3億円プロジェクトの結果

8/18付中日新聞より、

情報技術(IT)を利用して患者や病院の情報をやりとりし、最適な病院を導き出す「救急医療情報流通システム(GEMITS)」の実用化に向けて話し合う「救急医療情報連携地域協議会」が17日に設立され、岐阜市の岐阜大で初会合が開かれた。

 システムは国の委託事業で岐阜大などが2009年度から開発。救急隊や病院間で患者の症状や病歴、専門医の有無などをリアルタイムで伝え、適切な医療機関に搬送されるまでの時間を短縮する。

 協議会は、来年度からの本格運用に向けて課題を検討し、具体的な使い方やルールを決めるのが目的。システムは現在、岐阜や関、美濃加茂など6市の救急医療施設を持つ7病院に設置されており、市の担当者や病院関係者、消防長ら計33人が出席した。

 副会長に選ばれた岐阜大大学院の小倉真治教授(救急・災害医学)は、システムを本年度中に岐阜赤十字病院高山市)など3病院にも広げる計画を明らかにし、「県内の医師数はけっして多くないが、このシステムで医療資源を最大限に生かし、全国の救急医療のお手本にしたい」とあいさつした。

 会長には小林博県医師会長を選んだ。会合後、システムを使って脳卒中の疑いがある患者を搬送先の病院から専門医のいる別の病院に転送するデモンストレーションを見学した。 (斉藤珠美)

この手の類似装置の開発については、ssd様曰く

まー、何回も何回も何回もこの手の発想がゾンビのように出てきますなあ。

私もこれ以上の感想はありません。気になったのは「岐阜」と言うキーワードです。例の如く例の通り、自分のブログですが整理が悪く、探し出すのに一苦労だったのですが、ようやく見つけ出しました。該当記事は2008.12.13付できるのかな?で、当時の引用記事は2008.12.21付岐阜新聞です。引用しておきます。

ICカードで医師動向把握 患者たらい回し解消へ  

 ICカードで病院内の医師の動向を把握して救急隊に最適な搬送先を指示できる救急医療情報システムの開発に向け、岐阜大学医学部を中心に産官学が連携して2009(平成21)年度から、県内で実証実験に取り組む見通しになった。患者の「たらい回し」の解消にも効果が期待される。

 20日内示された09年度予算財務省原案で、この実証実験を含むプロジェクトに3億円が盛られた。

 医師にICカードを携帯してもらい、病院内に設置したセンサーで、「手術中」「診療中」など勤務状態をリアルタイムで把握。自動的に専用サーバーに情報を送る。一方でサーバーは救急車に装備した端末から患者の情報も受け取る。

 こうした医師の業務状況と救急患者の傷病状態の双方の情報を基に、最適な受け入れ可能病院を素早く救急隊に示す「人工知能」を組み込んだシステムの開発を目指す。

 早ければ09年度から岐阜、高山、美濃加茂市の計3病院で医師の動向を把握する設備を整え、順次、救急車に端末を導入する計画。11年度ごろをめどに救急救命センターなど10―15病院、救急車75台への拡大を目指す。

2つの記事を較べてみるとつながりがわかります。

2008.12.21付岐阜新聞 2011.8.18付中日新聞
救急医療情報システムの開発に向け、岐阜大学医学部を中心に産官学が連携 システムは国の委託事業で岐阜大などが2009年度から開発
2009(平成21)年度から、県内で実証実験に取り組む見通しになった システムは現在、岐阜や関、美濃加茂など6市の救急医療施設を持つ7病院に設置


どうやら事業仕分けの荒波にも耐え抜いて研究開発は続けられていたようです。スーパーコンピューターさえ仕分けの対象になったのによく生き抜いたものだと感心します。ただ開発は苦労したようで、当初の目論見と変更点があるのが確認できます。

2008.12.21付岐阜新聞 2011.8.18付中日新聞
医師の業務状況と救急患者の傷病状態の双方の情報を基に、最適な受け入れ可能病院を素早く救急隊に示す「人工知能」を組み込んだシステムの開発 救急隊や病院間で患者の症状や病歴、専門医の有無などをリアルタイムで伝え、適切な医療機関に搬送されるまでの時間を短縮する


