この程度はもはや小ネタか

少なくともこのブログを書き始めたころは医療ネタが少なくて困っていました。小児科医と謳っているので医療関係の話を中心にしようと思ってもネタが乏しくて、時事ネタがほとんどを埋めていたと思います。それはそれで楽しかったのですが、今や書ききれないぐらい湧いてきます。とくに奈良事件頃より某新聞社が異様に力を入れて報道してくれるものですから、やはり言い分があれば言っておかないと「黙認」されたように思われるので触れます。

2006年11月23日毎日新聞東京朝刊より、

損賠訴訟:人生の最期、家族と過ごせず 術後管理ミスで死亡、1300万円賠償命令
 ◇大腸がん余命6カ月、術後管理ミスで死亡

 手術をしても余命約6カ月の大腸がんと診断され、術後7カ月に別の病気で死亡した女性(当時71歳)の遺族が「別の病気で死んだのは術後管理のミス」として、病院側に約4500万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は22日、約1300万円の支払いを命じた。女性はほぼ診断通りの余命だったものの、藤山雅行裁判長は「ミスがなければ人生の最期を自宅で家族と過ごすことができた」と慰謝料請求を認めた。

 判決によると、女性は01年5月、岡山市にあるこの病院で大腸がんの摘出手術を受けた後、栄養補給用のカテーテルを右の鎖骨付近に約1カ月挿入したままで感染症にかかった。担当医がカテーテルを外さないミスをしたため、敗血症を発症して同12月に転院先で死亡した。一方、余命約6カ月と診断されていたことから逸失利益や葬儀費用の請求を退けた。【高倉友彰】

毎日新聞 2006年11月23日 東京朝刊

医療訴訟に詳しい医師ならよく御存知の新聞と裁判長の黄金コンビによる報道です。解説するのもウンザリするのですが、いつも通りの作業を行ないます。まずこの短い記事で事実と考えられる事を抜き出します。

  1. 71歳の女性が大腸癌の手術を行なった。
  2. 術前から余命6ヶ月の宣告があった。
  3. 術後7ヶ月目にCV感染が原因と疑われる敗血症で死亡したとの判決があった。
まず診断、手術までの経過には争点は無い様子で、争点は中心静脈カテーテル(CV)管理と考えて良さそうです。これもほとんど情報が無いので基本的に分析しにくいのですが、問題を起こしたCVは死亡の約1ヶ月前に挿入された事だけは分かります。記事を額面どおりに解釈すれば、このCVは栄養補給用との事であり、栄養補給用のCVが必要になったという事は、患者は少なくとも死亡の約1ヶ月前から十分な栄養を経口から摂取できない状態であったと考えられます。

他の全身状態についての情報は皆無ですので、約1ヶ月前のCV挿入までは比較的元気であったのか、それともそれ以前から体調を崩し何回目かのCV入れ替えであったかはわかりません。術前の余命予測はあくまでも予測ですが、6ヶ月とされての7ヶ月目ですから状態は末期症状に確実に向かっていたと考えるのが妥当です。

担癌状態で末期となれば体調は見る見る衰えます。見た目もそうですが感染への抵抗力も低下していきます。たんなる「風邪」が容易に増悪し肺炎を引き起こして死亡なんて事もありふれた風景です。この患者が術後7ヶ月の時点でどれほどの病巣が拡がっていたかは分かりませんが、あの裁判長でさえ患者の余命を延長して判決を考慮していないわけですから、かなりの状態であったことだけは推測できます。

ここでCV感染が本当に死因であったかどうかの判断は情報不足で不可能です。ただCV感染があったことだけはおそらく間違いないと考えます。もしCV感染が死因とするならば、どのようなチェック体制であったのか、そのチェック体制でどの程度見逃していたかが医学的には問題なんですが、これだけの情報ではさっぱりわかりません。

それとCV感染はいかなる管理をしようが100%防ぐ事は不可能です。CV管理の基本はできるだけ感染を起こさないように管理することと、早期に感染を発見して適切に対処する事です。そのためCVを設けた時、そこからの感染は要チェックポイントの一つです。要チェックポイントではありますが、CV感染を見つけ出すのはそれほど容易な時ばかりではありません。刺入部が発赤していれば包交時に発見は容易ですが、しばしば刺入部は外見上、問題を呈さないことがあります。CV管理中に感染を起こし、あれこれ治療をしても効果が上がらず、外見上は問題な無さそうなCVを抜去する事で改善すると言う経験は、CV管理をした事のある医師なら経験はあるかと思います。

