ツーリング日和20(第4話)作戦決行

 あっちはこちらが離婚のための準備に入ってるなんて夢にも思ってないから作戦はサクサク進んでくれた。クソ姑への作戦は暴言の録音だ。よりインパクトがある方が良いはずだから軽くだけ煽ったら、

「こりゃ、凄いですね」

 一週間もあればザクザク獲れまくってくれた。弁護によれば必要にして十分で質も申し分がないとか。質って言葉にちょっと引っかかったけど、表現として他に言い様がないかもね。これでクソ姑対策はOKだ。

 問題はクソ夫の方だ。それでも油断し切っているし、マナミを見下しきっているから尻尾なんて丸見え状態と同じだ。ピンポイントで決定的な証拠が手に入ってくれた。しっかしまあ、よくこんだけやってるよ。

 でもやるか。クソ夫には浮気三昧出来る秘密がある。秘密は大げさだけどマナミの両親は高速のトンネル事故で亡くなってるじゃない。だからその時の賠償金はあるし、少ないけど遺産だってある。それをだよ、

「嫁の財産は夫の財産であり、この家の財産だ。嫁には無用のものだ」

 神経衰弱状態だったからロクロク抵抗も出来ずに取り上げられちゃったんだよね。これでクソ姑は贅沢三昧していたし、クソ夫は浮気三昧に耽っていたんだ。あのクソ夫が軍資金も無しに浮気なんか出来るはずがないからな。それを聞いたサヤカは怖いぐらいの顔をして、

「そんなものは奪い返す」

 弁護士もそう出来るって言ってた。少々時間がかかったけどいよいよ宣戦布告だ。弁護士を連れて離婚宣言をしてやった。まるで鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしてたな。きっとあいつらにしたら飼い犬に手を噛まれたぐらいなんだろう。

 そのまま家も出たよ。とりあえずって言ってサヤカがマンスリーマンションを手配してくれたのはありがたかった。そこから離婚交渉に入ったのだけど、やはり一筋縄では行かなかった。あっちも弁護士を立てて来やがったんだ。カネが絡むとそうなるみたいだな。相手の弁護士なんだけど、

「アバランチ先生ですか・・・」

 妙な名前の弁護士だな。日本人じゃないのかなと思ったけど、SNSで有名らしくて、アバランチはハンドルネームで良いみたいだ。サヤカも知ってるみたいでこっちの弁護士に、

「アバランチ如きに負けたら承知しないからね」

 こっちの狙いはやはり短期決戦。そうできるように準備をしてるからね。狙いはクソ夫による有責離婚で慰謝料ゲットだから、天王山はどうやってクソ夫に浮気を認めさせるかになる。ちなみに浮気は法律用語で不貞行為と言うらしい。

 あっちだって弁護士まで立ててるから不貞行為は認めないで対抗してくるはずだ。おそらくスマホとかのデータは消してしまってるはず。他もあれば可能な限り消すなり、隠すなり、処分しているはずだ。そんな事は想定済みだからまずはラブホ写真を喰らわせた。

「いつの間に・・・」

 そんなものクソ夫が能天気だからに決まってるだろうが。これで決まったかと思ったのだけど、まさか、まさかのクロスカウンターを持ち出しやがった。性交不同意契約書だ。あんなもの本当に持ち出すとは魂消たもの。

 だけどね。それへの対策だって出来てるんだ。そうモロ動画だ。いやぁ、良く撮れてるよ。音声こそ録れてないけど、ピントもばっちりで励んでる顔もくっきりハッキリだ。まさしくダブルクロスでお返しだ。

 いくら性交不同意契約書を振りかざそうが、その契約を履行してなかったらタダの紙切れだ。これは効いたみたいでアバランチ弁護士もやられたって顔になってたぐらい。モロ動画にさらなるカンターなんて出来るはずがないだろ。

 ここからはさらなる追い打ちだ。クソ姑の暴言による精神的被害の話になったけど逆上してたな。まさか自分に飛び火すると思ってなかったみたいだもの。

「あれは嫁への躾です。感謝してもらっても良いぐらいだ」

 ヒステリックに喚いてたけど、暴言の録音を流してやったら黙り込んでくれた。マナミの遺産や亡くなった両親の賠償金の返還も了承させて、あとの細々したことは弁護士の仕事だ。これで完勝と言いたかったけど、

「あれで良かったのですか」
「そうよ、草の根を分けても探し出し、根こそぎ毟り取らないと」

 なんとなんと、夜逃げしやがったのだよ。なんかアバランチ弁護士の差し金の気もしたけど、もしそうなら伝説のトリプルクロスだ。でも、もうそれで良い気になっちゃったの。あいつらはほぼ破滅したようなもののはず。

