ツーリング日和9(第26話)次のステップ

 今回の出張はコトリがため込んだツケを払いに行ってるようなものだから長いのだけど、

「その通りや。小杉親子の動きが迫っとったから急ぐ必要もあったんや」

 動きとは喬子様との婚約の発表。甘橿宮家も天皇家もこれ以上は延ばせなくなっていたのよね。だからこっちも動かないとならないんだけど、こっちはこっちで海外長期出張が待ったなしだったもの。どっちが大切かと言えば、

「そんなもん食う方に決まっとる」

 だから長期出張中は災厄の呪いの糸で地味にダメージを与える作戦にしたんだろうし、

「血腥いのはアカン」

 殺しちゃったら話が早いのだけど、そういうやり方はスマートじゃないし、

「つまらんやん」

 小杉親子の動向は女神の糸を掛けてるし、シノブちゃんにも監視させてる。相当参ってるみたい。あれだけやられればね。それで思惑通りに進みそうなの。

「だいたいな」

 あれだけ災難が日常的に続いたら、誰だって考えてしまうのは呪いとか祟り。まあこっちから送り込んでるのだけど、そういう非現実的なものを信じてしまうもの。

「ああ行っとるで。占い師とか、除霊師とか、拝み屋とか」

 でもそんな連中じゃ女神の糸は見えないし、ましてや断ち切ることなど不可能なんだよね。ああいう連中の中には生き残りの神も混じってるかもしれないけど、ミニチュア神クラスや使徒の祓魔師クラスじゃ手に負えるものか。

 でも呪いとか祟りに傾倒すると、より強い霊能力者を探し求める事になる。だけどその世界は組織化もされていないし、明確なランク付けがあるわけじゃない。困れば困るほどアングラ情報に飛びつきやすくなる。

「そろそろ行ったんじゃない」
「まだみたいや。あんまり早うても都合が悪い。こっちかって出張のスケジュールがタンマリ残っとるやないか」

 そうなんだけど。長期出張のスケジュールをだいぶこなした頃に。

「ついに行ったみたいや」

 ここは賭けね。

「だいじょうぶやろ。別に喧嘩しとるわけやないし」

 でも仲が良いとも言えない。小杉親子が探し当てたのは竜宮島。そう浦島夫妻が亀縁起の本拠地を構えてる島。あそこはさすがのシノブちゃんでも手が出せないところだよ。

「どこまで見えると思う」
「エラン往復がプラスされとるから糸ぐらい見えるはずやねんけど」

 どうだろう。こんな無理しなくても良いと思うけど。

「そない心配せんでも、あっちはあれをシノギにしとる」

 その期待で動いてるんだけどね。コトリ、なにか感じたの。

「さすが乙姫や。気づいたんは気づいたみたいや。そやけど糸を手繰ってコトリを見るのは無理やろ」

 でもそんな芸当が出来るのはわたしかコトリぐらしかいないぐらいはわかるはず。

「だからと言って、コトリと喧嘩する気もあらへんはずや」

 それでも地味な攻撃の成果はあったみたいで、小杉親子側から婚約発表を遅らせるとの連絡はあったみたい。これは乙姫に見てもらった効果かもしれない。

「まあな。非現実的な呪いや祟りの裏付けが取れたようなもんやからな」

 裏付けと言ってもそれ自体が非現実的なんだけど、起こっている現象と符合すれば何とか解除したいのが人情だもの。そうこうやってるうちにやっと長期出張が終了。帰りの便をわざと成田にしたのは、

「綾乃妃殿下に御挨拶や」

 また行くの。なにか考えがあるのだろうけど。東宮御所でガールズトークと言う名の謁見に臨んだ。儀礼的な挨拶をすませて、

「陛下の宸襟を悩ませる輩への対応は進んでおりまする」
「御苦労な事と存じます」

 ここでコトリが持ち出した話題はなんと南北朝問題。妃殿下は避けたそうだけど、

「歴史的には明徳の和約で南北合一は遂げられております。ですがあの和睦で唯一反故にされたものが御座います」
「両統迭立であろう」

 さすがは妃殿下よく存じておられる。

「私とて今さら両統迭立の問題を云々しようとは存じませんが、皇室はかつて南朝を正統として認めてしまっておりまする」

 ぐっと詰まった妃殿下だったけど、

「明治四十四年の明治陛下の御裁断はそういう趣旨ではなく・・・」

 苦しいところかな。あれは南朝にも正統の天皇がいたとしたものだよ。南北とも正統であったのが南北合一により一本になり、現在の皇室に続くとした玉虫色の解釈のはずなんだ。南朝のみを正統なんかにしてしまうと、北朝である持明院統の末裔である現在の皇室が否定されかねないものね。

「よく御存じです。今でさえ南朝正統論は生きており、この話題はこれ以上は御遠慮頂きたい」

 そうしたいよね。

「現在の皇室を否定する者などあろうはずも御座いません。持明院統、大覚寺統と言えども元をたどれば神武天皇の御子孫であります」

 結局そうなのよね。本家筋と分家筋の一時的な相続争いみいなものだもの。

「ですが明徳の和約に従い、南北合一を果たされた南朝の方々に対する冷遇まで否定なされますまい」
「そ、それは・・・」

 南朝系の皇族が消えてしまったのは妃殿下だって否定はできないはず。でも当時の権力争い的にはあれで正しかったよ。誰が当事者であってもああしたはずだもの。その責任を今の皇室に問い質したところで何も出てこないもの。

「私は南北朝正閏論を蒸し返したい訳では御座いません。今の皇室は南北合一の系譜を引いて成立したものであります。私がお聞きしたいのは南朝の系譜を引く者を皇室に迎え入れるのを歓迎なされるか、拒否なされるかです」

 コトリはなにを言いたいの、妃殿下も訝しげに、

「この今上陛下の御代に南朝の出自であるからとして拒否などありえませぬ」

 これしか答えようがないよ、

「しからば、もう一歩話を進めさせて頂きます。むしろこれを歓迎として慶祝するのはあり得ませぬか」

 うん、それって、

「南北に皇統が別れた時代は悲劇だったと申せましょう。それを終わらせた明徳の和約から南北合一は当時の関係者の為せる偉業であります。しかしながら、当時の大勢から南朝の皇族方は不遇を余儀なくされました」

 さっきの話の繰り返しだけど、

「ここで南朝の皇族を皇統譜に再び加える事は、明治陛下の御遺志を今上陛下が実現させる慶事以外の何物でもありえませぬ」

 妃殿下はコトリの真意を諮りかねてるよ、

「あの悲劇の時代に真の終止符を打てる慶事と申せますが、まさか・・・」
「そのまさかで御座います。この慶事の実現にあたり何卒妃殿下のお力添えを頂きとう存じます」

 妃殿下はしばらく考えあぐねられ、

「あまりの申し出、しばし時間を頂きたい。事が大きすぎ、皇太子殿下はもちろんのこと、陛下にもよくご相談させて頂かぬとなにも答えられませぬ」