ツーリング日和13(第3話)清水先輩

 フェリーは足摺岬から豊後水道に。佐賀関と佐田岬の間を通り抜け国東半島を回り込んで新門司に。ついに九州上陸を果たしたけど夜だ。フェリーで夕食も済ませてるから港から程近いビジホに泊り。完全個室なのが嬉しいな。

「六時半に朝食だぞ」

 へぇ~い。風呂もフェリーで入ったからシャワーだけ浴びて寝る。おつまみと缶ビールがお供なのはお約束。清水先輩は入社してからずっとお世話になってるけど、はっきり言わなくても仕事が出来る人。

 だけど結婚はしていない。これも正確じゃないな。バツイチだ。こういう仕事だから出張も多いのだけど、その間に嫁が浮気をしていたってやつ。浮気の発覚は相当な修羅場になったらしい。

 その日も先輩は出張だったのだけど、予定より早く仕事が終わり、一日早く家に帰ったそう。その時に軽いサプライズとして嫁に帰宅の連絡をしなかったそう。突然帰って驚かそうぐらいかな。

 ところが家に入ると玄関に男物の靴があり、嫁の出迎えはなし。出迎えどころが台所にもリビングにも嫁の姿はなく、そのかわりに嫁と男が脱ぎ散らかした服があったんだって。そして寝室からは喘ぎ声が響いてる状態。そこまでそろえば誰でも気づくよ。逆上して部屋に突撃したかと思ったんだけど、そうじゃなく、

『あそこまでになると妙に冷静になったというか・・・』

 一度家から出て自分の親と嫁の親を呼び寄せたそう。たまたま家も近かったみたいで三十分すれば全員集合となって、改めて寝室に突撃を敢行したんだって。なんとだよ、まだやってたんだよ。何回戦やっていたかの世界だけど、

『そうなるよな。下手すりゃ朝からどころか、前の日からかも知れないよな』

 ドアの前でも筒抜けの嬌声を全員で確認してからドアを開いて現場に踏み込んだのだけど、

『いきなり目が合った』

 アレの時って女はベッドに仰向けに寝て天井見てる事が多いと思うけど、その時は男が後ろから抱きかかえる背面坐位。寝室のドアに向かってのものだったからそうなるか。

 それを見た先輩や先輩家族も強烈だったろうけど、見られた嫁はもっと強烈だったで良さそう。そりゃ、そうだ。強烈過ぎてパニックになったのはわかるけど、これがさらなる修羅場を招き寄せてしまったんだ。

 そういう時ってさすがに経験はないけど、女にしろ男にしろまず抜きたいはず。まさか事が済むまで待たせるわけにも行かないし、そんな姿を夫はもちろんだけど自分の親にも見せたくない。つうか誰にも見られたくない。

『でもそのままだった』

 なんと抜けなくなったんだって。膣痙攣とかいうらしいけど、あまりのパニックに陥った嫁は膣を強烈に締め上げてしまい、自分の意思では緩められなくなったらしい。そんな事が起こることがあるのは話には聞いたことがあるけど、

『背面坐位でつながったままの姿で御対面だ』

 もっとも嫁はますますパニックが酷くなり、浮気の詰問どころではなくなり、

『救急車を呼ぶ羽目になった』

 そこまで行けば悲劇と言うより喜劇だ。病院でなんとか抜けたみたいだけど、嫁にしたらこれ以上はない生き恥を晒しまくって浮気の証拠を示したことになる。ここまでやらかせば離婚しかないはずだけど、こういう時の女って不思議だと先輩は言っていた。

『オレが悪いって頑張る、頑張る』

 なにを頑張るか不思議だったけど曰く、

『出張が多くて寂しくさせた夫が諸悪の根源』

 あのね、出張が多い夫なら浮気はOKなのか。

『なのにたった一度の浮気で責め立てられるのは心が狭すぎる』

 だれが出来心の一回って信じるものか。やらかしているのは夫婦の寝室だぞ。ホテルでやりまくり、さらなる刺激を求めて夫婦の寝室に至った以外に考えられるか!

