結婚だって近いところまで行ったのはあったのよ。まずは信夫だ。馴れ初めは合コンからだけど、なんとなく気が合って、告白、交際と進んで、同棲をどうするかになってた。ここでなんだけど信夫は結婚を完全に視野に入れてた。
渚もそうだったのは良かったけど、話がいきなり飛んだんだ。この段階なら同棲からプロポーズをどうするかを考えるだろ。だけど信夫は結婚のその次を持ち出したんだ。なんと結婚後の新居だ。
渚もそこまで真剣に結婚を考えてくれたのは嬉しかったけど、新居となると購入資金をどうやって貯めるかになるじゃない。だったら同棲して家賃をまず節約しようぐらいの話になるかと思ってたんだ。
食費や光熱費も別々に住むより安くなるよね。ステップとしてはその辺からと思ったのだけど、信夫はそれさえ飛び越えたんだ。なんと同棲で一つ屋根の下に住むのさえ手ぬるいって言い出したんだよね。
信夫の提案は親との同居だった。おカネだけで考えれば一番節約にはなりそうだけど、まだ結婚どころかプロポーズもしてないじゃない。だけど信夫は新居の購入にこだわったのよね。渚だって結婚となれば新居を考えたし、信夫の語る新居の夢に浮かされた。
『結婚してから親と同居して新居の購入資金を貯めるのはよくある話だよ』
よくあるは言い過ぎだと思うけど、渚の友だちにもそんなのはいたんだ。信夫の提案はそれを前倒しにしようぐらいだったんだ。今から思えば結婚熱に浮かされたのだと思うけど信夫の提案に乗っちゃったんだよ。
なんかバタバタって感じでプロポーズから親への挨拶に雪崩れ込み、婚約状態で親への同居になってしまったぐらい。そりゃ、親との同居に抵抗はあったけど、信夫にあれだけ勧められたから、ま、いっかぐらいだったな。
渚だって嫁姑戦争の話ぐらい聞いてたけど、信夫の姑はだいじょうぶそうだったから、新居の購入資金のためと割り切ったぐらい。そんなにどこでも嫁姑戦争が起こる訳でもないぐらいに楽観してたのもあった。
でもって同居生活が始まったのだけど、姑はクソに豹変しやがった。そりゃ、もうってぐらいのゴチゴチの嫁扱いだ。家事全般を丸投げしやがった上に、
『嫁のため』
顔を会わせてる間は小言と嫌味のオンパレード。その挙句に、
『仕事は辞めろ』
あのねぇ、なんのための同居なんだよ。新居の購入はどうするんだって信夫に文句言ったのだけど、
『別に新居を無理して買わなくても、この家に住めば良いだけじゃない』
それこそ、はぁの世界だ。これって渚を騙して同居させたいだけなのかって問い詰めたんだけど、
『そんなもの早いか、遅いかだけの話だ。そのうちお母さんや、お父さんの介護だって必要になるから、今から同居するだけじゃないか』
それこその大喧嘩になった。あんな嫌味クソ婆のお世話なんて、何が悲しくてやらにゃならん。断固反対で頑張ってたら、信夫は踏ん反り返って、
『こんな事ぐらいで嫌がるようなら、結婚してやらないぞ』
まさしくドヤって感じ言い放ったんだよね。これさえ出せば渚はぐうの音も出ないだろうって顔に書いてあったぐらい。こいつはアホだと良く分かった。そりゃ、信夫は愛してたし、結婚だってしたかった。
とは言えだ、別に赤の他人の姑の下女になる気はゼロだ。これだってさ、せめて婚約期間の同居中ぐらいは猫被りそうなものじゃない。いわゆる籍を入れて逃げられなくなった時点で牙を剥くパターンだ。
まだ婚約状態で本性を剥き出しにして、それを渚が受け入れるって信じて疑わない姑もアホだ。アホ親子の茶番に付き合う義理は渚にあるはずもないから、
『じゃあ、婚約解消ね。さようなら』
荷物抱えて実家に帰ってやった。でもね、あの時に勉強させられた。オレに惚れた女は絶対に折れて来ると言うか、縋り付いてくるはずの根拠の無い謎の自信を持つ男がこの世にはいるんだって。もう婚約は解消したって何度言っても、
『今夜のメシはどうするんだ』
『今ならまだ許してやるから、謝りに来い。渚が誠意を見せれば母さんだって考え直してくれる』
この手のメッセージとか電話の嵐にゲッソリさせられた。合コンが馴れ初めだから共通の友人や知人もいたのだけど、そこにもある事ないこと言い触らし、最後は弁護士まで入ってもらって半年ぐらいかかったかな。
信夫にはウンザリなんてものじゃなかったけど、なんとかケリがついてから次の恋人が出来てくれた。あそこまで親との同居にこだわりまくるというか、そのために手段を択ばずと言うか、既成事実を作り上げれば勝利みたいな男は珍しい気がする。
その点は教訓にして選んだよ。条件は悪くない男だったし、見栄えも良かった。出会って、気が合って、話も合って、盛り上がって、告白されて交際までは型通りだ。けど克也も大ハズレ男だった。
理由は性格の不一致になるだろうけど、あんな男と性格が一致する女なんているんだろうか。ハズレ男ぶりが露呈したのは告白を受け入れて深い交際が始まってからになる。とにかく食い物に卑しいのよ。
いわゆる一口頂戴系なんだけど、あれって人が頼んだものに対する要求が無暗にデカくなるタイプだ。たとえば、渚が天丼、克也がカツ丼なら、渚のエビ天に対する欲望が抑え切れなくなるタイプとすれば良いだろ。と言うかさ、同じ天丼食べてても、渚のエビ天が無性に食べたくなるのだから始末に負えなかった。
その点を除けば、容姿も年収も合格点だったから、あの時はそこをなんとかすればと思っちゃったのよね。忠告をすれば聞いた風なフリだけをするけど、三日もすれば元通りの繰り返し。
今から思えば、あの辺で別れときゃ良かったのだけど、最後の手段に出たんだ。たいした事じゃないけど、やられた事をやり返しただけ。克也の一口頂戴って、断りもせずに問答無用でいきなりかっさらうんだよ。それで怒っても、
『これは盗ったんじゃなくて恋人同士でシュアしただけ』
そうやってヘラヘラ笑うだけ。それもだぞ、味見程度じゃなくてゴッソリって感じで盗って行きやがる。ならばと克也のを黙ってゴッソリ一口頂戴をしただけ。そしたら、どんだけ怒った事か。
『何しやがる。これはオレの分だ。なんて卑しい奴なんだ。渚がそんな最低な女だとは思わなかった』
そう、自分がするのは当然で、他人にやられたら絶対に許せないオレ様主義のジャイアン以下の男だってこと。大喧嘩になって別れたけど、あの男も復縁要請がしつこくてゲッソリさせられた。
信夫も克也も真剣に結婚を考えてたんだ。けどさぁ、嫌味婆との同居の鬼と、卑しさの塊の一口頂戴男だぞ。いや、あれは一口頂戴どころか食い尽くし男でもあるだろ。誰があんなハズレ男と結婚なんかするもんか。
でもね、これだって経験ぐらいにあの時は思ってた。こんな経験はやりたくもないけど、やってしまったものは仕方がないし、なんて言うかな、これを糧にもっと良い男をゲットするぞのモチベーションにしようと開き直ったぐらい。
そう考えて選びに選んだはずなのが次の男だ。ハズレ男二人で時間もだいぶ費やしてしまったから、今度こそって確信してた。