CV管理で手落ちが医療側にあるとして考えられる事は、

  1. 包交間隔が医学的常識を超えて長かった。
  2. 刺入部の変化を見逃した。
  3. CV感染を疑い抜去する時期を逸した。
記事の経過からCVを挿入したのは手術した病院であり、死亡したのは転院先となっています。いつからCV感染があったかが問題になるのですが、記事を読むとどうやらCVを挿入した病院に責任を問うているように読み取れます。どう読んでも転院先の病院の責任であるように読めません。

そうなるとCV感染はCVを挿入した病院で発生している事になります。問題のCVの挿入期間は約1ヶ月、どの時期に患者が転院したかはわかりませんが、転院前のCV感染による敗血症で転院後の病院で死亡した事になります。転院時期としてありえる推測として、CV挿入後の、体調がそれなりに保たれている時期の転院の可能性が高いと考えます。少なくとも敗血症治療の真っ最中に転院する事はありえないと考えます。

判決でCV感染を指摘しているぐらいですから、敗血症の治療中にCVを抜去し、細菌培養により感染は確認していると考えます。CVを抜いたのはこの判決を読む限り敗血症発生後の可能性が高いですし、そうなると転院後の病院という事になります。ここで転院時にまったく感染の徴候が無かったのであれば、転院前の病院の責任は無いはずです。ところが転院前の病院に責任があるとしているので、転院時にすでに感染の徴候があったか、転院時の確認で外観上からもわかる刺入部感染が認められたかになります。

転院前の病院に責任が生じるとすれば、転院時には患者の全身チェックは行なわれるはずですから、その時点での外観上の刺入部感染見逃しだけだと考えます。その時点でたとえ感染の徴候があったとしても、外観上で刺入部に変化が無ければ即座にCV感染と結びつけての抜去が治療の第1選択とは考えられないからです。

敗血症発症が転院先で起こり、発症後にCV抜去が行なわれた仮定にたてば、転院前の病院が責任を問われる可能性としては、転院前から感染の徴候があり、なおかつ転院時に刺入部の変化が認められた場合のみと考えます。CV管理の基本は上述したとおり、常にCV感染の可能性を念頭に置くものですから、感染の徴候があった時点で刺入部確認はより十分に行なわれているはずです。これが不十分であればa.ないしb.の理由で責任を問われても今の御時世ですから仕方が無いかもしれません。

c.が成立する前提としては転院前の病院で敗血症になっている必要があります。刺入部の外観上に変化が無くともCV感染はありえます。ある程度治療を行なった段階でCVが疑われた時には抜去します。ただ成人と小児では感覚が異なるかもしれませんが、CVはそんなに手軽に刺し替えられるものではありません。貴重な輸液ラインですから、真っ先にまず抜去と言うより、他に手を尽くしてから最後の手段として抜去が常識的な対応と考えます。

また転院前の担当医は敗血症治療としてCV抜去の選択をせず、転院先の病院でCV抜去が行われた事になります。そうなれば敗血症治療の真っ最中に転院した事になります。そういう事が成人のターミナルではしばしばありうる事なのかは少々疑問です。

責任を問われているのは転院前の担当医ですから、CV感染で責任を問われる可能性としては、

  1. 転院前から感染の徴候がありなおかつ刺入部の変化を見逃した。
  2. 転院前から敗血症があり、その時にCV抜去のタイミングを逃した。
この2つぐらいしか思いつきません。1.ならCV管理の基本を怠っている事になり、訴えられて敗訴するのも理解は可能です。2.となれば微妙です。仮定、仮定となってしまいますが、どの程度の期間敗血症治療を転院前の病院で行なっていたかが問題となります。それなりの期間行なっているのであれば、CV抜去の時期が遅れたことに責任を問われる可能性も出てくるかと思います。

出てはきますが、患者の状態は担癌状態の末期です。CV感染でなくとも他の原因での感染の悪化の可能性はいくらでもあります。CV感染の可能性とCVラインの貴重性を天秤にかけると判断は非常に難しいものがあります。それを結果論で問われるのは非常に辛いところがあります。さらに言えば、末期状態の患者が敗血症になればCVにも感染が及ぶ事は十分に考えられます。必ずしもCV感染から敗血症と言う考え方ばかりではなく、敗血症からCV感染も併発した可能性は十分あるかと考えますし、この両者を明確に分ける方法は無いのではないかと考えます。

いつもの事ながら情報不足で要になる事はほとんど分からないのですが、末期癌の患者が敗血症になりCV感染があれば敗訴するようです。この記事を読んだ私も「真相を知りたい」ので、是非上告して争って欲しいと思います。