ツーリング日和19(第6話)暗黒時代

 家に帰って今日のツーリングを思い返していたのだけど、あれが現実にあった話と信じるのが難しいぐらいだ。高校二年か。あの頃がボクの人生の一つの転機であったよな。あんまり思い出したくない話だけど、今日は思い出してしまうな。


 ボクは開業医をしてる。だから医者なんだけど、医者になろうと思ったのは親父が医者だったからだ。この辺は開業医のボンボンが医者になる批判をずっと受け続けていたから、どうしたって思いは複雑になるところはあるけど、親父の職業になるのをあそこまで批判しなくても良いだろうが。

 だけどボクの場合は微妙に違うところがある。親父はボクを医者にしようとしてた。これもよくある話ではあるけど、自分の診療所を息子に継がせたいから医者にしようとしたのではなかったんだよ。

 親父の診療所は繁盛してたけど開業医であることに不満だったんだ。だったら勤務医でいたかったかと言うとそれも違う。臨床医であることが不満だったんだ。臨床医以外に医者の仕事なんかあるかと聞かれそうだけど、親父は臨床じゃなく研究がしたかったことになる。

 研究で有名な医者なら、そうだな、ノーベル賞を取った京大の山中教授かな。もっとも山中教授も最初から研究専念じゃなかったそうなんだ。これは医者だから逆に驚いたけど山中教授は整形外科医だったんだよ。

 この辺も山中教授の臨床志向がどれぐらいだったかは知る由もないけど、整形外科医としての山中教授はヘタクソだったのはエピソードとしては知られてるかな。結果でいえば整形外科医としてのセンスに乏しすぎて研究に転じた部分はあったと思う。

 あくまでも仮にだけど山中教授に整形外科医としての才能が溢れるほどあったらノーベル賞は取れなかったしれないぐらいには思ってる。この辺は臨床医として食べていくのは容易だけど、研究で成功するのは本当に難しいもの。


 山中教授の話はさておき、親父は自分が果たせなかった研究の夢を息子に実現させるのにそれこそ人生を懸けるぐらいの意気込みでやらかしたのは間違いない。そりゃ、物心付く頃には自分は医者になるために生まれてきたと思い込まされていたもの。

 そんな親父が目指させたのが京大医学部だった。これも親父のこだわりとしか言いようがないのだけど、親父自身が京大医学部に入りたくて仕方がなかったで良いはずだ。親父は現役の時に京大を受験して落ち、一浪で港都大医学部に入学してる。

 それでも京大医学部の夢をあきらめきれなかった親父は、教養から専門に上がるときに編入試験に二度も挑戦してる。当時はそういう制度があったそうだけど、でもやはり落ちてるんだよ。だからボクは是が非でも京大医学部だってさ。他にも理由があって、

「研究するなら京大か東大だ」

 研究だけならどの大学でも建前上は出来るのだけど、研究にはカネが必要で、国の研究費の配分が圧倒的に多いのは東大と京大になる。これは医学だけでなく他の分野もほとんどそうのはずなんだ。だったら京大より東大を目指すべきだろうけど、親父には京大医学部への執着が強すぎるから東大じゃなかったみたいだ。

 もっともだけど親父とて研究がしたいから京大医学部を目指したわけじゃなく、港都大で医者になり大学院で博士号の取得のために研究をしたときに面白さがわかったみたいなんだ。だけど研究をするには予算が必要で、港都大では京大の後塵を拝するだけだから泣く泣く臨床に転じたぐらいで良い気がする。

 この辺の事情も複雑そうで、まず親父の実家はそれなりに裕福ではある。そりゃ、爺さんの家だから知ってるよ。だけどあの爺さんはケチなんだよな。ケチだったから資産を築けたのだけど、親父も医者になったからには研究なんてゼニにならないことはやめて、臨床医になって稼げとさんざんせっつかれたらしい。

 あれやこれやでやりたかった研究を断念させられた無念が、すべて息子であるボクに乗っかかったのがボクの子ども時代だった。言うまでもないけど京大医学部は難関中の難関だ。入りたいだけで入れるところじゃない。

 その京大医学部の最初のステップとして挑戦させられたのが灘中受験になる。小学校時代は灘中受験に染め上げられたようなものだったな。結果は・・・見事に落ちた。でも親父はあきらめず灘高受験を目指させた。あははは、これも落ちた。

 県立高校に進学したのだけど、そこから京大医学部を目指せと親父はラッパを吹き、尻を叩きまくっていたんだ。そして高二だ。親父は脳出血でアポーンだ。たく医者なんだから自分の血圧ぐらい管理しとけよな。

 親父は家の中の独裁者だったんだよ。誰も逆らうことの出来ない独裁者で、ボクも親父の敷いた京大医学部以外のレールを考えることさえ許されない感じだった。高校生にもなってと笑われそうだけど、子どもの時からというか物心ついた時から君臨していた独裁者に逆らうなんて考えもしなかったのはあった。

