ツーリング日和19(第4話)迷子ツーリング

 コメダのモーニングが済ませたらお別れにするのが一番スマートなのはわかってる。同級生だし、こんな時刻のモーニングを一緒に食べたぐらいなら誰にも後ろ指をさされたりしないはずだもの。

 それはわかってるけど、このままサヨナラが惜しすぎる気持ちがあるのは間違いない。一瞬だけ迷ったけど、誘ったのは御坂さんの方だし、やっているのはデートじゃなくツーリングだ。こんなものどうやったら断れるというのだよ。

「でさぁ、篠山までだけど・・・」

 へぇ、このまま国道一七六号を北上するルートじゃなくて県道で行きたいのか。あの辺は走ったことがないから自信がないけど、御坂さんのお願いを断れるものか。ナビで確認すると、さっきの信号まで引き返して北摂里山街道を走って行けば良さそうだな。

 北摂里山街道は山と言うより丘ぐらいを登り、そこに公園みたいなものが見えるから、あれが有馬富士公園ぐらいのはず。そこからどこかで左折するのだけど道路案内が見当たらないな。

 そのうち出てくると思ってたのだけどいくらなんでも東に寄りすぎだろ。なになに、関学の千刈キャンパスだって。これは絶対に行き過ぎてる。御坂さんとの折角のマスツーなのになんたる失態。

 とはいえこれ以上進んでも仕方がないからバイクを停めてナビの確認だ。やっぱり行き過ぎてる。なんてこった。御坂さんは怒ってるだろうな。

「どこにも道路案内がなかったじゃない。これぐらい引き返したらオシマイだよ」

 冷や汗をビッショリ背中にかきながら引き返し、ここのはずだ。ここを曲がれば後は一本道のはずだ。はずなんだけど、またおかしいぞ。御坂さんの希望したルートには花山院とか永澤寺があるはずだけど一向に出てこないじゃないか。

 目につく地名もチンプンカンプンだ。こんなことならスマホをナビにしとけばよかった。スマホをナビにしてる人は多いけど、あれはあれで振動でスマホが壊れることもあると聞いてたからやめてんだよ。ましてや今日は篠山だったから国道一七六号で行けば楽勝の予定だったもの。

 どうしようまた引き返すか。引き返すにもかなり走りすぎてるよな。でも走れば走るほど傷口は大きくなるだけだ。どうしよう、どうしよう、とりあえず道は北に向かってるけど篠山に行くのだろうか。

 失態に次ぐ失態で気持ちだけ焦ってたら、篠山にこの道は通じてるって書いてあるぞ。ここまで来たら強行突破しかないだろう。道はやがて峠道に。えらい細いし、クネクネしてるし、勾配も強すぎる。御坂さんは怒ってるだろうな。

 それでも峠道を下りて来たら久しぶりの信号だ。ユニトピア篠山ってどこにあるんだ。道路案内には右が園部だからここは左のはず。もうちょっと言えばこの道はデカンショ街道のはずだ。そうであってくれ、そうじゃなかったら・・・あった、篠山市街は右折となってるぞ。

 橋を渡って・・・でもおかしいな。市街地なんてどこにもないぞ。たぶん川沿いの道を走れってことだろうけど、だいじょうぶかいな。でも、でも、あの橋のところにある信号はなんとなく見覚えがある。

 そうだよ、この道だ。ここを進めば、お城の堀だ。やっと着いてくれた、そのままお堀沿いに走れば篠山城の駐車場に行けるはず。ここの駐車場は二輪車無料となってるのは調べてるんだ。

