恋せし乙女の物語(第5話)受験

 結城君と花屋敷さんの公認カップル誕生はビッグニュースにはなったけど、明日菜たちは高校三年生、それどころでなくなっていた。そう、大学入試が目の前に近づいて来たからだ。

 絢美や涼花とのダベりも受験色が濃くなってきてる。そりゃ、入試をクリアするために高校三年間があったとも言えるものね。誰だって落ちて浪人なんかしたいものか。

「その辺は女なのもある」

 女だって浪人するのはいるし、浪人覚悟で志望校を目指している人もいるのは知っている。でも男よりより浪人は避けたいの思いが強いぐらいは言えると思う。男だってホイホイ浪人なんてしたくないとは思うけどね。

「そうよ、女の旬を予備校で過ごすのはイヤだもの」

 明日菜もだ。そりゃ、予備校でだってロマンスが花開くかもしれないけど、入試と言う重圧を受け続けてのロマンスは辛すぎるよ。すっきり合格して、晴れ晴れした気分でロマンスをしたいもの。

「浪人なんてさらに彼氏いない歴イコール年齢を伸ばすだけの監獄だ」

 三人ともそうだものね。彼氏をゲットするにはなにがなんでも大学合格だ。こんな話を親には絶対できないけど、

「そうでも考えないと、やってられないよ」

 わかる。受験勉強ってひたすら憂鬱だもの。学校の定期考査も大変だけど、それでも範囲と言うのがあるじゃない。でもさぁ、受験って当たり前だけど高校で習った全範囲なのよね。だから実感としてやっても、やっても果てしなく終わらない感じになる。

「そうなのよ。暗記科目なんて・・・」

 暗記する項目が多すぎて、暗記したと思っても、他の科目の暗記をやってると忘れてしまってるのじゃないかの不安しかないもの。暗記科目だけじゃない、全科目すべてそんな調子。

 それと明日菜たちも追い込みで頑張ってるつもりだけど、他の受験生も頑張ってるはずなのよね。他とは校内もそうだけど、浪人組も含めて全国にライバルがいるんだもの。そんなストレスが嫌でも伸し掛かって来る。

「行ける学部じゃなく行きたい学部なんて言うエラそうなオッサン見たら、石投げたくなる」
「わかる。自分の進路をしっかり見据えてとかもね」

 間違っては無いと思うけど、現実はそんなに甘くないと思っちゃうもの。この御高説の前提として、自分の進路、なりたいものが有るはずだがあるのよね。そりゃ結城君みたいに医学部に行って医者になるとかがあれば良いけど、

「理系の連中はそんな感じかもね」

 職業によっては入試で決まるところはある。単純には医者になるには医学部、歯医者になるには歯学部、薬剤師になるのは薬学部、看護師になるには看護大学みたいな感じ。高校からのルートが一本しかないものね。

 理系は他の学部に進む人もそういう色合いが濃い気がする。入学したら、その専門をそこで学んで卒業し、その専門を活かした職業になるって感じ。でも文系はそうとは必ずしも言えない。

「東京の音大に入ってもプロの奏者になれるわけでもないし」
「美大に入ってもプロの芸術家になれるわけじゃない」

 ついでに言えば法学部に入ったからと言って、法科大学院に進んで弁護士になれるものでもない。

「文学部なんてもっとよ」

 全員とは言わないけど、文系に回ってる少なくない人が、理数科目が苦手というのはいるものね。明日菜もはっきり言わなくても数学や物理は大の苦手だ。大学には進みたいけど、将来の職業なんておぼろげも良いところだ。

「だよね。なんとなく会社勤めでしょ」

 会社勤めと言ってもあれこれあるけど、それさえ具体的に絞れてないぐらい。それもこれも、

「大学に行って考えようだもの」

 ぶっちゃけ四大卒の資格を取ればなんとかなるだろうとか、大学四年間でなりたい職種が固まるはずぐらい。せいぜい文系に進んだ時点で、理系の職業をあきらめたぐらいかな。その程度の高校生に将来の職業を見据えてと言われても響くものか。

「失敗を恐れずチャレンジしろも空々しい」

 ああいう話はチャレンジして成功した例を話すんだよ。それこそ話す本人がそうの場合もある。そりゃ、チャレンジして成功すれば言うこと無いだろうけど、

「失敗した人は無視じゃない。全員成功するなら苦労しないわよ」

 いつも思うのだけど、高校卒業から三十歳まで十二年しかないのよね。三十歳までの時間って、人生で大事な時間だと思うのよ。ここをいかに活かせるかで、大げさに言えば人生が変わるぐらい。

「絢美だって三十歳までに結婚して子どもが欲しい」
「アラサーなんて呼ばれたくないよ」

 だから浪人だってイヤなのに、自己満足のための無謀なチャレンジなんてゴメンとしか思えない。もちろん考え方は人それぞれで、何を目指し、何を達成し、何に満足するかは違う。十把一絡げで、

『最近の若者は・・・』

 上から目線で垂れられる御高説はウンザリさせられるところはあるものね。

「涼花は思うんだけど、背伸びしすぎるとロクなことはないと思うのよ」

 世の中には出来る奴は確実にいる。明日菜は数学がとくに苦手だから余計に感じるんだけど、数学が本当に出来る子は、それこそ公式覚えただけで問題が解けちゃうんだよ。数学の評価って問題を解いてナンボみたいな教科だけど、

