小田原備忘録

8/17付カナロコより、

市立病院医師17人に宿日直手当過払い、退職者含め4年で計1500万円/小田原

 小田原市は17日、市立病院の循環器科医師計17人に支給した宿日直手当について、この4年間で約1500万円の過払いがあった、と発表した。宿日直手当の不正を指摘する匿名の文書が7月、市に郵送されたことから内部調査していた。

 宿日直手当の過払いがあった期間は2006年8月から10年6月までの3年11カ月。対象は循環器科の医師計17人で内訳は在職者6人、退職者11人。過払い総額は約1500万円。

 同病院の宿日直手当は(1)日直(2)宿直(3)オンコール(待機)―の3種類。支給額は(1)(2)が2万円、(3)が1万2千円。

 市によると、内科系病棟には循環器系特定集中治療室(CCU)が置かれ、循環器科医師が宿日直を担当していた。

 しかし、06年7月のCCU廃止に伴い、循環器科医師はCCU分の宿日直がオンコールに変更されたが、翌月以降も宿日直との差額分8千円を差し引くことなく、そのまま支給していた。支給にあたって宿日直手当は(1)(2)(3)と分類されず、合算後の総額だけが明示されているため、不正との指摘を受けるまで過払いに気付かなかったという。

 市は医師や看護師、事務職員など計24人から事情を聴くなどしたが「既に退職した職員もおり、現状では原因を特定できていない」と説明するにとどまっている。

 市は、過払いのあった全医師に全額の返還を求める手続きを進めるだけでなく、内部調査を継続して原因の究明を急ぐ一方、医師の宿日直の実態が確認できるような改善策を検討する方針という。

どこから手をつけましょうか。とりあえず循環器科の医師数ですが平成21年3月付「小田原市立病院改革プラン」によりますと、

2006 2007 2008 2009 2010
循環器科 6 7 6 不明 不明


ゴメンナサイ、2009年と2010年の医師数は確認できませんでした。でもまあ、6人が在籍していると推定すれば、4年で1500万円ですから1年で375万円、そうなると1人当たり年間62万5000円になります。ここでなんですが、
    同病院の宿日直手当は(1)日直(2)宿直(3)オンコール(待機)―の3種類。支給額は(1)(2)が2万円、(3)が1万2千円
過払いの原因は、オンコールだから1万2000円であるはずのものが、当直料の2万円を支払っており、オンコール1回につき8000円づつ多かった事になります。そうなると62万5000円を8000円で割ると年間のオンコール数が計算でき、これが78回になります。1ヶ月にすると6〜7回と言うところでしょうか。もし平成21年度以降に循環器医が減少していたら、もう少し回数は増えるかもしれません。




オンコール回数は思ったほど大した事がなかったのですが、せっかく計算したので書いたぐらいにしておいて、

    市は、過払いのあった全医師に全額の返還を求める手続きを進める
へぇ、全額を返還させる方針みたいです。払いすぎたものを返還してもらうのはおかしくはありませんが、ヒョット思いだいした事件があります。2008.5.30付読売新聞からですが、

佐賀県立病院が勤務記録改ざん、時間外手当払わず

 佐賀県立病院好生館(佐賀市、樗木(おおてき)等館長)が長年にわたり、ほぼ全職員に当たる約500人の勤務記録を改ざんし、正当な時間外手当を支払っていなかったことが分かった。

 残っている記録から改ざんは2003年度には行われており、06年度までの4年間の不払い総額は5億円を超えるとみられる。病院は1年前に佐賀労働基準監督署から是正勧告を受けたが、不払い額算定が難航しているとして未払い分を支給していない。支給する日から2年より前の分は労働基準法の時効を適用して支払わない方針にしており、算定の遅れで支給対象期間が短くなる恐れも出ている。

好生館の事件では病院側の不払いが発覚し、労基署から是正勧告を受けていますが、労働債権の時効が2年であるため、それ以上は遡って支払わないとした上で、さらに事務処理が送れた分だけ時効はドンドン進めていくと言う素晴らしい方針を示しています。記事の時点で事務処理は1年以上も遅れ、その分だけ不払い賃金はドンドン帳消しになっています。時効停止の考え方は、

  • 労基署の是正勧告により時効が中断(時効時計の針が停止すること)することはありません。
  • 賃金は民法上の債権債務であり、民法147条の時効の中断の規定が適用されるためです。すなわち債権者(労働者)の権利の主張があったとき、差押えなどがなされたとき、債務者が債権者に対して債務の存在を認めたときのいずれかです。債務者が債務の存在を認める例としては、債務者が弁済の延期を求めてきたときとか、債務の一部を弁済(内入れ弁済)などによっても時効が中断(時効の時計がリセットされてゼロに戻る)します。

前にこの件はやったので簡略にしておきますが、経営者側の不払いは時効が2年で、なおかつ時効停止はそれなりの手続きをキチンとしないとたちまち消えてゆきます。


では経営者側の過払いの扱いはいかがでしょうか。これが調べたら実に楽しくて、皆様、心を鎮めてお読み下さい。ソース元はロア・ユナイテッド法律事務所様です。設定は30万円の過払いが判明した時になっていますから御注意下さい。まず返還請求自体が法的にどうかですが、

