ツーリング日和20(第3話)離婚大作戦

 それから日を改めてマナミに連れられて弁護士事務所に相談に行ったのだけど、

「わかりました。ですがそれには作戦が必要です」

 離婚するだけなら離婚届を役所にすれば終わりだけど、あれはクソ夫のサインが必要だし、狙っているのはクソ夫が有責の離婚だ。そりゃ、浮気してるからね。その証拠だってクソ夫のスマホにたんまりある。

「それでは証拠として弱くなります」

 どういう事か聞いたら、相手から慰謝料まで取るのなら半端な覚悟じゃ無理みたい。

「離婚訴訟になっても勝てるだけの準備と思って下さい」

 つまりは訴訟並みの準備と気構えがいるんだって、

「そうですね、言葉の戦争に勝たなければなりません」

 おカネがかかるとそこまでになるのか。とにかくなんでもありの世界になるらしくて、あっちだって弁護士を立てて来るぐらいは当たり前で、法にさえ触れなければいかなる手段も平気で使うらしい、

「スマホのデータぐらいはすぐに無かった物にされます」

 データを消去されても復活させる方法はあったはず、

「それをするにはそのスマホを手に入れる必要があります。これは本人の同意がないと出来ません」

 そんなぁ、と思ったけどこれは民事だって言うのよ。民事に対して刑事があるけど、そっちなら警察に強制力が生じるらしいけど。民事は同格の個人同士が争うからそういう強制力はないそうなんだ。

 それだったら、えっと、えっと、目に見える証拠と言えば・・・そうだラブホの写真だ。浮気調査の定番中の定番だ。

「それは必要ですからぜひ欲しいところです。自分で撮られますか」

そんな探偵みたいなことは無理だよ。

「ならばこちらで興信所を手配させて頂きます」

 それからクソ夫の行動パターンとか聞かれた。興信所って調査期間で費用が変わるらしいから、なるべくピンポイントで依頼する方が安くなるんだって。それなら怪しい日とか時間帯はだいたいわかる。よっしゃ、これで勝ったぞ。そしたら弁護士は少し難しそうな顔をしたんだ。

「これは出来るならばですが・・・」

 げっ、そこまでは難しいんじゃない。そりゃ、モロにやってる動画あれば決定的だろうけど、ラブホ写真じゃ足りないの?

「本来と言うか、これまでなら十分ですし、離婚訴訟までになれば認められるはずなのですが・・・」

 そこからの話は奇々怪々というか、そこまでやるのかって話だった。不同意性交罪って出来たじゃない。あれは女がいついかなる時点でもやりたくないって言えば中止に出来る法律で、それを無視してやればレイプになる。

「それぐらいの理解でもよろしいかと」

 女にとってはありがたそうな法律なんだけど、これを悪用すると言うか、逆手に取るのがいるそうなんだ。つまりラブホに入っても性交に不同意だったから行為は存在しないぐらいだそう。

 言われてみれば、その気で入っても気が変わることだってあるはずよね。あくまでもたとえばだよ、部屋に入った途端にロープとかムチとか持ち出されたりしたら、そんなもの逃げるしかないじゃない。

 格好良く言えばラブホ内でも法は当たり前のように適用されるってことだ。そりゃ、そうよね、いくらラブホがやるところと言っても、入れば問答無用でやられまくる治外法権の聖域じゃないはずだ。

 だけどラブホだよ、ラブホ。入って出てきて、性交に不同意になりましたなんて通用するのかよ、そもそもだよ、中でやってるか、やってないかなんてわかんないじゃない。口先一つで無かったことに出来るのだったら、浮気だって、不倫だってやり放題になるじゃないの。

「その通りなのですが、そこに一工夫加えて来ます」

 一工夫ってなんだと聞いたら、なんとだよ、性交不同意契約書みたいなものを出して来るって言うのよ。そういう契約を交わしてラブホに入ってるから、本来というか、建前である休憩をしただけだって主張するんだって。

 あのねぇ、口先よりマシかもしれないけど、そんなもの紙切れ一枚に過ぎないし、さらに言えば後から作ったものかもしれないじゃない。それより何より、やってない証拠なんてどこにあるって言うのよ。

「私に怒らないで下さい。ただこの戦術の巧妙なところは、立証する立場を入れ替えてしまうところにあります」

 はぁ、何を言いたいかわからんぞ。それでも説明を聞いてなんとなくわかって来た。浮気の証拠にラブホ写真は定番だけど、これまでだって、やっていないと主張したのはいたそうなんだ。それに対して、

『じゃあ、やっていない証拠を出せ』

 これで話は終わりだったぐらいで良さそうだ。だけど性交不同意契約書みたいなものを出されると、

『じゃあ、やっていた証拠を出せ』

 こういう展開に持ち込まれてしまう事があるらしい。なんて悪知恵だ。だけど、だけど、そんな屁理屈が通じるなら、やっぱりラブホは浮気と不倫の聖域になっちゃうじゃないの。

「もちろんこれは離婚交渉段階のお話で、離婚訴訟になればまず認められません。少なくとも私の知る限り、裁判例として認められたものはなかったはずです」

 うん、やっぱり正義が勝つに決まってる。離婚訴訟になれば負けるのがわかってるなら、それこそ無駄な悪足掻きだ。

「そうなのですが、それが本当の狙いのケースもあります」

 頭がこんがらがりそうだけど、弁護士だってタダではやってくれないって事か。離婚交渉から離婚調停、さらに離婚訴訟までになれば長期化するし、それにつれて弁護士費用も積み上がって行く。

 弁護士報酬のシステムもややこしそうだけど、たとえ離婚訴訟で勝ち、慰謝料を分捕れたとしても、そこから弁護士費用を差っ引けば、

「慰謝料とか財産分与の金額に依りますが、最悪の場合は持ち出しになります」

 牛歩戦術と言うか兵糧攻めみたいなもので、たとえ勝っても実りがない状態に持ち込んで有利な条件で和解に持ち込むって言うのかよ。そんな事が許されて良いのかよ。責任者出て来い。

「だからこれは言葉による戦争なのです。勝つための手段は選んではいけないのです」

 殺伐とした世界だ。それでもモロ動画があれば有利になるのは理解したけど、あんなものどうやって撮るんだよ。あれって秘め事だし、あんなものを公開でやらかすアホなんて・・・そこで閃いた。

「それならチャンスはありそうです。ただそうなると興信所の費用も高くなりますが宜しいでしょうか」

 そこでサヤカが口を挟んだ。

「撮れるまでやりなさい。撮れなかったら覚悟しておくこと」

 おいおい費用がって思ったけど反論なんか出来ないぐらいのサヤカの気迫だった。ここはサヤカに頼らせてもらおう。

「それと・・・」

 へぇ、あのクソ姑からも搾り取れるところがあるのか。これは離婚交渉にも有利な材料になるのだな。ぶっちゃけ慰謝料を増やせる交渉材料ぐらいの理解で良さそうだ。日記でも良いらしいけど、そんなもの書いてないし、日記なんて小学校の夏休みの宿題が最後だ。

 あんなものよく毎日書けるものだ。日記が無くてもこの作戦で証拠を集めたら余裕で代わりになるのなら、

「マナミ、頼んだわよ」

 言われるまでもない。息の根まで止めてやる。これまでの恨みを思い知れ。気合が入って来た。