医師間の対立構図

内部分裂を促進するのは好ましくないのですが、一度確認だけしておいた方が、話の前提として好ましいと思いますから、あえて書いておきます。医師は一般に、

  • 勤務医
  • 開業医
この2つに分類される事が多いと思います。実際のところ、この2分類で数としてはほぼすべての医師が分類可能なんですが、この二分法で話を考えると現状にマッチしていない部分が多々あります。医師といえば「勤務医 vs 開業医」の構図でよく説明されますが、そういう構図で今の医療を考えるとおかしくなります。

「勤務医 vs 開業医」の構図は確かに昔からあり、今でもあります。では何をバーサスしているかが重要です。ここは言い切っても良いと思いますが、金銭的な面では基本的にバーサスしていません。バーサスしているのは臨床上の問題です。勤務医側からすれば「こんな患者を、こんな状態で、こんな時期に丸投げしやがって」であり、開業医側からは「どうして患者をすんなり入院させてくれないんだ」が典型的として良いでしょうか。

もちろんその延長線上で、勤務医側から「この程度の治療でウハクリなんて信じられん」程度の金銭的な対立構図は出るのはありますが、はっきり言って副次的なものであって主要なテーマとはとても言えないと考えます。

これは勤務医と開業医と言っても裏表の関係があり、かなりの数の勤務医が最終的に開業すると言うのがあります。たとえ開業しなくとも、「開業できる」と言う選択枝を勤務医はカードとして持っているためです。金銭的な対立構図を振り回しても、ブーメランの様に返って来ますから、基本的な対立構図になりえないとしても良いかと思います。


では勤務医、開業医以外にどんな対立軸があるかです。これは医師として考えるから見えにくくなるのであって、普通の小売業に当てはめた方がわかりやすくなります。

小売業分類 医師分類
会社従業員 病院勤務医
個人商店主 個人開業医
会社経営者 病院経営者


会社従業員と個人商店主の直接な経済的な利害関係は乏しいものです。無関係ではありませんが、目くじら立てて直接いがみあう関係とは通常はなりません。ここに3つ目の会社経営者が入ると明確な利害関係が生じます。医療と言うか医師の経済的な対立構図は、
    病院経営者 vs 勤務医・開業医
これです。とくに医療危機・医療崩壊問題ではこの構図で見てもらうのが一番理解しやすいと思います。診療報酬の分配問題なんかは非常にわかりやすくて、開業医と病院経営者の綱引きになります。この綱引きの時に「なぜか」病院経営者ではなく、勤務医のための大義名分が掲げられますが、これも良く考えればずれています。

「開業医 vs 病院経営者」でダイレクトな綱引きになりますが、開業医と勤務医はかなり間接的な綱引きです。勤務医が綱引きでメリットを享受するには、病院経営者が綱引きで勝った分のうち、病院経営者サイド(法人的に考えてください)が十分に差し引いた残りの分配になります。

よく診療報酬改訂で「勤務医の待遇改善のために○千億円」の字句が踊りますが、あれも正しくは、○千億円から病院経営者サイドが十分に差し引いた残りです。ほいじゃ、差し引いた残りがすべて勤務医に行くかと言えば、これもそうではありません。差し引いた残りは単なる病院の収益ですから、収益の分配は通常は従業員全体で分かち合います。

それと綱引きで勝った分がそもそも純益になって残るかと言えば、多くのところはそうはなりません。病院経営者サイドに入った綱引き分が真っ先に充填されるのはとくに公立病院では赤字の穴埋めです。赤字の穴埋めで終ったり、穴埋めにも足りない時には勤務医にはまったく回らないとしてよいでしょう。これは経営として、当たり前のお話です。


他に対立構図が明確に出るのは、労働環境の問題です。勤務医の労働環境について最近やっと関心が高まっていますが、この労働環境を設定しているのは開業医ではありません。病院経営者が設定しています。なぜに病院経営者が設定し、放置しているかと言えば、まともにやれば人件費がかさむからです。当直と言う名の違法夜勤の問題がこれだけ指摘されても、改善に前向きにならないのは、その方が経営上でメリットが高いからです。

慣行として黙認されている人件費節約システムを、積極的に改善するモチベーションなんて生まれようがないとすれば良いでしょうか。ま、そういう慣行の上に医療政策が長年行われて来てますから、病院経営者を一方的に責めるのも問題はあるのですが、この問題について勤務医と開業医に利害関係は殆んど生じません。

開業医は元勤務医ですから、自分が経験した労働環境が「最高!」とする者は急速に減少しています。また「最高!」と仮に思ったとしても、とくに「当直と言う名の違法労働で働かねばならない」とまで主張するものはごく少数派です。開業医にとって関心があるのは、病院全体のactivityであって、内部の労働環境がどうであろうと二次的以下の関心とすれば良いでしょうか。