 賃金が過払いされた場合には、使用者から過払いを受けた本人に対する不当利得返還請求権が生じます。使用者や給与担当者に過失がある場合でも構わないと解されています。

小田原のケースの様に経営者側の過失によるものでも堂々と請求して構わないとなっています。でもって返還額ですが、

  1. 本人が過払いを受けた事実を知らなかった(善意)場合


       この場合には、過払い部分の30万円だけを返還させることができます(民法703条)。知らなかったことについて本人に過失がある場合も含むと解されています。


  2. 本人が過払いの事実を知っていた(悪意)場合


       この場合には、過払い部分の30万円に利息を付けて返還させることができます(民法704条前段)。利息は民法上は年5%とされています(民法404条)。ただ、不当利得は個々の過払い部分ごとに生じるものなので、例えば、毎月の過払い額ごとに、それぞれの支給時からの利息を計算することになるでしょう。

       また、実際にはあまり起こらないかと思いますが、過払いによって使用者に損害が生じた場合には、過払い部分及び利息の返還の他に損害賠償をさせることができる場合があります(民法704条後段)。

給料を受け取る側が「やった経理が間違えてラッキー」と知りながら受け取っていれば、利息を付けての返還請求も可能となっています。もちろん知っていたの立証が必要になるでしょうが、場合によっては損害賠償まで請求することは可能となっています。では時効ですが、

 労働者の使用者に対する賃金請求権(退職金請求権を除く)の消滅時効期間は2年です(労働基準法115条)が、使用者から労働者に対する過払い部分についての不当利得返還請求権の消滅時効期間は原則として10年となる(民法167条1項)と考えられます。

 ただし、本人が過払いの事実を知っていた(悪意)場合の損害賠償請求権の消滅時効期間は、場合により3年または20年になります(民法724条)。

ワロタ、10年が時効だそうです。「そりゃ、おかしいんちゃう」の声も聞こえてきそうですが、法はそうなっているとしか言い様がありません。ごく簡単に対照表を書いておくと、

給与不払い 給与過払い
お金の性質 債権 不当利得
時効 2年 10年
支払額への利息追加 聞いたことがありません 受け取り側に悪意があれば可能


不払い金への利息の追加の有無はわかりません。ひょっとしたらあり得るのかもしれませんが、私の知識の範疇を完全に越えていますので、御存知の方はアドバイス宜しくお願いします。

過払い金と不払い金は調べて見る限り法律的な位置付けはかなり違うようです。誤解もあるかもしれませんが、過払い金はもらった方に責任が生じ、不払い金はもらわなかった方に責任が生じるみたいに感じます。つまり、もらい過ぎたらチェックして返還しなかった労働者が悪い、もらわないのは労働者の自己責任ぐらいが適当な表現の様に考えられます。なんとなくアンバランスな感じはしますが法律は法律です。




小田原市立病院が過払いを法的根拠に基いて請求するのは問題ないことが判明しました。別にそれに対する報復の意味はまったくありませんが、あくまでも個人的にちょっとしたアクションを期待しています。

あくまでも仮定ですが、果たして小田原市立病院に36協定は存在するのでしょうか、それ以前に労基法41条3号に基く宿日直許可は存在するのでしょうか。それ以前に36協定があろうがなかろうが、宿日直許可があろうがなかろうが、時間外手当は正しく支給されているのでしょうか。当直の名の下に、実態は勤務みたいな業務を日常的に行なわせていないでしょうか。さらに名ばかり管理職で時間外手当をケチっていないでしょうか。

全部キチンと処理され、適正な賃金支払いが行なわれていてば問題はありませんが、そうでなければ誰かが労基署に「御相談」申し上げれば一騒動起こります。その時には過払いの額を鼻で笑うような支払いが必要になります。なんと言っても循環器科だけではなく、2年間とは言え全科の医師からの請求が舞い込みますからね。

それと一旦明るみに出て、正式の労働協定が結ばれると、その後の時間外手当の支払額が永続的に増えるだけではなく、労働時間もかなりの制約をこれまた永続的に受けます。オンコールに対する時間外手当も奈良産婦人科時間外訴訟の一審では認められませんでしたが、労働法の専門家の見解では二審はどうなるか微妙の意見もあります。ちょっとまとめておくと、

  1. 36協定による時間外労働時間の具体的な制限
  2. 時間外労働に対する割増賃金の支払いの増大
  3. 名ばかり管理職に対する時間外手当の発生
  4. 当直業務が通常業務と判定されれば、労基法41条3号による宿日直許可の取り消し及び交代勤務制導入の是正勧告
そういう展開が起こるには、そういう知識を十分に持つ方が立ち上がる必要がありますが、お弟子様の時代より確実に増えていますし、またお弟子様の時代より理解者も確実に増えています。(引き合いに出して、お弟子様ゴメンナサイ)

起こる可能性が高いとは必ずしも観測していませんが、もし起これば今回の過払い請求は小田原市立病院の労働環境を劇的に改善する出来事として記憶しておかないといけません。私も忘れない様に備忘録としてエントリーにあげさせて頂きます。