ツーリング日和9(第12話)喬子様

 喬子様は甘橿宮親王殿下の三番目の子どもなんだ。ちなみに上は兄二人の末娘。たしか大学を卒業した後にケンブリッジに留学したはず。ロマンスの影は大学の時からあったはずだけど、ケンブリッジ留学で一度は消えたはずだけど、

「いえ、続いております」

 ここも遠恋やってたかどうかは肇さんでも知らないとしてた。その頃はまだ侍衛官じゃなかったのもありそうだ。わかっているのは、大学の時の相手と、今の相手が同じぐらいのよう。素直に考えれば続いていると見れるはずだけど。

「やっぱり相手は小杉慶太か」

 そういう名前だけが上がった時期はある。あははは、さすがコトリの恐怖の交渉家の異名はダテじゃないね。あんなものの相手をさせられるのが可哀想過ぎるよ。コトリに値切り交渉をやらせたら、半値八掛け二割引をスタートラインにさせられちゃうもの。

「あの、その、えっと・・・」

 無駄な抵抗よ。白状なさい。

「あれは喬子様がお優しすぎるからで・・・」

 えっ、なんだって。小杉慶太は喬子様の三つ上。同じ学年だから一浪はともかく二留は頂けないかな。二留の原因は遊び過ぎだって。おいおい、それだけで恋人になれる資格なんてないだろうが。それでも浪人や留年を繰り返せるから実家はリッチなんだろうけど、

「そうではありません。いや、そうかもしれませんが・・・」

 小杉慶太は母子家庭。実父とは子どもの頃に離婚しているのか。こういうのも皇室的には良く無いとは思うけど、その後に実母は再婚を三回って・・・結構な経歴だよ。実母の仕事は、

「ありません」

 なんだって! だったら、どうやって暮らしてるんだよ。それって冗談でしょ。実母の再婚相手は金持ちの高齢者が相手で、再婚後数年したら再婚相手が亡くなり、養子になっていた息子と一緒に遺産をガッポリって、

「それって結婚詐欺みたいなもんやないか」

 詐欺とは言い切れないけど、一回じゃなくて三回もやらかしているのは常習犯ぐらいは言える。

「でもそういう生活をされているせいか・・・」

 悪銭身に着かずってやつか。そんな時に起こったのが息子と喬子様のロマンスで良さそうだけど、

「交際をタネにして借金を重ねられています」

 なんだよそれ、

「ですから今に至るまで交際についての発表はなされていません」

 そんなもの甘橿宮家だって出来るものか。世間から袋叩きにされちゃうもの。それ以上は雲の上過ぎるから肇さんでも詳細は知らないとしてたけど、どうも甘橿宮家からも小杉家に援助がされている気配があるって大問題じゃない。

 どうでも良いけど、喬子様もそんな相手をどうして切れないんだよ。どこからどう見ても不良債権じゃないか。別に皇室じゃなくても娘なんかやれないよ。母子家庭はまだしも、母親の怪しげな再婚の繰り返し、どうやって生活しているのかわからない実家、さらに借金まであるみたいじゃないの。

 そりゃ、結婚は本人同士の同意がすべてで、家は関係ないと言えなくはないけど、結婚すれば相手の家族は親戚になるのだけは逃げられないのよ。そもそもだよ、結婚ってみんなに祝福してもらいたいものじゃない。友人知人、なにより親兄弟からね。

 そこに喧嘩売りまくって結婚するのもいるし、喧嘩を売ってでも結婚するケースもあるだろうけど、そうしないように普通は努力するものだよ。喬子様の相手の家なんか、相手の実家をATMにするつもりにしか見えないじゃない。

 えっ、待ってよ、こんなミエミエの状態でも交際が続くって・・・冗談でしょ。そこまで本当にするのがいるって言うの。相手は皇族だよ。

「甘橿宮親王殿下も苦慮されておられるとお聞きしたことがあります」

 これまでの関係を逆手に取られて脅迫されてるの言うの。

「信じられんような話やけど、考えようによっては成立するで。もっとも、こんなもん誰も思いつきもせえへんし、やろうとも思わんけどな」

 小杉親子は明確な意図を持って喬子様に接近したと考えるのか。まさか留年もそうだったとか、

「そこまではわからんが、雲の上の人々は世間の免疫が薄いんちゃうか」

 それはあるかもね。良い意味でも、悪い意味でも世間知らずも良いとこで暮らさざるを得ない人々だもの。恋愛だってそうで、男を見る目を養う経験なんて積みようがないはず。そんなところに手練手管に長けたのに狙われたら、

「そうやねんよな。基本的に明確の悪意をもつ者は近づかへんお身分や。そういう身分が皇族でもあるんやが、そこに近づかれてしもうたらイチコロかもしれん」

 小杉の母親もそれだけの事を出来たぐらいだから美貌だったと思うけど、どんな美貌を誇っても歳には勝てないのが人だよ。だから再婚詐欺に限界を感じていたのだろう。それに再婚詐欺をやっても手に入るのは一時金みたいなもの。

