NHKの「たらい回し」報道姿勢

ネットの論客としてMed_Law様は有名です。当ブログにもしばしばコメントを頂いていますが、切り口の鋭さは時に読むだけで怪我しそうになるほどです。そのMed_Law様に特別の許可を頂いた情報からです。特別と言っても「極秘情報」みたいな裏ネタではなくMed_Law様の体験談です。

体験談は「たらい回し」報道への電凸です。いつの報道かはわかりませんが、発言されたのは、『ご近所の底力』の堀尾正明アナウンサーだそうです。私はあんまりテレビを見ないのでわかりませんが、どこかのニュースだと思います。あのMed_Law様からの電凸ですから、かなり迫力があったんじゃないかと勝手に想像しています。

それでもってNHKからの回答の要旨は、

    たらい回しは、医療システムに対する非難である。救急病院の指定を受けながら受け入れないことで被害者を出していることに対する非難である。システムの責任については、病院が責任を負わなければならない。
口調はもっとマイルドだったと思いますが、はっきりそう言われたと明言されています。Med_Law様のコメントは時に過激と感じることもありますが、事実確認を疎かにしたり、妙な歪曲や誇張はされないのは良く存じていますから、額面通り信じてよいものと考えます。

ちなみにこの回答にMed_Law様がどれだけ怒り狂ったかですが、

朝、NHKで腹を立ててから名古屋に出かけて行ったので、地方会で、大暴れしてしまいました。

一番トバッチリを受けたのは地方会の演者だったようで、とくに地方会ですから発表慣れしていない若い研修医が被害を蒙っていないかを心配します。それぐらいは相手を選んで「大暴れ」したとは考えていますが、実情はこれ以上わかりません。

それはさておき、NHK回答の三段論法は、、

  1. 医療システムに対する非難である
  2. 救急病院の指定を受けながら、受け入れないことで被害者を出していることに対する非難である
  3. システムの責任については、病院が責任を負わなければならない
最初の
    医療システムに対する非難である
まずこれは基本的に正しいものです。病院が「受け入れ不能」であったがために被害者が出ている事は事実だからです。「たらい回し」と言う表現が妥当かどうかは別問題としても、報道機関が社会問題として取り上げる事自体は非難されることではないと考えます。非難どころか適切な報道としても差し支えないかと思います。

次の

    救急病院の指定を受けながら、受け入れないことで被害者を出していることに対する非難である
メディアの中でもNHKは公共放送として他の民放とは一線を画す存在かと考えます。NHKが放送において非難するのであれば、事実関係を十分に確認して報道する事が「より」求められるかと考えます。救急病院の規定は救急病院等を定める省令(昭和三十九年二月二十日厚生省令第八号)によって定められています。ここで救急病院に必要とされる条件は、
  1. 救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること。
  2. エツクス線装置、心電計、輸血及び輸液のための設備その他救急医療を行うために必要な施設及び設備を有すること。
  3. 救急隊による傷病者の搬送に容易な場所に所在し、かつ、傷病者の搬入に適した構造設備を有すること。
  4. 救急医療を要する傷病者のための専用病床又は当該傷病者のために優先的に使用される病床を有すること。
1964年にできた省令なので、2.や3.の規定は古色蒼然としていますが、できてから44年が経過しても1.と4.の規定を完全に満たす病院は日本に一つもありません。大規模な三次救急病院なら、人員条件をかなり近いところまで満たしているところも一部ありますが、NHKが要求する「何があってもすべて受け入れる救急病院」は存在しません。ましてや一次救急・二次救急病院では皆無に近いのは常識かと考えます。

ところがNHKが要求する「何があってもすべて受け入れる救急病院」についての問題は、この省令の施行後約3ヶ月経った1964年7月31日に行なわれた第40回国会、衆議院社会労働委員会会議録第60号に記録されています。詳しくは救急医療の基礎知識 その3を御参照いただきたいのですが、当初旧厚生省は救急病院に必要とされた4条件のうちとくに3条件を厳しく要求したようです。それは、

  1. 救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること。
  2. エツクス線装置、心電計、輸血及び輸液のための設備その他救急医療を行うために必要な施設及び設備を有すること。
  3. 救急医療を要する傷病者のための専用病床又は当該傷病者のために優先的に使用される病床を有すること。
簡単に書き直すと
  1. 人員条件
  2. 設備条件
  3. 病床条件
このうち病床条件は規定にある専用ないし優先病床が仮に3床あれば、これがもし使用されれば即座に新たに確保するブラックホールのような病床条件の遵守が条件だったのです。

