ツーリング日和20(第2話)覚醒

 結婚って恋人関係とは違うのもすぐにわかったかな。恋人関係って見ようによっては当人だけの世界だ。同棲までになれば少しは違うけど、基本はそうで良いはず。だけど結婚となると余計なオマケが付いてくるのはすぐに思い知らされた。

 大昔ほどじゃないにしろ、夫婦になれば夫の親族が親戚になる。とくに夫の両親の存在は大きくなる。夫にしたら実の親だから結びつきはそりゃ深いし、大きいもの。この辺はマナミも親との関係がそうだから理解は出来る。

 だけどね、この義理の母親、姑って呼ばれる存在は時に厄介極まるものになるのは聞いたことぐらいはあった。もちろん全員がそうじゃないし、そうでない姑の方がきっと多いはずだ。だけどどっちに当たるかはロシアンルーレットの世界じゃないかな。

 夫にもフラグの兆候だけはあった。一人息子なんだよね。とはいえ、この少子化の時代だから、一昔前みたいに長男を避けていたら選択肢は狭くなるじゃない。ましてやあれだけ捕まえにかかってようやくゲット出来たぐらいだもの。

 結婚までの経緯も喜ばれていないのは丸わかり。これは仕方がないかも。とにかく出来ちゃっただし、絶対に産むって頑張った結果だもの。あれを大歓迎しろは無理があるものね。それでも結婚までしたのだから、そんなものは帳消しになると無邪気に思い込んでたところは確実にあった。

 そりゃ、なんだかんだと言っても姑だって結婚を認めてるもの。マナミだって姑とは上手くやろうと思ってた。別に喧嘩したい相手でもないもの。新居は義実家の近くだった。これはお互いの仕事場の関係もあったからそんなものだぐらいに思ってた。

 だけどね、距離が近いと姑はすぐに突撃してくるのもわかってしまった。つうか連日みたいにすぐになった。それでも仲よくしようとはしたのよ。姑だって最初は喧嘩腰じゃなかったもの。

 ただ妙なこだわりがあった。出来ちゃった婚だから出産までカウントダウンに入ってるようなものだけど、出産と言うか、出産法にとにかくウルサイんだ。まずマナミが産科にかかってるのが気に入らなかった。

「あんなところで産むなんて自然の摂理に反します」

 はぁ、てな主張だったけど、あの時は角を立てたくなかったから、姑御紹介の助産院に変わった。マナミにしたら大丈夫かいなってところだったけど、それで姑の機嫌が良くなるなら、まあエッかぐらいだったのは白状しとく。

 でね、妊娠週数が深まった時に事件が起こったんだ。出血が止まらなくなったんだよ。助産師はあれこれやってたけどお手上げになったみたいで、産科に行かされた。そこであれこれ検査したら産科医の顔色が変わっていたのをよく覚えてる。

「すぐに中央病院に搬送します」

 救急車が呼ばれて市内でも一番クラスのところに緊急入院になった。緊急入院どころか、そのまま緊急手術になったんだよ。たしか前置なんたらと言ってたと思うけど、

「母子ともに危険です。最悪のケースもありえます」

 手術中は麻酔で寝てたから後から聞いた話だけど、手術室はまさに血まみれの修羅場だったそう。マナミの出血がどうしても止まらず、あらゆる手段を総動員したぐらいで良いと思う。お医者さんたちが大奮闘してくれて、母子ともに無事だったのは感謝してる。

 だけどね、緊急手術は乗り越えられたけど、マナミの産後は良くなかった。これもあれこれ説明はあったけど、要約すると術後トラブルのオンパレードだったで良さそうだ。だって再手術まであったもの。

 なんだかんだでマナミの入院は三か月になったんだ。子どもの方はあれだけの修羅場だったけど軽症だったみたいで先に退院してた。それは良かったのだけどマナミが入院している間に姑はクソ姑になり、夫はクソ夫になりやがったのはわかっていった。まずやられたのは、

「お母さんと同居するからね」

 これは相談じゃなく通告、それも事後通告だったんだ。だって既に新居を引き払い、クソ夫と子どもはクソ姑と同居してるんだもの。ちなみに舅は結婚の一年前に死んでるよ。

「お母さんも一人で寂しかったし、マナミの状態じゃ子育てだって出来ないだろ」

 うむむむ。体調は退院こそスケジュールに乗ってるけどガタガタだった。こんな状態で子育てするのはハードなのは理解するけど、だからと言って相談もなしに同居を事後通告はないだろうが。

