なるほど

昨日素朴な疑問として書かせて頂いた質問に、匿名産婦人科医様より適切な解答を頂きました。私の素朴な疑問とその解答を少しだけ要約して並べます。

  1. 陣痛発作による失神なんてありふれたものなのか。(他に考えるもっと有力な原因はあるのか)


    「失神」というのがまた医学的とは思えないあいまいな用語ですが、意識朦朧の状態は分娩中なら良くあることです。他に所見がなければ(そして児心音が正常なら←これポイント)、一過性の脳虚血とか、そういうものを考えるでしょうね。最初の段階でマグネゾール静注(これは子癇が起こったら瞬時に投与しなくてはならない)していないのが、それほどの意識消失に見えなかったことを示しています。いったん当直室に戻ったという事実からも、「分娩中にはよくあること」そんな感じだったのではないでしょうか。


    御指摘の通り「失神」という言葉のイメージが独り歩きしていたと思います。「頭痛を伴う突然の失神=脳出血」のイメージがどうしても連想されそうなんですが、陣痛が起こる中で頭痛を訴えても不思議ありませんし、分娩中に失神ではなく意識朦朧状態に陥る事は十分考えられる事です。発生時刻も午前0時ですから、眠たくなる時間でもあります。分娩中に意識朦朧状態になり、そのまま眠っている状態と考えてもそんなに不自然とは思えません。


    またこの判断を産科医は電話指示で済ませたわけではなく、わざわざ内科当直医まで呼び出して一緒に異常はないか確認したわけですから、この判断はこの時点では最善を尽くしていると私は思います。


  2. 子癇前症であるとの説もあるが、この時期に子癇を疑ったときのもっとも適切な処置は。(この時点で即搬送判断をするべきものなのか)


    一人医長の病院で子癇なら即搬送です。これを見誤ることはないでしょう。頻度はかなり少ないです。ただし分娩中脳出血よりははるかに多いです。


    これもこの事件で論議になっている、「子癇なら母体優先で即分娩中止」への広い意味での回答になっているかと思います。母体優先、分娩中止は原則でしょうが、出来れば母体も子供も救いたいのが人情です。両方救命したいギリギリの努力の中で、究極の選択として母体優先があるように私は思います。ギリギリの努力をするためには設備人員が整っている施設で治療を行なわなければなりません。担当医は61歳(そういう情報です)のベテラン産科医であり、長い経歴の中で1回も遭遇した事が無かったとは思えません。ここでも繰り返しますが、自分の目だけではなく、内科医の目からの確認も要請しているのですから、この時点で子癇および脳出血を疑う可能性は非常に低かったのではないかと考えます。


    「子癇前症」(Preeclampsiaの直訳)は現在の妊娠中毒症妊娠高血圧症候群のことで、子癇との関連は疑問視される現在、死語となっています。今回も高血圧の所見はなかったのとのことですので、お使いにならない方がよいでしょう。


    これも専門医の実感のこもった言葉です。ネット上で医者が参加している論議で子癇前症との関連が取り沙汰されていましたので、引っかかっていましたが、子癇前症という言葉が産科臨床では死語になっているのは勉強になりました。

小児科医の知識ではモヤモヤしていた事柄をスッキリとさせて頂きました。やはり餅は餅屋ですね。もちろんこの夜の真相は漏れ出た情報の推測段階ですし、これ以上の何かがあった可能性を否定はできません。それでも知り得る情報を分析する限り、産科医が行なった判断に過失があったとは現時点では思えません。

産科医に過失無しはネットの議論に参加している医師では大勢となっています。脳出血を疑いCTを撮るべきであったと主張する医者も、当時の病院の医療体制を考え、ベストとは言えないものの結果としてベターではないかと考えています。この夜の判断は非常に高度かつ重大な判断を要求されるものであり、また判断に当たる医者が脳出血に縁が薄い産科医と子癇に縁の薄い内科医(脳外科医がいても子癇には縁が薄い)なのです。とはいえ治療には判断と決定が必要であり、選ぶべき判断は可能性が高い方を選択するのが妥当な判断であるといえます。

ところでネットは自由に物が言えるところです。自分が信じる事、考えた事を自由に主張しても良いところです。そういう意味で私が産科医に罪無しと主張する自由はあると考えます。一方で産科医に過失ありと主張される人々もいます。かなりの酷評もあり、医者として心が痛むものも数多くあるのは確かです。ただしそれも自由です。一般の非医療関係者が結果としての死の責任が医者にありと考える事も許されるからです。

ただしネットは自由に意見を主張しても構いませんが、その主張の根拠に反論があればこれも自由に反論できます。ネットはそういう時代になっています。とくに荒唐無稽に感じられるものなら、多くの反論が寄せられる事があります。少し話がずれますが、医者の議論は一般の方々が考えられているより遥かに辛辣で厳しいものです。学会発表という公式の場で、面と向かって痛罵されることも珍しい風景ではありません。

そういう意味で医者になる君へ、医者になった君へでの議論は興味深いものです。良ければのぞいて見て下さい。とくに医療関係者の皆様には興味深い内容かと思います。私の感想は、基本的にそこの管理人が医者かどうかから興味が湧く内容です。医学的主張もそうなんですが、議論の進め方が医者らしく無い様に感じます。よければ暇つぶしにどうぞ、