当時の政府側答弁ですが、

 私たちも、この要件ができるだけ完全に満たされるように努力をしていきたい、こういうふうに思っております。ただ現在、この条件につきまして、たとえばベッドの問題、優先的に救急患者に使用するベッドというふうなことがえらく厳重に考えられまして、救急患者が来た、三ベッドある、それがふさがってしまった、すぐまた追い返しても三ベッド置かなければならぬのか、こういうふうにまで厳重に考えられたわけでございます。

省令施行時の病床条件がいかに厳しかったかが窺われます。ところがと言うか、当然と言うかですが、そんな条件は現在でも実行は不可能に近いところがあり、救急病院の数が遅々として増えない現実にも直面する事になります。1964年と言えば国家の威信を懸けた一大プロジェクトである東京オリンピックがあり、それまでにある程度整備したいの思惑もあったのかもしれません。政府は病床条件で妥協します。

 だからベッドにおきましても、三ベッドなら三ベッド用意しておったのが救急患者で詰まったら、その旨を消防庁のほうへ連絡する。毎日定時連絡をして、あいておる状態をよく知っておって、消防庁のほうから患者を運びますときに、あいているところがはっきりわかって運べるようにして、いま先生のおっしゃいましたように、ぐるぐる回しをするようなことがないようにするのが趣旨だと考えまして、考え方の行き過ぎを訂正しておるという状態でございます。

専用病床や優先病床の確保を条件とするが、満床となれば断っても良いと方針転換を行なっています。なんと言ってもこの答弁から44年も経っていますから、ひょっとして修正答弁が行われた可能性を否定はできませんが、私の知る範囲でこれが改められたとは聞いていません。

その傍証になるのですが、今春に行なわれる地域医療計画への通達である「疾病又は事業ごとの医療体制について」(平成19年7月20日医政指発第0720001号)でも、三次救急病院に「すべて受け入れ」を目標としているだけであり、二次救急病院以下には「すべて受け入れ」は課していません。努力目標であるとの証拠として、

その特性及び地域の実情に応じた方策を講ずる必要があることから、下記のとおり、それぞれの体制構築に係る指針を国において定めたので、新たな医療計画作成のための参考にしていただきたい。

あくまでも「参考」であり、44年前の緩和方針が基本的に変わっていない事を示すと判断できます。

つまり「救急病院の指定を受けながら、受け入れないこと」は省令の解釈として国会質疑で政府側が容認している事であり、これに基づいて行なわれている行為です。NHKが「救急病院が断るのは非難されること」はNHK独自の解釈であり、病院側としては根拠を持ってこの主張を批判できるかと考えます。

ここまで書けばNHKの3つ目の主張である、

    システムの責任については、病院が責任を負わなければならない
救急病院が受け入れできない時に断るのは、国が容認したシステムであり、国が容認したシステムの責任を病院が負う必要は無いと考えるのが通常です。満床になり受け入れが不能になるシステムは救急医療からすると不本意なことでしょうが、そのシステム設計を行なったのは国であり、責任を病院に直接帰結するNHKの考え方は誤っていると考えます。

真に非難すべき対象は、救急患者を受け入れる事ができないシステム設計を容認した国です。1964年当時は妥協としてそういう緩和方針が必要であった事は認めざるを得ない面もあるかもしれませんが、そこから44年経ってもシステムの根本の改善を漫然と放置した責任は重いと考えます。それをトカゲの尻尾切りのように、システムに従って従事している病院のみを非難し、根本のシステムの問題にノータッチのNHK報道姿勢を私は批判します。

最後に蛇足ですが44年前に問題になった「たらい回し」は

ぐるぐる回しをするようなことがないようにするのが趣旨だと考えまして

実際に救急車が搬送先を探して闇雲に病院を当ってぐるぐる走り回る状態と定義され、それを解消するために、

消防庁のほうから患者を運びますときに、あいているところがはっきりわかって運べるようにして

つまり受け入れ先を確認して直行すれば「たらい回し」は解消としており、その状態は現在解決しています。受け入れ先の確認に時間がかかるという新たな問題が発生している事は事実ですが、これはかつて「たらい回し」として問題となったものと別の事象です。NHKアナウンサーたるものが、他者を一方的に非難するときに、言葉の語源と経緯を無視して漫然と独自の解釈で広義に運用する姿勢も私は批判します。