「そんな気がするわ。もう歳やから永続的なロイヤルATMを確保を狙ってるで」

 喬子様を嫁にしただけで小杉親子が手に出来るのは、皇籍離脱に伴う一時金が一億円、さらに喬子様の貯金が同じぐらいあると言われてるのよ。それだけでも巨額なんだけど、

「使うたらしまいや」

 そういう生活を続けてるからね。でもさすがに喬子様をポイ出来ないじゃない。

「いやどんな手を使っても繋ぎとめるやろ」

 たとえ皇籍離脱をして一般人になっても元皇族の身分は死ぬまで付いて回る。これじゃ、わかりにくいか。元皇女が不祥事を起こせば皇族にも影響する。もし生活が困窮すれば援助せざるを得なくなる。もう皇族じゃなくても実家は宮家だものね。

「カネかって借り放題やし、尻拭いは宮家や」

 だったら尚のこと不良債権は切り捨てないと。

「そやから切り捨てられへんとこまで小杉親子は喰いこんどるんやろ」

 ここで切り捨てられたら自爆覚悟のスキャンダルに仕立て上げるのか。週刊誌にネタを売り込めばかなりのカネになるものね。

「おおよそ、そんなところで間違っていないはずです。喬子様は当面のスキャンダル回避のために覚悟を決めてらっしゃいます」

 そんなことをしたって一時凌ぎも良いとこだし、それこそ小杉親子の思う壺じゃないの。

「私たち皇宮護衛官は無力です。もし暴力で襲い掛かられたのならば、身命を賭すだけで話は簡単ですが、小杉親子が相手になると手の出しようがありません」

 肇さんが目が真っ赤だ。それだけじゃない肩を震わせてるじゃない。余程悔しいのだろうね。今日話してくれたことも、皇宮警察、とくに甘橿宮家を担当している皇宮護衛官なら常識だと思うよ。そこまでわかっていても手が出せないものね。でも、これはそれだけじゃないよ。

「肇さん、好きなんでしょ」

 そのはずよ。お側で警衛に当たって、親しく接していると言ったもの。それで魅かれなければウソだよ。ましてや相手は宮中の花の喬子様。

「御冗談を。私は皇宮護衛官です。警衛に当たらせて頂く皇族の方々に、そのような感情を抱くことは決してありません」

 建前はね。だけど皇宮護衛官は木念仏じゃない。血の通った若い健全な男だ。喬子様の美貌は折り紙付きだし、性格が良いのもお側に付いてよくわかってるじゃない。そんなイイ女がいて心が動かない方が不自然過ぎる。

 そうか、そういう事か。肇さんは喬子様に魅了されて恋をしてるんだよ。こんなもの、こういう状況でするに決まってるじゃない。だけど皇宮護衛官だし、そもそも身分違いが大きすぎるのよね。だから無理やり抑え込んでるんだ。

 だけど小杉親子が出現したから動揺してるんだよ。このままじゃ、小杉慶太と喬子様は結婚になってしまうもの。小杉慶太が結婚できるのなら、肇さんだって結婚できると思い始めてるんだ。

 気持ちはよくわかる。どう見たって喬子様と小杉慶太は不幸の結婚にしかならないもの。それを防いで自分が結婚して幸せにしたいんだ。それならば、皇宮警察は辞める気ね。さすがに皇宮護衛官の身分のままで結婚したら職務倫理に問われるもの。

「そんな理由じゃありませんが、皇宮護衛官は向いていないと感じていますので、転職は考えています」

 肇さんはやる気と見た。指をくわえて見てる気はないはず。今夜だってここまで話したのは、コトリの説得に負けた部分はあるけど、もう話しても良いところまで覚悟を固めてるからのはず。

「ユッキー、久しぶりに漢を見たで。惚れた女にそこまで出来るのはそうはおらん」

 肇さんは小杉慶太を刺す気だ。そんなことをすれば死刑にまでならなくとも、長い懲役刑が待ってるから人生を棒に振る事になる。だけど小杉慶太を始末できれば小杉の母親も手がかりを失い喬子様は守られるもの。コトリもイイよね、

「ああ、エエ退屈しのぎが出来そうや。そやけど相手が相手やから気合がいるで」
「あのぉ、どういう意味ですか?」
「コトリとユッキーがなんとかしたる」
「なんとかと言われても・・・」

 そりゃそうね。こんな小娘が言っても冗談にも聞こえないよね。でもコトリが、いや知恵の女神である次座の女神が本気を出してなんとかならなかった事はないの。こうなればツーリング中の道だって間違わないもの。

「うるさいわい」