恋せし乙女の物語(第31話)再会

 過去の亡霊が団体さんで出て来たような合コンだったよ。お盆には早すぎるじゃないかまったく。嫌でもあの合コンの事を思い出してしまうのだけど、どうにも違和感があり過ぎる。

 違和感と言っても、あの日の異様な空気感の理由はわかった。嵌められたってやつだ。それはそれで腹が立つ部分はあるけど、いくら憤慨してもどうしようもないから置いておく。責任者出て来いって怒鳴ろうにも相手は花屋敷さんだ。

 とりあえず花屋敷さんの提案と言うより策略に素直に乗るのはある。懸念される未知数部分があるにせよ、もし上手く行けば誰もが羨む玉の輿だ。そりゃ、バリバリのエリート医者だし、見た目だってイケメンだ。

 結城君が花屋敷さんと付き合いだしてから、なんとなく逃した魚はひょっとして大きかったのかすかな後悔はあったけど、十年の歳月を経て、立派に成長して名実ともに大きな魚になってるものね。

 結城君ならお母ちゃんにしてもまったく知らない人じゃないどころか、近所だから幼い時から知ってるのもある。付き合うだけでも、お見合いとそれに連動する孫の顔攻撃を交わせるはずだ。ネックは海外留学だけど、これだって交際するだけで即結婚攻勢を抑えられると言えなくもない。

 それだったら文句は無さそうだけど、違和感がどうしても残る。まずだけど明日菜に都合が良すぎるのよね。上手い話には裏があるって言うじゃない。そりゃ、花屋敷さんは高校の同学年ではあるけど、さしてどころか、話をしたことも高校の時は一度のみ。

 それぐらいしか関りがないのに、あの合コンは手が込み過ぎている。あれだって、明日菜と結城君を十年振りに引き合わせて、その反応を笑おうぐらいならかえって理解できるけど、なんなのよあれだもんね。

 あれって絶対に裏の狙いがあるはずだ。そう考えると怪しい点はいくらでもある。まずだけど結城君と花屋敷さんの間に気まずい空気は本当だと思うんだ。なのに花屋敷さんがわざわざ出席していたことだ。

 単に明日菜と結城君を結ばせたいだけなら花屋敷さん抜きで四対四の普通の合コンをすれば良かっただけじゃない。そうしておけば自己紹介時点でお互いが誰であるか勘づくはずだもの。

 そこからどうなるかは別の話だけど、それなりにその気になれば連絡先ぐらい交換するし、後日に二人で会うぐらいは進行したって不自然とは言えないだろ。それぐらいの関係は高校の時にあったものね。

 だからあの合コンは花屋敷さんが出席するために企画されたはず。花屋敷さんと結城君が別れたのもウソじゃないはずだから、考えられるのは復縁ぐらいしか思いつかない。だってだよ、明らかに出席者をコントロールしてるんだもの。

 だけどストレートに復縁目的と言い切れないところがある。どうしてわざわざ明日菜を引っ張り出したかなのよ。十年前とは言え、結城君を巡って三角関係みたいな状態になってるからね。

 三角関係とは違うかな。なんて言えば良いのかな、花屋敷さんの横恋慕による略奪愛とすれば良いかも。もっとも実態的にはとにかく明日菜に結城君への恋愛感情が乏し過ぎたから、略奪愛とするにはアッサリしすぎてるけどね。

 この辺の受け取りようはともかく、花屋敷さんの復縁に取っては、あまり居合わせて欲しくない人物のはず。それをだよ、あれだけ強引に合コンに引っ張り出してる意図がわかりにくいんだよね。

 あれかな、元カノでもないけど、あえて明日菜がいる状態でも、結城君が復縁に応じてくれるか試したとか。自分で言いながら無理あるよな。だってそんな面倒なことをする理由がどう考えてもないんだもの。