『突然乱入してきて膣痙攣を起こす醜態を余儀なくされたから慰謝料払え』

 天罰とか、自業自得以外の言葉が思いつかないよ。挙句の果てに、

『絶対に離婚はしない』

 女の双葉が聞いてもムチャクチャだ。もちろんそんな主張は嫁の両親でさえ聞く耳などなく離婚は成立。財産分与なしで三百万の慰謝料を勝ち取ってる。

『それでも終わらなかった。女と言う生き物が理解出来なくなったな』

 離婚が成立してからも執拗な復縁要請が続き、ストーカー行為にまで走り、家やさらに会社まで突撃してきてウンザリどころかヘトヘトにさせられたんだって。そんな女の心理状態なんか双葉だって理解できないよ。

 浮気と言うか不倫は怖いと思ったのは、制裁は嫁だけでなく間男にも降り注いだこと。先輩だって元嫁と間男がやりまくった部屋なんかに住みたくないから引っ越したのだけど、慰謝料の他に引っ越し費用も払わされたそう。

 さらにだけど、人妻との不倫が勤め先にもバレてるのよね。バレたいうか清水先輩が背面坐位でつながっている浮気現場の画像を内容証明付きで送ったとか。それで直接的にはクビにならなかったみたいだけど、会社中から後ろ指をさされまくって退職を余儀なくされている。

『もし既婚者だったら離婚の慰謝料も発生しただろうにな』

 というかさ。そうなるのは知っているのが浮気だし不倫だよ。ぶっちゃけ、それが歯止めになってなってる部分もあると思うのよ。そこの責任の大きさが恋人関係と婚姻関係の違いじゃない。それでもやる人が後を絶たないぐらいは知ってるけどね。

『子どもがいなくて良かったよ』

 そこからずっと独身。女性不信とまで言わないけど、結婚恐怖症ぐらいになったぐらいかもしれない。そのためかどうかはわからないけど、かなりの紳士。仕事の関係でこんな感じの取材旅行にも出かけるけど必ず距離は取る。

 たとえばだけど、ホテルに泊まっても夕食までは同じでも、まず部屋を訪れることはない。今日だってそうで、寝る前に一緒に一杯なんて絶対にしない人。言うまでもないけどさりげないボディタッチなんてする気配すらなく、ひたすらビジネスライクに仕事をするだけ。

 この辺は双葉が先輩の好みじゃないからかもしれないし、さすがに歳の差も大きすぎるのはあるかもしれない。だけどねショボくれたオッサンではない。まず強い。高校の時はボクシング部でインターハイまで行った本格派だ。

 離婚してからだそうだけど、またボクシングジムに通い始めてるんだよね。だから顔つきは精悍だし、体は鋼のように引き締まっている。実力もなかなかみたいで、高校の時にはプロへの誘いもあったみたい。

『ボクシングで食べれるとは思わなかったから』

 先輩の実力は一度だけ見たことがある。取材先で不良と言うより半グレみたいなのに絡まれちゃったのよ。相手は五人で問答無用みたいな感じで因縁つけられて襲われた。双葉はガクガク震えるしか出来なかったけど、先輩はあっさり倒しちゃったんだ。

『警察沙汰になるとウルサイから逃げるぞ』

 悪いのは相手に決まってるけど、とりあえずぶちのめしたし、警察が絡むと事情聴取とかで長くなるから逃げ出した。行きづりだから後腐れも無いはずよね。


 朝はバイキングだった。朝食を済ませて七時半には出発。目指すは吉野ケ里だ。今回は神話とのコラボツーリングだから吉野ケ里は外せないって。えへへへ、双葉も初めてだから楽しみ。

 新門司からは九州縦貫自動車道を快走。一時間半ほどで吉野ケ里歴史公園に到着。なるほど九時開園だったのか。こりゃ、立派な復元施設だ。吉野ケ里は卑弥呼の時代にも重なる古代遺跡だから、これこそ魏志倭人伝の世界かも。

 足早に一時間程取材して出発。ここもまともに見て回れば二時間は余裕でかかる広大なところだけど、先輩は吉野ケ里の詳細な取材が目的でなく、吉野ケ里の雰囲気を知れば十分だとしてた。この辺は先を急ぐのもあると思う。