 でもさぁ、自分がそれほど優秀じゃないのは悟ってはいたよ。灘中受験しろ、灘高受験にしろ、それ用の進学塾に通うじゃないか。周囲がそんな連中ばかりだから嫌でも自分の才能のポジションがわかってしまうんだ。

 高校ですらそうだ。私学に通わず公立から京大や東大を目指すのもいるのだよ。そういう連中との差はどうしたってわかってしまう。そりゃ、試験の成績がその人間の才能をすべて表すものじゃないにしろ、入試はいかにペーパー試験で点を取れるかの戦争だし、その能力は劣っているんだよな。


 とにもかくにも家庭内の独裁者であった親父の急死で、生まれて初めて自分の進路を自分で考えることが出来た。だけどね、親父の負の遺産はどうしようもなくなっていたとしか言いようがない。いくら考えても医者以外の進路が思い浮かばなくなっていた。

 ここだって、そんなに医者になりたかったかと言われたらそうじゃないんだ。あれだけ言われまくった反発で医者には嫌悪感さえまであったぐらい。なのにだよ、自分で進みたい道を選べるようになったのに医者ってなんだよと思ったもの。

 これも笑ったら行けないけど進学したのは一浪で港都大医学部だ。こんなところまで親父の呪縛があるかと思ったよ。考えてみれば親父は京大医学部に入りたいために死ぬほど勉強して港都大。ボクは親父に尻を死ぬほど叩かれて勉強させられてやっぱり港都大だ。

 これが血筋ってやつじゃないかな。我が家にとって京大医学部は天敵みたいなもので、関わると身を滅ぼすぐらいだ。もっともそれも二代で終わりだ。元嫁が引き取った子どもは京大医学部なんか目指さないだろ。


 高二が京大医学部受験の暗黒時代からの転機になったのはそれでも言えるとは思う。と言うのもあの暗黒時代は学年が上がるにつれて暗さが増していた。小学校から中学校ぐらいまでは、

『よく学び、もっと学べ』

 ぐらいだったんだよ。それが灘中に引き続いて灘高も落ちたものだから、

『よく学び、もっと学び、死ぬ気で学べ』

 こうなっていて、これを文字通りの我が家の独裁者は問答無用で強制していた。あの頃は世の中が灰色にしか見えなかったものな。この世に存在するのは参考書と問題集しかないかと思えたぐらい。だからひたすらガリ勉の陰キャだった。

 それでも思春期だから御坂さんのような美少女には憧れてはいた。それだけじゃない、高校生活というか学生生活に憧れまくっていた。たいした憧れじゃないよ、恋したりもあるけど、放課後に買い食いしたり、ゲームセンターに行くとか、カラオケに行くとかだよ。

 ゲームやアニメだってそうだ。そんなもの家では厳禁以前の代物だったから、そんな話題に熱中している同級生が羨ましくて仕方なかったんだ。そんな憧れの生活が独裁者の急死で・・・訪れなかったな。ああいう遊びだってそれなりの経験の積み重ねが必要なんだよ。ボクの暗黒時代に致命的に欠けていたもの、

『よく遊べ』

 これを痛感させられた。学生の本分が勉強なのは否定しないけど、人生の勉強は教科の学習だけじゃないってことだ。遊びの中で得られるものがどれだけ多いかってことだよ。あそこから追いつこうとしたけど、人並みに遊べるようになれたのは大学になってからようやくぐらいだった。

 あれだって「ようやく」だ。なんでもそうだけど、人は年齢で感性が変わってくる。同じ漫画、同じアニメを見ても、そこから受ける影響は年齢によって随分変わる。その年代で経験できないと後からは取り戻すのは難しいと思ってる。

 だからボクはどこかで人とずれているところがあるの自覚はずっとあるかな。ボクの暗黒時代はどう考えたって健全なる精神を養うには不適切過ぎたもの。だから結婚だって失敗したのかもしれないと思ってるぐらい。


 そんなことをいくら考えても埒が明かないのだけど、独裁者がいなくなった時の御坂さんの存在はボクにとっては特別も特別なんだよ。とにかく御坂さんの存在はボクには眩しすぎたなんてものじゃなかった。

 御坂さんが放つ眩しすぎる世界は憧れだったし、ああいう世界に行ってみたい、ああいう風になりたいってずっと思ってた。御坂さんがいる世界こそがボクの夢の世界だと思ってたもの。

 もうちょっと言えば灰色にしか見えなかった世界が、御坂さんの輝きで色がついて行ったのが高二時代だったと言っても良いぐらい。もし御坂さんが同級生として存在していなければ、ボクはもっと歪んだ人間になっていたと思う。それぐらい御坂さんはボクにとって憧れであり特別すぎる人だってこと。

 それにしてもいくら冗談でも唐櫃のホテルの話は参ったな。そういう話題を冗談でも出来る歳になってしまっているのはわかるけど、聞いた瞬間に頭に血が上ってしまったのは白状しておく。

 高校の同級生って不思議だよな。小学生や中学生の同級生とは違うと思う。あの頃の憧れとか、恋心って何年たってもあの時のままの気がするもの。この辺は相手が御坂さんだったのもあるだろうけど不思議すぎる感覚だ。