広島大の「ふるさと枠」

前に宮崎の地域枠を調べた事があったのですが、今回は広島の「ふるさと枠」を調べてみたいと思います。概略は広島県医師育成奨学金制度が比較的わかりやすいかと思います。広島県医師育成奨学金制度自体は大学生だけではなく、大学院生や後期研修医まで範囲が広がっているようですが、今日は「ふるさと枠」に絞りたいので、大学生を対象に見ます。

まず奨学金の貸付金額ですが、

年額240万円(月額20万円×12か月)

これがどれぐらいの期間、貸付されるかと言えば、

大学を卒業するまでの期間(通常の修業年限が満了するまでの期間)

6年と考えてよいので総額1440万円です。この奨学金の売りは、特定の条件を満たした時に奨学金の返還を免除するところなのですが、その条件として、

貸付終了後,貸付期間の2倍に相当する期間は,奨学金の返還を猶予します。その間に,次の条件を全て満たした場合,奨学金の返還を全部免除します。

ほぉ、ちょっとユニークなようで、奨学金の返還猶予期間は貸付期間の2倍ですから12年のようです。その12年間のうちに2つの条件を満たせば免除になるようです。その二つの条件とは、

  • 【条件1】 貸付期間の1.5倍に相当する期間(以下「必要従事期間」という。)を, 広島県内の公的医療機関等において医師の業務に従事する。
  • 【条件2】 必要従事期間の1/2の期間(1年に満たない端数は1年に切上げ。)を, 次のいずれかで従事する。


    1. 知事が指定する県内の中山間地域等の公的医療機関
    2. 公的医療機関等の知事が指定する診療科

いわゆる拘束期間は貸付期間の1.5倍ですから9年のようです。一つ目の条件は、9年間は広島県内の指定公的医療機関に勤務する事が必要なようです。ここは考えようですが、返還猶予期間は12年ですから、3年の余裕はあるようです。ただ3年を余裕と見るかどうかは、在学時の成績次第で、ストレートに卒業、国試合格なら初期研修を他の都道府県で受けたり、海外留学に使ったりも出来るかもしれません。

逆に留年とか、国試浪人は合わせて3回が上限で、4回目になると自動的に返還免除条件は満たせなくなります。これについては広島県医師育成奨学金(広島大学ふるさと枠)に解説があり、

ただし,この条件に該当しなくなった場合や.卒業の見込みがなくなった場合,その他この奨学金の目的を達成する見込みがなくなったと認められるときは,貸付を受けた奨学金の額を知事の定める日までに返還しなければなりません。

たぶん留年や国試浪人が合計4回目に達すれば、

    その他この奨学金の目的を達成する見込みがなくなったと認められるとき
これに該当すると考えられます。もう少し具体的なところとして広島県医師育成奨学金貸付規則に、「奨学金の貸付けの中止」と言う項目があり、

第七条

 知事は、奨学生が次の各号の一に該当すると認めたときは、奨学金の貸付けを中止するものとする。

    一 卒業又は修了の見込みがなくなつたとき。
    二 第二条各号の要件を欠くに至つたとき(次条第二項に該当する場合を除く。)。
    三 その他奨学金の貸付けの目的を達成する見込みがなくなつたとき

このうち第二条3号を引用しておくと、

学業又は研修の成績が優良で心身ともに健全な者であること。

これに該当すると判断されると考えられます。ただ奨学金の返還は、

第十条

 奨学金は、貸付期間が満了した月の翌月又は第七条第一項若しくは第八条第五項の規定により奨学金の貸付けが中止され、若しくは前条の規定により奨学金の貸付けを辞退したことにより奨学金を貸し付けられなくなつた月から一年間すえ置き、すえ置期間経過後一月以内に貸付けを受けた奨学金の全額を返還しなければならない。

貸付金の返還は返還が決まった時ないし、貸付期間の終了後13ヶ月以内に返還すれば無利子のようです。引用しませんでしたが、奨学金自体は無利子となっています。これを過ぎると、

第十七条

 奨学生は、正当な理由がなく、奨学金の返還期日までに奨学金を返還しない場合は、返還期日の翌日から返還の日までの日数に応じ、その延滞した額につき年一四・五パーセントの割合で計算した額の延滞金を支払わなければならない。

年利は14.5%になるようです。そうなるとですが、「ふるさと枠」での在学中であるとか、卒業して国試合格してすぐに、奨学金に手をつけずに返還すれば学生側の持ち出しはゼロです。まあ微々たる物ですが、定期預金にでもしておけば利息分ぐらいは懐に入ることになります。逆に医師になった後、5年目ぐらいで辞退したりすると14.5%の負担が重く圧し掛かる事になるとも言えます。

入学後の成績が振るわないものは、奨学金に手をつけないほうが賢明かもしれません。いや入学してみて難しそうだと感じれば、可能な限り早いうちに返上した方が無難かもしれません。嬉しそうに奨学金を使い込んで、学業不振になれば借金地獄に陥りかねません。返還は一括が条件ですから、考えようによってはかなり注意を要する条件です。



