ツーリング日和9(第20話)絹子様事件・急

 日本で暮らし始めた絹子様御夫妻に起こったのは、

「不倫騒動やで、信じられへんかった」

 旦那の不倫が発覚したのよ。絹子様御夫妻は大喧嘩の末、絹子様が夫妻のマンションを飛び出し、

「実家に帰るんやのうて新たな超高級マンションに住みよった」

 あれもアレレだったけど、そこから絹子様は離婚に突き進んだのよ。旦那が不倫をしたのだから離婚すること自体は不自然じゃないけど、元皇族が離婚するなんて前代未聞の事件のようなもの。

「それでもあの時点では擁護意見もあったで」

 あれこれあった絹子様だけど、既に皇籍離脱して一般人になっているから離婚を求めるのは当然みたいぐらい。それはそれで理屈なんだけど、離婚はスムーズには進まず訴訟にまで雪崩れ込んでしまった。

「あの噂はホンマの気がする」

 皇室として絹子様の離婚は避けたいの意向があったはず。そこで旦那に釘を刺したと言うかプレッシャーをかけても不思議じゃない。これは絹子様にもあったはずだけど、

「聞く耳を持たずに離婚訴訟に突き進んでもた」

 元内親王であっても訴訟となれば公判になり公開される。それも離婚訴訟だから双方の非難合戦になるのは必至じゃない。

「非難合戦どころか暴露合戦の泥沼になったもんな」

 まず旦那の留学費用のカラクリが暴露された。あれはすべて借金だったのだけど、実質的に絹子様が保証していたようなもの。返済は入籍後に絹子様の持参金から出されていたんだよ。

 ロースクールについては広い意味で入学はしていた。これも特例に近いみたいだけど学生でなく聴講生としてだった。さらに聴講生として実態だけど、単位取得がないから試験もなく、

「どうも殆ど通学してへんかったみたいや」

 同じ頃にいた日本人留学生が見たこともないって証言が出てたものね。これは別筋の友人の証言だけど、

「遊ぶためは女がいる」

 ロースクール在学中で弁護士になるからと言ってナンパに励んでいたそうな。そんなのに引っかかるのは日本もアメリカも変わらないみたい。そんな聴講生を三年やったからと言って大学卒業者名簿に載る訳もなく、当たり前だけど司法試験の受験資格もなく、

「完全にエア受験やった」

 ここからが衝撃的だったけど、NYでの旦那の浮気はともかく、エア受験は絹子様も了解というか、完全に示し合わせてのものだったんだ。まず絹子様がロイヤル特権のコネを利用してNYのロースクールの聴講生枠を作らせ送り込む。NYで旦那はロースクール在学実績ポイものを作りエア受験を行う。

「司法試験受験日が終われば帰国して電撃で入籍して皇籍離脱を行わせる。そいでもって合格発表までにNYにトンズラかよ。アホちゃうか」

 あの時の真相が詐欺みたいなものだと知らされて、ゲンナリした人が多かったと思うよ。後先考えずも良いところだし、立つ鳥後を濁しまくりだものね。これに対して絹子様は騙された、結婚詐欺にかけられた被害者だって擁護意見も出てたけど。

「旦那のエア受験を問題視しとったら、そもそも結婚せんやろし、結婚後にわかってもすぐにNYから帰るはずやんか」

 常識的にはね。でも結果は夫婦仲睦まじくNY生活を満喫してたようにしか見えないもの。そうなると絹子様は念願の皇籍離脱、NYでの自由な暮らしのためにすべてに目を瞑ったぐらいとしか言いようがない。

 旦那のNY聴講生時代の彼女は弁護士になれなかった時点ですべて切れたで良さそうだ。というか、旦那の真の目的である絹子様に専念したで良いと思う。

「絹子様と言うより、絹子様の持参金や」

たった三年足らずで二億円を越えると言われた持参金が尽きたのは、遊んだのもあったけど、

「あれ横領に近いんちゃうか」

 絹子様の口座から旦那の口座にかなり移し替えられていたって噂が飛び交ってたもの。

「あれも噂だけでどこに消えたかわからんかったはず」

 だから帰国した時には絹子様は無一文に近かったみたいだけど、旦那は逆にかなりリッチになっていたって話だ。まあ女って噂好きだから、こういうゴシップは飛びついちゃうのは否定しないけど余りにも余りって感じの話だった。

