ツーリング日和9(第27話)皇室報道

 マスコミ報道にはなんとか筋として報道されるものが多い。政府筋とか、なんたら省筋とか、権威筋とか、消息筋とか。これは取材源の秘匿とされてるけど、よく考えなくても誰が言ったのかわからない代物。

 本当に匿名を条件に重大情報を得たケースがあったのを否定しないけど、とにかく政治がらみだから、政治的観測気球の場合も多々あるはず。マスコミを利用して世論の反応を見るってやつ。

 それよりも本当にそんな取材対象者がいたかどうかも怪しいケースも珍しいとは言えない。そう、日本の政治記者も政治が大好きだから、誰かに仮託した体裁で自分の意見に世論を誘導するとかよ。

「そもそも、どんな発言をしても、記者が記事にしたい部分だけを切り取るのが殆どやもんな」

 それこそ古典的な脅迫文書みたいなもので、新聞文字を切り抜いて文章を作るようなことを平然とやるのよね。だから政治家もきちんと自分の主張を聞いてもらいたい時にはユーチューブでする人も増えてるもの。

「記者会見でやれば、どんな報道に料理されるかわかったもんやないからな」

 マスコミにも皇室報道がある。これは観測記事でもなんでもなく単に事実なんだけど陛下の吉野訪問が話題になってた。

「吉野神宮を参拝して塔尾陵に行ったやつやろ。これだけやったら金峯山寺のついでにも見えるけど観心寺の檜尾陵まで回ってるもんな」

 塔尾陵は後醍醐天皇、檜尾陵は後村上天皇の陵墓だよね。これにはセットのようなものがあって、

「皇太子殿下夫妻が京都を訪れた時に嵯峨東陵と嵯峨小倉陵をわざわざ参拝しとるってやっちゃろ」

 嵯峨東陵は長慶天皇、嵯峨小倉陵は後亀山天皇陵になるんだ。陛下や皇太子殿下が先祖の天皇陵を参拝してもおかしくはないのだけど、こんな短期間に南朝四代の陵墓を参拝したのは何故だろうってこと。

 世の中には皇室ウォッチャーなるものが存在する。皇室ウォッチャーも皇族女性のファッションチェックをしている人までいるけど、皇室には菊のカーテンがあるから、わかっている事実や漏れ出た情報から皇室の動きをあれこれ推測するのもいる。

 そんな皇室ウォッチャーに南朝四代の陵墓参拝は注目された。皇室が南北朝正閏論に神経質と言うかタブー視しているぐらいは彼らの常識だからね。だから南朝四代の陵墓を参拝するにしても、出来るだけ目立たないようにするし、そもそも参拝は避けるはずだとしてた。

 先祖の墓参り自体は子孫にとって当たり前なんだけど、とにかく先祖が多いし、墓だって点在してる。だってまともにやれば天皇陵だけで軽く百を超えるもの。だから参拝しない陵墓があったからと言って非難なんかされないもの。

 そんな陵墓の中でもタブー視されているはずの南朝四代の陵墓を短期間に参拝したのは何らかの意図があるはずだってね。

「皇室ウォッチャーならそれぐらい勘づくと思うけど、それを解説するのが大変やった」

 まあそうだった。南北朝時代があったのは学校の歴史で知っていても、それがどういう発端で始まったのかとか、ましてやどうやって終わったのかなんて知ってる人の方が少ないものね。

「そやろな。でもそれがわからんと、皇室が未だに南北朝問題に神経質で、今回の南朝四代陵墓参拝がどうして異例なのか理解出来へんもんな」

 すぐにわかるのは歴史オタクぐらいだよ。でもね、皇室ってやっぱり注目されるのよね。皇室ウォッチャーの解説を受けてにわか評論家がウジャウジャ出てきた。

「そやったな。あれは南朝を正統として認めるための下準備やとかな」

 それだけは絶対にあり得ないの反論がすぐに入ったけど、どうしてあり得ないのか説明を理解するのも一苦労みたいな状態だった。でも本当の意図は、

「ああ綾乃妃殿下の手が入っとる気がする」

 だけど、

「こっちにも情報はシャットアウトや」

 そうなのよね。わたしたちから見たら二度目の謁見の時の話に基づいての動きにしか取れないのだけど、

「その辺は狐や。ポシャった時の保険も考えてるんやろ」

 ああいう人種は優しそう、親切そうに見えても心の奥底ではなにを考えているのかわからないところがあるのよね。昔から長袖者は煮ても焼いても食べれないのは常識だもの。

「それは言い過ぎや。視点と価値観の置き方がちゃうのやろ」

 かもね。そうなるとこっちもカードを上手く使わないといけないけど、どうなってるの。

「おもろい事になっとるわ。家中にお札張って籠城してるんやもの」

 そのお札って、

「乙姫が売りつけたやっちゃ。やっぱりちゃっかりしとるわ」

 乙姫のシノギの亀縁起は神の定番職業の宗教団体。とはいえ信者から阿漕に搾り取る方向ではない。シノギの中心は乙姫の予言で良いと思う。わたしやコトリほどじゃないけど乙姫も未来が少しは見えるで良さそうなんだ。

