医大を増設するなら自治医大方式はいかが

医師を目指す人間にもいろんな志向があります。常に最先端医療を追及したい者、最先端とはいかなくとも先端クラスの位置にはいたい者、もっとスタンダードな医療レベルで患者を診たい者、勤務医として出世を目指す者、開業医志向の強い者、臨床より研究に励みたい者、さらに医政に関心が強い者、僻地医療に情熱を燃やしたい者・・・。

こういう志向は最初から不動であったり、環境や年齢、経験により変化したりはしますが、最終的には自分の意思で自分が最適と思う方向に動いていきます。もちろん志向通りにならない時も多々ありますが、いろんな運命の歯車に運ばれて志向が定まっていきます。

医師は不足していますが、今も不足し、これからも充足が難しいとされる分野が僻地医療です。僻地医療に医師が足りなくなった原因を書き始めるとそれだけで今日は終わってしまいますから省略しますが、とにかく現在のところ櫛の歯が欠けるようにポロポロ欠けている情勢です。これは医師を増やすという対策が有効ではありますが、数を増やしたら解消するかと言えば、医療関係者は「そうはならない」と見ている問題です。

僻地への医師の募集の対策は様々に行なわれています。たとえば2009.9.12付神戸新聞にあります。

3年で採用7人だけ 県の若手医師採用制度が低調 

 県が若手医師を「後期研修医」や「地域医師」として採用し、医師が不足する地域などに派遣する制度で、2007年度から3年間の採用実績が定員計60人に対し、7人にとどまっていることが分かった。全国初の取り組みとしてそれぞれ募集を始めたが、都会志向が強いとされる若手医師を、地域医療の現場に呼び込むのは簡単にはいかないようだ。


 県は07年度から、卒後2年間の初期研修を終えた医師を「後期研修医」として採用し、県職員の身分で4年間、中核病院や地域の公立病院などに勤務しながら救急や小児科、産科などの専門医療を学んでもらう制度を設けている。

 09年度からは後期研修を終えた若手医師を「地域医師」として採用し、研究・研修の費用などを助成する一方、4年のうち2年間、指定の公立病院に勤務してもらう制度も始めた。

 だが、後期研修医は、毎年度の定員10人に対し07年度の採用は3人、08年度は1人、09年度は2人。地域医師は、定員30人に対し09年度の採用は1人だった。

 医師の地域的な偏りは医学生が自由に研修先を選べるようになった04年度ごろから表面化。県は県内各地の公立病院を中心とした医師不足を補うため、若手医師採用制度を導入した。

 県医務課は「子どもの教育など家族の生活環境を尊重して、便利な都会から離れたくない医師が多いようだ」という。現在、来年度採用の後期研修医を募集しており、「優秀な指導医の下で医療技術・知識を学び、地域医療の現場での実践を通し、専門性を磨ける」と売り込む。

 県には後期研修医、地域医師制度のほか、県が学費を負担して医師を育て、一定期間へき地勤務を義務付ける県養成医師制度があり、現在30人が但馬の公立病院などに勤務している。

この話題は前にも取り上げたので簡略にしておきますが、後期研修医と地域医師を募集した結果が、

年度 後期研修医
(定員10名)
地域医師
(定員30名)
2007 3
2008 1
2009 2 1


これはのぢぎく県が格別な愚策を展開したわけではなく、日本各地で行なわれている一つのモデルとぐらいとして参考にしてください。この程度の対策では僻地に医師が集まらなくなっているという事です。これが現実であって、考え方として「これで集まらない医師が悪いから強制配置」みたいな発想にしか物事が進まないのが悲しいところです。強制配置の話も長くなるので今日は置いといて、行政の対策の根本発想は
    僻地医療に情熱を燃やす医師はいるはずだ。だからちょこっと色をつけたらワンサカ集まってくるはずだ♪
日本各地で社会実験してみたら、そんな医師は数えるほどしかいなかった、ないしは必要数にはるかに足りない数しかいなかったがまさに現実です。対策は本道はここから考える必要があると思われます。医師の志向は冒頭に記しましたが、社会実験の結果として僻地医療を志向するものが少ない、もしくは医学生として、医師として活動しているうちにかなりのところまで目減りする事です。


