医師や医学生への修学資金の課税問題2

大変地味な話題なんですが、個人的には興味深いため続編を書かせて頂きます。ごく簡単におさらいしておきますが、修学資金が課税になるかならないかは所得税基本通達9-15の解釈になります。

(使用人等に対し技術の習得等をさせるために支給する金品)

9−15 使用者が自己の業務遂行上の必要に基づき、役員又は使用人に当該役員又は使用人としての職務に直接必要な技術若しくは知識を習得させ、又は免許若しくは資格を取得させるための研修会、講習会等の出席費用又は大学等における聴講費用に充てるものとして支給する金品については、これらの費用として適正なものに限り、課税しなくて差し支えない。(平元直所3−14、直法6−9、直資3−8改正)

私の理解する限りのポイントをあげておくと、

  1. 給付者と非給付者被給付者は雇用関係にあること。(使用者と使用人の関係である事)
  2. 使用者の業務遂行上の必要に基づいてのものである事
  3. 給付額が適正である事
加えて言うなら、
  1. この手の修学資金の特有条件である年季制の解釈
これらについて、まず参考になるのは看護学生に対する修学資金の取扱いが平成21年12月16日付国税庁課税部長から出ています。ここは=看護学生等に貸与した奨学金に係る債務免除益等の取扱いについて照会国税庁回答の二つから読み解く必要があります。ここも簡潔にまとめますが、

非課税条件 認可内容
使用者と使用人の関係である事 上記通達は、既に雇用関係のある使用人等に対して支給する職務上必要な技術・資格の取得費用についての取扱いを定めたものと考えられますが、本件の奨学金制度に基づく奨学金の貸与は、看護学校等を卒業後、奨学金の貸与を受ける病院に常勤職員として勤務することを希望する学生を対象とし(誓約書の提出が必要)、将来の勤務を前提とするものであることから、使用人等に対して支給するものと特段の差異はないと考えます。
使用者の業務遂行上の必要に基づいてのものである事 ここについては明快なので省略
給付額が適正である事 看護学生が負担しなければならない在学費用を超えるものではないことからみても、適正なものであると考えます。(年間40万円から80万円の範囲であり、年間の授業料、教科書代、教育活動費その他実習費等の附属看護学校に支払わなければならない金額は、年間約90万円であり、貸与額は在学費用の範囲内である。
この手の修学資金の特有条件である年季制の解釈 奨学金の貸与及びその返還債務の免除は、本件貸与規程及び各病院の奨学金貸与要領に基づき実施するものであって、特定の者に利益を与えることを目的とするなど恣意的に行われるものではない


こういう理由であれば、

標題のことについては、ご照会に係る事実関係を前提とする限り、貴見のとおりで差し支えありません。

さて問題は医学生及び医師についてになります。これについては、平成22年10月18日付大阪国税局審理課長から出ています。医学生等に貸与した修学等資金に係る債務免除益等の取扱いについての照会回答です。結果を先に書いておくと

標題のことについては、下記の理由から、貴見のとおり取り扱われるとは限りません。

看護学校との違いに興味がどうしても出てきます。


大阪府K市の貸与条件

昨日のコメ欄では大阪府のものと見ていましたが、そうではなく大阪府のK市からのようです。貸与期間と貸与額は、

種別 給付内容 期間 総貸与額
医学生 第1学年から第4学年までに在学する者については月額150,000円、第5学年及び第6学年に在学する者については月額200,000円 6年間 1200万円
臨床研修 月額200,000円

2年間 480万円
専門研修医 月額500,000円以内の希望額

3年間 1800万円

(最大)
大学院生


年季ですが、

修学等資金の貸与期間終了後、直ちに市民病院において医師として採用され、かつ、市民病院に医師として在職した期間(ただし、臨床研修医及び専門研修医として勤務している期間は含まれません。以下「在職期間」といいます。)が貸与期間に相当する月数に達したとき

要は貸与期間分だけ市民病院に勤務すれば返済は免除されると言う事です。K市の市民病院さえ良い病院なら、専門研修医の1800万円はちょっと魅力的には思います。もっとも、これだけの厚遇条件ですから、それなりの覚悟もまた必要とは言えます。そこは今日は置いとくとして、国税庁の非課税条件に当てはめると

非課税条件 認可内容
使用者と使用人の関係である事

市民病院に勤務する事が条件である

使用者の業務遂行上の必要に基づいてのものである事 ここについては後述
給付額が適正である事

初期臨床研修及び専門研修を受ける医師については、研修に当たり負担すべき費用はありません(研修先の病院において給与が支給されます。)。

この手の修学資金の特有条件である年季制の解釈 看護学生への国税庁回答に準じる

大阪国税局審理課長の回答

課税とする理由を抜粋しておきます。

  1. 医師の場合には、勤務医としてだけでなく、開業医として独立することも可能である
  2. 享受することになる経済的利益の額も多額(医科大学在学の6年間で1,200万円)であり、上記通達の強いて課税しないこととしている趣旨、範囲を大きく逸脱することになると考えられます
  3. 臨床研修医及び専門研修医については、既に医師免許を取得している者であり、初期臨床研修及び専門研修は、研修先の病院から給与が支給されるものであって、研修費用を負担して受講するものではありませんので、そもそも上記通達の適用はありません