たとえば、違法夜勤解消のために病院のactivityが落ちたら開業医は文句は言うかもしれませんが、だから「当直と言う名の違法労働で働け」ではなく、「ちゃんと機能する様になんとかしろ」です。ここも、あんな労働環境では続かないと思っている開業医は確実に勢力を増していると思っています。開業医も経験者ですからね。


もう一つ、救急医療問題も似た構図があります。これは労働環境だけではなく、訴訟問題等も濃厚に絡む問題ですが、対立構図が生じるのは「勤務医 vs 病院経営者」です。基本的に開業医は蚊帳の外です。開業医も無関係とは言い切れませんが、病院内部の事までは積極的に口出ししません。あえて対立構図があるとすれば、「開業医 vs 病院経営者」です。

開業医にすれば後送病院として機能が落ちるのは困りますから、この点を病院経営者に要請しますが、その時に開業医は勤務医の働き方まで注文を付ける事はまずありえないという事です。


それとこれも一般的に医師を代表する団体と言われることの多い日医ですが、言うまでもなく医師を代表する団体になっていません。ではこれも良く言われる開業医の代表かと言われると、これもかなり違います。大昔の武見元会長の時代ならいざ知らず、今の日医は開業医の代表とさえ言えません。医師会の構造は説明を簡略にしますが、日医を頂点とした階段式ピラミッドです。

事実上の決定権は、階段式ピラミッドの頂点の日医執行部が握っているのですが、この役員構成を見れば良くわかります。現在の執行部は、



役職 氏名 本職
会長 原中勝征 医療法人杏仁会 大圃病院(199床)理事長・院長、社会福祉法人筑圃苑理事長
副会長 横倉義武 医療法人弘恵会 ヨコクラ病院(199床)院長
羽生田俊 羽生田眼科医院(たぶん無床)・院長
中川俊夫 医療法人新さっぽろ脳神経外科病院(135床)理事長・院長
常任理事 今村定臣 医療法人恵仁会 今村病院(34床)院長
三上裕司 特定医療法人三上会 東香里病院(317床)理事長、グループあり
石井正三 医療法人正風会 石井脳神経外科・眼科病院(56床)理事長、グループあり
今村聡 医療法人社団聡伸会 今村医院(たぶん無床)院長
葉梨之紀 医療法人葉梨整形外科(無床、ただし老健80床あり)理事長
高杉敬久 医療法人社団スマイル 博愛クリニック(無床)院長、もともとは透析病院
保坂シゲリ こどもクリニック 南大沢(たぶん無床)副院長
石川広己 特定医療法人社団千葉県勤労者医療協会(千葉民意連)理事長
藤川謙二 医療法人聖医会 藤川病院(50床)理事長
鈴木邦彦 医療法人 博仁会(169床)理事長、看護学校までグループで持っています




唐澤前会長時代の分は2011.1.22に書いてありますから、宜しければあわせて参照してもらえば良いのですが、どうみても開業医の代表ではなく、病院経営者の代表です。それも大病院と言うより、中小病院でなおかつ経営安定のところの民間病院代表が多いとして良いでしょうか。

日医の役員は基本的に都道府県医師会の役員から選ばれる事が殆んどとして良いでしょうから、都道府県医師会レベルも似たような構成になっていると考えて良いかと思います。そうそう公立病院の院長は病院経営者に入るかどうかは微妙です。個人的には中間管理職ぐらいの位置付けが適当と考えています。



これは個人的な感想に過ぎませんが、病院経営者サイドのネット上の論客を何人か存じていますが、かなり意見の肌合いが違います。かなりと言うかモノの考え方の根本が違うと感じています。開業医敵視はかなり強いもので、開業医から利益を搾り取って病院に回せば、万事解決的な考え方が鼻につきます。これは良い悪いの問題ではなく、経営者としての利益分配を考えればそうなるんだと理解しています。

それとアメリカ式の経営至上主義に親和性がかなり高いところがあります。この点は微妙なところもあるのですが、勤務医も開業医も「医師バカ」のところが多分に残っていまして、どうしても目前の患者の事を第一に考えがちになるのですが、視点がもっとドライになっていると言えば良いのでしょうか。だからこそ中小規模の病院で結果を残していると言えなくもありません。

病院経営者を一概に悪としているのではなく、立ち位置が基本的に違うところがあり、立ち位置が基本的に違うから必然的に利害関係が生じるとした方が良いと考えています。ま、経営者と労働者の利害対立はどこの世界でもあることであり、医師だけが「勤務医 vs 開業医」つうか「会社従業員 vs 個人商店主」みたいな構図だけで終始しているなんてありえないと言う事です。

マスコミなどが常用する「勤務医 vs 開業医」の構図の殆んどは、実は「病院経営者 vs 個人開業医」であり、勤務医が病院経営者に加担しているケースは多くないと考えます。