 モヤモヤがテンコモリだったけど、退院しても行き先がそこしかないから義実家に行ったよ。医者からは退院してもくれぐれも養生してくれって念を押されたけど、義実家はそんなところじゃなかったんだ。いきなりかまされたのが、

「ああなってしまったのは、最初から助産院にかかってなかったからだ」

 違うでしょうが。あの助産師が前置なんたらを見逃したからだ。

「だから帝王切開になってしまった。あんなもので産んだら母親失格」

 どこから産んだって変わりはないし、あの前置なんたらで自然分娩なんてやらかしたら母子ともに死んでたと医者も言ってたじゃないか。それぐらいはクソ姑も一緒に説明を聞いていたはずだけど、そんなもの都合よく忘れる人だってこと。

 そこからは絵に描いたような嫁イビリの暴風雨が吹き荒れた。嫁イビリのメカニズムというか、クソ姑の不抜の信念みたいな論拠だけど、姑は問答無用で嫁より立場が上がある。それも姑が女王様ぐらいで、嫁は下女ぐらいの差だ。だからだと思うけど情けも容赦もあったものじゃなかった。

 そこで反撃としたかったけど、とにかく体調がガタガタなんだよ。こういう時ってメンタルも大事のはずだけど、あれだけ嫁イビリ、嫌味、さらには暴言の嵐の中ではこっちの気力が萎え果ててしまった。

 ああいうのを心が折れるって言うのかもしれない。言われるがまま、やられるがままのサンドバック状態にされてしまったもの。なんか夢遊病状態だったし、いっそ死んでしまいたいぐらいは頭に浮かんだけど、自殺するにも気力がいるのだけはわかったかも。

 あの頃のマナミは死にたいぐらいは思ったけど、死ぬ気力さえ奪われていた感じだったものね。そんな状態だから仕事も辞めざるを得なかったけど、辞めたら辞めたで、

「穀潰しに食わせてやってるんだから死ぬほど感謝しなさい」

 これぐらいは朝の挨拶ぐらいで言われまくられてた。そんな状態で五年も過ごしたのは今でも信じられないぐらいだよ。それでも五年もすれば体力は戻って来てた。そんな時にマナミを目覚めさせる事件が起こった。

 クソ夫のスマホはロックがかかっているのだけど、トイレに行く時に開いたままで行きやがった。みるとゲーム途中だったみたいだ。そこで前から気になっていたものを確認してやった。

 あははは、出るわ、出るわだ。生々しいやり取りはもちろんだけど、モロの画像どころか動画まで撮っていやがった。だよな、浮気をやっていないはずがあるものか。だって結婚してからパーフェクトレスだぞ。

 この時に心の底から怒りが湧いてくるのがわかった。怒りってすんごいパワーだってよくわかったもの。そこでやっとこさ、

「離婚してやる!」

 こっちに頭が回ってくれた。だけどね、そっちになかなか頭が回らなかった理由もあったんだ。離婚を考えた時の常套手段で実家に帰るってあるじゃない。なんだかんだと言っても一番信用できて、頼もしい援軍じゃない。その実家なんだけど既に消滅してたんだ。

 あれは結婚三年目だったけど、旅行に出かけた両親が高速道路のトンネルで事故に巻き込まれてそろって天国に行っちゃったんだ。ニュースにもなったけど、トンネル内で火災が発生して死者多数ってやつ。

 両親がいなければ親戚を頼る手もあるけど、マナミも一人娘だし、叔父さんや叔母さんだって遠方も良いところ。そのうえ理由は良く知らないけど両親と仲がすこぶる付で悪かった。祖父母も同上だ。

 だけどさ、さすがに一人で戦って離婚するのは大変過ぎる。そこで思いついたのはサヤカだった。サヤカは家が近所だったし、保育園から小学校まで同じの幼馴染だ。もっとも中学からは別だったからその点に自信が無かったけど、とにかく連絡してみた。

 連絡先が昔のままで変わってなくて助かった。変わっていたらどうやって探し出すかで途方に暮れそうだったもの。サヤカと電話がやっとこさ繋がってくれて、あれこれ事情を話しかけたのだけど、

「とにかく会って話を聞く」

 ファミレスで待ち合わせして話したのだけど、

「離婚しかない。それもタダの離婚で済ませるものか。目にもの見せてやる」

 烈火の如きってあんな感じかもしれない。あんなに怒っているサヤカを初めて見たかもしれない。サヤカはそこからすぐさま弁護士に連絡を取ってくれた。よくそんな知り合いがいるものだ。そうそう、弁護士となると費用が気になったのだけど、

「尻の毛まで毟り取ってやるから心配無用」

 おお怖い。