重箱の隅をほじっくてみる

埋め草の重箱ネタです。上昌広氏のツイートより、

医学部新設の件。宮城県医師会が反対声明。どんなに地域が医師不足でも、他者の新規参入には断固反対。競争なき独占は腐敗する。

まず宮城県医師会の反対声明の内容ですが、5/8付CBには、

 宮城県医師会(嘉数研二会長)は8日、県内での医学部新設に反対する見解を発表した。見解では、「医学部を新設すると、多くの教員確保のために医療現場から勤務医の移動が発生し、医師不足を加速させ地域医療崩壊を決定的にする」などとしている。同県医師会として医学部新設に正式に反対表明するのは初めて。

 同県医師会は2日に開催した理事会で、医学部新設に反対することを決めた。見解では、医学部新設は医師不足や医師偏在の解決にはならないと強調し、「既存の大学医学部の入学定員を増員することで対応するのが適切」とした。このほかに反対する理由としては、巨額な費用が発生し、国の補助金が使われることや、いったん新設すると医師養成数のコントロールが困難になることなどを挙げた。

反対理由として、

    医学部を新設すると、多くの教員確保のために医療現場から勤務医の移動が発生し、医師不足を加速させ地域医療崩壊を決定的にする
これは医学部新設にあたり日医が統一見解として持っているもののようで、栃木県に計画しているとされる国際医療福祉大に対しても全く同じ懸念を県医師会は表明しています。ちなみに国際医療福祉大のこれに対する回答は、4/9付朝日新聞デジタルより、

国際医療福祉大は大学病院、三田病院、熱海病院、塩谷病院の4病院に医師が約320人いる。そこから十分補充できる。

十分補充できるかどうかは国際医療福祉大の算数でやりましたから御参照下さい。仮に600床ぐらいの附属病院を建設すれば200人ぐらいの医師を集める必要があります。これを宮城県や東北中心に集められると影響は少なくありません。関東からだってそうで、関東は東京こそ多いですが他は少なく影響は必至です。たとえ東京から集めたにしても、東京から引き抜かれた分は関東から引き抜かれる関係があると見ます。

ついでですから医師は全国から広く薄く集めたとしても看護師はどうするかです。看護師は医師のように全国から広く薄くは難しく、やはり地元採用が中心になります。結構な数の看護師を地元から引き抜く事になります。こういう懸念は出されても見当ハズレとは一概に言い難いと思います。もちろん県医師会とて医師不足を看過している訳ではなく、

    既存の大学医学部の入学定員を増員することで対応するのが適切
これも現在かなり目一杯やってますから、これ以上増やせるかとか、それ以前にどれほどの医師数を当面の目標にしているかが問題になるのですが、医師数抑制政策時代には定期的に行われていた医師の需給に関する試算はなぜか行われていませんから不明です。その点について県医師会は、
    いったん新設すると医師養成数のコントロールが困難になることなどを挙げた
医学部定員を増やしたり減らしたりする政策は既に行なわれていますから、こちらの方が経費も安上がりじゃないかの指摘です。別に変な主張を行っているとは思えません。これは日医だけではなく、少なからぬ医師から出ている意見です。そういう意見や懸念があるから反対は理由と根拠と対案を示している点で考慮すべきものと思います。

私のような末端の医師会員では日医の真意など知りようもないのですが、この反対意見については回答する必要はあると思います。医師会とて懸念に対して納得できる説明があれば交渉の余地無しとは思えないからです。


それと医学部新設について当初から出ている疑問があります。新設自体の是非はともかくとして、なぜに私立なのかです。どうしたって私立の方が学費は高いですし、とくに新設となると高くなるのは必至です。これは大学が悪いと言うより、まともに払えばそれぐらい必要な学部だからです。私立であるなら学費の点だけでも公平に門戸が開かれているとは言いにくく、なぜに公立(広い意味で)にしないかです。それこそ第2、第3自治医大形式に何故しないです。

上氏は

    どんなに地域が医師不足でも、他者の新規参入には断固反対
こう簡潔にまとめていますが、新設医学部が自治医大形式であれば医師会とてまた意見が変わった可能性さえあると思っています。私立の新設医学部の推進の無条件賛成は如何なものかです。


ツイッターは140字の制限があるので真意を十分に表していない点を考慮に入れなければなりませんが、

    競争なき独占は腐敗する
これも誤解を招きそうな表現です。日本全体でも医師不足で、医師過剰地域なんてものは存在していませんが、とくに不足している地域がどういう理由で不足したかです。「独占なき競争」の末に医師不足が起こっている事を否定するのは難しいと思います。そのために「競争なき独占」を行うために地域枠みたいなものが作られています。自治医大だってそうです。

