桑名事件再推理

蛇足なんですがもう1回経過を考察します。分かっている事実は、

  1. 患者は20代の女性。頭痛と眩暈で2002年10月30日(水)、2002年11月2日(土)に病院を受診。
  2. 2002年11月3日(日)に脳腫瘍、水頭症の疑いで入院。
  3. 2002年11月5日(火)に頭部MRI施行し脳腫瘍を診断。
  4. 治療の結果、現在は植物状態
まずこの事件当時のカレンダーと照合します。
10/30(水曜日)頭痛と眩暈で初診
10/31(木曜日)
11/1(金曜日)
11/2(土曜日)再診。この日はおそらく休日
11/3(日曜日)入院
11/4(月曜日)文化の日の代休
11/5(火曜日)MRIにて脳腫瘍の診断
昨日のコメントにも書きましたが、11/3入院時の病名が「水頭症、脳腫瘍疑い」であるのが事実なら、頭痛と眩暈の原因に少なくとも水頭症が確認されている必要があります。小児はともかく成人の水頭症が診察だけで診断できるとは思えず、入院までに水頭症はある事を確認していたはずです。確認するためには頭部の単純CTが必要です。行なえる可能性があるのは10/30初診時と、11/2再診時です。どちらの方が可能性が高いかになりますが、10/30の初診時が可能性が高いと考えられます。

10/30のCTで水頭症が確認され、脳腫瘍の有無を確認するために11/4のMRIを予約したと考えるのが妥当な流れのような気がします。患者が11/2に再診し、11/4に緊急入院したのは、症状が増悪した可能性と、頭痛と眩暈の原因に脳腫瘍の疑いもある事を聞かされ、その恐怖から11/5まで待てなかった可能性を考えます。

2002年当時の公立病院でも土曜はおそらく休みでしょう。11/2および11/3に時間外受診した患者を診察したのは当直医でしょうし、カルテを見ると水頭症から脳腫瘍を疑っているのは分かるでしょうから、入院時病名として「水頭症、脳腫瘍疑い」として不思議ありません。またこの訴訟では「早期診断」が出来なかった事が争点で、診断自体や見落とされた症状などによる治療の手抜かりは問題とされていない様なので、脳腫瘍は脳脊髄液を産生するタイプのものである事が推測されます。

何と言っても情報が乏しいので推理と推測で事実の間を埋める事になるのですが、成人の水頭症があり脳腫瘍の可能性を疑っている患者のこういう時の治療方針を考える必要があります。症状が切迫していれば、休日であっても検査技師、脳外科医を呼び出して緊急検査を行い、その上で緊急手術が必要なら麻酔科以下手術スタッフを緊急呼集して治療に当たる必要があります。書くのは簡単ですが、それを決断するのは当直医になります。この辺は病院の気風と言うか体制の問題になりますが、脳外科医にコンサルトする段階までは比較的容易ですが、その次の段階はかなりの決断を要すると考えます。

それと初診時からの診療科の変遷を考えてみます。頭痛と眩暈でいきなり脳外科を受診した可能性は乏しいと考えます。一番ありえそうなのは、内科か耳鼻咽喉科で、初診時にCTを行ない、水頭症が発見された時点で脳外科にコンサルトした可能性が高いと考えます。そこから先となるのですが、ありそうなパターンとして、週明けの11/5に精査治療目的で入院とし、入院時には脳外科担当とする経過です。この初診時診療科から脳外科へのコンサルトは診察時間内に行なわれた可能性もありますが、それよりも外来診察終了後に脳外科医を捕まえて話をした可能性のほうが高いと考えます。

なにを言いたいかですが、11/3および11/4の時間外受診時の担当科は、まだカルテ上は初診時診療科であった可能性が高いんじゃないかということです。11/4に緊急入院の判断を行なったのはもちろん当直医、週明けまでの治療方針を決定したのも当直医ですが、入院の判断はともかく治療方針はどうやって決定したのでしょうか。考えられるのは3通りです。

  1. 当直医が自分ひとりで決定した。
  2. カルテ上の担当診療科である初診時診療科に相談した。
  3. 入院後に転科する予定である脳外科に相談した。
どれもありえそうなのですが、経過から考えるとまだ誰も患者の正確な病状を把握していないと考えます。偶然初診時担当科の医師が当直であったり、脳外科医が当直していれば良いのですが、常識的には初診時の医師、11/2の当直医、11/3の当直医と異なっている可能性が高いです。土日の当直医が同一であった可能性も十分ありますが、当直医が得られる情報としては、「脳腫瘍疑いの水頭症、休み明けにMRI予定」であり、それだけなら症状がよほど切迫していない限り入院させても経過観察を基本にすると考えます。言い換えれば症状が切迫しない限り、当直医は脳外科にコンサルトしないだろうという事です。

脳腫瘍は別にして、週末の治療の焦眉は水頭症に対するシャント術のタイミングになるかと考えます。症状の情報が無いに等しいのですが、水頭症がある事を知っていればシャント術の緊急施行の是非が当直医の判断になるかと考えます。この訴訟では水頭症治療の是非は争った形跡は無いので、週末にシャント術を行なう緊急性は無かったのではないかと判断できます。つまり当直医は休日の病院で出来る範囲の最善を尽くしたのではないかと言う事です。

当直医の判断に医学的に問題無しとすれば、話はやはりMRIに戻ります。頭部CTで水頭症を発見し、6日後にMRIで腫瘍を発見した診断手順が遅いか早いかになります。11/5時点で「遅い」の判定であれば、それより早くするには、

  1. 10/30(水)から11/1(金)までの3日間にMRIを行なう。
  2. 11/2(土)再診時から11/4(月)の休み中に緊急でMRIを行なう。
週末3連休中のMRI緊急稼動はよほどの必要性に迫られない限りありえません。連休中の再診、入院後の事については情報が無に等しいのでわかりませんが、推測ですがその時点で判明していた水頭症に対する対応はとくに問題になっている形跡はありません。そうなれば緊急性の無い水頭症に対し、疑いである脳腫瘍の検査を積極的に行う理由がありません。週末にもし問題が残るとすれば、水頭症に対するシャント術が遅れた事になるはずだからです。

そうなれば、訴訟にならないためには、初診時の水曜日から金曜日までの間にMRIを行い、脳腫瘍を発見すれば免責になったという事になります。理想はCTで水頭症を発見すれば引き続いてMRIを行い、その3日間のうちに手術なりの治療を行なえば訴訟にならなかったと考えます。これがもし水曜受診で金曜MRIで翌週手術ないし治療開始であれば訴訟にならなかったかどうかはわかりませんし、訴訟になっても和解金を支払う結末になったかもわかりません。

JBMとして頭痛、眩暈があれば即座に頭部CTがルチーンはもうある程度確立しているようです。そうなると今回のJBMは頭部CTで水頭症が見つかれば、即座にMRIとなりそうです。ついでに言えば間髪をいれずに手術などの治療に移ることも必要です。脳外科は門外漢ですが、水頭症が見つかれば即座に引き続いてMRIは既にルチーンとなっているのでしょうか。

以上はあくまでも推測の上に推測を積み重ねたお話です。また今回の訴訟は和解であって判決ではないのも私なりに理解しているつもりです。ただ勝訴であれ和解であれ訴訟にならないように努力するのが小市民ですし、私は小市民にすぎませんので、この事件の教訓及びこれから派生して考えられる事に、より注意深い姿勢で医療に臨みたいと考えています。