の人口は日本の人口の5.6%程度であり、現在の医学部定員が8991人ですから、人口分だけ医師が来れば500人ぐらいになります。

 これにあと100人ほど上乗せすれば600人となり、20年で全国平均に追いつく事が・・・ここも指摘がありそうなで、医学部定員が増えれば全国平均も上るんじゃないかはあります。それでも25年ぐらいで追いつけるぐらいはしても書き過ぎではないでしょう。

600人と地理的問題

 実は医学部定員7700人時代でも人口比なら430人ぐらいは埼玉に集まっても良かったはずなんです。ところが現実は250〜300人ぐらいです。そうなると300〜350人ぐらいになってしまう可能性も出てきます。言ったら悪いですが35年間(もっとかな?)のツケが溜まってますから、600人のハードルはかなり高いんじゃないかは素直に思うところです。現在のままで漫然と待っていても改善は望みにくいんじゃなかろうかです。

 さらに言えば情勢は悪くなっている気もしないでもありません。各県横並びで卒業生囲い込み政策をやっているのは説明の必要もないでしょう。埼玉の医学部は事実上、埼玉医大のみです。防衛医大は拠点としての医師数増加に貢献しても、埼玉県にとっては大きな病院ぐらいの位置付けにしかなりません。医師の供給源として囲い込むのはチト無理があるぐらいのところです。

 そこで神様が医学部新設論を唱えられておられる訳です。まず無いより有った方が良いのは認めます。これは誰も異論がないと思います。ただ効果はどうなんだろうです。お世辞にも埼玉の人文地理に詳しいとは言えないのですが、どうやら埼玉県はこれだけの人口増加がある一方で、医師には魅力は高くない県のようです。私も「たまたま」かもしれませんが、あんまり「絶賛」とか「お勧め」は聞いたことがありません。

 実際はどれぐらいなのか知る由もありませんが、他県出身者が競って流入する県でないぐらいとしても良いでしょう。だから医師が少ないのはデータが示した通りです。他の都道府県出身者の流入が期待できないとなると、基本は自県出身者の呼び戻し率をいかに高めるかが鍵になると思います。人口配分相当の医師数500人があっただけでも埼玉県の医師数は増加するのは上述した通りです。

 さて当たり前ですが埼玉県出身者にも医学部志望者はおられます。ここも大雑把ですが、人口比に応じて「たぶん」存在するはずです。でもって埼玉県出身者はどこの医学部を目指すだろうかです。ここに埼玉の宿命的な弱点があるように思います。たいして捻った理由では無いのですが、

    東京が近い♪

 医師が不足する県には出身校・出身県に定着したいという魅力が必要じゃないかは昨日も、一昨日も書きましたが、東京はそういう面では日本随一の気がします。首都圏の人には判り難いかもしれませんが(私も首都圏の事はよく知らないのですが)、近畿圏の大阪と周辺の府県の関係とは全然違うような気がしています。なんと言っても花の都の大東京です。

 これは替えようのない構図なんですが、これを新設私立医学部で、どれだけ流れが変えられるかにどうしても疑問を抱いてしまいます。埼玉県出身者の医学部志望の高校生なりの県内選択枝は倍増しますが、ここに流れ込むのは、もともとの埼玉県で頑張りたい人の受け皿にしかならない気がしてしまうのです。当然ですが他の首都圏からの流入もあります。その点は囲い込み枠で対処するにしても、埼玉県が医師数を増やすには、

  1. 自県出身者500人を可能な限り囲い込む(県外進学者も全部含めて)
  2. その上で他の都道府県出身者の流入者の増加を図る

 根こそぎ自県出身者を抱え込んでも500人で、これに後100人上積みしないと600人に達しません。600人でも20年以上かかります。ここで自県出身者の取りこぼしがあれば、そのぶん他の都道府県出身者の上積みが必要です。でもって自県出身者の流出先として巨大な吸引力を持つ大東京がデンと聳え立つ関係です。こんな問題をどうやって解消したら良いかなんて私には到底思いつきません。

 神様が考えそうな方式なら一つと言わず3つぐらい新設私立医学部を作り、定員を150人×4 = 600人にした上で、


合格枠 選抜方法 定員
終身枠 AO 350人
20年枠 推薦 150人
15年枠 一般 50人
特別自由枠 50人


 これで囲い込みを行い、さらに県外流出者で帰る数を合わせれば600人なんて軽いぐらいは言うかも知れません。もちろん奨学金なんてコレだけ出したら埼玉県の財政が傾きかねませんから、誓約書で囲い込みます。先例もあります。ただ、そこまでやると医学部とは言え定員割れの可能性さえ危惧されかねません。もちろんそんなに埼玉県ばかりに医学部を作るのは神様とて容易なことではありません。


 もう少しだけ現実的な考えをあえて挙げれば、誰かが「いっその事、東京と合併してしまえ」との意見がありました。チト乱暴ですが、そうすれば埼玉県の医師不足は都道府県単位として解消されます。残るのは東京都内の旧埼玉県地区の医師不足問題に矮小化されると言う事です。まあ、旧埼玉県でも東京には変わりはないですから、他の道府県からの吸収力がアップする効果は期待できるかもしれません。

 もっとも合併は医療の都合だけで考えるものではないでしょうし、また「それじゃあ♪」とばかりに茨城とか千葉も右に倣えでウルトラ東京都を作って「どうなるんだ!」のお話もまたあると思います。そのレベルになると道州制論議になるので、私には手に負えないと言うところで今日はオシマイです。