ツーリング日和9(第30話)華燭の典

 喬子様との結婚ですが、これでも通常の皇族女性ものと違います。皇族女性との結婚式は、朝見の儀が終わった後は一般の結婚式とほぼ同じなのです。そうですね、ホテルで神前式を挙げ、そのまま披露宴のスタイルです。たとえば明治神宮で式を挙げられた皇女もおられますが、そこからホテルの披露宴会場に移動になります。

 ですがボクの場合は結婚の儀、つまり式だけを挙げて披露宴は同日に行われていないのです。これは結婚の儀を吉野神宮で挙げたので同日に披露宴など無理なのもありましたが、それも含めて綾乃妃殿下の指示です。初夜を過ごしたボクと喬子様は宮中に向かいます。これが聞かされていた重大発表のようです。

 ボクたちが呼び出されたのは皇居正殿松の間。陛下を中心に皇族方が正装でずらっと居並ぶ中を前に進むと陛下は、

「爾今鴛鴦宮とす」

 この言葉を頂いて退出です。なんだ、なんだの疑問しか湧きませんが、そこから千鳥の間に案内されると綾乃妃殿下がやってきました。これから記者会見があるから今回の件についてのレクチャーのようです。

「このタイミングしかなかったから・・・」

 過去を遡ればキリがないので現在の話にするとしましたが、宮号は誰でも名乗れるとしました。えっと思いましたが、宮号についての規定は皇室典範になく勝手に名乗っても罰則はないとのことです。

「今でも詐欺師が使いよるわ」

 もちろん皇室内でルールはありますが法的な根拠はなく、

「言い切ればニックネームのようなものじゃ」

 だからボクが鴛鴦宮を名乗るのはどこにも問題がないとしました。法的な問題はともかく一般人であり、皇宮護衛官であり、しかも元皇族である喬子様を妻にする立場ではどうかですが、

「だからこそあのような場を設け陛下のお言葉を頂いておるのだ」

 頭が混乱しそうですが、まず宮号は誰でも自称でき、皇族の宮号も法的根拠はありません。皇室でも陛下が認めれば呼ぶのは可能って、待った待った、それでも原則は皇族、それも独立した成年男子にのみ認められるはず。

「天皇家内のルールを決められるのは陛下だ。陛下が認めれば皇族もそれを認める。先程も誰も異論を挟まなかったであろう」

 だからあれだけの儀式をわざわざ。でもそれに何の意味が、

「この度のそちたちの結婚の意味じゃ。タダの皇女との結婚ではない、陛下の大御心の南北融和のためのものだ」

 つまり北朝から南朝に対して嫁を差し出す事による南北和解の象徴にしたいとされますが、

「そのためには南朝も皇族である必要がある。しかし現在の皇室典範は陛下と言えども覆せるものではない」

 一度皇籍離脱すれば復帰は出来ません。ましてや一般男性が皇籍に入ることなど出来ません。

「そちも先祖を遡れば桐良親王、さらには後醍醐陛下になる。だがさすがに遠い。それゆえに今回の対応が必要になった」

 綾乃妃殿下が考えているのは、ボクはあくまでも一般人ですが、宮号で呼ばれる地位にしたいとの御意向のようです。その裏付けが先程の儀式であり、あれで皇族がボクを呼ぶ時には鴛鴦宮になるで良さそうです。

 こう考えれば良いかもしれません。陛下としては南北融和のためにあくまでも北朝から南朝に嫁を出す形式にしたい。しかし法の前ではボクを皇族にするのは不可能ですから、皇室内の扱いだけでも皇族に近いものするぐらいです。

「おおよそ、それぐらいだ。後は任せたぞ」

 待ってくれぇと思いましたが、これだけのレクチャーで放り込まれたのは記者会見です。とにかく異例としか言いようがありませんから、どれだけ大変だったことか。ワイドショーでも取り上げられ、皇室専門家みたいなのがなんだ、かんだと小難しい解説を繰り広げる騒ぎになったはもちろんです。