 吉野ケ里から再び九州縦貫自動車道をひた走り熊本方面に。渋滞もなく快走また快走。今日の清水先輩は飛ばすな。捕まらなきゃいいけど。

「次のICで下りるぞ」

 北熊本ICを下りるみたいだけど、

「これは仕事の余禄だ」

 えっ、この道って、まさか、あの、あの、ミルクロードだって。ライダーの聖地である阿蘇でも随一のツーリングコースじゃない。阿蘇って限定しなくとも日本のツーリングコースのベストテンどころか、ベストスリーに余裕で入るところだよ。

 ひやぁ、これ凄い。記者でもあるけどバイク乗りなんだよ。バイクが好きだからバイク記者になったようなもの。仕事でもあるけど、それ以前にバイク好きとして血が踊らないわけがない。

 さすがはミルクロードだ。北海道もツーリングの聖地だし、あれはあれで別格ぐらい良いところだったけど、ミルクロードも西の聖地って呼ばれるのが良くわかる。こんな道だったら誰もが目指してくるはずだ。つうか走ってるバイクの多いこと。

「昼はカレーにするか。あそこの星条旗のとこを入るぞ」

 はぁ、夢☆大地グリーンバレイって看板があるけど、これって私道じゃないのか。入って行くと野原にポツンと掘っ立て小屋みたいなものがあり、そこでカレーを買って、これまた適当に置いてあるテーブルで食べるみたいだ。それでもロケーションは最高だ。カレーは発泡スチロールの容器に入っているけど、ココイチのお持ち帰りみたいだな。

「ほい唐揚げ」

 紙のカップに唐揚げって屋台みたいだ。それにしてもカレーに唐揚げとは珍しい取り合わせの気がする。お腹も減ってるし、カレーなら当たりハズレは少ないはず・・・これ美味しいよ。

 カレーはしっかりスパイシーだし、それよりこの唐揚げは普通の唐揚げとは一味も二味も違うじゃない。これだけ美味しく感じるのはロケーションのせいか、それともこのカレーと唐揚げが本当に美味しいのか。

「この風景の中でしか食べられないから、これはこれで絶品カレーで良いのじゃないか」

 そこから大観峰の展望台で雄大なカルデラを堪能しミルクロードを完全制覇だ。阿蘇からは今日の目的地の高千穂峡を目指すのみ。

「次の信号を左折するぞ」

 なになに神話アグリロードだって。神話はわかるけどアグリって農業のことなのか。たしかにそんな感じの道だけど。わぉ、結構長いトンネルだ。これだけのトンネルがあるってことは、昔はトンネルの向こう側に行くのに峠を越える必要があったんだろうな。

 なんにもないところって思ったけど、左手の谷の底から山の斜面に棚田があれだけ。隠れ里みたいな感じにも見えるかも。峠道を下って行くとここは街だよね。

「天安河原まで行く」

 へぇ、こんなところなんだ。古事記の神話になるのだけど、弟であるスサノオのあまりの悪戯に激怒したアマテラスは天岩戸に隠れてしまうのよね。アマテラスのは太陽を司る神だから世の中は闇に閉ざされてしまうのよ。これでは困ると神々が対策会議をしたのがこの天安河原。

 天安河原から五百メートルばかり引き返したところにあるのが天岩戸神社の西本宮。ここの御神体はずばり天岩戸。ただし御神体だから見えないのよね。特別参拝したら遠くから拝むことが出来るそうだけど写真撮影は禁止。だから画像もないのだけど、

「江戸時代の松浦武四郎の記録では崩れかけた穴があったそうだ」

 西本宮に対して東本宮もあるけど、これはもともとは東が本宮で、西は天岩戸の参拝所みたいなみたいなものだったらしい。それが御神体ののある方に建物が出来て本宮みたいなものになったとか。

「神々のまほろばみたいなところだな」

 いかにもパワースポットだ。天岩戸神社から下って高千穂の街に。

「今日の宿だ」

 や ら れ た。せめてさぁ、新門司のビジホぐらいを期待してたのに、あまりにも昭和の匂いが漂い過ぎる旅館じゃない。せめて中はリニューアルなんて期待したけど、これもまさにザ昭和だ。

 しけた会社の取材旅行だから予算に限りがあるのは良く知り過ぎてるけど、年頃の娘だよ。せめてもうちょっと小綺麗なところにしてくれないかな。先輩が選ぶ宿にこんなのが多いのは良く知ってるけど、さすがにちょっと過ぎる。