塩裁判の帰趨自体は個人的にはさほどの関心を持っていません。基本的に法律論は比較的知識がある労基法でも鬼門ですし、刑訴法になるとなおさらだからです。塩裁判で興味があるのは、ただ1点、重症のMDMA中毒に対する治療の医学的見解です。検察側も被告側も医師の証人を立て、証言を行っています。どうしても検察側、被告側と言う立場での証言になることを割り引いても関心が高くなります。
ここで注意しておいて欲しいのですが、検察側・被告側の証言のソースは産経記事です。ですのでこの記事自体にどれほどの信用性が置けるかの問題は常に残ります。編集権の問題もあり、また証言を聞いた記者の理解力の問題もあります。ただ他にソースがないので、産経記事に基いての分析にならざるを得ないのは御了解下さい。言い換えれば私の論評もソースの信用性程度にならざるを得ないと言う事です。
検察側証人の証言の分析は前にやりましたが、私が読んだ限りで可能な限り簡略にまとめると、
これ以上は証言していないと考えています。もう少し言えば致死量とされる濃度の影響も、MDMA中毒で他に発生が懸念される重大な危険因子(MOFとか、セロトニン症候群など)についても鮮やかにお茶を濁され、重症のMDMA中毒の最終的な救命率についても何も語っていません。証言として力説されたのはひたすら初期の心室細動はクリア出来るだけです。あくまでも因みにですが、除細動器でも除細動が出来ない時の対応も上げられ、PCPSを用いるとされていますが、これについての麻酔科医様のコメントを紹介しておきます。
たとえば、心臓がとまってもPCPSを回せば救命できますが、10分でPCPSを回せば90%救命できるといっても、10分で24時間365日いつでもPCPSを開始できる病院など実在しない理想の医学的議論上の存在です。30分で透析ですらできない救命救急センターがいくらでもあるからです。そういう意味では、学術的に90%救命できないのと臨床上10%しか救命できないことも別に違うことを言っているわけではないのです。
仮に昭和大救急部が可能としても、一般的に救命救急センターが除細動器に続いて、素早くPCPSが素早く始動できるわけではないと考えられます。
さて被告側証人の証言ですが、これもソースは産経記事依存になります。
- http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/439588/
- http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/439590/
- http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/439595/
- http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/439618/
- http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/439639/
証人
さらに
証人
ちなみになんですが、検察側証人の教授は
-
私は、セロトニン症候群についてはよく知りませんが
-
セロトニン症候群になれば、救命は難しい
弁護人
「田中さんの死因では?」
証人弁護人「そういえる客観的根拠は?」
証人「田中さんのMDMAの血中濃度が8〜13と非常に高いことです。ほとんどの中毒では濃度が1〜2なのに、田中さんは低いところでも8ありました」
弁護人
「田中さんの死亡後の体温が37度。生存時はもっと高体温とみられ、これからもセロトニン症候群の重症のものといええるでしょう」「生存時は40度を超えていたと考えられますか」
証人「40度以上の可能性は十分あるでしょう」
他の症状の一致も論じられていますが、まず死亡時の体温とはおそらく救急隊が9時を回ってから駆けつけてきたときに確認した体温と考えられます。おおよそ死後3時間での体温ですから、死亡時の体温が40度を越えていたと言うのは大袈裟とは思えません。根拠のある推測しても良いと思います。そうなると問題は、セロトニン症候群を起こしていないMDMA中毒がここまでの高体温になるのかどうかに絞られますが、私にはわかりません。