ある意味明快なのですが、ちょっと解説を試みてみます。順番に行きますが、

    医師の場合には、勤務医としてだけでなく、開業医として独立することも可能である
ちょっと解釈に苦しんだのですが、これはよくよく考えると「使用者が自己の業務遂行上の必要」についての指摘だと考えます。確かに使用者であるK市の市民病院の業務遂行上の必要性はありますが、一方で医師はそこで習得した技術で自立する事も可能としている点を指摘していると考えます。そんな事を言えば、他の職種であっても似たような事が言えそうな気がしますが、その技術だけで純粋に「自立」も可能とした点を重く取ったと私は見ます。
    享受することになる経済的利益の額も多額(医科大学在学の6年間で1,200万円)であり、上記通達の強いて課税しないこととしている趣旨、範囲を大きく逸脱することになると考えられます
これは1200万円なりの絶対額を問題としているわけでなく、貸与額(実質として給付額としても良いかもしれません)の目的性を問題にしていると考えます。看護学生の場合は「附属看護学校に支払わなければならない金額は、年間約90万円」のうち40〜80万円です。これに対し医学生の6年間で1200万円は、大学に支払わなければならない金額を大きく越えていると判断したと考えられます。

まあ私立医大ならどうかの問題はありますが、国公立でであるなら、大学に支払う金額以外の部分が大きすぎてこれは「享受することになる経済的利益の額も多額」と判断したと考えます。ここについては法務業の末席様のコメントがわかりやすく、

これに対して奨学生が国立大学医学部の場合、学費だけならこの奨学金の1/3以下になります。横浜国大(http://passnavi.evidus.com/search_univ/0340/expense.html)なら年間52万円余ですので、年間180万円との差額(約年120万円余)は、学生に対する生活費支給とみなせます。

修学資金の適正な範囲は学校に支払う金額が目安になっているとするのが良いようです。

    臨床研修医及び専門研修医については、既に医師免許を取得している者であり、初期臨床研修及び専門研修は、研修先の病院から給与が支給されるものであって、研修費用を負担して受講するものではありませんので、そもそも上記通達の適用はありません
そう言われれば確かにそうで、前期研修医であっても給与はキチンと支払われますし、後期研修医も同様です。さらに給与についてK市の規定は、

初期臨床研修及び専門研修を受ける医師については、研修に当たり負担すべき費用はありません(研修先の病院において給与が支給されます。)。

つまり所得税通達9-15の

資格を取得させるための研修会、講習会等の出席費用又は大学等における聴講費用に充てるものとして支給する金品

これは貸与額の話にも関連しますが、修学資金として払うべき対象が存在しないのですから、非課税にする理由が無いとの判断です。


素朴な疑問

日付を注目したいのですが、

照会内容 照会日 回答日
看護学生等に貸与した奨学金に係る債務免除益等の取扱いについて 2009.11.30 2009.12.16
医学生等に貸与した修学等資金に係る債務免除益等の取扱いについて 記載なし 2010.10.18


だからどうしたと言われそうですが、これ以前はどうだったのだろうです。確認はしていませんが、看護学校でも2009年から修学資金貸与が始まったわけではないと思います。医学生や医師についても2010年から始まったのではないとさせて頂いても良いと思います。看護学校の件は置いといても、医学生や医師の修学資金の課税問題に対する照会はそれ以前は無かったんじゃないかとも推測しています。

大阪府のK市の照会内容に、

したがって、本件債務免除益については、平成21年12月16日付国税庁文書回答「看護学生等に貸与した奨学金に係る債務免除益等の取扱いについて」において示されている取扱いと同様に、所得税基本通達9−15に準じて課税しなくて差し支えないものとして取り扱われると考えます。

ここはどう読んでも年季制の先例は看護学校の例を引いています。これだけで判断するのは危険とは言え、これ以前に照会確認された例は無かった可能性は強いと考えます。「考えます」では根拠に薄いのですが、元苦学生様からこの問題について直接問い合わされた結果をコメント頂きました。