 そもそも復縁したいなら、直接チャレンジしても良いじゃないの。ここはそれが出来ないから、合コンと言う場を設定して騙し討ちのような形で直接会う機会を作ったぐらいとでも言うのかな。

 さらに話を複雑にしてる要素が花屋敷さんを襲った悲劇だ。あれも本当の話だと思う。やはり女として子どもを作れないのは大きなハンデだ。女だからと言って子どもを産む義務があるとか、ましてや産む機械だなんて思ってもないけどどうしてもね。

 普通と言うか、ごくありきたりに愛し合って結婚したら、次に欲しくなるのは子どものはず。そりゃ、世の中には最初から子どもを作らないとして結婚している夫婦もいるだろうけど、多くの場合は結婚の次に子どもを考えるのは自然だよ。

 だから不妊症にあれだけ苦しむ夫婦がいるのじゃない。結婚後に不妊症が発覚しただけで離婚になってしまう夫婦だっているぐらいだもの。不妊症は結婚後に発覚する事が多いけど、結婚前から不妊症だとわかっていたらどう考えてもハンデ過ぎる。

 男にしたって、結婚はしたいけど子どもは欲しくない人に限られてしまう。ごく当たり前に結婚したら子どもが欲しい男からは、その時点でパスになる。パスって失礼な表現だけど、結婚対象としてその時点で除外されてしまうぐらい。

 これは男女が入れ替わってもあると思う。男が不妊症であることがわかっていれば、子どもが欲しい女は結婚対象として除外にしてもおかしくないはずだもの。タネ無しは男にとってもハンデだし、ましてやインポなら見向きもされないと思うもの。

 花屋敷さんを欠陥品なんて思いたくないけど、子宮頚癌の影響は、女なら当たり前に与えられる幸せを制限してしまっているのは否定できなんだよ。だからこそ、結城君から身を引いてしまったんだもの。


 そこまで考えると、やはり結城君に連絡を取って会わないといけない。とにかく十年の歳月でどうなってしまっているのかは会って話を聞かないとわからないもの。連絡はわりとあっさり取れて会う事になった。

「やあ」
「久しぶり」

 久しぶりは合コンで顔を合わせたばかりだから変だけど、実感としてはそんな感じ。しばらくは近況報告的なものになったけど、

「まさかあそこに風吹さんが現れるとはビックリしました」

 やっぱり見た瞬間にわかっていたのか。それだけ変わっていないとも言えるけど、変わってもいないのは複雑と言えば複雑だ。明日菜のことは今日は良い。聞きたいのは花屋敷さんとの関係だけど、いきなり切り込みにくいから、

「海外留学に派遣されるんだってね」
「ああその話か。アメリカには行くけどちょっと違う」

 一口に海外留学と言っても様々なスタイルがあるらしい。極論すればカネさえ積めば誰でも行けるとか。昔は海外留学に行っただけで値打ちだったらしいけど、今は海外留学でどんな成果を挙げるかが評価になるとか。言われてみれば当たり前で、海外留学しただけでその人の能力が上がるわけじゃない。

「その辺だけど、昔は海外留学するのが大変だったから、送る側も人選とか留学目的を厳選していたで良いと思う。選び抜かれた優秀な人材が、明瞭な目的意識を持って留学したから、留学帰りと言うだけで評価されたと思えば良い」

 日本の医療水準は決して低いわけではないけど、昔はとくに先端レベルでは追いついていない部分もあったとか。その先端レベルの成果を会得して持ち帰ればブイブイ言えたぐらいかな。