被告側証人は血中濃度をかなり重視して証言を行っていますが、
証人
この証言のポイントは、「過去に助かった人はいません」がどういう根拠に基いて行われたかです。被告側証人の経験に基いたものなのか、それとも何らかのまとめられたデータによるもなのかです。ここについては、
弁護人
「学会でも活動されていますね。お立場は?」
証人弁護人「違法薬物の中毒患者にもかなりたくさん接していらっしゃったと思いますが、MDMA中毒患者は?」
証人「MDMA中毒はないが、学会で資料を読みます。覚醒(かくせい)剤中毒には何度か接しました」
被告側証人が根拠にしたのは、自らの経験ではなくあくまでも日本中毒学会資料等に基いたものと考えられます。評議員であるなら各種資料を集めるのは比較的容易かと考えられます。そうなると「MDMA中毒 = セロトニン症候群」の主張も日本中毒学会の見解にも基いている可能性もありますが、それ以上は情報が無いので不明です。
次は救急隊段階で、心室細動が蘇生できる可能性ですが、まずは六本木ヒルズの現場で起こっていた場合ですが、
弁護人
「救急隊員が(現場に)到着した時点で、すでに心肺停止したり、心室細動が起きていたりした場合、救命可能性はどのぐらいあったのでしょうか」
証人
ここは検察側証人の教授とはかなり見解が異なっています。教授はMDMA中毒による心室細動の除細動はかなり容易と証言しています。この辺はセロトニン症候群の有無の見解が違うので公平な条件とは言えませんが、被告側証人は救急隊段階では心室細動も蘇生できる可能性は非常に低いとしています。次は搬送段階ですが、
弁護人
証人「いかに早く病院に着いたかというのがキーポイントになるのですが…。さきほどの場合よりは可能性が上がりますから、約20〜30%はあったのではないでしょうか」
ここの被告側証人の見解のベースは、救急隊が持つAEDでの蘇生の可能性が非常に低い事を基本に考えているようです。六本木ヒルズの現場段階より、病院に到着する時間が早くなる搬送段階の方が蘇生率が高まると解釈すれば良いでしょうか。
弁護人
「病院に搬送後、心肺停止したり、心室細動が起きていた場合は?」
証人「救命救急センターで最新の治療が施せることを考えれば、30〜40%はあったのではないでしょうか」
ここはそれこそPCPSまで動員しての治療が想定されているようにも感じられます。さてと被告側証人は最終的な救命についても答えています。
証人
「あの現場で死に至るのは、不整脈や高血圧とか肺水腫で呼吸が止まる場合です。またその後に死ぬ場合は、これらの症状を切り抜けても、高体温で脳や心臓がダメージを受けて多臓器不全になる可能性が高いです。田中さんは短期的でも厳しいですが、長期的でも、3、4割しか助からず、病院に行っても5、6割は厳しかったと思われます」
後も色々ありますが、検察側・被告側の証言の対照表を作ってみます。
項目 | 検察側証人 | 被告側証人 |
MDMAの血中濃度 | 致死量 | 致死量 |
セロトニン症候群 | 起こっていない | 起こっている |
心室細動からの蘇生率 現場段階 搬送段階 病院段階 |
8割以上 8割以上 ほぼ100% |
数% 20〜30% 30〜40% |
長期的な救命率 | 明言はなし | 30〜40% |
蘇生率の違いは被告側が心室細動だけではなく心停止も想定しているのもあります。この比較対照表を作るとハッキリするのですが、検察側証人と被告側証人の主張の最大の違いは、前提としてセロトニン症候群があるかないかになります。ここもまとめると、
出来る限り塩とは離れて考えて頂ければと思います。塩の行状が絡むと感情論が出てしまいますが、死亡した女性の症状や経過は被告のみしか見た者はいません。そりゃそうで、ヤクやってアレやってる真っ最中ですから、マネージャーでさえ同席していません。ですので細かい症状の経過を詮索しても意味は少ないと思います。そういう詮索は判決には必要でしょうが、私はそこには興味はありません。
医師として重要なのは致死量のMDMA中毒の症状の経過・考え方及び予後の知識です。致死量のMDMA中毒の見解はどちらが正しいのか、それともどちらもありうるのかです。訴訟ではなく医療カンファレンス、じゃ重過ぎるので、ソースが産経ですから医局の雑談ぐらいで御意見下さい。