どこが違うかですが、2008年時点では「医師の業務状況」について、
    医師にICカードを携帯してもらい、病院内に設置したセンサーで、「手術中」「診療中」など勤務状態をリアルタイムで把握
こういう目の玉が飛び出るような野心的なシステムを開発していたはずですが、実用化段階では、
    専門医の有無などをリアルタイムで伝え
「今日の当直医は誰ですか」システムに萎んでいるのが確認できます。リアルタイムといえば物凄そうなシステムですが、当直医は朝までいますから、手入力でも充分そうに思わないでもありません。ただなんですが、当時にICU医もどき様から、

以前にテレビで紹介されていましたが、岐阜大学は入構時にID認証システム(Suicaのようなもの)を病院入口、手術室入口などに設けてます。それを利用するつもりのようです

勤務状態をリアルタイムで把握するのは技術的に無理とあきらめ、病院内に何科の医師が何人いるかのシステムぐらいは作った可能性はあります。これは出入管理だけですから、技術的に可能かと考えられます。ただそうなると老婆心までの余計な心配が出てきます。院内に存在するだけでアテにされるシステムですから、外形的には拘束されます。つまり時間外手当が分刻みで正確に記録されると言う事です。労基法的な話はまた後でやります。

それでも結局のところ

    医師の業務状況と救急患者の傷病状態の双方の情報を基に、最適な受け入れ可能病院を素早く救急隊に示す「人工知能」を組み込んだシステムの開発
これについては完全に挫折したと受け取って良いようです。医師に限らず従業員の業務状況がICカード1枚持つだけで、リアルタイムで管理できるシステムができれば、医療以外の業種の世界中の経営者に飛ぶ様に売れます。容易に作れないから今でもないわけで、まあ3億円ぐらいで開発できたらある意味驚嘆します。


でもって、残ったシステムは患者の病状や病歴を病院にITで伝えるシステムのようですが、当時のtadano-ry様のコメントです。

救急隊の情報入力が問題だろうということです。バイタルはモニターと直結すればいいとして、意識状態や症状、重症度がちゃんと評価できるか。私自身、先日意識低下で搬送してきた患者さんを診たのですが、来院時にもう瞳孔不同があって、救急隊にいつからか聞いたら瞳孔は見ていませんでしたと言われガクーッとなりましたから。

 あと救急車内で急変したときに情報を変更する余裕があるか、また人工知能の方も定型的なパターンは問題ないですが、情報が変更になったときに最初に出した搬送先で行くのか、より高次の医療機関に変更するのかという判断は難しいだろうということです。

 まずそもそも救急隊が正確な情報を入力してくれるか(私もその方自身も経験していますし、皆様も当然あると思います)というところから問題になるのではないかという議論になりました。

バイタルと言っても、考えられそうなのは、呼吸数、体温、脈拍、血圧、酸素飽和度ぐらいでしょうか。それ以上は救急車に積み込めないと言うか、積んでいないように思います。それ以上の情報を伝えようと思えば、救急隊員が目で判断した情報を手入力しなければなりません。

救急隊の状態把握の基本はウダツイン様式をモデファイしたものが多いと考えていますが、これをタッチパネル形式ぐらいで入力できる様に開発された可能性はあります。タッチパネルではなくキーボードでも良いのですが、せっかくPCに入力しているのですから、入力後に重症度・緊急度の自動判定プログラムぐらいは出来ているかもしれません。それぐらいのデータ処理は可能でしょう。

正直なところ紙に書いて電話で伝達するのと、どちらが早いか疑問は残りますが、3億円の開発費ですから、それぐらいはあるかもしれません。



このシステム開発を読みながら思うのは、開発時の大きな目的の一つに「たらい回し」対策があったのは疑う余地もありません。さらに言えば、「たらい回し」対策の考え方の基本は、「たらい回し」が起こるのは医療機関、あからさまに言えば医師の怠慢であるとの発想があったと考えられます。医師の怠慢をシステムで防げば「たらい回し」は解消すると言えば良いでしょうか。

システム開発が失敗したのは技術的な困難さは言うまでもありません。ただそれだけでは無い様に感じています。一つは上でも触れましたが、医師の業務状況をリアルタイムで分刻みで把握すれば、労務管理問題が確実に浮上します。これは2008年時点よりシビアになっているのは確実です。今でも多いと思いますが、なんとなくドンブリ勘定(大穴も空いている事が多いですが・・・)では済まされなくなります。全部記録に残ります。