お金の話で寄り道してしまいしたが、免除条件に話を戻します。「必要従事期間の1/2の期間」を過ごす条件を再掲しますが、

  1. 知事が指定する県内の中山間地域等の公的医療機関
  2. 公的医療機関等の知事が指定する診療科
この2つは「いずれか」なんですが、このうち「知事が指定する診療科」とはなんだろうになります。思いつくのは救命救急医、産科医、新生児科医ぐらいです。これもそれを目指したい医師なら良いのですが、どういう指定になっているのか不明です。いきなり辞令の様に「○○科医師になることを命ず」なんでしょうか、それともメニューによる選択方式なんでしょうか。まさかと思いますが、辞令が来るたびに「今回は○○科医師として勤務を命ず」もないとは言えません。

おそらく具体的にどうするかは決まってないと考えますが、どちらであってもあんまり嬉しくない期間であるのは間違いありません。そう思っていたら少しだけ短縮できる条件が出ていました。

知事が指定する公的医療機関等で医師法規定の臨床研修(以下「指定臨床研修」という。)を受ける場合は,その期間を【条件1】の「必要従事期間」の従事と見なし,【条件2】の期間は「必要従事期間から指定臨床研修の期間を減じた期間の1/2」とします。

前期研修を知事指定の医療機関で行なったら、これも9年間に含まれ、なおかつ「必要従事期間の1/2の期間」も9年の半分から、7年の半分に減るとなっています。どんと減りそうな感じを受けますが、1年未満の端数の切り上げがミソで、

    7年コース:7 ÷ 2 = 3.5 切り上げて4年
    9年コース:9 ÷ 2 = 4.5 切り上げて5年
知事が指定する公的医療機関がどんなところか想定できそうな方は情報下さい。当然ですが、研修医が足りなくて困っているところになると考えるのが自然です。それと非常に気になるところがあります。「必要従事期間の1/2の期間」以外の期間を過ごす「広島県内の公的医療機関等」も指定があります。具体的には、

医療法第31条に規定される公的医療機関及び国立大学法人法第2条第1項に規定される国立大学法人が開設する病院とします。(広島県,県内の市又は町,日本赤十字社社会福祉法人恩賜財団済生会広島県厚生農業協同組合連合会が開設する病院・診療所及び広島大学病院

そこに勤務するのはまあ良いとして、そういう病院への異動は誰が斡旋してくれるんでしょうか。知事なり県なりが斡旋してくれれば良いのですが、自助努力の可能性も十分あります。読む限り【条件2】の病院への斡旋と言うか勤務命令はやる気マンマンのように感じられますが、【条件1】についてはよく判りません。

ここも微妙なお話ですが、【条件2】の「必要従事期間の1/2の期間」は、別に1/2以上がこれであっても差し支えないかと考えられます。僻地医療の充実と言う趣旨からすれば、1/2とは言わず、9年間全部でも望ましいわけです。ですからわざわざ公的医療機関であっても条件の良い病院で働いてもらう必要は無いという事になります。そうなれば自助努力とされてもさして不思議ないと考えられます。



もちろん今年で2年目だそうですから、まだ実際のコース経験者はいないわけです。ただ現時点の情報、医療情勢からすると色んな事が想定されるわけです。これは8/19付Asahi.comからですが、

「ふるさと枠ができて2年目。いろんな誤解があるようです」。生徒や保護者ら18人を前に、医学部地域医療システム学講座の竹内啓祐教授が切り出した。

 「普通の医学部入試で入った場合と、ふるさと枠で入った場合は、勉強内容が違う」「卒業後は田舎で地域医療ばかりやって、海外留学もできず、専門医にもなれない」。そんなうわさがあることを紹介し、「学生の間はまったく一緒。卒業後も実質4年間は中山間地に行ってもらいますが、田舎でずっとやらなければいけないわけではありません」と強調した。

ssd様も指摘されていましたが、竹内教授の言葉は説得力の欠けるところがあります。

    卒業後も実質4年間は中山間地に行ってもらいます
竹内教授の4年間の言葉は、前期研修も知事指定の医療機関であるという前提です。他の都道府県であったり、県内であっても指定の医療機関で無ければ5年になるのは上記した通りです。
    田舎でずっとやらなければいけないわけではありません
これは言葉の綾になりますが、広島においてどこが田舎かの感覚問題になると考えられます。高校生が思い浮かべている田舎と、竹内教授が想定している都会に重なる部分があっても何の不思議もありません。あくまでも私の推測ですが、竹内教授の想定する田舎とは、【条件2】の県内の中山間地域等である、