 マナミも安月給だったけどクソ夫も安月給だ。舅は死んでるし、マナミも退職していたから収入はクソ夫の安月給のみだ。あいつらが贅沢三昧、浮気三昧出来た軍資金だったマナミの両親の遺産も交通事故の賠償金だってもう殆ど残ってないはずだ。

 もうちょっと言えば、貧乏人があぶく銭を手にしたら歯止めが利かなくなる。一度覚えた贅沢は忘れられないぐらいだ。だから多くもない貯金も使い果たしていてもおかしくないし、借金すらあるかもしれない。

 夜逃げの時に家も売り払ってるけど、あれだってどれだけになったかは疑問だ。一軒家ではあったけど、建物はボロかったし敷地も狭い。なによりクルマも入れない行き止まりの路地の奥の立地だ。それを夜逃げの時に叩き売ったようなものだからしれてるはず。さらに言えば夜逃げと同時に元クソ夫も失業だ。

「もう一撃で破滅に追い込めたのに」

 離婚の慰謝料と両親からの遺産、さらに両親の交通事故の賠償金なんて払おうと思ったら、

「だから闇金に借金させて、マグロ漁船とか、ベーリング海のカニとか、中国の汚染地帯の清浄作業を択ばせる手筈も進めてたのに」

 それ怖いって。サヤカなら本気でやりそうだもの。

「それに子どもだって一緒に連れ去られてるじゃない」

 親権も取れたのだけど持ち逃げされた。あれももう良いかって気になってる。だってだよ、マナミの血も入ってるけどクソ夫とクソ姑の血も入ってやがるんだ。

「そう言うけどマナミは・・・」

 それは言うな。息子はクソ姑に完全に取り込まれてた。だってだよ、クソ姑をお母さんと呼び、マナミは嫁だった。息子の頭の中では嫁とは母でもなんでもなく、同居人どころか家政婦、いやなにをやっても良い奴隷ぐらいになってたんだ。クソ姑の尻馬に乗って罵るのは日常だし、殴ったり蹴ったりもそうだ。

「でもでも・・・」

 さすがに心が冷えた。無理やり取り返して母子関係にする自信がなかったかな。もちろんわかってるよ。諸悪の根源はクソ姑だし、息子だってまだ四歳だ。

「だから力づくでも」

 息子は文字通り命を懸けて産んだ子だ。なんだかんだあっても我が子なんだ。だからあえてこのままにしておく。最後の情けだ。もちろんクソ夫や、クソ姑のためでない我が子への情けだ。

 息子だって成長する。そしたら、いつの日かこの離婚の真相を知る日だって来るかもしれない。その時に母の最後の思いを知ってくれたら嬉しいな。無理かな。逆に心の底から恨まれるかもね。それだって受け止める覚悟ぐらいはある。

「マナミ・・・」

 慰謝料は浮気相手からも取れるのだけど、あのクソ夫、ロクな女を相手にしてなくて、慰謝料請求送ったらみんな逃げて雲隠れしてしまいやがった。あれが民事の限界だって弁護士さんは言ってたな。

 刑事なら警察が探してくれるけど、民事なら自分で探さないといけない。裁判所だって支払い命令みたいなものは出してくれるけど、人探しまではやってくれないもの。すべてを放り出されて逃げられたらお手上げって感じかな。

「その代償ぐらいはあるけど」

 逃げたって支払いが消える訳じゃない。元になったクソ夫だってロクなところに再就職なんか出来るものか。まあ、ノコノコ顔なんか出そうものなら支払いを請求されるだけだから、二度と会うことはないのがこっちのメリットかもしれない。

「離婚したってストーカーになるのは多いらしいからね」

 これも弁護士さんから聞いた話だけど、泥沼状態で離婚したのに復縁に執念を燃やすのが多いんだって。そんなに復縁したいのなら、そもそも離婚になるような事をやらなきゃ良いのに。そういう連中の心理は理解を越えるよ。


 あ~あ、離婚こそ出来たけどまさに痛み分けになっちゃったな。なんにも取れなかったから、サヤカに用立ててもらった弁護士費用もすぐには返せなくなっちゃった。

「あんなもの誰が返してくれなんて言うものか。本当は返してなんか欲しくないけど、それじゃ、マナミが嫌がるのは知ってるから十年先にしとく」

 それはいくらなんでも、

「じゃあ、五十年先だ。文句は聞かないから」

 ありがと。ありがたく受け取らせてもらう。五十年も待たせる気はないけどね。