目減りしているかどうかの根拠はもちろんありません。医学生レベルでの僻地志向の調査とか、それがどう変化しているかの調査が手許に無いからです。あくまでも漠然とした感触だけですが、医学生レベルではもう少し僻地志向の者は多いんじゃないかが今日の仮説の前提にします。

そこそこの数がいたはずの僻地志向の医師が減る原因として、周囲の環境が大きいんじゃないかと思っています。冷静に損得勘定を考え始めると僻地志向は比較的崩れやすい志向ではないかと考えています。誰だってそうですが、華やかな分野に進めるものなら進みたいのが人情ですし、同じ成果が得られるのなら比較的にでもラクな分野に進みたいのもこれまた人情かと思います。

僻地志向を貫き通すためには非常に強い信念が必要とされるんじゃないかと考えています。現実にもそれぐらいの強さがないと僻地医療に順応が難しい面もありますが、これを個人のモチベーションだけに頼っていると志向者が足りなくなっていると考えるの事ができます。そうなると対策は僻地医療志向を持つ者のモチベーションを人為的なシステムで保たせる事が対策になります。


人為的なシステムとか言うと、なぜか「啓蒙・教育」みたいなお話が出てきます。この話は半分肯定しますが、半分否定します。まずなんですが啓蒙・教育だけで医学生全員が僻地志向になるぐらいなら、教育で犯罪者を遠の昔に撲滅できています。教育は医学生レベルになれば、それに興味のある者、関心のある者には有効ですが、関心のない者にとっては右から左、馬の耳に念仏程度に成り下がります。

全員をそうしようと言う発想が根本的な間違いであって、啓蒙・教育を行なうのなら、そういう志向を持った人間を選んでやるのが効果的だと言う事です。これに対する社会実験の結果も出ています。言うまでもなく自治医大です。自治医大は御存知の通り僻地医療の無医村解消を目的に設置され、僻地で頑張れる医師を養成して来ています。例外を言い始めるとキリがないのですが、成果は上々と思っています。

自治医大を目指す人間がすべて僻地志向ゴチゴチと言う気はありませんが、そういう志向の人間の比率が温度差こそあれ高いとしても良いと思います。それに加えて、表向きと言うか、建前上は「オレは僻地医療なんてトンデモナイ」と公言するのが難しい環境になっているかと思います。どういう事かといえば、右を見ても左を見ても、ついで言うと下を向いても上を向いても、僻地志向の医学生ばかりしかいない環境に置かれる事になります。

前提として崩れやすいんじゃないかと考えられる僻地志向が、余計な雑音が入らず純粋培養される効果があると考えています。僻地志向も温度差があるだろうとしましたが、温度が高い者はともかく、低い者でも純粋培養中に温度が上ってしまうぐらいの効果はあると考えています。個人的に知っている幾人かの自治医大の出身者は、そういう意味で一本筋が入っている気がしています。

そういう環境での啓蒙・教育は非常に効果的だと考えています。つうかそういう環境でないと効果はあまり発揮されないと考えています。これが他の医学部では他の志向の医学生にどうしても影響されると思いますが、自治医大システムでは僻地志向が多数派であるが故に逆に他の志向が排斥される効果さえあるんじゃないかとも考えています。

私は自治医大出身ではありませんから実態はもちろん存じません。存じませんが、効果効率からいえば、他の医学部に地域枠を作るよりも遥かに優秀かと思います。そうなれば医大を作るにしても、頭数だけ増やす普通の私立医大を作るのではなくて、第二自治医大、第三自治医大を作ったほうが長期的には有効ではないかと考えます。



まあ思いつきレベルなんですが、問題点としては第二自治医大、第三自治医大を作っても、現在の自治医大のような人気とレベルが保てるかは当然あります。それを言い出すと現在の自治医大も心配しなくてはいけなくなりますが、2倍、3倍に枠が増えた時にどうなるかの予想は非常に難しいところがあります。

それと書きながらどうも既視感が強くて仕方がありませんでした。自治医大方式って結局のところ、私も受けた旧システムの卒後研修そのものの様な気がしてならないのです。それを大学の時からやっているか、それとも卒業後にやっているかの違いだけのような気がしてなりません。

旧システムは鉄人医師を育てるシステムでしたから、あのシステムを応用すれば立派な僻地医師が育っても不思議ないと言えば不思議ありません。ただあのシステムって評価としてはどうなんでしょうか。そこを考えると複雑な気分になっています。