評価できる記事かな

先日は社説を酷評しましたが、論説委員と一線記者では本当に違うようです。10/26付Asahi.comより、

受け入れ拒否、新生児治療室不足が一因 妊婦死亡問題

 脳出血をおこし、8病院に受け入れを断られた東京都内の妊婦が死亡した問題で、病院側が転院搬送の受け入れを断った理由として最も多かったのが、新生児集中治療管理室(NICU)の不足だった。同様の事態は全国で頻繁に起きている。産科医がいたとしても、小児科の施設が確保できない関係で急患が受け入れられない実態が改めて浮き彫りになった。

 当時、NICUが満床だったことを理由に受け入れを断ったのは、総合周産期母子医療センターに指定されている日大板橋病院(板橋区)、地域周産期母子医療センターに指定されている東京慈恵会病院(港区)、そして東京大学病院(文京区)の3病院。

 総合周産期母子医療センター地域周産期母子医療センターは、産科と新生児科医療を一体的に扱う機関。そのなかで、NICUは重い先天的な奇形児や未熟児、重症の黄疸(おうだん)をもって生まれた新生児らを治療するための施設だ。危険がある妊婦を受け入れる場合、新生児に問題があるケースも想定してNICUの病床確保が前提となるという。

 しかし、NICUで治療を受ける新生児は、体重が千グラム未満なら90日、千グラム以上1500グラム未満なら60日、1500グラム以上でも21日間保険が適用されるという具合に長い期間入らざるをえないケースが多い。そのため、ベッドに空きが出にくい状況だ。

 NICU9床がある愛育病院(港区)は今年4〜9月末、受け入れ要請があった117件のうち、77件(65%)を断った。その7割余りがNICUの満床が理由だった。15床ある杏林大学病院(三鷹市)も、ほぼ常時満床のため、妊婦搬送の6〜7割を断っているという。各病院では急患の場合、一時的にベッドを増やすなどしてしのいでいるのが実情だ。

 東京都内では年間10万人の新生児が誕生するため、都は200床を目標に整備を進めてきた。その数字は達成されたものの、早産が増えるとされる高齢出産の増加があり、「都内では300床は必要」と指摘する専門家もいる。

 都内の総合周産期母子医療センター9病院のNICUは現在、計105床。増設計画があるのは昭和大学病院(品川区)と東京女子医科大学病院(新宿区)だけで、今年度から来年度にかけて計6床しか増えない見通しだ。

 なかなかベッド数が増えない背景の一つには、専門医の問題がある。杏林大学病院産婦人科の谷垣伸治講師は「NICUの担当は、小児科医の中でも新生児を診られる医師に限られる。その医師が少ない」という。

 さらに、愛育病院の大西三善・事務部長は「NICUを増やすと、看護師がたくさん必要になる」と話した。保険診療上の施設基準では、3床に看護師1人を配置することなどが求められている。このため看護師増員という問題にも直面する。

評価できるといいながらタイトルの冒頭にある

    受け入れ拒否
これに苦笑せざるを得ないのですが、タイトルは記者ではなく整理部がつけると聞きますから内容を確認してみます。東大も含めて7つの医療機関が搬送を受け入れられなかった原因の一つに、NICU不足があるというものです。ここで報道されている7つの医療機関が搬送を受け入れられなかった理由を確認してみます。ソースはやはりAsahi.comです。

  1. 順天堂大学医学部付属順天堂医院(文京区)


      当日の産科・婦人科の当直医は2人いたが、いずれも別の出産に対応していた。産科・婦人科の計61床も満床で、受け入れは不可能と答えた


  2. 東京慈恵会医科大付属病院(港区)


      ベッド数9の新生児集中治療室(NICU)は満床だったうえ、前日に生まれた双子を管理中で、当直医2人は手が回らなかったという。産科には当直医も2人いたが、破水した妊婦が待機中で「受け入れられるような状況ではなかった」


  3. 日本赤十字社医療センター(渋谷区)


      6床の母体胎児集中治療室が満床なうえ、別の妊婦も搬送されていたため、当直医3人では対応できないとして搬送を断った


  4. 日本大学医学部付属板橋病院(板橋区


      12床の集中治療室が満床で断るしかなかったと説明


  5. 慶応義塾大学病院(新宿区)


      「下痢、嘔吐(おうと)、頭痛の症状がある」という医師の言葉を聞いて感染症の疑いがあると判断。産科の個室の空きを確認したが埋まっていたため、受け入れられなかった


  6. 東京慈恵会医科大学付属青戸病院(葛飾区)


      もともとリスクの高い新生児の対応ができないうえ、当日は脳外科医の当直医が不在だったと説明


  7. 東京大学病院


      、「他の病院から胎児に発育遅延があるという情報があり、新生児集中治療室(NICU)が必要と判断した」という。だが9床全部が埋まっており、受け入れられなかった

たしかにこの記事にある日本大学医学部付属板橋病院、東京慈恵会医科大学付属青戸病院、東京大学病院はNICUに空床がなかった事が原因となっています。日本赤十字社医療センターの表現も微妙ですが、これもNICUも無かった事が理由にされているようにも読めます。ここで搬送元と搬送先の情報伝達の齟齬問題は詳細が分からないので置いておきます。