 それでも、ここまでは絹子様が有利に離婚訴訟を進めていた。そりゃ、不倫をしたのは旦那だからね。だけどそれでは終わらなかった、

「強烈過ぎるカウンターを喰らうとる」

 なんとなんとだよ、絹子様も不倫をやっている事を旦那が暴露しちゃったんだよ。これはそうしなければ離婚訴訟で圧倒的に不利なのもあったけど、それこそ騒然となったもの。いつも思うのだけど不倫をやってる当人って、それが相手にバレずにやっていると思い込むものみたい。絹子様も例外じゃなく物凄く慌てたとなっている。

「その後はグダグダ過ぎる展開になったものな」

 絹子様が夫婦のマンションを飛び出して実家である宮家に戻らなかった理由が不倫のため。そう新しいマンションで愛の巣を営むためだったのよね。ここまででも十分すぎるスキャンダルだけど、これが若いツバメとかなら少しは救いがあったかもしれない。

 でもそうじゃなかった。不倫相手は妻子持ち。当然のように相手の奥様からの慰謝料請求を突き付けられる。こんなもの反論しようも無いから払わざるを得なくなったんだ。元内親王が自らの不倫の慰謝料を払うなんてまさに前代未聞の不祥事じゃない。

 それでも絹子様は自分の旦那との泥沼の離婚訴訟をなんとか終わらせ、さらに不倫相手の奥様への慰謝料を支払ったのだけど、

「訴訟費用も慰謝料支払いもロイヤルマネーだったんやろうな」

 絹子様にカネないものね。

「まだ続きがあるもんな」

 絹子様の不倫相手だけど、こっちも離婚になった。男は慰謝料を元妻に支払っただけじゃなく、会社も自主退職せざるを得なくなっていった。ロイヤル不倫やらかしたからいれるものじゃないものね。

「いやあれでもロイヤル忖度になっとったで。社内規定やったっら不倫は会社の信用を棄損したとされて懲戒解雇やねんけど、不倫でもロイヤル相手やから自主退職にしたらしいやんか」

 どっちにしても失業であるのは変わらないし、そんなややこしい経歴を持った人を雇いたい会社なんてあるものか。そのままではホームレス一直線みたいな状況なのだけど、

「そんな相手と再婚や」

 こういうスキャンダルはマスコミがヨダレを流して飛びついて報道しまくるからわたしもコトリも良く覚えているのだけど、ここまでツボにはまった展開になるとさすがにウンザリ気分になったのよね。

「そやったな。不倫相手との再婚がまた離婚になったぐらいで世間の関心も醒めて行ったわ」

 もう勝手にしろ、付き合いきれないぐらいで良いと思う。だけど絹子様事件の余波は大きかった。結果として皇室典範の改訂にまでなっちゃったもの。従来の皇室典範は皇籍離脱の規定はあったけど、皇籍離脱後は不文律状態で準皇族として扱うぐらいになっていた。

 これを絹子様事件を受けて皇籍離脱後に従来通り準皇族として扱う者と、絶縁と言うか勘当できるような条項が明記されたのよね。

「ああそうや。あの条項は準皇族扱いであっても、その振る舞いによっては皇族追放にできると解釈出来るもんやそうや」

 そう出来るように作られたって話だもの。

「法は遡及せんから絹子様には適用されんはずやが、菊の柵が下ろされたみたいやな」

 絹子様の消息は不倫相手との離婚ぐらいから途絶えているのよね。さる宮家の一室に監禁状態であるとか、とある精神病院に封じ込められてる噂もあったっけど、誰も本当のところは知らないぐらい。

「歌舞伎町で立ちん坊やっていたとか、吉原のソープ街で見かけたなんて話もあったけど・・・」

 さすがにそこまではと思うけど、杳として行方の分からない状態になっていた。確実に言えるのはもう亡くなってるだろうぐらい。

「生きとっても百歳越えるからな」

 あれから八十年だものね。さすがに世間では覚えている人も少なくなったけど、皇室にとっては昨日の事件ように覚えているのは綾乃妃殿下の話で良く分かったかな。あれをもう一度やらかせば皇室の危機が再び訪れるものね。

「あれで絹子様は満足されたのかな?」
「そんなもん本人に聞いてみんとわからん。幸せ、不幸せ、満足、不満足は主観やからな」

 絹子様事件の少し前に飛んでる女が持て囃されたけど、絹子様の場合は糸が切れた凧のように飛んで行ってしまった。

「まあ本人はそれでも満足やったらエエようなもんかもしれんけど、そのために周囲は、どれだけ尻拭いさせられたかを思うとウンザリさせられただけの事件やった」