医師や医学生への修学資金の課税問題

所得税基本通達

前から気になっていたので、一度整理しておきたいと思います。皆様もよく御存知の医師や医学生への修学資金のシステムは、

  1. 規定の年数に応じて修学資金を貸与される
  2. 支給年数に応じて就労義務年数が課せられる代わりに、貸与された修学資金の返還が免除される
  3. 義務を果たさなければ利息付の一括返還義務を課せられる
おおよそこんな感じで良いでしょう。ところでこの貸与された修学資金が非課税なのか、課税されるかです。これの根拠は所得税基本通達9−14から9-16に基くそうです。

(使用人等に学資金等として支給される金品)

9−14 使用者から役員又は使用人に対してこれらの者の修学のため、又はこれらの者の子弟の修学のための学資金等として支給される金品(その子弟に対して直接支給されるものを含む。)は、原則として、法第9条第1項第15号かっこ内に規定する給与に該当するのであるから、当該役員又は使用人に対する給与等(法第28条第1項(給与所得)に規定する給与等をいう。以下9−17において同じ。)として課税することに留意する。(平元直所3−14、直法6−9、直資3−8、平22課個2−16、課法9−1、課審4−30改正)

(使用人等に対し技術の習得等をさせるために支給する金品)

9−15 使用者が自己の業務遂行上の必要に基づき、役員又は使用人に当該役員又は使用人としての職務に直接必要な技術若しくは知識を習得させ、又は免許若しくは資格を取得させるための研修会、講習会等の出席費用又は大学等における聴講費用に充てるものとして支給する金品については、これらの費用として適正なものに限り、課税しなくて差し支えない。(平元直所3−14、直法6−9、直資3−8改正)

(使用人に対し学資に充てるために支給する金品)

9−16 使用者が使用人に対しその者の学校教育法第1条に規定する学校(大学及び高等専門学校を除く。)における修学のための費用に充てるものとして支給する金品で、その修学のための費用として適正なものについては、役員又は使用者である個人の親族のみをその対象とする場合を除き、9−15の取扱いに準じ、課税しなくて差し支えないものとする。(昭51直所3−1、直法6−1、直資3−1追加、平元直所3−14、直法6−9、直資3−8改正)

なにか間違い探しのような3通達ですが、適当に整理してみます。ここでの基本は使用者から使用人(役員も含む)への学資資金(修学資金)を供与した時に、これが課税の対象になるのか、ならないのかを通達したものです。基本となるのは、

  • 学資金の対象(使用者から支給出来る範囲)
  • 修学資金の使用目的
私はポイントをこう考えます。いずれも「適正なもの」の条件が付いていますが、おそらく修学資金名義での節税の抜け道防止と解釈します。

9-14 9-15 9-16
使用者と使用人の関係 役員又は使用人に対してこれらの者の修学のため、又はこれらの者の子弟 役員又は使用人 使用人
修学資金の使用目的 修学のための学資金 使用者が自己の業務遂行上の必要 学校教育法第1条に規定する学校(大学及び高等専門学校を除く。)における修学のための費用
課税対象の有無 課税 非課税 非課税


スッキリしましたか? 私はスッキリしません。とりあえず9-14でわかるのは修学資金と言うだけでは原則課税されると理解できます。9-15と9-16は原則課税される修学資金のうち、課税されない例外を掲げてあると読みたいところです。9-15が今日の主題に沿うのですが、その前に9-16の例外規定を考えて見ます。

9-16は対象者が「使用人」のみとなっています。ここも「役員又は使用者である個人の親族のみをその対象とする場合を除き」の解釈が微妙なんですが、今日は枝葉なのでこだわらずに「学校教育法1条」の教育機関のうち、これもごく単純に高校までの学資金なら課税対象にならないと解釈します。大学や高専、もちろん学校教育法1条に該当しない教育機関に通学するものの学資金はアウトです。ここはこの程度で今日は良いでしょう。

問題の9-15です。まず対象者は「使用人及び役員」となっています。その子弟はアウトです。ただし修学場所として学校教育法みたいな縛りはありません。その代わりにあるのは「使用者が自己の業務遂行上の必要」です。これも抽象的ですが、使用者が使用人に業務に必要な技術を習得させるための費用(修学資金)と解釈するぐらいで良さそうです。たとえば大型特殊免許とかです。

つまりと言う程ではありませんが、使用者が使用人に業務に必要な技術を習得させたい時の修学資金の供与は非課税になると言う事です。これが漠然と学力を付けるためでは課税対象になるぐらいに考えて良さそうです。使用者が業務に必要な明快な目的があれば、修学資金は非課税になるようです。今日は医師や医学生の修学資金を主題にしていますから、非課税になるには、