 この辺で良いのかな。御坂さんは怒ってるだろうし、呆れてるだろうな。メットを取るのが怖いよ。

「やっと到着だ。あの道ってあんなにややこしいんだ」

 それはボクが迷ったからで、

「道路案内があれだけないと間違わない方が不思議だよ。チサが余計なルートを走りたがったからゴメン」

 そこからまず篠山城の見学に。篠山城と言えば高石垣だけど、あの上は本丸だけじゃなくて二の丸もあるんだよ。それに天守台はあっても天守閣は築かれず、

「この大書院は立派よね。チサも再建されたころに見に来たもの」

 それはボクも同じだ。あの頃はまるで映画のセットみたいな新築だったけど、さすがに古びて来てるな。篠山城からの展望を楽しんでから篠山市街に。お堀を渡ったところで、

「ここにアイスクリーム屋があったのを覚えてる?」

 軽バンの店だろ。あったのは覚えてるけどもう何年前の話だよ。大正ロマン館は健在だけど、

「なんか変わったね」

 あの頃より観光開発が進んだみたいで見覚えのない店が多いな。

「この喫茶店はあったよね」

 でもその先の焼き栗屋さんとか、

「でっかいイノシシの顔の看板の店はなかったよ」

 目指したのは二階町だけど随分変わってるよな。昔からの店らしいのもあるけど・・・御坂さんはなにか探してるみたいだけど、

「この辺に羊羹屋さんがあったはずなんだけど」

 栗屋西垣だろ。これは調べたけどここの店は閉じたらしい。今は丹波栗をメインにしたカフェかな。

「それにしてもちょうど良い時間になったじゃない」

 御坂さんは篠山で蕎麦を食べたいとの希望だったんだ。篠山に蕎麦屋なんてあったかなって思ったけど、なんと皿蕎麦を出してる店が三軒ぐらいあるそう。ちょうどよい時間になったとは、早く着きすぎそうだから、それまでどうやって時間を潰そうかなんて話していたんだ。ああ面目ない。

 お目当ての店は見つかった。中は左手にテーブル席、右手が小上がりの座敷席で、テーブル席が埋まってたから座敷席に。皿そばを注文したのだけど、

「焼鯖寿司も食べようよ」

 これも二階町で目についたんだ。篠山も鯖街道の一角だったからとなってるけどホンマかいなだ。鯖街道とは若狭の塩鯖を京都に運んだ街道のはずだけど、

「京都に運ぶ以外に福知山とか篠山にも運んでたんじゃいのかな。だから鯖寿司じゃなくて焼鯖寿司になってるとか」

 塩鯖は保存食品だけど日持ちはそれほど長くないから、京都では鯖寿司になり、篠山では焼鯖寿司になってるのかも。

「すぐにそこまで考えるのは昔と変わってないね」

 屁理屈を考えるのだけはね。そんなことはどうでも良いけど、御坂さんって美味しそうに、楽しそうに、幸せそうにご飯を食べるんだ。見てるだけでボクも美味しく感じてしまうだけでなく幸せな気分になってくる。

「そりゃ、広川君とランチじゃない」

 それはないけど、高校のお弁当の時にあれだけ御坂さんと一緒に食べたかる人が多かった理由がよくわかるよ。なんかそこに存在しているだけで周囲を幸せにしてしまう人なんだ。皿そばと焼鯖寿司を堪能してから、

「デザートが欲しい」

 この辺は女の子だな。まあ、あれだけ丹波栗のデザートを売りにされてたら食べたくなるかも。適当にカフェに入ってお茶にしたのだけど、

「フランスでも栗を食べるのよね」

 ああそうだ。有名なものならマロングラッセがあるけど、パリぐらいでも秋になれば焼き栗を売る屋台が出るのが風物詩になるとか。

「それって甘栗?」

 そのまま焼いたものだそうで少し渋いらしい。それでもフランス人が栗を食べる一番ポピュラーなものになってるらしい。

「焼き芋みたいな感じなのかな」

 かもしれないな。他にもカボチャと栗のスープがパックで売られていたり、クリスマスの七面鳥のローストに、栗や玉ネギ、ニンニクをバターで炒めたものが付け合わせとして出されたりするらしい。

 フランスで栗が珍重されるのは、栗の木は樹齢が長いから長寿のシンボルとされているのもあるらしいけど、それより味だろうな。フランス料理でも栗が加わるとちょっとリッチな御馳走って感じになるらしいよ。

「ホントに物知りね」

 マロンパフェを食べながらボクは別のことを考えてた。ここまでになればニアミスデート状態になってしまってる。そういう時間を過ごすのは幸せだけど、やっぱり良くないよ。もう高校生同士じゃないからな。

 当たり前だけど御坂さんは結婚してるはず。というかしていない方がおかしいよ。いくら高校の同級生だとしても、男と女の二人きりでこういう時間を過ごすのは良くないもの。この辺は旦那によって変わるだろうけど、この歳になっても同窓会どころか女子会のランチさえ許さないのもいるって聞くもの。

 御坂さんが奥さんなら旦那さんはそれぐらいであっても何の不思議もないよな。今日のシチュエーションなら見つかることはまずないとは言え、この辺で幸せな時間は終わりにしないと良くないはず。

「なんだそんな事を心配してたんだ。ご心配なくバツイチでフリーだよ」