ツーリング日和19(第5話)バツイチ

 ウソだろ。御坂さんが結婚したのは当然すぎるけど離婚してたなんて、

「広川君もバツイチなのが不思議だよ」

 ボクの結婚か。人並みに温かい幸せな家庭にしたいと思ってたし、子どもも出来た。でも順調だったのはそこぐらいまでだったな。元妻とボクの関係は言い切ってしまえば、

『性格の不一致』

 結婚は生まれも育ちも違う他人同士がするものだから合わない部分はどうしたって出てくる。そこで喧嘩になったりするのだけど、上手くやっていくために妥協したり折れたりしながら夫婦関係を深めて行くはずなんだ。

 だけどボクと元妻の場合はお互いの相違点を何があっても譲れない関係になって行ってしまった。これはボクも悪いところがあるけど、元妻だって良くないところはあったと思ってはいる。

 離婚してから思ったのは、どちらも家庭の船頭でなければならないの思いが強すぎた気だけはしてる。そうだな、相手を巧みに祀り上げながら実権を握るみたいな芸当が出来なかったんだろうな。

 夫婦の間に生じた小さなヒビは亀裂になり、溝になり、溝はひたすら深く大きく掘られ続け最後はグランドキャニオン状態になっていた。

「不倫とかは」

 ボクはしなかった。元妻も多分していない気がする。この辺はグランドキャニオン状態になる前からどちらも離婚を念頭に置いていたはずだから、その時に不利にならないようにしたのかも。

「子どもは」

 ボクだって子どもは可愛かったが、元妻が完全に取り込んでた。かなり吹き込まれていたみたいで、ボクをゴミみたいに見てたもの。親権は元妻が取ったし、養育費を妥協してまで子どもとの面会を拒否にしてた。

 ボクも元嫁の顔を二度と見たくないと思ってたけど元嫁も同じで、子どもの面会という接点、いや月々の養育費の振り込みという接点さえ排除したかったのだろう。まさに完全に燃え尽き、灰になるように夫婦生活は終わってしまった。

「聞いてると似た者夫婦にも感じるけど、似てるところがすべて反発にしかならなかった感じかな」

 かもな。似ている点は交際時代にも感じていて、そこが結婚したらプラスになると思ったから結婚したのはある。そこで思い知らされたのが恋人関係と夫婦はまったく違う次元で相手のことを見るってことかな。

「恋人関係と夫婦は違うのはわかる」

 御坂さんの夫は大学のサークルの先輩だったのか。

「それだけじゃなくて・・・」

 へぇ、あそこの家なのか。ボクだって聞いたことがある地元では有名な資産家だし、江戸時代から続く旧家で、

「あの頃だって市会議員だったんだよ」

 市会議員だったのは元夫の父親だけど地方の有力者みたいな家だよな。夫はサークルの後輩であった御坂さんに在学中から目を付けていたみたいで、

「お見合いを根回しされちゃって・・・」

 今どきと言いたいけど、あそこの家相手ならあっても不思議ない気がする。下手に逆らったら商売とかに支障が出そうだもの。御坂さんも言いくるめられてお見合いの場に出たみたいだけど、

「サークルの先輩だから知ってる人だし、優しい人に見えたのよ。だから・・・」

 そのまま結婚か。旧家の嫁みたいなものだからそっちの苦労はあったみたいだけど、結婚生活自体はそれなりに順調にスタートしたのか。

「でもね、子どもが出来なかったのよ。だから検査をしたらチサが不妊症だったのよね」

 夫婦に子どもが出来なくてもなんとかなるところもあるけど、御坂さんの場合は相手の家がそんなところだから大問題になってしまったのか。昔なら三年子なしは去れの世界みたいなものか。

「それも言われたけど、旦那が完全に豹変してしまって・・・」

 なんだって! 御坂さんでは跡継ぎが生まれないから浮気しまくったのか。よくそんなことが出来るものだ。奥さんは御坂さんだぞ。子どもが出来ないぐらい御坂さんと結婚できたことに比べたら些細すぎる問題じゃないか。

「怒ってくれてありがとう。でもさぁ、夫婦になると違うのは広川君もわかったでしょ」

 ぐぬぬぬ、それは知ってしまったけど、

「あれこれあって離婚できたけど、あそこの家との離婚でしょ。家にもいられなくなって神戸に逃げてきた」

 そうだったんだ。

「もうバツイチの独身オバサンだから誰と会って、なにをしたって問題ないってこと。でも広川君もまさかのバツイチだったとはね。でもこれで不倫じゃなくて自由恋愛になるよね」

 そうなんだけど・・・ちょっと待った、ちょっと待った。今はバツイチの独身男だから自由恋愛を出来る立場だけど、もしボクが妻帯者だったら不倫って、それって、

「唐櫃で頑張るのはアリじゃない。チサなら妊娠しないから生でやり放題よ」

 冗談でも言って良いことと悪いことがあるだろう。自分を誰だと思ってるんだよ。穢れなき美少女だった御坂さんだぞ、

「だから結婚までしてるから男に体を開きまくった女だって。離婚してからご無沙汰だから性欲を満たしたくなった飢えたオバサンだもの」

 そりゃ、高校時代とは違うだろうけど、ボクにとって御坂さんは永遠に御坂さんだ。どこをどう見たって男に飢えたオバサンとは断じて違う。行きずりで抱き捨てなんかに間違っても出来るものか。

「ありがと。まだそう思ってくれているだけで嬉しいかな」

 人生って難しいな。御坂さんほどの女性でもすんなりと幸せになれないとはな。ボクなんかから見れば御坂さんと結婚できた男がどれほど羨ましいか。だってだよ家に帰れば御坂さんが待っていてくれて、

「夜は二人で頑張れるでしょ。それが毎日のように続く生活が夢なんて思うのは高校生の幻想だってこと」

 夫婦生活のリアルというか、その悪い面を心に刻み込まれたのが結婚生活みたいなものだったからな。おっと話し込みすぎた。そろそろ帰らないと。

「そうだね、今晩は唐櫃に泊まる?」

 冗談はさておき、

「またツーリングに行こうよ」

 それは賛成。今日は偶然の成り行きマスツーだったから次はインカムも仕込んでにしたいな。連絡先も交換して帰路に。もう迷子は懲りたから国道一七六号から三田に戻り、六甲北有料道路、六甲山トンネルと超えて神戸に。鶴甲から国道二号まで下りてきてコンビニの駐車場に停めて、

「また連絡するからね」

 去っていく赤いダックスを見送らせてもらった。