  1. 医師や医学生が「使用人又は役員」であるという雇用関係が、使用者との間にある
  2. 使用者が「自己の業務遂行上の必要」があると客観的に判断される学業である
2.の条件はさほど問題ないと考えますが、1.はどうかと言うのと、もうひとつ「貸与条件が満たされない時の利息付一括返還義務」があっても非課税であるかどうかが問題になるかと思われます。


看護学校の場合

看護学生の場合も、使用者の「自己の業務遂行上の必要」は満たしやすい条件と考えます。そういう意味では医学生・医師と似ているのですが、雇用関係と看護学生にも修学資金の貸与の条件に「貸与条件が満たされない時の利息付一括返還義務」があります。これがどうなっているかを具体的に示すものがあります。、独立行政法人国立病院機構国税庁に出した看護学生等に貸与した奨学金に係る債務免除益等の取扱いについて(照会)に対して、国税庁回答として、

標題のことについては、ご照会に係る事実関係を前提とする限り、貴見のとおりで差し支えありません。

こうなっています。つまり国立病院機構が照会した

  • 貸与条件が満たされない時の利息付一括返還義務はどうか
  • 看護学生を「使用人又は役員」と見なせるか
これらについて、国税庁はイエスの回答を行なっている事が確認できます。具体的に見ていきますが、貸与条件が満たされない時の利息付一括返還義務の見解は、

奨学金の貸与及びその返還債務の免除は、本件貸与規程及び各病院の奨学金貸与要領に基づき実施するものであって、特定の者に利益を与えることを目的とするなど恣意的に行われるものではないこと、及び奨学金の貸与額についても、上記2(注)のとおり、看護学生が負担しなければならない在学費用を超えるものではないことからみても、適正なものであると考えます。

こういう理由であれば国税庁は認めています。もう一つ雇用条件に関してですが、

また、上記通達は、既に雇用関係のある使用人等に対して支給する職務上必要な技術・資格の取得費用についての取扱いを定めたものと考えられますが、本件の奨学金制度に基づく奨学金の貸与は、看護学校等を卒業後、奨学金の貸与を受ける病院に常勤職員として勤務することを希望する学生を対象とし(誓約書の提出が必要)、将来の勤務を前提とするものであることから、使用人等に対して支給するものと特段の差異はないと考えます。

国立病院機構看護学生の間には雇用関係が生じていませんが、卒業後に雇用関係が確実に生じる誓約書を出しているので、雇用関係があるのに準じると見なされるとの主張ですが、これも国税庁は認めています。国税庁がそう認めていますから、看護学生への修学資金は非課税になっていると考えて良さそうです。


静岡県の場合

平成23年度「静岡県医学修学研修資金」募集要項(2次募集)を読んでいるのですが、正直なところ「よ〜わからん」です。医師や医学生への使用者の業務遂行上の必要は、とくに問題ないとしておきます。貸与条件が満たされない時の利息付一括返還義務も国立病院機構看護学生の例でクリアとして良いでしょう。問題は使用者と医学生・医師の雇用関係です。

看護学生の場合は比較的シンプルで、附属の看護学校から国立病院機構の病院に就職すれば、確実に使用者である機構との雇用関係が結ばれます。これが直線的に医師や医学生に該当するかと言われれば考え込んでしまいます。根源的な問題である、誰が使用者であり、使用人である医師や医学生は誰と雇用関係を結んでいるかです。

修学資金の話ですから、使用者は修学資金を供与した者であるのは外せません。そうなると誰が修学資金を提供したかになりますが、

静岡県医学修学研修資金

ここになると明記してあります。この資金ですが、どうも静岡県だけが出していると考えて良さそうです。当たり前ではないかと言われそうですが、静岡県以外の出資はどうやらなさそうな気配です。傍証としては募集要項に、

他県または県内市町等から同種の奨学金(卒業後の医師としての就業先を制限する規定(返還免除条件として定める場合を含む)を有する奨学金・貸付金)の給付を受けている、または受ける予定の方は応募の対象外とさせていただきます。

他のヒモ付き奨学金との重複を避けているだけではなく、県内にも市町村独自のヒモ付奨学金がある、もしくは並立を許容していると読めます。調べると静岡県内に幾つかあります。なぜここに拘るかと言えば、出資者が静岡県だけになるのか、その他の静岡県内の自治体も関係するかで、誰が使用者であるかの定義が変わるからです。微妙な点は残りますが、キリが無いので使用者は静岡県であるとして話を進めます。