「未来やけどコトリかって見える時と見えへん時がある。ユッキーもそうやろ。乙姫が巧妙なんは・・・」

 乙姫は予言依頼を限定してるのよね。ぶっちゃけ見えた未来に関する予言だけ受けてるの。だから確実に当たる。その代わり予言料はまさに莫大。

「そやけどなんぼ払うても当たるから損せえへん。そやな結果がわかっとる馬券を買うようなもんや。一回に軽く億超えるらしいけど、予言依頼は列なしとるわ」

 そこを利用して信者になってもらったり、優先して予言してもらうために予言料とは別に高額の寄付をしたりしてるけど、そんなものをひっくるめても、

「カネ出す方は損はせえへん。上手いことやってると思うで」

 今回はどうなってるの。

「女神の糸に気づいたらしいのは前にも話したけど、予想通りコトリらからのメッセージと受け取ったみたいや。まあ、乙姫でも見えるようにしとったんはあるけどな」

 女神の糸にも種類はある。本当に細くて神でもよほど注意しないと見えないものから、光輝く糸もあるんだよ。だから気が付いたのだろうけど、

「乙姫にしたら貸しを作ったつもりやろ」

 今回の小杉親子からの依頼は未来予言と言うより除霊の類のはず。乙姫だって賢いから見えている糸がエレギオンの女神のものであるのは悟ったで良いと思う。問題はどうするかだけど、乙姫の力じゃ切れるようなものじゃないから。

「商売に利用しただけや」

 乙姫が売りつけたお札って高いのよね。あれって一枚百万円ぐらいするはず。

「ああ家に籠城するんやったら窓とか出入り口にすべて貼らんとあかん」

 あちゃ、何枚買わせたのよ。

「それだけやない。小杉親子は乙姫から授けれた破邪の呪文をひたすら唱えとる。あの呪文伝授だけで一本は超えるやろ」

 一本って一千万円なの。そうなると依頼料と合わせると、

「片手じゃ足りんやろ。それでも効果抜群やから有難がってるはずや」

 コトリは小杉親子の家の中だけは災厄の呪いをかけるのをやめているらしい。

「これで乙姫のお札も破邪の呪文の裏打ちになるやんか。ますます乙姫の予言だけでなく神通力の信用アップや。これぐらいのお返しでチャラやで」

 なんて取引なんだ。でも籠城と言っても、それだけじゃ飢え死にしちゃうじゃない。

「もちろんや。だけど買い物に出かけたら・・・」

 とりあえず鳥の糞に二回ぐらいは見舞われるそう。スーパーやコンビニでもしょっちゅう万引き犯と間違われ、荷物を抱えて帰ろうとしても、

「三回に一回ぐらいは転んで荷物をぶちまける。その時に溝に落としたり、車道に転がって行ってクルマに轢かれたりも多い」

 地味だけど心底応えそう。

「そやから必要最低限の外出しかしとらん籠城状態や」

 安全地帯は乙姫のお札に守られた家の中だけだものね。でもさぁ、でもさぁ、また乙姫に会いに行って安全地帯の範囲を広めてもらうとかしそうじゃない。たとえば個人用の防御お札をもらうとか、

「無理やろ。竜宮島に行くだけでも災難の数々を乗り越えんと行かれへんのもあるけど、それより何より乙姫に払うゼニがあらへんはずや。乙姫かって商売やからカネがあらへんかったら、竜宮島にさえ渡らさへんからな」

 それぐらい竜宮島のガードは固いのよね。乙姫の特別の許可がない限り誰も渡れないもの。だからシノブちゃんの調査部だって手が出せないぐらい。

「どや、これで悪いことをしたから苦しむ人に出来たやろ」

 まあそうだけど、苦しませているのはコトリじゃない。

「なに言うてるねん。悪いことをしたら報いがあるのは因果やけど、因果の卸元は神やんか」

 コトリ、やっぱりどこか間違ってるよ。