「競争なき独占」が良いとは言いませんが、「独占なき競争」状態で新たに新設医学部を作ったところで、そこの卒業生がその地域に定着するかどうかです。それも私立です。地方国公立医学部でさえ合宿免許取得所の評価があるところが少なくないのに、なぜに新設私立医学部だけはそうならないと言えるのかです。言ったら悪いですが、上氏の意見は「とにかく医学部新設ありき」である批評されても致し方ない部分があると感じます。

とりあえず医師会からの提案や懸念に対しての回答が欲しいところです。医師会の意見だからすべて聞くに値しないの切り捨て方は、宜しくない時もあると存じます。


前置きはこれぐらいにして・・・

最初から文章表現として気になって仕方が無いのが、

    競争なき独占は腐敗する
これは誰に対して言っているかです。私の国語力では宮城県医師会になります。そうなると宮城県医師会がなんらかの「競争なき独占」を守ろうとしている事を「腐敗」の言葉を使って強く批判していると解釈するべきかと存じます。ではなんらかの「競争なき独占」とはなんぞやになります。これも私の国語力では医学部の新規参入への反対しか考えられません。

この解釈が正しければ現在は「競争なき独占」で「腐敗」に向かって進んでいる状態であり、新設医学部が出来る事により競争原理が持ち込まれる事になります。ほいじゃ、宮城県医師会はなんと競争するのでしょうか。とりあえず強引でも2つ可能性を挙げると、

  1. 新設医学部附属病院との競争
  2. 新設医学部卒業生医師との競争
まず1.ですが、医師会の主体は開業医と中小病院経営者です。開業医にとっては三次救急病院が出来ても競争相手となりません。どちらかと言うと新たな入院先が出来るメリットの方が大きいとも考えます。中小病院経営者もさほど立場が変わるとも思えません。受け持つ疾患・重症度が異なるからです。

では2.の卒業生が競争相手になるかと言えば、卒業生の地元定着率が新設医学部だけ異常に高いとするのに根拠がありません。既設の医学部同様に高くないと考えるのが常識です。たとえある程度高くとも、地元の医師の充足率が高くなれば市場原理で「食える」ところに移動します。これは医療だけでなくすべての産業に当てはまる事であり、とくに東日本の医師の必要数は20年や30年ぐらいで余剰状態になるとは考え難いところです。


そうなると宮城県医師会に競争原理が持ち込まれるためには、新設医学部の卒業生が地元から離れる事ができず、勤務医から開業医として残り続ける状態が必要になります。そうでもならないと競争原理が生まれようがないと考えます。しかしそういう状態が出現させるためには人為的な操作や規制が必要になります。何もしなければ流出するのは上記した通りですから、流出しない対策です。

手法は幾つかあるかもしれませんが、現在頻用されているのは「地元枠」による縛りです。現在の地元枠は定員の一定数をそうするものですが、高い定着率を目指すのであれば総地元枠医学部にする必要が出てきます。そんな事が私立新設医学部に経営上出来るのかの問題もありますが、出来たとしても次の疑問が出てきます。地元枠の競争原理はどうなんだです。

医学部は現在でも高い競争率があります。原則として大学は全国に門戸を開いており、全国レベルでの入学競争が行われています。これを総地元枠になれば、競争は地元出身者に限られることになり、そこでの競争原理は低下します。医師レベルで言えば「競争なき独占は腐敗する」が懸念されるとも考えられます。


う〜ん、難しいな。それならこう考えるのでしょうか。地元枠を除く全国の医学部卒業生は「医師確保」の競争原理の対象者になっています。全国の病院が医師を獲得するために「独占なき競争」が繰り広げられていると言っても良いかと思います。この「独占なき競争」を総地元枠新設医学部を作ることにより、今回であれば宮城県は緩和しようです。宮城県では卒業生獲得競争において「競争なき独占」を導入するです。

その結果として宮城県医師会には強制的でも医師が増えることによる競争原理が生じるです。つまり新設医学部に反対するのは「競争なき独占」の結果で生じる競争原理を懸念しているからだと言うわけです。そう考えれば話の辻褄はなんとか合いますが、それが現在のままなら「腐敗」するの表現はかなり過剰のような気がしてなりません。

また競争原理を導入するために「競争なき独占」が無条件に正当化されるのも、なんとなく主張として矛盾している様に感じないでもありません。ま、埋め草のための重箱なのでこの辺で終わりにします。