 この鴛鴦宮宣下に連動して宮中饗宴の儀が執り行われました。そうなったのはボクが皇室内では皇族待遇になったと考えて良さそうで、皇族男子の披露宴であるならホテルとかではなく豊明殿での公式のものになるぐらいです。

 もっとも皇太子とかの宮中饗宴の儀となると三日間、それも午前と午後の六回にも及ぶ壮大なものになりますが、そこは略式で一日一回で終了となります。ボクの場合は招待客も両家の親族が中心のもので、そういう意味では場所が宮中と言うだけで普通の結婚式に近いとも言えます。

 わざわざ宮中饗宴の儀にしたのは、あくまでも皇族同士の結婚として場所と形式が重視されたぐらいです。それでも喬子様に言わせると、

「陛下が御臨席なされるなんて・・・」

 これも皇室の慣例で女性皇族の披露宴に出席されることは自分の娘であっても稀なのだそうです。ここで問題になったのが誰が最初に祝辞を述べるかです。これは新郎であるボクの家からまず代表を出さないといけないのです。

 ボクは能天気に上司に頼んだのですが、それこそ血相を変えられて、次々と上に丸投げされていき本番では、

「警視総監を勤めます・・・」

 皇宮警察のトップは本部長ですが、組織としては警視庁の一部門ですから警視総監まで話が駆け上がってしまったようです、他にも来賓祝辞が必要なのですが、みんな尻込みして困ってしまいました。

 誰だって陛下以下皇族が居並ぶ中でやりたくないのはわかります。ボクの交友関係でそんな場に相応しい人など思いつきもしません。思い余って月夜野社長に相談すると、

「適当なんを調達しとくわ」

 なんと月夜野社長が出席して祝辞を頂けただけではなく、エッセンドルフ侯爵のユリア殿下、将棋の茅ヶ崎竜王と目の眩みそうな豪華メンバーで腰を抜かしそうになりました。それでも月夜野社長は、

「悪いな。新郎側やから男も必要やってんけどロクなのがおらんでな。結衣かってどうかと思わんでもあらへんけど、有名人やから滑り込みぐらいでセーフやろ」

 結衣とは誰かと聞いたら茅ヶ崎竜王の事でした。滑り込みって言いますが、将棋界で人気沸騰、スーパースターの無敵の女王ではありませんか。ユリア殿下も茅ヶ崎竜王にも事前に引き合わせてもらったのですが、

「これぐらいならお安い御用です」
「旅の仲間じゃないですか」

 あまりに気さくなのに驚かされました。それに驚いたのはこのお二人が月夜野社長と知り合われたのもツーリング先で良さそうなのです。月夜野社長によれば、

「結衣は将棋も強いが杖術も強いで、一遍手合わせしてもうたらどうや」

 宴は続いたのですが、ここでサプライズがあり、

「ストリート・ピアノストのコウです。今日の目出度き日にお招き頂き光栄で御座います。二人の門出を祝して・・・」

 ぎょえぇぇ、あの超が付く有名ピアニストのコウですよ。それは、それは見事な演奏を披露してくれました。コウは演奏が終わると挨拶に来たのですが、なぜかユリア殿下と一緒で、

「婚約者です」

 なんだってと思うしかありませんでした。コウさんのサプライズも月夜野社長の発案のようですが、どれだけ顔が広いのか魂消るばかりでした。


 披露宴に当たる宮中饗宴の儀が終わればさすがにすべて終わりと言いたいですが、さすがは皇室でまだあります。神宮に謁するの儀と言うのですが、伊勢神宮への参拝です。これは喬子様と夫婦になって初めての旅行になりますが、どうにも違和感があります。元皇族であっても侍衛官が付くのです。

「本田、なにをしている」
「見てわからんか、喬子様の警衛だ。お前は守らん。どうしてオレより強いやつを守らなければならないのだ」

 この鴛鴦宮ですが、なってみると珍妙と言うか微妙すぎるものなのです。まずボクは一般人ですし皇籍離脱された喬子様もそうです。皇室予算は付きませんし、税金も払います。喬子様の持参金はありますが、基本はボクの給料で生活しています。