現在のNICUの東京の病床数は

都は200床を目標に整備を進めてきた。その数字は達成された

東京には200床のNICUがある事がわかります。このNICUの病床数の目安ですが、日産婦誌56巻9号に3.ディベート 2)成育限界を考える(2)我が国の現状から考える―新生児医療の視点で―には

1床あたりがカバーする出生数が300〜500

こうなっており記事に東京の出生数が10万人となっていますから算数が可能となり、

    東京の必要NICU病床数 = 200〜333床
ここから東京都が整備目標にしたのは出生500人に対し1床の計算であった事がわかります。この数字が他の道府県と較べてどうなのかになりますが、都道府県別にみた分娩を実施した施設の状況・新生児特定集中治療室病床数という調査があります。2005年9月の調査なので少し古いですが、このデータからNICU1病床でカバーできる出生数を500人とした時の都道府県ごとの必要NICU病床数を算出できます。全部掲載すると長くなるので不足している都道府県分を出してみます。


都道府県 年間出生数 NICU病床数 病床当り出生数 不足NICU病床数
愛知 67110 98 685 37
埼玉 59731 97 616 23
広島 24740 30 825 20
千葉 50588 87 581 15
栃木 17363 21 827 14
佐賀 7508 3 2503 12
石川 8973 6 1496 12
滋賀 12899 15 860 11
宮城 19326 30 644 9
熊本 15645 24 652 8
福井 7148 9 794 6
山形 9357 14 668 5
東京 96542 189 511 4
秋田 7697 13 592 3
群馬 17134 32 535 3
鳥取 5012 8 627 2


まずわかることは2005年9月時点で189床だった東京のNICU病床数が11床増えて200床になった事がわかります。これはもう少し増えているかもしれません。それと首都圏に属する埼玉、千葉、栃木、群馬が不足している事もわかります。東京は出生数500人基準のNICU病床数は既に満たしたようですが、他の県のその後の情報は残念ながら入手できていません。このNICU病床数自体の評価ですが記事では、

早産が増えるとされる高齢出産の増加があり、「都内では300床は必要」と指摘する専門家もいる。

なかなかよく調べているので記事としては合格点かと思います。ただ注文を付ければもう少し視点を広げて欲しかったと感じます。実はそこまで指摘するのが良いのか悪いのかも悩んでいるのですが、記事は一つの結論として「東京でも不足している」です。どういう観点で不足しているかといえば、東京妊婦脳出血死亡で3つの医療機関が「NICU満床」を理由に搬送を受け入れられなかったからです。これを4つにしても良いかもしれません。

しかしよく考えてみれば墨東病院も含めて5つの医療機関NICUの受け入れ余力があったとも取れます。もちろん記者もその辺は抜かりなく

 NICU9床がある愛育病院(港区)は今年4〜9月末、受け入れ要請があった117件のうち、77件(65%)を断った。その7割余りがNICUの満床が理由だった。15床ある杏林大学病院(三鷹市)も、ほぼ常時満床のため、妊婦搬送の6〜7割を断っているという。各病院では急患の場合、一時的にベッドを増やすなどしてしのいでいるのが実情だ。

愛育病院杏林大学病院の例を挙げてNICU病床不足の補足説明としています。記者があげた2つの病院はNICU病床不足で多数の入院が出来なかったのは確かですが、病気の性質からしてどこか他の都内のNICUに入院できたと考えるのが妥当です。入院しないという選択はありえないですし、東京周辺の県のNICU事情は東京以上に良くないですから、他県に搬送は数少ないと考えます。

NICU病床整備の観点の問題ですが目標として、

  1. 都内のどこかのNICUに入院できれば合格点
  2. 最初に希望したNICUに必ず入院できて合格点
都内のどこかと言うことであれば今回の事例でも合格点です。もちろん「どこか」という前提であるため、時に東京都内を横断するような搬送が行われる事も出てくるでしょうが、それでも合格点という事になります。一方で最初に希望したNICUにと言う事になれば必要NICU病床数は全く違うものになります。記事で例としてあがっていた愛育病院杏林大学病院に「必ず」入院できるようにするためのNICU病床数を考えるだけで分かるかと思います。つまり整備目標をどこに置くかで論点はかなり変るという事です。

そこまで考察せよと言うのは贅沢すぎる要求かもしれませんが、よく勉強されている記事なのであえて付け加えてみました。

ただし、これが意図的に漠然と足りないを強調したのであれば非常に素晴らしい記事になります。東京を含む首都圏の医療事情はよくありません。周産期医療はとくにかもしれませんが、他の診療科の医療事情もよくありません。東京が非常に良さそうに思われるかもしれませんが、データ上は東京だけがマシであって、他の首都圏の医療事情は逼迫しています。埼玉が典型なのですが、比較的マシな東京におんぶに抱っこ状態です。他の首都圏でもそれに近い状態です。

記事では高齢出産による早産を東京のNICU逼迫の主要原因としていますが、他に重要な事として周辺他県からの流入もあります。東京が倒れれば首都圏共倒れの構図が確実に出来上がっています。医療事情の改善は口では唱えられていますが、どこも遅々として進んでいません。理由は単純で東京以外の首都圏では医療を整備するにも金が無いからです。唯一財政に余裕があるのが東京で、東京にこの件をキッカケとして大規模なNICU整備をさせようと狙っているのなら唸るほど感心します。