「まあそんな感じだ。これは残念ながら今でもそういう部分はある。日本の研究環境はプアだからな」

 どんな分野であっても研究にはカネがかかるそう。カネを出す方にすれば、出しただけの成果を求めるのが人情だし、そういう傾向はどこでもあるそうだけど、

「日本は研究予算が乏しい上に、成果を早急に求める傾向が強いところがある」

 そんな話は耳にしたことはある。

「もちろんアメリカだって甘いところじゃない。結果は厳しく求められるが、日本と較べれば懐の広さが桁違いだ」

 だから優秀な研究者がアメリカに流出して行くって話もあるものね。とりあえず二年って聞いたけど、

「それは二年で成果を出せるかどうかって事だ」

 うん、どういうこと。

「最初の二年は留学という形式を取っているが・・・」

 話をまとめると結城君の研究がアメリカの有名な研究所の目に留まり、そっちで研究してみないかの話が舞い込んだみたいなの。詳しいところは明日菜も理解しきれなかったけど、二年の間に一定の成果を認められれば、

「研究員として迎えられることになる」

 つまり最初の二年間はお試し期間と言うか、テスト期間ぐらいの扱いで良いみたい。プロ野球なら育成契約みたいなものかな。

「そんな感じの理解でも間違ってはいないと思う。だからこの二年間はボクにとっても大きなチャレンジになる」

 ひぇぇぇ、格好良いな。まさに世界を股にかけるエリート研究者みたいなものじゃない。だとすると、アメリカで成功したら、

「向こうでの研究が続けられることになる」

 つまりずっとアメリカに住むってこと?

「それは研究の成果次第だ。それを狙っているけどね」

 結城君は見た目も立派になったけど、人物としてもビッグになったものだ。こんなビッグと高校時代は机を並べていただけで自慢できるようになれるかもしれない。そうだね、目指せノーベル医学賞だ。

「究極目標はそうだ。あくまでも目標だけど、夢ぐらいは大きく持ちたいからね」

 結城君なら獲れる気がする。ここでだけど確認したかったのは結城君の海外留学が期間限定なのか、それともアメリカ永住なのかだ。現時点では両方可能性は残るけど、結城君の自信からアメリカ永住、つまりは日本に帰ってこない可能性が高いとして良さそうだ。

「医師の志向として臨床と研究はある。どちらも興味深いけど、ボクは研究が出来たらやってみたいからね」

 研究に専念したい結城君を気持ちだけでも応援するけど、家庭を持ちたいとの希望はあるのかな。

「そりゃ、ボクだって男だ。その気がゼロなら合コンなんて参加しないよ」

 それって今は恋人とか、心に決めた人はいないってことで良いのかな。

「いたら合コンに来るはずないじゃないか。ひょっとして風吹さんは彼氏がいるのに合コンに参加したの?」

 明日菜もいないよ。そうそう留学は九月からだそうだけど、アメリカに行けば日本に戻らない可能性もあるじゃない。今から伴侶を見つけるのなら、アメリカで見つけるつもりなの。

「こればっかりは出会いと縁だからな。それでも出来れば日本人が良いな。外国人との結婚を否定する気はないけど、国際結婚は大変そうじゃないか」

 日本人同士でも生活習慣での摩擦は出るけど、外国人同士ならなおさらなのはわかる気がする。しょせんは当人同士の相性に尽きるとは言え、結城君は日本人のパートナーが希望で良いみたい。

「風吹さんが来てくれる?」

 明日菜にアメリカ暮らしなんて無理だよ。やっぱり英会話は苦手だ。

「英会話なんて度胸と場数だよ」

 習得できた人はそういうよね。だけど海外に留学や赴任した人で英会話でノイローゼ気味になり日本に逃げ帰った人も知ってるもの。日本語と英語は文法が根本的に違うから、明日菜にはハードルが高すぎる。文章だけなら自動翻訳でなんとかなるけどね。

「昔からそうだったけど、風吹さんって、本当に誰にも靡かないんだよね」

 言うな、聞かないでくれ。血道を挙げて、結婚まで迫っていた相手が、ロリコンのペドフィルの変態野郎だったんだから。あれこそ人生の黒歴史、自分の男を見る目のなさにウンザリしてる。

「へえ、そんなことがあったのか。そりゃ、災難だったけど、風吹さんにそこまで愛してもらえた男は羨ましいな」