都道府県 課税の有無 自由記述
千葉県 課税される なし
滋賀県 場合により課税される なし
栃木県 わからない・調査中 本県では、まだ返還免除の事例がないため、該当の有無については不明である。今後、国税当局と相談の上、対応する考えである
長野県 なし
和歌山県 税務署の判断によるものと考えます
鳥取県 なし
岩手県 その他 本県の医学修学資金貸与制度は、条例に基づき実施しており、恣意的に返還免除が行われるものではなく、また、貸与する奨学金も修学期間の授業料や教科書代など在学中に必要な費用に充てられるものであることから、返還免除益の発生を想定していないため、課税対象とされないものと考えており、本県ではこれまで返還免除により課税対象とされた事例を聞いていません。また、国税局の見解にもあるように、課税は個々の申告内容で判断され、今回の当局の見解は、申告内容によっては課税される可能性がある旨示されたものと認識している。今後、奨学金貸与者に対して、こうした国税局の見解や県の考え方についての周知を検討していきたい
静岡県 貸与者に与える影響を考慮し、静岡税務署を通じて名古屋国税局に確認中です
奈良県
  • 医学修学資金制度設立にあたって課税されると認識していたか 医学修学資金を創設するにあたって、従前から行っていた看護師に対する修学資金制度が非課税であったこともあり、医学修学資金の返還を免除する際に、課税をされるとは考えていなかった。
  • 現状の認識 実際に、どの程度の割合で課税されるかについては、個々の事例によって異なり、一概には言えない。しかし、それが、医学修学資金制度設立の理念を損なう程度の”過重な割合”であるとするならば、何らかの対応として、減税措置、免税措置が講じられることが望ましい。
  • 今後の対応 各都道府県が創設した医学修学資金の多くは、平成19年度の「緊急医師確保対策」及び、平成21年度の閣議決定の「経済財政改革基本方針2009」に基づき設置されており、最終的には、国と協議の上で、必要であれば、減税措置や免税措置を講じて行くように努めて参りたい。
大阪府 課税対象となるか否かについては、所管の税務署が判断するものと考えます


これらを読む限り、大阪府K市のへの回答が1番の先例の可能性はあります。たぶんになりますが、現在広く行われる様になったヒモ付き修学資金制度以前にも類似の修学資金制度はあったはずです。それらについては、これまでは非課税としていた可能性はあります。これは確定申告する側と言うか、修学資金を提供する側が非課税に該当するはずだの見解であったと推測されます。

これが大阪国税局の回答で大きく揺らいだと考えます。もちろん各自治体ごとに修学資金制度の内容は微妙に違うために、一律で課税されるとまで言い切れませんが、一方で違うとは言え横並びの同工異曲の面も強いですから、かなりの範囲で課税に該当する可能性も十分あります。

大阪国税局の見解をもう一度並べますが、

  1. 医師の場合には、勤務医としてだけでなく、開業医として独立することも可能である
  2. 享受することになる経済的利益の額も多額(医科大学在学の6年間で1,200万円)であり、上記通達の強いて課税しないこととしている趣旨、範囲を大きく逸脱することになると考えられます
  3. 臨床研修医及び専門研修医については、既に医師免許を取得している者であり、初期臨床研修及び専門研修は、研修先の病院から給与が支給されるものであって、研修費用を負担して受講するものではありませんので、そもそも上記通達の適用はありません

この3つの条件の取扱いがどうなんだろうです。3条件が満たされる必要があるのか、場合によっては満たさない条件があっても非課税適用になるのかです。それこそ照会して回答を聞いてみないとわからないのですが、もし3条件の成立が必要であるのなら、1.の条件は自治医大でさえ危なくなります。


話をゼニカネの問題に飛ばしますが、一時所得になるのは返済免除が決定されたときに一遍に課税されます。税金の詳細な計算法を確認する時間もありませんし、課税時の医師の収入状況によって変わる部分も多いのですが、元ライダー様の試算を引用しておきます。

>575万円が一時所得額となると思います。

そうですか、そういう計算ですか。所得税率33%+住民税とすれば247.25万円ですね。微妙な額だなあ。

これを大阪府K市の最高額である1800万円で概算すると365.5万円になります。これだけでも一時に支払うのは相当大変なんですが、ゼニカネは所得税だけでは留まりません。前年度所得により派生するモロモロの税金以外の支払いも増えます。その年に得た所得であるのなら、所得の中から税金なりその他の支払いを行えば良いのですが、修学資金の場合は手にしたときから一時所得になるまでの期間が長いので、よほどの注意が必要です。

とくに医学生の場合は10年程度の間隔がありますから、そこまで計算して税金支払いのための準備をしておかないと泡を食う怖れが出てきます。まあ、問題が問題ですから、実際に所得になる時にはどうなっているかは不明です。不明ではありますが、これを何とかできるのは自治体レベルでは無理です。なんと言っても税金ですから、国レベルの対応が必要です。

どうなるのか密かに注目しておきたいと思いますし、現在貸与を受けられる方は両面の備えも必要かと存じます。またこれから貸与を受けられる方々も注意点として覚えておかれても損は無いと思います。