広島市(旧湯来町),呉市(旧下蒲刈町,旧音戸町,旧倉橋町,旧蒲刈町,旧安浦町,旧豊浜町,旧豊町),三原市尾道市(旧市区域,旧御調町,旧因島市,旧瀬戸田町),府中市三次市庄原市東広島市(旧福富町,旧豊栄町,旧河内町,旧安芸津町),廿日市市(旧佐伯町,旧吉和村,旧大野町,旧宮島町),安芸高田市安芸太田町北広島町大崎上島町世羅町,神石高原町

これ以外は田舎ではないとの見解の可能性が高そうな気がします。これはこれで一つの見解だからです。もう一つ気になるのは、知事の指定した前期研修医療機関です。ここでの研修の扱いは上記した通りですが、この指定前期研修機関が中山間地域等の医療機関で無いとは一言も書いてありません。そうなるとどうなるかですが、

Part 期間 内容
前期研修 2年 中山間地域等の指定研修医療機関
公的医療機関 3年 自助努力で指定の公的医療機関
1/2の公的医療機関 4年 中山間地域等の指定医療機関


これなら4年でなく6年になり、残り3年も自助努力となれば短縮する可能性も十分あります。そうなれば最悪9年間「ずっと田舎」は十分ありえます。さらにと付け加えておけば、学生相手ですから、免除条件が突如変更になることはありえます。前例が無いわけでなく、秋田だったかな、奨学金の額が突然減額されるようなこともありましたし、その事がさして問題視されたわけでもありません。

竹内教授にしても本当は苦しいところかもしれません。今から6年先に「ふるさと枠」の医師がどういう扱いになっているかなんて、保証するのは無理でしょう。卒業したら9年間、僻地医療に縛り付ける様に密かに意図していたらかなりのワルですが、先行きは誰にもわからないのが実情ですから、募集要項以上の説明は何も出来ないぐらいに理解しておく事にします。


もう1ヶ所ですが、

    学生:「普通の医学部入試で入った場合と、ふるさと枠で入った場合は、勉強内容が違う」
    教授:「学生の間はまったく一緒」

今日調べた程度の情報は高校生であっても容易にアプローチできます。考えようによっては私なんかより切実ですから、詳細に検討した上での進路決定の検討材料にしていても全然不思議ではありません。そこまで考えると記事にある問答は、もっと拡がりがあった可能性はあります。広島県医師育成奨学金(広島大学ふるさと枠)には、

 広島県医師育成奨学金(広島大学ふるさと枠)は,広島大学医学部ふるさと枠入学者全員に対して,広島県が,学費,生活費など修学に必要な資金を貸付けるもので.ふるさと枠入学者は全員,入学時に県から奨学金貸付決定を受け,6年間奨学金を受給することになっています。

高校生が聞きたかったのは広島大の「ふるさと枠」で受けた広島県医師育成奨学金と、通常手続きの広島県医師育成奨学金の間で取扱いに変わりがあるのか、ないのかの質問が出たと想像しています。私も書きながら疑問を感じていた点です。もうちょっとあからさまに言うと、通常手続きの広島県医師育成奨学金のようにいつでも辞退は可能なのかと、辞退後の学生としての身分の取扱いです。

通常手続きの広島県医師育成奨学金なら、たとえ入学した月に返上辞退してもなんら問題はありません。ただ誰でも気になるのは、返上辞退と退学がリンクしていないかです。返上辞退すれば奨学金による縛りは消えますが、同時に学生の身分も取り消されたら何にもなりません。そこのところの確認問答を非常にボカシて記事にしたのが上記の部分と受け取る事も可能です。



こういう僻地枠を見るたびにいつも思うのですが、行政側は奨学金と言うメリットで9年間なりを買い取る意図と受け取っています。つまり嫌がられる職場への配属の代償を奨学金で埋め合わせる構想です。問題はこれを選択する立場にある高校生なりが、代償として適切かどうかがあります。適切と感じてくれない事には制度は立ち枯れになります。

結果は僻地枠への応募者数に表れる事になると考えられます。今わかっている事は、奨学金なしの僻地枠の定員割れが起こり、奨学金付きの僻地枠も不人気に喘いでいます。現在であっても医学部入試は難関であり、難関を越えるための努力を高校生は行なっています。高校生どころか中学生、小学生からの積み重ねを行なっています。

そこまで努力を重ねておいて、奨学金付きの僻地枠を選択した場合、大学6年も含めて15年間もの自分の人生を決定してしまう事にも通じます。さらにそういう拘束をせずにすむ選択もあるわけですから、奨学金の価値の評価はその程度にしか受け取られていないと言えそうです。

人間は若い時ほど将来に夢を持ちます。夢を持つとは将来の選択に可能な限りフリーハンドを保っておきたいにも通じます。医学部は医師養成学校の側面は確実にありますが、それでも医師になってからの将来に少しでもフリーハンドを残したいと思うのは、ごく自然の発想かと感じます。20代中盤から30代前半の夢を花開かせる時期の代償としての僻地枠の代償の評価は低いと判断しても良さそうな気がしています。