リアルタイムの業務状況把握システムは、うるさくなって来ている医師の労務管理に油を注ぐ結果を招きかねないの懸念も、途中で浮上した可能性を考えています。


もう一つは、システム開発時には、搬送医療機関医療機関の怠慢を糺しさえすれば豊富に出てくると構想していたのが、現状としては逆で「どこかに受け入れ可能な医療機関はないか」のウォーリーを探せに重点が移ってしまったとも考えています。もう少し言えば、豊富な搬送先から傷病者により適切な医療機関を探すシステムを開発するはずが、ピンポイントでどこが受け入れ可能か探すシステムが求められる様になったと言えば良いでしょうか。

単一医療圏の中だけのネットワーク・データベースではなく、複雑に地域性が重なり合う隣接医療圏、さらには隣接を越えたさらに広域のネットワーク・データベースまで構築するとなると、突き詰めると全国一元化に近いシステムまで考える必要があります。でかくなればデータ処理に大きな負担がかかりますし、大きな負担を軽減しようと思えば半端じゃない高性能のホストが必要になります。

それと下手に一元化すれば、トラブル発生時に立ち往生が起こります。バックアップも考えると維持費だけで目の眩むものになると言えば良いでしょうか。


問題の根幹は「たらい回し」が起こる時の救急医療の状況です。殆んどの救急搬送は手早く搬送先が決定されています(平成21年度データの重症救急で、照会3回以内96.8%、現場滞在時間30分以内95.7%)。では「たらい回し」が起こる時はどういう時かと言えば、瞬間最大風速で、

    需要 > 供給
これになった時です。付け加えておきますと、瞬間最大風速の頻度は今後も減る要素が乏しく、また都市部に起こりやすい傾向があります。もっとも地方で起これば、壊滅的な被害になります。そうなると「たらい回し」対策として現実的なのは、その医療圏の中で受け入れ先が見つからない時の広域搬送先探しになります。隣接する医療圏への搬送先探しの素早い切り替えです。

もちろんですが、当該医療圏を一周しているうちに「たらい回し」回数は累積されますし、現場からの搬送時間は長くなります。そこをどうしても解消したいのなら、想定外の事態も含めて、どんな時でもその医療圏で、

    需要 < 供給
こんな医療体制を作る以外に解消策はありません。自然災害より頻度は余程多いですし、遥かに身近な問題ですから想定外まで想定しやすいとは思います。さらに「たらい回し」をゼロにしたいのなら、「需要 < 供給」が医療圏だけではなく、救急病院すべてで実現すれば可能です。難しい話ではなく問題は単純至極と言う事です。


「たらい回し」問題を複雑に見せているのは、「需要 > 供給」であっても、医療機関なり医師が根性さえ出せば「なせばなる」の話で解決策を見出そうとしているからだと見ます。この「なせばなる」方式は医師や医療機関以外にとっては便利な論法で、これさえ唱えておけば問題は永遠に先送りできますし、責任問題はすべて医療機関に押し付けて話が終わります。

会議室で「なせばなる」論を医療機関に押し付けておけば、マスコミも「万事解決」と報道してくれます。いや画期的な解決方法と絶賛してくれるとも思います。しかし実情は「なせなばなる」ではどうしようもない状態ですから、時間の問題で瞬間最大風速がまた吹きます。吹けばまたぞろ「なせばなる」方式でその場を繕ってオシマイです。


本当の解決の選択肢は、

  1. 救急医療機関をどんな想定外の事態が起こっても「需要 < 供給」状態に大拡張する。
  2. 救急需要自体を抑制し、「需要 < 供給」状態を強引にでも作り上げる
この二つは前から唱えられているものですが、1.に関しては予算もどうしようもない難題ですが、医師の絶対数も不足しています。2.に関しては需要者側が絶対に認める気配はありません。抑制したうちに重症があれば、後は書くまでもないテンヤワンヤの問題が続出します。であれば1.も2.も出来ないと前提した上で、現状を糊塗する姑息策として、「たらい回し」容認はあります。

「たらい回し」と言っても、現在よりは多少は改善して、「無駄撃ち」「空撃ち」を可能な限り減らしたものです。ただこれも需要者側には認められないとは思います。当分は「なせばなる」論で行き着くところまで進んでいくと予想しておきます。


ちょっとどころでないぐらい話が横道に逸れましたが、このネーミングだけは物々しい

    救急医療情報流通システム(GEMITS)
これで何がよくなったのでしょうか。せめて救急隊員の傷病者の重症度・緊急度の精度の向上があればと思います。救急隊員も優秀な方もおられますが、性質として均等性が求められる分野であり、質が低いところもカバーできるシステムであれば幸いです。3億円のプロジェクトですから、せめて現在の電話方式を上回る成果が出る様に期待しています。