そうなると修学資金の貸与を受けた医師や医学生は、使用者である静岡県と「使用人又は役員」の関係が必要です。募集要項には45の公的病院が指定されていますが、これがすべて静岡県立であれば話は簡単なんですが、県立以外の市町村立病院も存在しています。つまり、静岡県立以外の病院で研修を行なったときには雇用関係がどうなるかです。

これが募集要項を読んでも判然としません。非課税になるには、使用者と使用人の間に雇用関係が必要とされるのですが、使用人である医師や医学生が県立病院以外の公的病院で研修を行なったときに、彼ら(彼女ら)はどこと雇用関係を結んでいるのでしょうか。


考え方として官製医局類似組織があり、そこに修学資金の供与を受けた者は一括して雇用する手はあります。雇用の本籍は官製医局にあり、そこから指定の45の公的病院に出向している形態です。ここで派遣と出向の難題がありますが、これをやると長くなるので簡略にして、出向であるなら労働法制上はクリアされ、使用人である医師や医学生静岡県に雇用されている外形は保てるかもしれません。

ただそうなると医学生はともかく、医師で後期研修中に修学資金を受けようとした時、研修先の病院の雇用関係を一旦断ち切り、改めて官製医局から出向する手続きが必要になります。それでも事務手続きだけの事ですから、その程度は大した事はないと言えば、ないと言えます。医師ならさほど気にもしないものではあります。


ほいじゃ、官製医局みたいなものが静岡県に果たしてあるかどうかです。これも募集要項からですが、

勤務していただく医療機関は、県が定義する静岡県内の「公的医療機関等」の中から貸与者の皆さんの希望をお聞きし、皆さんと相談しながら県が指定します。
また、「大学特別枠」等として貸与を受けた方(県が実施する面接試験を受けず、皆さんが在籍する大学から推薦され、資金貸与を受けている方)については、県、貸与者本人に加え、大学も加わり三者で相談し、最終的に県が決定します。

初期臨床研修を修了したばかりの皆さんについては、キャリア志望(取得したい専門医資格)に配慮し、各病院の研修環境を確認した上で指定を行う予定です。
ただし、一部の医療機関への勤務希望の集中の状況や各病院の医師の充足病院等により、皆さんの希望と異なる医療機関を指定することがあります。

なお、静岡県は、平成22年10月に「ふじのくに地域医療支援センター」を立ち上げ、皆さんが将来医師として各地域の病院でご活躍いただけるよう、病院群のローテーションによる専門研修(後期研修)プログラムの構築など、県内病院の研修環境の充実に取り組んでいます。

あえて言えばふじのくに地域医療支援センターが官製医局に当たりそうな組織にはなりますが、ここのホームページを読んでも実に判然としません。ごく素直に読んで「お手伝いをする」とは書いてありますが、修学資金生を一括雇用して出向させる様には読めないところがあります。

またこの支援センターが官製医局的な働きをするのなら、募集要項に支援センターに属するとか、支援センターが配属先を決めるとかの話が書いてありそうなものですが、読む限り見当りません。さらにになりますが、修学資金制度は2007年から始まっており、支援センターは2010年10月から稼動です。それ以前はどうなっているのだにも通じます。

また募集要項にはこんな下りもあります。

複数病院のローテーションを想定しています。転勤を希望する場合、その都度県と相談していただくことを想定しています。

これまた微妙な言い回しですが、ローテーションによる転勤には県が関与したいの意向は出ていますが、読みようによっては医師の意志で指定医療機関を転勤できる余地があるように読めます。もし官製医局が存在するのなら、当然ですが官製医局と相談(許可)の上になるのが自然です。あくまでもどうやらですが、官製医局的な組織が存在していないように見えます。


こういう状態で静岡県と医師との間の雇用関係は成立するかどうかです。成立しなくても構わないのですが、成立しなければ課税されます。もし非課税なら、あえて考えられる説明は、

    知事(静岡県)は静岡県全体の医療の責任を負っている。そのため県立以外の公的病院に対しても県立病院に準じる責任を負っていると見なすのが妥当である。また実質として県の貸与資金で指定された勤務先に拘束しており、これは県の使用人とみなすべきである。
こういう理屈で国税局をクリアできるかどうかは不明です。まあ、散々考えましたが、募集要項のどこにも非課税であるとの記載は私には見当りませんでしたから、ぐちゃぐちゃ考える前に課税対象になっているのかもしれません。誰か情報を御存知の方はよろしくお願いします。