「あれって解き方を教えてもらった時には『なるほど』って思うけど、本当はそうやって問題を見ただけで解ける人が出来るやつ」

 出来ない明日菜は解法のパターンを覚え込むのだけど、その方式では見たことがないパターンが出てくれば、その瞬間にお手上げだもの。そういう連中と三年間も机を並べたら嫌でも落差を感じさせられた。

 他の科目だって多かれ少なかれあるもの。どうして解けるのだって不思議でしようがないもの。そういう連中と大学入試で競い合いたいとは思わないもの。

「そうだ、その人の能力はテストで計れないって威張るやつも腹が立つことがある」

 学力テスト批判の定番みたいなものだけど、あれもウンザリさせられるところがあった。学力以外の評価は高校受験でもあったけど、あれって教師へのゴマすりが上手い人の評価合戦みたいなものじゃない。そりゃ、授業態度が悪すぎるのもいるけど、

「委員長やったとか、部活のキャプテンやったは堪忍して欲しいよ」

 そんなもの全員がなれないじゃない。委員長になるのが高得点になるからって、クラス全員が立候補したら永遠に決まらないよ。部活だってそうじゃない。

 それとだけど、テスト以外でなんで計るんだが出ないこと。明日菜だってテストの成績が明日菜のすべてとは思っていない。テストで計れない明日菜はあるもの。そうとでも思ってないとやってられないじゃない。

 それに、もしだよ、万が一、その人の全能力を計れるテストなんて出来たら、そっちの方がよっぽど怖い。全知全能テストで能力を計られて、

『風吹明日菜の能力の適性職業は便所掃除です』

 こうされたらどうするの。ここも便所掃除も含めた清掃員を馬鹿にしているわけじゃない。でもさぁ、高校生で将来の夢が便所掃除なんてまずいないと思う。

「バイトでやるにもさすがにね」

 学力試験では人の能力を計るのには不完全なのが良いんだよ。不完全だから、入試では上手く行かなくとも他の面で挽回できる希望が持てるのじゃない。それはテストで計れない能力だし、言ったら悪いけど持っているかどうかも本人でさえわからないもの。

「とはいえ、受験は学力テストなんだよね」

 うぅぅぅ、とにもかくにも入試を突破しないと明日菜の明日は開かれないのが現実だ。そうこうしているうちに体育祭が終わった。これが娯楽系の最後の学校イベントだ。ちなみに明文館の文化祭は五月だからね。

 教室の雰囲気はひたすら重くなってる。少しでも時間があれば単語帳とかとお友だちになっていたり、なにか呪文みたいに暗記項目を呟いてるのもいる。話題だって、

「模試はどうだった」
「厳しいな。志望ランク下げようかな」

 こんな話題ばっかり。心は入試に向かってる感じ。そんな中で羨ましがられたのは推薦合格組。あの連中は年内に結果が出るみたい。推薦でも合格だから、晴れ晴れしてやがる。だってだよ、これで四月の大学入学まで遊んでられるし現実に遊んでるもの。

 年が明けて一月の終りに学年末試験があった。これが高校で最後の定期考査。その前に高校最後になる授業もあった。でも感傷なんて湧く余裕もなく二月の私学受験に突入。学校は休みなってる。

 私学は複数受験できるから、そうだね、本命、対抗、滑り止めって感じの受験体制になるかな。自信のある人はもっと絞るだろうし、逆に数撃てばどれかが当たる言わんばかりの人もいるみたい。数撃つには受験料も必要だからそっちも大変そう。


 合格発表はネットとか郵送もあるけど、このIT時代でも紙に受験番号を印刷して張り出すところがやはり多い。明日菜も祈るような気持ちで見に行ったもの。電車の中から緊張がドンドン高まったし、駅から大学に歩く途中は心臓の音しか聞こえなかったぐらい。

 校門を潜ると人だかりがしているところが見えたから、合格発表の場所はすぐにわかった。胸を張って嬉しそうにしている人は合格したのかな。そうでなくて暗そうにうつむき加減の人は落ちたのかもしれない。明日菜も人混みをかき分けて掲示板の前に出て自分の受験番号を探した。

「あった・・・」

 合格だ。そりゃ、嬉しかったけど、飛び跳ねる気にはならなかった。掲示板に來るまで緊張しすぎて、自分の受験番号を見つけて全身から力が抜けて、ヘナヘナってなりそうだった。

 合格を確認できて、駅に戻り、電車に揺られ出してからジワジワと喜びが込み上げてきた。第一志望の西宮学院大に合格だ。これで春から花の女子大生になれるんだって。明日菜の明日への扉はついに開かれたんだよ。


 卒業式は三月の初めにあったけど、さすがに感傷的になったかな。式の前に教室に集まったけど、これでこの教室とはお別れ、この机ともお別れだって。そしてこのクラスに集まった子たちも、二度と全員が集まる事はないんだろうって。

 その感傷は卒業式が始まるとさらに強くなった。この体育館に三年生が全員集まるのはこれが最後だって。卒業証書を受け取って、みんなと記念写真を撮り合って、別れを惜しみ、最後に校門を出た時に、

「これでお別れだ」

 そう校門を出た瞬間に明文館高校の生徒として二度と校内に入る事はないってね。高校三年間、辛いことも嬉しい事もあったけど、これですべて終わったんだって。もう明日菜は明文館の生徒じゃなく卒業生になったんだってね。