 ですが皇室関連行事への出席が必要です。これはボクのところだけではなく、他の皇女と結婚されたところもあるのですが、皇族にも序列があります。陛下を頂点に東宮、直宮家、親王家、王家、その他ぐらいです。

 直宮家とは現陛下の皇子や皇兄弟の宮家になり、親王家は先代陛下以前の二世孫までの宮家です。これは皇位継承順を反映しているとも、現陛下との血縁の近さを現わしているとして良いでしょう。

 鴛鴦宮家ですが皇位継承権は言うまでもなくありません。ですから本来は皇女と結婚したその他になるはずですが、宮中関連行事の席次は驚くなかれ東宮に次で直宮家の上なのです。出席した時にどれだけ気まずかった事か。綾乃妃殿下からは、

「陛下の大御心の反映である」

 ボクと喬子様の結婚の目的は南北朝の和解と融和です。持明院統の喬子様が大覚寺統のボクのところに嫁入りしてるのに大きな意味があるとしています。これは何度も聞かされましたが、

「北朝の皇女が南朝の宮家の嫁になるのが理想だ」

 とはいえ皇室典範がありボクは皇族になれません。

「皇族にはなれないが、皇室が宮家として遇する事は可能だ。さらにだ・・・」

 皇族の宮家は代を重ねるごとに皇位継承権から遠ざかり序列は下がります。ですが鴛鴦宮家は皇族でないので、その宮中序列は別格待遇に出来るとか。なにか強引と言うか、無理があり過ぎるのですが、

「言うな。ここまで持ってくるのにどれだけ大変であったか。すべては陛下の大御心の体現と思い尽くせ」

 ですが世間はこの珍妙な鴛鴦宮家を受け入れてしまっています。そのためボクは鴛淵と呼ばれるより、

『鴛鴦宮肇殿下』

 こう呼ばれることが多くなっています。この皇族待遇は勤務する皇宮警察にも影響が出ています。とにかく扱いに困っているぐらいでしょうか。ボクが出席する皇室関連行事は多いのですが勤務より優先されます。優先というか、形としては侍衛官の仕事として出席になっています。さらに担当が鴛鴦宮家になっています。署長は、

「昼も夜も喬子様をお守りするのが仕事だ。もし喬子様を悲しませることがあれば皇宮護衛官全員を敵に回すと思え」

 他の業務は、

「殿下を部下にしたい者などいるものか」

 さらに喬子様との結婚とともに何故か警部に昇進。

「結婚祝いだ」

 ちょっと待って下さいよ。昇進するのは素直に嬉しいですが、警部補から警部になるには警部補になってから四年で昇任試験の受験資格が得られるだけじゃないですか。結婚祝いみたいなお手盛りで昇進して良いものではないでしょう。

「君の扱いはキャリア待遇を越えるものになる。これは警視総監からの直々の指示だ。まあ、すぐに警視になるだろう」

 ロイヤル待遇みたいで嫌なのですが、警察としてもロイヤル待遇にせざるを得ないの判断になっているそうです。本音はクビにするなり、辞職して欲しいのでしょうが、辞められたら、辞められたで問題になるのは必至ですから、ひたすら祀り上げられて閑職でお茶を濁したいぐらいのようです。

 良かったのか悪かったのかわかりませんが、喬子様と結婚する覚悟とは、こういう事も全部ひっくるめて受け入れる事のようです。つまりは庶民としての生活には二度と戻れないと言うことです。

 とにかく異世界に放り込まれたようなもので、慣れると言うより翻弄されるような毎日です。たしかに綾乃妃殿下が仰られた通り、生半可の覚悟で務まるようなものではありません。でも家に帰ると、

「お帰りなさいませ」

 これも未だに信じられない部分が残っていますが、喬子様はボクのことを本当に愛してくれています。あの喬子様がですよ。顔を合わすたびにこれが夢でないのが信じられないぐらいです。喬子様は、

「もう妻でございます」

 あれこれ思う事もありますが、これこそがボクにとっての現実のすべてで、喬子様を守り抜き、幸せにすることがボクの使命です。